【完結】その手を放してください~イケメンの幼馴染だからって、恋に落ちるとはかぎらない~

紺青

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【番外編】 少しだけ立ち止まる日があってもいい② side サイラス

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 師匠の生命反応がないと魔石が告げたのは、師匠に会った日から三ヶ月後だった。仕事中だったけど、ギルド長のマークには話を通してあったので、早退し、家で薬の調合作業中だったルナを連れて、師匠の小屋へ転移魔術で移動する。

 鑑定スキルで観ても、死因は老衰だったから、師匠の言う通りいつ死んでもおかしくないくらいの高齢だったのかもしれない。でも、師匠は自分の死期を悟っていた気がする。ただ単に、後のことを頼みたいというだけではなく、ルナに心の準備をさせるためにあの日訪ねて来たんだろうなって思ってる。

 ルナは師匠の体に縋って泣いている。師匠の顔はとても穏やかで、まるで眠っているようだ。でも、こんなに穏やかで幸せそうな顔は見たことがないかもしれない。もう辛くないかな? 楽な気持ちになれたのかな? いつも自分に重い何かを課すようにして、しかめ面をしていた師匠。もう解放されたのかな? その体はまだ、ほのかに温かくて、それでも、何度鑑定魔法で見ても、心臓も呼吸も止まっていた。ルナの肩を抱いて、師匠の手を握っているうちに、いつのまにか幾筋も涙が頬を伝っていた。
 
 ただただ、二人の泣き声だけが部屋に響く。どんどん温度を失っていく師匠の体に師匠の死が本当のことだって、現実なんだって、じわじわ染み込んでくる。

 『ルナ、サイラス、ありがとう。さよなら。幸せに』
 かすかな、本当にかすかな声だった。気のせいかと思って顔をあげると、ルナもきょろきょろと周りを見渡していた。

 「聞こえた?」
 「うん」
 「そうね、メソメソばっかしてたら、ヤクばあちゃんに怒られちゃうね。ケジメつけて、きちんと送ってあげないとね」
 ルナの涙がたまった紫の瞳は強く輝いていた。

 涙を拭くと、在庫分の調合された薬の入った木箱を抱えて、村長の家へ向かった。村はずれの師匠の小屋から村の中心にある村長の家へ、僕とルナは、認識阻害の魔術もかけずに堂々と歩いて行った。道中、村人達から、じろじろとぶしつけな視線を浴びたが、特に声をかけられることも絡まれることもなく、村長の家に着いた。

 丁度昼ご飯時だからか、村長の家から肉を焼く匂いがただよい、肉を焼く煙も家の裏手からあがっていた。透視魔術で見ると、どうやら昼間から庭で肉を焼き、酒をあおっているようだ。都合のいいことに、村長、村長の嫁らしき女性、娘、婿らしき男性が揃っている。

 ルナに頷き、荷物を片手で持つと、ルナの手をひいて、家の裏手にまわる。

 肉を焼く鉄板の周りに座る四人は、全員体にたっぷりと贅肉がついていた。いくら辺境が豊かな土地だからって、贅肉がつきすぎだろう? ルナはこの村で暮らしているとき、あんなにやせ細っていたというのに。

 確かに村長はでっぷりとしていたが、村長の嫁も同じ体型なのか……娘はあんなに太っていなかった気がするので、村長夫婦と娘夫婦でともに暮らし、年を重ねるうちに生活が体に現れたのだろう。

 「どーも。お食事中失礼します。王都の冒険者ギルドの本部で副長してます、サイラスです。村はずれの薬師のヤクさんが亡くなったので、一応ご報告に来ました。僕は鑑定スキル持ってるので、亡くなっているのは間違いないです。ヤクさんと僕は魔術の師弟関係です」

 「は? ああ、王都の……どうも。薬師……? ああ、村はずれの魔女殿か。ふーん、了解した」

 こういう輩は、権力に弱いので、まずは自分の身分を明らかにして、用件を重ねる。

 「あと、敏い村長さんはおわかりかもしれませんが、ヤクさんは破格の値段でこの村に薬を納めていましたが、今後は薬の供給はありませんので」

 「な、え? ……魔女殿の薬がなくなったら、我々はどうしたらいいんだ……?」
 師匠が亡くなったことには、反応しなかったくせに、自分たちの利害が絡んだとたん目の色がかわる村長に、イラッとする。

 「それを考えるのが村長さんのお仕事なんじゃないですかねぇ。だいたい薬をあの値段で卸してもらえることが、ありえないって知ってただろ? 師匠が格安で卸した薬を、村人には通常の値段で売ってたのはわかってんだよ。その利益はどいつの懐に入ったんだろうな?」

 苛立ちからだんだん、言葉遣いが乱れてくるのが自分でもわかる。たっぷりついた贅肉、村に似合わない派手な服装に装飾品。師匠がどんな思いで、そうしていたのかはわからないが、求めていた結果はこれではないだろう。実際、薬を安く卸していたことに関しては後悔していたからな。

 「師匠が薬を卸すようになる前に戻るだけじゃないですかね? 冒険者ギルドのない街や村は、薬師がいるか、商人に薬を卸してもらうか、冒険者ギルドから手数料がかかる分割高だが買いとるか、してるんじゃないか? これからは、この村もそうすればいいだけだ」

 「は? そんな伝手はないし、金もない!」

 「伝手がなかったら、作るんだよ、自分で動くんだよ。交流のある商人に聞くなり、近くの街の冒険者ギルドで相談するなり、自分でなんとかするんだよ。普通はこんな辺境の土地だったら、薬師がいたら、大事にして敬うもんだがな。師匠がなにも言わないのをいいことに、村人みんなで『人喰い魔女』なんて揶揄して、師匠は魔女じゃなくて立派な薬師だよ! 自分たちと違うものを疎外したくなるのは人間の心理かもしれないし、小さな村ではよくある話かもしれないが、あまりにも馬鹿馬鹿しい。

 ルナのことだって、疎外して馬鹿にしてたし、魔女と取り違え子の半端者同士でつるんで草遊びしてるなんて言ってたの知ってるんだぞ。それが今や、師匠と遜色ない薬を調合する立派な薬師になったよ。お前たちは、自分達で自分の首を絞めたんだ。なにが本当に大切なのかわからずに、宝を自ら捨てたんだ」

 「それは……はっ!!! 横にいる女は『取り違え子』の女か??? 随分、見違えるようになったな。そうだ、たしか村を出て、王都で薬師になったと噂で聞いたな。おい、丁度いい。故郷の村に恩を返す時がきたぞ。お前を成人まで育てた家族や村の為に、今後、魔女殿が納めていた薬を村に同じ値段で納めるんだ」

 師匠、約束と違うけど、もうこの村長だけでも漆黒の炎で焼いていい? 僕の話、全然通じないけど、こいつ耳聞こえてないの? そんな耳なんていらないから、耳だけでも切り飛ばすか?

 怒りで魔術を発動させそうになっていたサイラスは、ルナにつないでいる手をやさしく引っ張られて正気に返る。サイラスと手をつないだまま、ルナが一歩前に出た。

 「お断りします。どこに尊敬するヤクばあちゃんをバカにする人達に薬を納める人がいますか? さんざん、ヤクばあちゃんと私のことを揶揄して、疎外してきたのに、そんな人達に手間暇かけて調合した薬を渡さないといけないんですか?

 確かに、幼少期の頃には衣食住の世話にはなっていました。それが最低限のものだとしても。でも、ヤクばあちゃんと出会ってからは、家には寝に帰るだけで、ごはんも着るものも用意してくれたのは、ヤクばあちゃんです。きっと、ヤクばあちゃんと会っていなかったら、私は体か心を痛めて死んでいました。

 成人までこの村にいたのは、子どもは十五歳まで保護し、保育するというこの国の決まりを逆手にとって、誘拐だ、家出だと主張されて、連れ戻されることを危惧したからです。好きでこんな村にいたわけじゃない! そんな村に薬なんて卸さない!」
 村長は、まさかルナに反撃を受けるとは、思わなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったかのようにぽかんとしている。

 「しかし、しかし、そうしたら、お前の家族がどうなってもいいんだな? お前の家族は、お前が薬を納めないと、この村でかつてのお前のように疎外されるぞ。いいのか? ただでさえ、貧しいのだから、そんなことになって、この村で生きていけるかわからんぞ?」
 それでも、村長は、なんとか反撃しようと、か細い声で言い募る。

 「家族ってなんですか? 血のつながった人のことを言うならば、あの人達は家族なんでしょう。でも、私にとっての家族はここにいるサイラスと、ヤクばあちゃんだけです。あの人達はただの血のつながった他人です。あの人たちが私が虐げられ、死んでもかまわないと思っていたように、私もあの人たちがどうなろうとかまいません」

 さすがに村長は絶句して、ぷるぷるしている。この状況をどう収めたもんかな、と思ったその時……

 ぶめぇぇぇ――――――

 終了のゴングを告げるように、羊の鳴き声が響き渡った。

 「村長、その二人にはどう足掻いても勝てませんよ。薬問題をどうするかは、この村に住む者が自分で考え、解決するしかありません。我々にできるのは、薬師殿とルナへした自分たちの行いを後悔し、贖罪して生きていくことだけです」

 え? いやいやいやお前だれ???

 羊たちを引き連れ、現れたのは年齢不詳の男だった。赤い髪に白いものが多く混じりまだらになっている、穏やかな緑色の目をして、背ばっかり大きくやせ細った男だった。

 「ダレン、なにしに来たのよ! まだ、私に未練があるの? 今、この村に関する大事な話をしているのよ!!」
 それまで、黙って肉を食いながら、成り行きを見守っていた村長の娘が叫んだ。

 え? ダレン? 仙人じゃなくて?

 「村長も、アビゲイルもそのへんにしておいたほうがいい。その二人は、優秀な魔術師でもある。この村の全員でかかっても敵わないよ。むしろ、村を焼き尽くされたくなかったら、手を引いた方がいい。

 俺は、かつて愚かにも自分が虐げていたルナに執心し、王都までルナを取り返しに行って、魔術なしでも、そこの彼にコテンパンにされたよ。

 ほら、村人もたくさん集まって来たよ。ここでの、やりとりは最初から、村中に大音量で響き渡っていたよ。きっと彼が魔術を使ったんだよね? だから、薬師殿とルナを虐げ、疎外したせいで、自分たちが薬にこれから困ることを村人たちも自覚しているさ。ああ、村長が薬の利益を自分の懐に入れていたこともね。今までおいしい思いをした分、がんばって村の為に動けるよね」
 ダレンに優しく諭されて、村長はその場に崩れ落ちた。

 「確かに、師匠が安く薬を卸していたのも、いけなかったんだろう。せめて相場で卸していればな……。師匠が何を思ってそうしていたのかは、今となってはわからない。でも、その優しさをなんの躊躇もなく踏みにじったのはお前らだ。一応、在庫分は渡してやる。これが最後の温情だ。この薬がなくなるまでに、自分たちで今後の薬を手に入れる算段を立てるんだな。あと、コイツも言ってたけど、今後、僕やルナに接触しようとしたら、村ごと燃やすからな」

 近くのテーブルにゴトッと薬の在庫の入った木箱を置くと、ルナの手をひいて、村長の家を後にした。

 とりまく村人の輪の奥に、寄り添う四人家族がいて、縋るようにルナを見ていた。ルナとつないだ手が一瞬こわばる。ルナはその家族に冷たい一瞥を向けると、振り返ることもなく、師匠の小屋へと向かって足を踏み出した。ダレンはああ言っていたが、ルナの家族はこれから、針の筵に座るような辛さを味わうんだろう。そのことに、少しだけ気分がすっとした。

 村人達にどこまで、あの会話の意味が伝わったかはわからない。大方、村長のように反省もせず、なにも変わらないやつも多いんだろう。むしろ、師匠やルナや俺を筋違いに恨んだり、運命を呪ったり、今まで通り受け入れられないものを疎外していくのだろう。でも、それは他人のことなので、僕の責任の範疇外だ。僕とルナの幸せを脅かしに来たら、容赦しないけどね。

 ただ、ダレンのように変わる奴もいる。あいつの場合変わりすぎていいのか悪いのかよくわからないけど。誰か一人にでも、今日のことが響いているといいけどな。
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