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【番外編】side ダレン① 大事な幼馴染
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『もう、その手を放して。あんたなんかに従わないんだから』
『人の気持ちも考えずに所有物のように扱う幼馴染も、もういらないの』
『ダレンのことは隣の家の他人だとしか思ってないわよ。嫌いだし、苦手』
ずっと可哀そうだと思って、庇護してきた幼馴染は、たくさんの言葉の刃を放つと、俺には見せたことのない柔らかい笑顔を隣の男に見せる。
そして、ずっと隣に居ると思っていた幼馴染は、手に入ると思ったその日に、俺の前から消えた。
ずっと俺のものだと思ってたあいつは、一度だって身も心も俺のものだったことなどないのだと、愚かな俺はその時にやっと気づいたんだ。
◇◇
辺境の村で産まれた俺には、幼馴染がいた。
濃い色の髪や瞳、褐色の肌が主流のこの村で、幼馴染のルナは異色の存在だった。まっすぐに煌めく銀髪、宝石のような紫の瞳に透き通る白い肌。産まれてからしばらくは、隠されて育ち、はじめて会ったのは三歳ぐらいだったと思う。
一目見て、ルナに夢中になった。銀の髪を陽の光にずっと透かして、触っていたいし、珍しい紫の目は宝石のように綺麗で、いつまでも見ていたくなる。美しく大きな紫の瞳を銀色のまつ毛が彩って、その色彩はなによりも美しい。どんな春の花より明るい桃色の唇も、小ぶりだけど通った鼻筋も、すべてが俺を魅了した。手をつないでいないと、誰かに取られてしまうのでは、と危機感を抱いた俺は、会うたび手をつなぎ、その手を放すことはなかった。
ルナは俺にとっては、綺麗でこの上なく大切な宝物だった。しかし、どうやら周りはそうではないらしいと、敏い俺はすぐに気づいた。
ルナの家族はまるでルナが存在しないかのように振る舞う。ルナが産まれた時に、隣の家は『よその男の種では』『取り違えられたのでは』と大騒ぎになったらしい。結局、産婆や手伝いの者達の証言で、母親の腹から産まれたのは確かなのと、貧しいながらも真面目な夫婦だったと評判なため、村長が『実子として認める。実子として育てるように』と言ったことで、騒動には幕がおりた。
しかし、真面目さゆえか、村を揺るがす騒動になったルナにルナの両親は筋違いで静かな恨みを向けた。王国では十五歳まで、子どもの養育や保護が義務づけられているから、最低限の衣食住は提供する。
でも、ルナに与えられるそれはひどいものだった。家族が食事をする円卓ではなく、部屋の隅で食事するよう強要し、食事は家族とは別で粗末なもの。小さな家で家族みなで寄り添うように寝ていたが、少しでも視界に入れたくないのか、窓もない狭い物置がルナの寝床で居場所となった。あてつけのようにルナが産まれてから間を開けずに弟と妹を産むと、あからさまにルナを無視し、話しかけることはなかった。
村の人達も、ルナが通るとまるで道端に捨てられたゴミのように蔑んだ視線を向けて、そっと避けて行った。そんな大人達を見て、子ども達もいじめることはないものの、遠巻きにして、誰もルナに近寄らない。
そんな様子を見て、俺は密かに高揚した。この村では誰もルナがいらないのだ。こんなにキレイなのに。こんなにすてきなものはないのに。がんばって守らなくても、これは俺のものなんだ。それからは俺の心に余裕ができた。
それからの俺は、ルナを表立って大切にすることはしなかった。そんなことをしたら、俺までルナと一緒に泥に沈んで、村で白い目で見られることは確実だからだ。それに、万が一、ルナの美しさや価値に気づくものがいたら困る。
毎朝、ルナの家まで迎えに行き、日が暮れるまで外で遊んだ。せっかく俺と遊べるというのに、ルナは陰気で内気で、いつも俯いて、その表情をめったに変えることはなかった。
わざとではないが、ルナを転ばせてしまい、涙をためている顔を見て思った。もっと見たい――ルナの涙を、悲しんでいる姿をもっと見たい。
いつも表情を変えないルナの違う顔が見られるならなんでもよかった。その時からルナを虐げて、追い込んで、怯えさせ困らせることに、なんともいえない心地よさを感じるようになった。
それからは、わざとルナが困る状況に追い込んだ。ルナの土地勘のない場所を選んでわざと置き去りにしたり、無理やり一緒に木に登ったり、浅い川に突き落としたりした。ルナの綺麗な白い肌から血が出るのを見た時は、ヒヤリとしたが、手当をすると、それがとてもいいことのように思えた。
ルナに意地悪して困らせて、優しくしてやったら、ルナは俺なしではいられなくなるのでは?と。それは甘美な感覚で、さらに俺の心は満たされた。ルナの世界には俺だけしかいないような感覚がした。
ルナの家族をはじめ、村の大人達は俺のしていることを知ってか知らずか、誰にも咎められることはなかった。むしろ、ルナの家族にはルナを連れ出していることを感謝された。
子どもの頃は、ルナを虐げて、助けるという単純なループの日々に満足していたけれど、次第に物足りなさを感じるようになった。どれだけ窮地に追い込んでも、ルナはダレンの名を呼ぶことも、助けを乞うこともなかったからだ。
その表情も、怯えや困惑や痛みを伝えることもなくなり、いつもごっそりと魂の抜けたような人形のようなものになったからだ。
『人の気持ちも考えずに所有物のように扱う幼馴染も、もういらないの』
『ダレンのことは隣の家の他人だとしか思ってないわよ。嫌いだし、苦手』
ずっと可哀そうだと思って、庇護してきた幼馴染は、たくさんの言葉の刃を放つと、俺には見せたことのない柔らかい笑顔を隣の男に見せる。
そして、ずっと隣に居ると思っていた幼馴染は、手に入ると思ったその日に、俺の前から消えた。
ずっと俺のものだと思ってたあいつは、一度だって身も心も俺のものだったことなどないのだと、愚かな俺はその時にやっと気づいたんだ。
◇◇
辺境の村で産まれた俺には、幼馴染がいた。
濃い色の髪や瞳、褐色の肌が主流のこの村で、幼馴染のルナは異色の存在だった。まっすぐに煌めく銀髪、宝石のような紫の瞳に透き通る白い肌。産まれてからしばらくは、隠されて育ち、はじめて会ったのは三歳ぐらいだったと思う。
一目見て、ルナに夢中になった。銀の髪を陽の光にずっと透かして、触っていたいし、珍しい紫の目は宝石のように綺麗で、いつまでも見ていたくなる。美しく大きな紫の瞳を銀色のまつ毛が彩って、その色彩はなによりも美しい。どんな春の花より明るい桃色の唇も、小ぶりだけど通った鼻筋も、すべてが俺を魅了した。手をつないでいないと、誰かに取られてしまうのでは、と危機感を抱いた俺は、会うたび手をつなぎ、その手を放すことはなかった。
ルナは俺にとっては、綺麗でこの上なく大切な宝物だった。しかし、どうやら周りはそうではないらしいと、敏い俺はすぐに気づいた。
ルナの家族はまるでルナが存在しないかのように振る舞う。ルナが産まれた時に、隣の家は『よその男の種では』『取り違えられたのでは』と大騒ぎになったらしい。結局、産婆や手伝いの者達の証言で、母親の腹から産まれたのは確かなのと、貧しいながらも真面目な夫婦だったと評判なため、村長が『実子として認める。実子として育てるように』と言ったことで、騒動には幕がおりた。
しかし、真面目さゆえか、村を揺るがす騒動になったルナにルナの両親は筋違いで静かな恨みを向けた。王国では十五歳まで、子どもの養育や保護が義務づけられているから、最低限の衣食住は提供する。
でも、ルナに与えられるそれはひどいものだった。家族が食事をする円卓ではなく、部屋の隅で食事するよう強要し、食事は家族とは別で粗末なもの。小さな家で家族みなで寄り添うように寝ていたが、少しでも視界に入れたくないのか、窓もない狭い物置がルナの寝床で居場所となった。あてつけのようにルナが産まれてから間を開けずに弟と妹を産むと、あからさまにルナを無視し、話しかけることはなかった。
村の人達も、ルナが通るとまるで道端に捨てられたゴミのように蔑んだ視線を向けて、そっと避けて行った。そんな大人達を見て、子ども達もいじめることはないものの、遠巻きにして、誰もルナに近寄らない。
そんな様子を見て、俺は密かに高揚した。この村では誰もルナがいらないのだ。こんなにキレイなのに。こんなにすてきなものはないのに。がんばって守らなくても、これは俺のものなんだ。それからは俺の心に余裕ができた。
それからの俺は、ルナを表立って大切にすることはしなかった。そんなことをしたら、俺までルナと一緒に泥に沈んで、村で白い目で見られることは確実だからだ。それに、万が一、ルナの美しさや価値に気づくものがいたら困る。
毎朝、ルナの家まで迎えに行き、日が暮れるまで外で遊んだ。せっかく俺と遊べるというのに、ルナは陰気で内気で、いつも俯いて、その表情をめったに変えることはなかった。
わざとではないが、ルナを転ばせてしまい、涙をためている顔を見て思った。もっと見たい――ルナの涙を、悲しんでいる姿をもっと見たい。
いつも表情を変えないルナの違う顔が見られるならなんでもよかった。その時からルナを虐げて、追い込んで、怯えさせ困らせることに、なんともいえない心地よさを感じるようになった。
それからは、わざとルナが困る状況に追い込んだ。ルナの土地勘のない場所を選んでわざと置き去りにしたり、無理やり一緒に木に登ったり、浅い川に突き落としたりした。ルナの綺麗な白い肌から血が出るのを見た時は、ヒヤリとしたが、手当をすると、それがとてもいいことのように思えた。
ルナに意地悪して困らせて、優しくしてやったら、ルナは俺なしではいられなくなるのでは?と。それは甘美な感覚で、さらに俺の心は満たされた。ルナの世界には俺だけしかいないような感覚がした。
ルナの家族をはじめ、村の大人達は俺のしていることを知ってか知らずか、誰にも咎められることはなかった。むしろ、ルナの家族にはルナを連れ出していることを感謝された。
子どもの頃は、ルナを虐げて、助けるという単純なループの日々に満足していたけれど、次第に物足りなさを感じるようになった。どれだけ窮地に追い込んでも、ルナはダレンの名を呼ぶことも、助けを乞うこともなかったからだ。
その表情も、怯えや困惑や痛みを伝えることもなくなり、いつもごっそりと魂の抜けたような人形のようなものになったからだ。
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