8 / 35
7 平穏な日々
しおりを挟む
それからもサイラスは、約束通り、週に一回のルナとのお茶の日になると必ず現れた。
「ルナ、採取が終わったらそれで終わりじゃないんだ。鮮度の高いうちに処理しておかないと薬効が落ちるって何度も言っているだろ」
過酷な野外での採取が終わって、一休みしている所へヤクばあちゃんの叱責が飛ぶ。
ふはっと、後ろから柔らかく笑う気配がする。
「相変わらず、子ども相手にも容赦ないなぁ」
サイラスは今日も、柔らかそうな少し癖のある銀髪をなびかせて、ふいに現れた。
「当たり前だよ。この子の将来がかかってんだからね!!!」
「まぁ、その品質へのこだわりが唯一無二のポーションを生み出しているんだから、仕方ないのかぁ」
「あんたみたいに甘やかしてばっかりいたら、ろくな大人にならないんだよ!」
「ハイハイ、師匠は鞭ばっかだと、小さい弟子に嫌われますよ。ルナはちょっと休憩ね」
「だから、その師匠って言うのはやめとくれ! 名前で呼べって何度言えばわかるんだい!」
恒例の仲の良い親子のようなやりとりをニコニコして見守っていると、サイラスにそっと手をひかれる。
サイラスはボディタッチの多いタイプだが、ダレンのような嫌悪感はないし、むしろもっと頭を撫でてほしい、手をつないでほしい、とルナは思ってしまう。最近は、ルナの髪がお気にいりのようで、ルナがお菓子をほおばるのを眺めながら、腰ほどまである銀の髪を手先でもてあそんだり、くるくるしたりしている。ルナはサイラスといると、心がふわふわして浮き浮きして、温かい気持ちになった。
過酷で先の見えない修行の日々に何度もうんざりしながらも、サイラスとの甘くて温かい時間を心の支えにして、ルナは乗り切っていった。
◇◇
ルナが十歳になった頃、ようやく薬草図鑑の全種類の薬草や植物の採取をすることができた。もちろん、判別や仕分けも正確にできる。目に見えて、ようやく成果が出たことで、ルナはほっとするとともに、少し自分に自信がついた。
「ルナ、薬草図鑑の薬草、全部採取したんだって? すごいじゃないか! おめでとう!」
「ふん、まだ調合すらしてないのに、途中地点で喜んででてどうするんだい? まだまだ先は長いんだよ」
「まったく師匠は情緒がないなぁ。何事も一歩ずつだろ? ルナ、おいで」
小屋の外に出て、薬草畑の反対側の野原の方に誘導される。今日は快晴で、どこまでも空が青く澄み渡っていた。
「ルナ、見てて」
サイラスが軽く手をふると、白くて冷たいものが辺りにはらはらと舞う。
「わー」
その澄んだ白いものを掴もうとすると、すっと消えてしまう。
「ルナは見たことないかな? 水が凍ったものだよ。雪とか氷って言われてる」
はらはらと舞う雪に手をかざす。雪が太陽に照らされて虹色にキラキラと輝いている。
「うわー綺麗」
雪を追いかけてくるくる回るルナをサイラスは眩しい物を見るように目を細めて見ている。
「ルナ、うさぎ」
また、サイラスが手を一振りすると、氷でできたうさぎが出現した。
「えーすごい。氷? 氷のうさぎ? 可愛い。きれーい」
透き通って、つるりとしたうさぎの氷の彫刻を、ルナはそっと撫でる。
「わっ冷たい。あははっ、つめたーい。つるっとしてるー」
氷のうさぎは、つるつるしてて、冷たくて、触ると少し解けるけど、雪のように消えてしまうことはなかった。ルナは小さな子どものようにはしゃいだ。
辺りを舞う雪が、日の光で解けて、虹がかかる。
「わー虹だ! 綺麗だね、サイラス。すごいね、魔術ってすごいね。ありがとう、サイラス」
ルナの満面の笑みにサイラスは見惚れた。
「ルナが一番綺麗。ルナの存在が奇跡だよ」
サイラスのつぶやきが零れた。
◇◇
採取をクリアしたら、調合だ。
「とりあえず千回かね」
調剤辞典の全ての薬について、同じものを千回調合する。もちろんヤクばあちゃんの納得する品質のものでなければならない。
調合もまた、神経を使う作業ではあるし、調合する前に必要な薬草を採取する必要もある。それでも、一つ一つの作業を丁寧に行うのはルナの性に合っていて、それほど苦にならなかった。採取のコツもわかってきて、要領も良くなっていた。
その頃には、年頃になり、ダレンはますます男っぷりに磨きがかかってきた。身長も辺境の男達と変わらないくらいに伸び、いつの間にか、冒険者達から剣を教わり、鍛錬を怠らないらしい。昼間に家業の牧畜や、頼まれた村の畑や大工仕事などをしていることもあり、筋肉もしっかりとついて今や熊のような大男になっていた。顔は綺麗なままに育ったので、逞しく麗しいダレンは辺境の村で一番モテていた。
ルナのように噂に疎いものでも、知っているぐらい女関係は派手なようだ。女冒険者や未亡人、同じ年頃の娘達……。仕事や鍛錬の合間に、さまざまな人と遊び歩いているらしい。おかげで、ルナはダレンから解放されたので、ありがたいことだ。
ダレンは、女達と遊び歩くだけでなく、同年代の友達とバカ騒ぎしたり、村長や年かさの男たちの酒盛りの場で飲めないながらも盛り上げたり、そつなく全方位に愛嬌をふりまいていたので、女癖の悪さを咎められることはなかった。むしろ、『辺境の男はそれぐらいじゃなければな』なんて言われたりもしていた。
幸せだなぁ、とルナはふわふわした心地だった。最近はダレンもかまってこないし、修行は順調だし、サイラスとも会えるし。しばらくはそんな平穏な日々が続いた。
「ルナ、採取が終わったらそれで終わりじゃないんだ。鮮度の高いうちに処理しておかないと薬効が落ちるって何度も言っているだろ」
過酷な野外での採取が終わって、一休みしている所へヤクばあちゃんの叱責が飛ぶ。
ふはっと、後ろから柔らかく笑う気配がする。
「相変わらず、子ども相手にも容赦ないなぁ」
サイラスは今日も、柔らかそうな少し癖のある銀髪をなびかせて、ふいに現れた。
「当たり前だよ。この子の将来がかかってんだからね!!!」
「まぁ、その品質へのこだわりが唯一無二のポーションを生み出しているんだから、仕方ないのかぁ」
「あんたみたいに甘やかしてばっかりいたら、ろくな大人にならないんだよ!」
「ハイハイ、師匠は鞭ばっかだと、小さい弟子に嫌われますよ。ルナはちょっと休憩ね」
「だから、その師匠って言うのはやめとくれ! 名前で呼べって何度言えばわかるんだい!」
恒例の仲の良い親子のようなやりとりをニコニコして見守っていると、サイラスにそっと手をひかれる。
サイラスはボディタッチの多いタイプだが、ダレンのような嫌悪感はないし、むしろもっと頭を撫でてほしい、手をつないでほしい、とルナは思ってしまう。最近は、ルナの髪がお気にいりのようで、ルナがお菓子をほおばるのを眺めながら、腰ほどまである銀の髪を手先でもてあそんだり、くるくるしたりしている。ルナはサイラスといると、心がふわふわして浮き浮きして、温かい気持ちになった。
過酷で先の見えない修行の日々に何度もうんざりしながらも、サイラスとの甘くて温かい時間を心の支えにして、ルナは乗り切っていった。
◇◇
ルナが十歳になった頃、ようやく薬草図鑑の全種類の薬草や植物の採取をすることができた。もちろん、判別や仕分けも正確にできる。目に見えて、ようやく成果が出たことで、ルナはほっとするとともに、少し自分に自信がついた。
「ルナ、薬草図鑑の薬草、全部採取したんだって? すごいじゃないか! おめでとう!」
「ふん、まだ調合すらしてないのに、途中地点で喜んででてどうするんだい? まだまだ先は長いんだよ」
「まったく師匠は情緒がないなぁ。何事も一歩ずつだろ? ルナ、おいで」
小屋の外に出て、薬草畑の反対側の野原の方に誘導される。今日は快晴で、どこまでも空が青く澄み渡っていた。
「ルナ、見てて」
サイラスが軽く手をふると、白くて冷たいものが辺りにはらはらと舞う。
「わー」
その澄んだ白いものを掴もうとすると、すっと消えてしまう。
「ルナは見たことないかな? 水が凍ったものだよ。雪とか氷って言われてる」
はらはらと舞う雪に手をかざす。雪が太陽に照らされて虹色にキラキラと輝いている。
「うわー綺麗」
雪を追いかけてくるくる回るルナをサイラスは眩しい物を見るように目を細めて見ている。
「ルナ、うさぎ」
また、サイラスが手を一振りすると、氷でできたうさぎが出現した。
「えーすごい。氷? 氷のうさぎ? 可愛い。きれーい」
透き通って、つるりとしたうさぎの氷の彫刻を、ルナはそっと撫でる。
「わっ冷たい。あははっ、つめたーい。つるっとしてるー」
氷のうさぎは、つるつるしてて、冷たくて、触ると少し解けるけど、雪のように消えてしまうことはなかった。ルナは小さな子どものようにはしゃいだ。
辺りを舞う雪が、日の光で解けて、虹がかかる。
「わー虹だ! 綺麗だね、サイラス。すごいね、魔術ってすごいね。ありがとう、サイラス」
ルナの満面の笑みにサイラスは見惚れた。
「ルナが一番綺麗。ルナの存在が奇跡だよ」
サイラスのつぶやきが零れた。
◇◇
採取をクリアしたら、調合だ。
「とりあえず千回かね」
調剤辞典の全ての薬について、同じものを千回調合する。もちろんヤクばあちゃんの納得する品質のものでなければならない。
調合もまた、神経を使う作業ではあるし、調合する前に必要な薬草を採取する必要もある。それでも、一つ一つの作業を丁寧に行うのはルナの性に合っていて、それほど苦にならなかった。採取のコツもわかってきて、要領も良くなっていた。
その頃には、年頃になり、ダレンはますます男っぷりに磨きがかかってきた。身長も辺境の男達と変わらないくらいに伸び、いつの間にか、冒険者達から剣を教わり、鍛錬を怠らないらしい。昼間に家業の牧畜や、頼まれた村の畑や大工仕事などをしていることもあり、筋肉もしっかりとついて今や熊のような大男になっていた。顔は綺麗なままに育ったので、逞しく麗しいダレンは辺境の村で一番モテていた。
ルナのように噂に疎いものでも、知っているぐらい女関係は派手なようだ。女冒険者や未亡人、同じ年頃の娘達……。仕事や鍛錬の合間に、さまざまな人と遊び歩いているらしい。おかげで、ルナはダレンから解放されたので、ありがたいことだ。
ダレンは、女達と遊び歩くだけでなく、同年代の友達とバカ騒ぎしたり、村長や年かさの男たちの酒盛りの場で飲めないながらも盛り上げたり、そつなく全方位に愛嬌をふりまいていたので、女癖の悪さを咎められることはなかった。むしろ、『辺境の男はそれぐらいじゃなければな』なんて言われたりもしていた。
幸せだなぁ、とルナはふわふわした心地だった。最近はダレンもかまってこないし、修行は順調だし、サイラスとも会えるし。しばらくはそんな平穏な日々が続いた。
45
あなたにおすすめの小説
『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』
鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」
――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。
理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。
あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。
マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。
「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」
それは諫言であり、同時に――予告だった。
彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。
調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。
一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、
「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。
戻らない。
復縁しない。
選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。
これは、
愚かな王太子が壊した国と、
“何も壊さずに離れた令嬢”の物語。
静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
チョイス伯爵家のお嬢さま
cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。
ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。
今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。
産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。
4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。
そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。
婚約も解消となってしまいます。
元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。
5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。
さて・・・どうなる?
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる