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【番外編】side ダレン④ 全ての答えを知る時
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それからの俺はもう何も考えたくなくて、酒に溺れた。あれだけ好きだった女にもぴくりとも反応しなくなったし、ルナに懸想して逃げられたとか殺したという噂がたった上に、アビゲイルに婚約破棄された俺に寄ってくる女はいなかった。
酒に溺れる三男を両親は、困惑しながら、腫れ物に触るように接しながら、好きにさせてくれていた。
夜更けまで酒を呷り、朝になると気絶するように眠る。夕方に目覚めるとふらふらと酒場まで移動し、夜中まで飲む。店が閉店になると家に帰り夜更けまで飲む。そんな生活をどのくらい繰り返したのか……
「王都の冒険者ギルドに凄腕の薬師がいるらしいぞ。それがなんかすっげー可愛いみたいでさー」
「いいよなー、王都には腐るくらい可愛い子とかいるんだろうなぁ」
「そんでさ、その凄腕の薬師の子、キレーな銀髪に宝石みたいなキラッキラした紫の瞳なんだってー」
「へーこの村じゃお目にかからない色だなぁ」
「薬師の妖精とか言われてるらしいっすよ。一目おめにかかりてー」
その日は、酒を呷りながらも、いつもの喧騒の中で、妙に耳につく会話があった。
ガタリと席を立つと、そいつらの隣に座る。
「その話、もっと詳しく聞かせろ。今日は俺のおごりだ」
「なんっすかーおっさんもこーゆー話、興味ありますぅ? この前、魔獣退治に王都から来た冒険者達が噂してたんで確かだと思いますよー」
「でも、こんな辺境にいたんじゃ縁がないわなぁ」
「まーでも、妄想するだけでも、酒が進むじゃないっすかー」
その後も話はとりとめなく続いたが、有益な情報はそれ以上得られなかった。
それからの俺の行動は、酒に浸った脳みそにしては驚くほど早かった。
迅速に行動したつもりだが、鈍った体では、なかなか思うように行かず、王都の冒険者ギルドにたどり着くまで、一年かかった。地方の冒険者ギルドで登録して、身銭を稼ぎながらの旅で思うように路銀が稼げず、ゆっくりと進むしかなかったのだ。
そして、王都ギルドで受付嬢に絡んでいる所を、ルナを攫った優男に回収された。
王都の冒険者ギルド本部の副長だというその男に、ギルドの闘技場のグラウンドで叩きのめされた。女みたいになよなよして見えるのに、その男は魔術を使っていないにもかかわらず、パンチの一つも入れられなかった。
ボロボロになって、地面に転がる俺に、コイツは俺への呪詛と恨みとルナへの愛を語り続けた。ぼんやりする頭で、こいつと俺のルナへの執着や気持ちの重さって変わらないんじゃないかって思った。なのに、こいつはルナの隣に居られて、とけるような笑顔を向けられていて、俺はルナを失った。その違いってなんなんだよ?
わかってる。本当はルナが村から逃げたときにわかってたんだ。こいつの腕の中で安心しきって、心からの笑みを浮かべるルナを見て。微笑み合い、うなずき合う二人の間に確かにあるもの。相手を思う心。相手の幸せを願う気持ち。それは愛って言われるもの。
その男を心配して現れたルナは辺境の村にいる頃と変わらなかった。焦がれていた銀色に艶めく髪、キラキラと宝石のように輝く瞳。年を重ねても変わらない可憐な容姿。
噂にたがわず、まるで妖精のようだった。以前より体つきはふっくらとして、なによりその表情は、人形のような無表情ではなかった。ぷくっと頬をふくらませて怒りつつ、目の前の男に甘えてじゃれている。そんな姿を見て、辺境の村に居た頃との違いに驚く。
決定打は、ダレンを覚えていなかったことだろうか。確かに、ダレンの風貌はルナと別れたときからずいぶん変わっている。
ダレンの名を聞いてもルナはなんの反応も示さなかった。好きの反対は無関心って、どこで聞いた言葉なんだろうな。村から逃げ出すときのルナには、ダレンへの嫌悪や恨みがあった。まだダレンに対する感情に色があった。
それが今は無色で、そこにはなにもない。ダレンに対するあの無の表情を見て、やっとルナのことをふっきれそうな気がした。
そこに場を納めるために現れたギルド長だという男の目は鋭く、笑っていなかった。馬鹿な俺にもわかるよ。あの二人に関わったら、この男にも殺られるってことを。もう、あの二人にも、王都にも、冒険者ギルドにも近づかないと心の中で誓った。男は俺の表情に納得したように頷くと、ボロボロの姿のまま、辺境の村行きの長距離乗合馬車に放り込まれた。
ガタゴトと馬車に揺られながら、ぼんやり流れる景色を眺める。
本当に大切なものは、きちんと大切に扱わないといけないんだな。人も自分や相手の気持ちも。
二人の間にあるような愛や絆を持たない自分を侘しいと思う気持ち。
ルナを失って、大事な宝物を失ったような寂しいという感情。
ずっと、認めたくなかったそれらを目の前に突き付けられて、認識したけど、すぐには呑み込めない…
きっと、一生かけて、咀嚼して、呑み込んでいくんだろう。
のんびりと羊でも追いかけながら。
【ダレン視点 end】
酒に溺れる三男を両親は、困惑しながら、腫れ物に触るように接しながら、好きにさせてくれていた。
夜更けまで酒を呷り、朝になると気絶するように眠る。夕方に目覚めるとふらふらと酒場まで移動し、夜中まで飲む。店が閉店になると家に帰り夜更けまで飲む。そんな生活をどのくらい繰り返したのか……
「王都の冒険者ギルドに凄腕の薬師がいるらしいぞ。それがなんかすっげー可愛いみたいでさー」
「いいよなー、王都には腐るくらい可愛い子とかいるんだろうなぁ」
「そんでさ、その凄腕の薬師の子、キレーな銀髪に宝石みたいなキラッキラした紫の瞳なんだってー」
「へーこの村じゃお目にかからない色だなぁ」
「薬師の妖精とか言われてるらしいっすよ。一目おめにかかりてー」
その日は、酒を呷りながらも、いつもの喧騒の中で、妙に耳につく会話があった。
ガタリと席を立つと、そいつらの隣に座る。
「その話、もっと詳しく聞かせろ。今日は俺のおごりだ」
「なんっすかーおっさんもこーゆー話、興味ありますぅ? この前、魔獣退治に王都から来た冒険者達が噂してたんで確かだと思いますよー」
「でも、こんな辺境にいたんじゃ縁がないわなぁ」
「まーでも、妄想するだけでも、酒が進むじゃないっすかー」
その後も話はとりとめなく続いたが、有益な情報はそれ以上得られなかった。
それからの俺の行動は、酒に浸った脳みそにしては驚くほど早かった。
迅速に行動したつもりだが、鈍った体では、なかなか思うように行かず、王都の冒険者ギルドにたどり着くまで、一年かかった。地方の冒険者ギルドで登録して、身銭を稼ぎながらの旅で思うように路銀が稼げず、ゆっくりと進むしかなかったのだ。
そして、王都ギルドで受付嬢に絡んでいる所を、ルナを攫った優男に回収された。
王都の冒険者ギルド本部の副長だというその男に、ギルドの闘技場のグラウンドで叩きのめされた。女みたいになよなよして見えるのに、その男は魔術を使っていないにもかかわらず、パンチの一つも入れられなかった。
ボロボロになって、地面に転がる俺に、コイツは俺への呪詛と恨みとルナへの愛を語り続けた。ぼんやりする頭で、こいつと俺のルナへの執着や気持ちの重さって変わらないんじゃないかって思った。なのに、こいつはルナの隣に居られて、とけるような笑顔を向けられていて、俺はルナを失った。その違いってなんなんだよ?
わかってる。本当はルナが村から逃げたときにわかってたんだ。こいつの腕の中で安心しきって、心からの笑みを浮かべるルナを見て。微笑み合い、うなずき合う二人の間に確かにあるもの。相手を思う心。相手の幸せを願う気持ち。それは愛って言われるもの。
その男を心配して現れたルナは辺境の村にいる頃と変わらなかった。焦がれていた銀色に艶めく髪、キラキラと宝石のように輝く瞳。年を重ねても変わらない可憐な容姿。
噂にたがわず、まるで妖精のようだった。以前より体つきはふっくらとして、なによりその表情は、人形のような無表情ではなかった。ぷくっと頬をふくらませて怒りつつ、目の前の男に甘えてじゃれている。そんな姿を見て、辺境の村に居た頃との違いに驚く。
決定打は、ダレンを覚えていなかったことだろうか。確かに、ダレンの風貌はルナと別れたときからずいぶん変わっている。
ダレンの名を聞いてもルナはなんの反応も示さなかった。好きの反対は無関心って、どこで聞いた言葉なんだろうな。村から逃げ出すときのルナには、ダレンへの嫌悪や恨みがあった。まだダレンに対する感情に色があった。
それが今は無色で、そこにはなにもない。ダレンに対するあの無の表情を見て、やっとルナのことをふっきれそうな気がした。
そこに場を納めるために現れたギルド長だという男の目は鋭く、笑っていなかった。馬鹿な俺にもわかるよ。あの二人に関わったら、この男にも殺られるってことを。もう、あの二人にも、王都にも、冒険者ギルドにも近づかないと心の中で誓った。男は俺の表情に納得したように頷くと、ボロボロの姿のまま、辺境の村行きの長距離乗合馬車に放り込まれた。
ガタゴトと馬車に揺られながら、ぼんやり流れる景色を眺める。
本当に大切なものは、きちんと大切に扱わないといけないんだな。人も自分や相手の気持ちも。
二人の間にあるような愛や絆を持たない自分を侘しいと思う気持ち。
ルナを失って、大事な宝物を失ったような寂しいという感情。
ずっと、認めたくなかったそれらを目の前に突き付けられて、認識したけど、すぐには呑み込めない…
きっと、一生かけて、咀嚼して、呑み込んでいくんだろう。
のんびりと羊でも追いかけながら。
【ダレン視点 end】
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