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第八章 尭天舜日

堯舜

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奕世イースの心が何故私から離れたのかは、私には分からなかった。堯舜ヤオシュンは首も座り、動き回るようになり、奕世イースにとても似てきた。もっと言えば奕晨イーチェンにはもっといているが、それは歳のせいだと私は思う。ただ一度だけの逢瀬しかなかった奕晨イーチェンより、そのあと幾度となく愛し合った奕世イースの子だと思う。

しかし奕世イースが私の難産を危惧して、2人目を作らないうちに、銀蓮インリェンは2度目の懐妊をした。父は間違いなく奕世イースだった。

約束とはなんだったのだろう。私を抱かないうちに、気兼ねなく抱ける女に心がうつったのだろうか。抱いているうちに愛おしくなったのだろうか。答えは私の中にはない。尋ねることもしなかった。

銀蓮インリェンは何を思って奕世イースをたらし込んだのだろうか。寂しさゆえか、不安ゆえか、本当に心変わりしたのか。その答えもやはり私の中にはない。

ただ、堯舜ヤオシュンが無事育てば、私はそれで良かった。堯舜ヤオシュンを騎馬民族の大王にしたいからと言われたら、そんな血生臭い地位にはつかせたくない。懐妊した銀蓮インリェンが男を産んだら、もう奕世イースの心も奪ったのだから、王位も全て持ってゆけばいい。

私は全て奕世イースに頼りきりで、今や自ら赤ん坊を抱えて生活するすべなど無かったから、ここにいるしかなかった。奕世イースはもちろん私に会いにきだけれど、特に銀蓮インリェンが懐妊したことや私との約束を違えたことを口にはしなかった。私が何も聞かなかったからかもしれないが、ずるいと思った。

永遠など存在せず、ただあの時愛が存在したことを私は信じていたかった。なぜ、銀蓮インリェンに心変わりしたのなんて責めても仕方ないことだ。

私が浩特拉尔ハオトラルに来てから1年が過ぎた。短い夏が来た。奕世イースは思い出したかのように、世継ぎを産んだ褒美を尋ねた。私は自分の馬をねだり、乳母に堯舜ヤオシュンを任せては野を駆け巡り野うさぎに矢を放った。みるみるうちに上達した。奕世イースは安心し切ったのか、私に興味がなくなったのか護衛がつかないことも増えた。

その方がのびのび走り回れて私も開放感があった。

私は計画をたてた。糧食を蓄え、堯舜ヤオシュンを連れて国境をこえるまで逃げ切れるか。後宮に戻るわけじゃない。奕世イースの側で、誰かに奪われた恋人を私はもう見ていたくない。装飾品は溢れるほどあるし、逃げ切りさえすれば地方都市で堯舜ヤオシュンを育てられるだろう。私はまだ17歳なのだ。

きっと1回しか逃亡できないはずだから、計画は綿密に寝る必要がある。弓の練習や騎馬の練習は間違いなく必要だ。追っ手は必ず精鋭のはずだから、誰よりもいい馬を、乗りこなす必要が私にはあった。

静かに、緻密に、確実に。

私がこの子を自由に育てていくために。
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