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第28話 ポーの見立て
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王都タランガに立ち並ぶ貴族の邸宅。
それら屋敷の壁を落ちかかった夕陽が赤く染めている。
タランガの街中をゆっくりと進むフロール家の馬車が、フロール伯爵邸からほど近い場所で止まる。
「ん?もう着いたのか?」
ポー・ドゥースが馬車の窓から外を見る。しかし我が家近くの見慣れた景色ではない。
不審がるポーにケルナーが声をかける。
「実はポー様に見ていただきたいものがあるんです」
「ふむ、何だ?」
ケルナーがフロール邸を指差した。
「あれをご覧ください」
「うむ、まあ、伯爵邸だな」
こめかみに指を当てたポーは、わずかに目を細める。
ポーとハーロウ・ザ・フロール伯爵とは個人的に深い関わりは無かったものの、全く知らない間柄でもない。伯爵邸で開催されたパーティーにポーが招かれたこともある。
「なかなかの結界だな。フロール伯爵が自ら?」
「はい」
うなずいたケルナーは「どう思いますか?」と尋ねる。
「見事な結界だ。が、そんな答えを望んでいるわけでは無さそうだな」
ためらいつつもケルナーが口を開く。
「ポー様はあの結界をすり抜けることができますか?」
ポーは「うーむ」とうなって結界を見つめ直す。
「結界を張ったフロール伯爵に失礼にはなるだろうが、まあ、簡単だな」
「…そうですか」
がっかりした表情を隠さないケルナーを見て、あわててポーが付け加える。
「もちろん伯爵の結界は頑丈にできておる。しかしそれ故に付け入る隙もできてしまう。私ほど経験を積んだ魔法使いであれば、その隙を突くことができると言うだけ。そんな人間は大陸広しと言えども片手もいないだろう」
「ありがとうございます」
ケルナーが作り笑いを浮かべる。
ポーが「ただし…」と言って表情を固くする。
「結界をすり抜けたとしても、伯爵や警戒する者らに知らせるような罠もあるな」
「分かりますか?」
驚いた顔をしたケルナーに、ポーが「まあな」とほほ笑む。
「そちらは苦労しそうだ。罠まで解析して気づかれないように入り込むのであれば…」
ケルナーは次の言葉を待つ。
「…1週間はかかりそうだ」
ポーの答えは、ケルナーにとっては2つの意味大きな驚きだった。
ハーロウ・ザ・フロール伯爵が念には念を入れた結界や罠も絶対ではないこと
英雄ポー・ドゥースであってもすり抜けるのに1週間はかかること
それでも表情を変えずに確認する。
「つまりポー様なら1週間あれば、結界も罠も気づかれないように潜り抜けられるのですね」
ポーがうなずく。
「そこまでする意味があれば、だがな。実際に1週間も考え続けるのは無意味だな。それならあなたの魔力の解放に費やした方が有益だ」
「はい」
続けてケルナーは気になっていたことを聞く。
「もしラシャンス様なら、どのくらいかかるでしょうか?」
「ラシャンスか…力任せなら一瞬だが、そうした答えを聞きたいのではないのだろう」
ケルナーはうなずく。
ポーは「うーん」と考え込む。
「結界をすり抜け罠を潜り抜ける…か。あのラシャンスがそうするのは想像しがたいが…」
しばらく考え込んだ後、ポーはラシャンスの性格を加味して答える。
「できるとすれば一瞬、数分考えてできなければ、やはり力任せだろうな」
「はあ」
「魔法使いとしてのラシャンスの力量は現代において大陸一だろう。魔法の歴史上を振り返っても屈指の実力と言えそうだ。実践はもちろん、理論の追及も計り知れないものがあるからな。ラシャンスの倍以上生きてきた私でも及びもつかない方法を思いつくかもしれない」
「はい」
「が、それを思いつかなければ力任せになるだろうな」
ポーがニヤリと笑うと、ケルナーも笑みを浮かべた。
そうしたポーの言葉を聞いたケルナーは、ロージィ・スカーレットの存在が一段と気になった。
彼女自身の言葉によれば、ラシャンスとは無関係とのこと。しかしながらポーの判断を聞く限り、ラシャンスと同じくらい魔法の力量を持っていることになる。結果として敵にすれば脅威だが、味方になっていても油断できない存在となる。まして現在の時点で味方になったとは言い切れない。
「とても勉強になりました。ありがとうございます」
ケルナーはポーにお礼を述べる
ポーは「いやいや」と手を軽く振った。
その場で馬車を降りたケルナーは、ポーを自宅まで送るよう御者に伝えて、自分は歩いて邸宅に戻った。
約束していた土産のお菓子をジェリカに渡したケルナーは自室に入る。
浮かない様子のケルナーを見たジェリカが「お気分でも…?」と尋ねたが、微笑んだケルナーは「お願い」と頼むにとどめた。
「ふぅ」
ジェリカが入れた熱いお茶を飲みながら、ケルナーはハーロウ・ザ・フロール伯爵が張った結界と罠を書き留めたメモを見る。未だ魔法が使えないケルナーながら、日々の勉強のかいもあって、結界や罠のできばえは理解していた。
「これを簡単にすり抜けたり、力任せに破ったりできるのね」
ケルナーはポーの言葉を思い出しながら、魔法の奥深さを改めて認識した。
そしてもう1つの気がかりを思い出す。
「週に2・3回ポー様のところに通って1年くらい…って言っていたのよね」
早ければ5~6歳で、遅くとも10歳前後で魔法が使えるようになる人がほとんどであることを考えれば、15歳にもなって魔法が使えないケルナーは明らかに遅い。その上、今から1年もかけるのは悩ましかった。と言って、英雄となり僧侶としても忙しい毎日を送るポー・ドゥースを、自分一人のために数カ月も縛り付けておくことはできない。
「今夜一晩考えて、明日、お父様に相談してみましょうか」
この時、一晩の余裕を持った考えを、ケルナーはすぐに後悔することになる。
それら屋敷の壁を落ちかかった夕陽が赤く染めている。
タランガの街中をゆっくりと進むフロール家の馬車が、フロール伯爵邸からほど近い場所で止まる。
「ん?もう着いたのか?」
ポー・ドゥースが馬車の窓から外を見る。しかし我が家近くの見慣れた景色ではない。
不審がるポーにケルナーが声をかける。
「実はポー様に見ていただきたいものがあるんです」
「ふむ、何だ?」
ケルナーがフロール邸を指差した。
「あれをご覧ください」
「うむ、まあ、伯爵邸だな」
こめかみに指を当てたポーは、わずかに目を細める。
ポーとハーロウ・ザ・フロール伯爵とは個人的に深い関わりは無かったものの、全く知らない間柄でもない。伯爵邸で開催されたパーティーにポーが招かれたこともある。
「なかなかの結界だな。フロール伯爵が自ら?」
「はい」
うなずいたケルナーは「どう思いますか?」と尋ねる。
「見事な結界だ。が、そんな答えを望んでいるわけでは無さそうだな」
ためらいつつもケルナーが口を開く。
「ポー様はあの結界をすり抜けることができますか?」
ポーは「うーむ」とうなって結界を見つめ直す。
「結界を張ったフロール伯爵に失礼にはなるだろうが、まあ、簡単だな」
「…そうですか」
がっかりした表情を隠さないケルナーを見て、あわててポーが付け加える。
「もちろん伯爵の結界は頑丈にできておる。しかしそれ故に付け入る隙もできてしまう。私ほど経験を積んだ魔法使いであれば、その隙を突くことができると言うだけ。そんな人間は大陸広しと言えども片手もいないだろう」
「ありがとうございます」
ケルナーが作り笑いを浮かべる。
ポーが「ただし…」と言って表情を固くする。
「結界をすり抜けたとしても、伯爵や警戒する者らに知らせるような罠もあるな」
「分かりますか?」
驚いた顔をしたケルナーに、ポーが「まあな」とほほ笑む。
「そちらは苦労しそうだ。罠まで解析して気づかれないように入り込むのであれば…」
ケルナーは次の言葉を待つ。
「…1週間はかかりそうだ」
ポーの答えは、ケルナーにとっては2つの意味大きな驚きだった。
ハーロウ・ザ・フロール伯爵が念には念を入れた結界や罠も絶対ではないこと
英雄ポー・ドゥースであってもすり抜けるのに1週間はかかること
それでも表情を変えずに確認する。
「つまりポー様なら1週間あれば、結界も罠も気づかれないように潜り抜けられるのですね」
ポーがうなずく。
「そこまでする意味があれば、だがな。実際に1週間も考え続けるのは無意味だな。それならあなたの魔力の解放に費やした方が有益だ」
「はい」
続けてケルナーは気になっていたことを聞く。
「もしラシャンス様なら、どのくらいかかるでしょうか?」
「ラシャンスか…力任せなら一瞬だが、そうした答えを聞きたいのではないのだろう」
ケルナーはうなずく。
ポーは「うーん」と考え込む。
「結界をすり抜け罠を潜り抜ける…か。あのラシャンスがそうするのは想像しがたいが…」
しばらく考え込んだ後、ポーはラシャンスの性格を加味して答える。
「できるとすれば一瞬、数分考えてできなければ、やはり力任せだろうな」
「はあ」
「魔法使いとしてのラシャンスの力量は現代において大陸一だろう。魔法の歴史上を振り返っても屈指の実力と言えそうだ。実践はもちろん、理論の追及も計り知れないものがあるからな。ラシャンスの倍以上生きてきた私でも及びもつかない方法を思いつくかもしれない」
「はい」
「が、それを思いつかなければ力任せになるだろうな」
ポーがニヤリと笑うと、ケルナーも笑みを浮かべた。
そうしたポーの言葉を聞いたケルナーは、ロージィ・スカーレットの存在が一段と気になった。
彼女自身の言葉によれば、ラシャンスとは無関係とのこと。しかしながらポーの判断を聞く限り、ラシャンスと同じくらい魔法の力量を持っていることになる。結果として敵にすれば脅威だが、味方になっていても油断できない存在となる。まして現在の時点で味方になったとは言い切れない。
「とても勉強になりました。ありがとうございます」
ケルナーはポーにお礼を述べる
ポーは「いやいや」と手を軽く振った。
その場で馬車を降りたケルナーは、ポーを自宅まで送るよう御者に伝えて、自分は歩いて邸宅に戻った。
約束していた土産のお菓子をジェリカに渡したケルナーは自室に入る。
浮かない様子のケルナーを見たジェリカが「お気分でも…?」と尋ねたが、微笑んだケルナーは「お願い」と頼むにとどめた。
「ふぅ」
ジェリカが入れた熱いお茶を飲みながら、ケルナーはハーロウ・ザ・フロール伯爵が張った結界と罠を書き留めたメモを見る。未だ魔法が使えないケルナーながら、日々の勉強のかいもあって、結界や罠のできばえは理解していた。
「これを簡単にすり抜けたり、力任せに破ったりできるのね」
ケルナーはポーの言葉を思い出しながら、魔法の奥深さを改めて認識した。
そしてもう1つの気がかりを思い出す。
「週に2・3回ポー様のところに通って1年くらい…って言っていたのよね」
早ければ5~6歳で、遅くとも10歳前後で魔法が使えるようになる人がほとんどであることを考えれば、15歳にもなって魔法が使えないケルナーは明らかに遅い。その上、今から1年もかけるのは悩ましかった。と言って、英雄となり僧侶としても忙しい毎日を送るポー・ドゥースを、自分一人のために数カ月も縛り付けておくことはできない。
「今夜一晩考えて、明日、お父様に相談してみましょうか」
この時、一晩の余裕を持った考えを、ケルナーはすぐに後悔することになる。
応援ありがとうございます!
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