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第二章 聖剣の主人探し
聖剣の無茶ぶり
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1.ブービー皇子
瀧宮総合化学株式会社は、その名の通りメインこそ化学製品の開発販売だが、会社を創立した初代辣腕社長は多岐にわたって商売を展開し、そのどれもが日本経済に欠かせぬほど大きな成功を収めている。
今は会長として第一線を退いた瀧宮健司は、還暦を迎えながらも、見た目だけなら未だ四十代に見えた。55歳を機に、長男に社長職を譲り、次男には家電部門を扱う子会社の社長に就任させた。
だが一線を退いても、一代で日本十指の大企業にのし上げた瀧宮会長は未だに多忙を極め、この日も出張先の福岡県で日付が変わる直前に、ようやくホテルの特別室へ戻ることができた。
風呂から上がってお気に入りのビール缶を片手に、今夜(実際には日付が変わってるので既に昨夜)生放送された歌番組の録画を見る。息子の芸能活動には反対だったが、いざデビューすると率先して応援するようになった。
「あら殿下。本当に遼の言う通り、『聖剣の騎士団』のファンなのですね。てっきり遼の冗談かと思っていたのに」
部屋に響く聞き慣れない声に、瀧宮会長は驚く。この部屋には侵襲者が入らぬよう、防御魔法を会長がかけていたからだ。
瀧宮会長は意表突かれて振り返る。背後に立つドレス姿の花蓮を見てすぐ、地球人でないことを見抜いた。
花蓮は王宮へ赴いても失礼当たらない桜色のドレスを身にまとい、亜麻色の髪も我流で編み込んで左肩から垂らしている。デビュタントを済ませていないので、髪を結い上げる必要がないのが幸いだった。
「君は遼の恋人の、確か花蓮君だったな。まさかセントクリア世界の者だったとは。意図的に、遼に近づいたのか?」
テレビを消した瀧宮会長は、怒気を全身から滾らせて花蓮と対峙する。仕事は忙しいが、家族仲は良好で、会長の家族愛が強いのは有名な話。
遼の奴、二十歳過ぎても恋人報告なんてこと親にしてるのかと、花蓮は呆れた。花蓮の顔を会長が知っていることからして、写真も見せているのだろう。普通のデート写真ならともかく、まさか変な写真見せてるわけではあるまいな。意図せずに、花蓮は爪が食い込むほど拳を握りしめる。昨日、爪を切っておいて本当に良かった。
「まさか。私とて、遼と付き合うなんて想定外でした。瀧宮会長、いえ、ブライド皇子殿下と申し上げた方がよろしいかしら。殿下にお会いしたら、絶対に言いたかったことあったのですよ。いくらここが地球で、遼やその兄上方も地球人とのハーフとはいえ、基礎的な魔法の制御法ぐらい学ばせてほしかったと。無意識で使う魔法の感知や防御は難しく、お陰で私は遼と出会ったその日に自宅へお持ち帰りされて、恋人にされた上に、束縛が酷くて迷惑してるんですから」
花蓮の冷ややかな口調に、地球に来てから百戦錬磨の瀧宮会長は、小娘の圧に圧される。この娘、皇族である自分と同等、もしくは格上の魔術師だと瀧宮会長は察した。
「それは悪かった。だが妻子には、異世界のことを隠しておきたかったのだ。魔法と言っても、せいぜい中程度の魅了魔法を放つぐらいだったから。それより、なぜ君が私のような落ちこぼれ元皇子のもとへ現れたのだ?魔力量から察するに、侯爵家以上の令嬢と見受けられるが、まさか遼をセントクリア世界へ連れて行くつもりか?」
「ご謙遜を。本物の落ちこぼれだったら、異世界転移なんて大技を使えるはずもないでしょうに」
花蓮は高笑いする。それから彼女は故郷での自分の立ち位置も説明する。
「そんな馬鹿なことしませんよ。むしろ、私も貴方様同様、セントクリア世界を捨てて地球に移住してきた者です。そうそう、申し遅れました。私は西方地区の田舎伯爵家の娘で、アリアルイーゼ・グレイと申します。まあこの通り、家柄に合わない魔力量を持って生まれてしまいましたので、牧歌的な領地で静かに暮らす家族が私の誕生にパニックを起こしまして、私は魔力量を隠して育てられました。遠からず、存在を抹殺するため、他国か別世界へ移住させるのを想定して」
「皇族に匹敵する魔術師令嬢が他国に渡るのは、元皇子だった私としては看過できないな」
「私も他国でいいように扱われるのは嫌ですよ、これでも愛国心はありますから。デビュタントを迎える16歳の直前に地球へきたのは、たまたまオーパーツとして飛んできた地球の漫画に心惹かれて、こちらへ移住することにしましたの。だけど今回、厄介な出来事に巻き込まれまして。少々、話が長くなりそうなので、座ってもよろしいですか?」
花蓮の申し出に、瀧宮会長はいくら不法侵入者でも、今まで淑女に立ち話させていたことを恥じた。
「レディーを立たせたままにして申し訳なかった。飲み物は何がいいか?」
瀧宮会長は、続き部屋のリビングのソファに花蓮を案内しながら尋ねる。
「冷の日本酒と言いたいところですが、ここは淑女らしくジュースとでも答えておきますわ」
花蓮の遠回しなおねだりに、瀧宮会長は笑いながら、ワインセラーに常備してあった有名大吟醸の栓を開けて、グラス2つに注ぐ。そして片方をコースターに乗せて、花蓮の前に給仕すると、瀧宮会長はその真向かいに腰を下ろした。
「それで、深夜に恋人の父親に会いに来た理由とは?」
瀧宮会長は微笑みながらも、目には油断ならない光を宿らせて尋ねる。
花蓮は、先ほど異世界の兄から聞いた電話の内容を話す。それを聞いた瀧宮会長ことブライド元皇子は絶句した。ちなみに瀧宮会長のアンダラ帝国での名前は、ブライド・ノーザンフラウ元公爵である。いまこの地は、賢帝の第二正妃の曾孫が治めている。
「まさか父上がお亡くなりにー」
瀧宮会長は半分飲んだグラスをテーブルに置き、口元を押さえる。隙のない瞳は微かに潤んでいた。
「セントクリア世界での寿命の5倍以上を玉座を守るために頑張ってこられたのですから、賢帝陛下には、ようやく安らぎが得られたかと。寿命が長かった分、私たちには想像もしがたい沢山の家族や友人、家臣を亡くされ、見送ってこられたのですから」
「そうだな…常人には耐えられない苦労を父上はなされてこられたのだな…」
瀧宮会長は、嗚咽混じりに言う。
感傷に沈み込みそうな瀧宮会長を察して、花蓮は言葉を続けた。
「問題は聖剣です。皇位継承権者は、賢帝陛下の遺言により、ミゲール故皇太子殿下の孫君となるアリオス皇太子殿下に決まっておりますが、聖剣がソードマスターを指名しないのは由々しき事態です。議会は新皇帝をアリオス殿下とし、聖剣が認めたソードマスターは出現次第、元帥の称号を与えることで意見は一致したそうなのですが、根本的な問題が解決していません。聖剣が沈黙を守り続けて、なにをどうしたらいいのか、理由が分からないのですから」
花蓮は面倒くさそうなため息をついて、苦々しい表情で日本酒を口にする。
「その聖剣アースブレイカーが、アリアルイーゼ伯爵令嬢を指名して、君との面談を希望しているということだな?」
「どうしてド田舎の小娘を指名してくるのか、理解したくもないですけどね」
花蓮はグラスに残った日本酒を一気飲みして、おかわりを所望する。瀧宮会長は苦笑しながら、花蓮のグラスに並々と高級大吟醸を注いだ。
「聖剣が、君を選んだという可能性はー」
「あり得ません。あの聖剣、美男子好きで有名だったじゃないですか。美男子の基準は、その都度、変化していたと伝記で読んだ記憶があります」
賢帝が聖剣アースブレイカーに選ばれた者は例外なく、類まれなる美形だった。だがこの『類稀なる』の聖剣の美形基準が、時代ごとに変わるらしい。賢帝は黒髪に若葉色の瞳をした野性的な筋肉質美形だった。その前は風に吹かれれば折れそうな儚い金髪美形少年だったらしい。聖剣を扱う剣士が可憐な少年というのも首を傾げたくなるが、その前は神々しい銀髪青年だった伝説もあるので、千年単位で加護を与えていれば、次第に聖剣も指名したソードマスターの容姿に飽きてくるのかもしれない。
「趣向を変えて、たまに女性剣士もありかと思ったのではないか?」
「それは無いと、確信しております。伝説にも類まれなる美形男子と書かれておりますし。美少女なら、皇族や高位貴族に山ほどいるはずですから。私がこの話を兄から聞かされた際、真っ先に思ったのは、聖剣は地球人、更に厳密に言うと遼をターゲットにしてるのではと思ったのです」
「まさか!」
「それぐらいしか思いつかないのですよ。異世界へ渡るチート能力を持つ者は、アンダラ帝国では私たちの知る限り、ブライド殿下と私のみ。で、わざわざ私を指名してきたとなると、それぐらいしか思いつきません」
花蓮の言葉に、瀧宮会長は驚愕を隠せない。
「遼はハーフとはいえ、魔力も無意識に魅了しか使えない地球人だ。それに異世界の混血など、帝国の自尊心の高い貴族共が黙っておるまい」
「それ以前に聖剣アースブレイカーって、ソードマスターの選出基準からして、本質は女性ですよね。そしてこれまで選んできたのは、ぶっちゃけてしまえば、清い体の童貞男子。遼はそこからして、基準から外れていると思うのですが」
「不真面目な早熟も、たまには役立つようだな。上の二人は女性には奥手だったが、遼は中学時代から女性関係は派手だったから」
瀧宮会長は、当時のことを思い出し、苦虫を潰したかのような顔になる。物心ついた時から自由を謳歌してきた花蓮も、嫉妬深くて束縛の強い粘着質な恋人に顔をしかめる。なんであんなのと恋人なのか、今でも首を傾げたくなるが、無自覚の魔力を無理矢理破ると相手に支障が出かねないので、花蓮としては自制している。それに粘着質性格はともかく、遼の顔立ちや一途な愛情表現は嫌いではない。
「ともかく、私は2日以内にアンダラ帝国へ一旦帰る約束をしています。家族を人質に取られているので。ついては、ブライド殿下もご同行いただければ心強いと思い、失礼を承知で参上しました。御身の心配はいりませんよ。聖剣の趣向が変わって妻子持ちでも構わないとならない限り、殿下が聖剣の主人に選ばれることもありませんから」
「これまで遼が付き合ってきたガールフレンドとは毛色が違うが、そこが遼を引き付けたのかもしれないな。私も出奔した身だが、父上に最後のお別れぐらいはしたいものだ。君に同行しよう。セントクリア世界へ帰るのは何十年ぶりか」
瀧宮会長こと、ブライド・ノーザンフラウ元公爵は故郷に思いを馳せる。別に故郷が嫌いだったわけではない。だが側妃を母に持つ自分が、数多の皇子の中でもトップクラスの魔力の持ち主だと周囲に知られたとき、国に混乱を招きかねない面倒を起こすのが嫌で、父帝の許可を得て、能力が世間にバレないうちにセントクリア世界を旅立って地球人に擬態したのだ。108人の皇子のうち、107番目のブービー皇子1人が消えたぐらいで、帝国が騒ぐわけでもなかったから。
「君も特別変異として生まれて、さぞ苦労したことだろう。だがセントクリア世界の者だと知った今、正直なところ遼の恋人として認めたくない気持ちだ。息子には地球人として、魔力とは関係ない平穏無事な人生を歩んでほしい」
「私も恋人として付き合う程度ならともかく、遼との結婚はまるで考えていませんので、ご安心を。遼が、さっさと私に飽きて私を解放してくれれば、もっと自由にオタ活も出来ますから。正直、オタ活を事あるごとに邪魔されて、辟易としているんです。私の将来の夢は、マンガ雑誌社かアニメ制作会社に就職して、アニメとマンガに公私共に人生を捧げることですから」
胸張って、湾曲的に息子が迷惑と言われるのも、親心としては複雑なものがある。
「会社の者や家族も、私が敵情視察でふいに行方をくらますことには慣れている。では早速、面倒事は片付けてしまうとするか。着替えてくるから、少し待っていてくれ」
部屋着姿の瀧宮会長は、着替えをするために寝室へと戻った。そして待つことしばし、出てきたのは、故郷の装束を着た元皇子ではなく、喪服に身を包んで故郷との別離を身なりでアピールする瀧宮健司だった。
2.聖剣の要望
花蓮改めアリアルイーゼ・グレイ伯爵令嬢と、元ブライド・ノーザンフラウ公爵こと瀧宮健司は、皇宮内の玉座の間へ転移した。
マナー的には皇宮の入り口で身分を明かしてから通してもらうべきだが、それだと手続きが面倒になる。玉座の間に張られたシールド程度なら(国一番の最強防御魔法がかけられている)、アリアルイーゼとブライド皇子なら、容易に破って侵入することが出来たからだ。
空の玉座を守っていた衛兵たちは突然の侵入者にギョッとしたが、聖剣が喜びを露わに光り輝いたので、侵入者は聖剣の召喚に応じた者たちと理解して、衛兵たちも槍や剣を収めた。
「久しいの、ブライド皇子。あのとき妾の指名を断らねば、いまごろ玉座の座っていたのは、そなただったろうに」
聖剣の言葉に、衛兵たちはもちろん、異変に気づいて玉座の間に駆けつけたアリオス皇太子や王宮出仕の重鎮たちは、聖剣の思いがけない真実暴露にギョッとする。
「側妃の皇子が玉座に上がったら、それこそ混乱が酷くなりますよ。それに私は寂しがり屋なので、千年の孤独には、とてもじゃありませんが耐えられそうにありません」
「そのようだな。老け込んだ擬態をしておるが、この世界に居たときよりも、生き生きとしておる。異世界の水が、よほど性に合ったのだろう」
「ええ、とても幸せに暮らしております。二度と帰還はしないと誓って旅立ちましたが、父上への最後の挨拶と、それとこの娘が召喚されたと聞きつけて、何事かと参上した次第にございます」
「うむ。アリアルイーゼ・グレイ伯爵令嬢、そなたもまた、このブライド皇子と同じく突然変異で魔力が皇族の上澄みに匹敵しているのを自覚して、国が混乱するのを怖れ、4年前に異世界へ渡ったのだったな。それを強引に引き戻したのは申し訳なく思う」
「聖剣アースブレイカー様には、お初にお目にかかります。自己紹介は省きまして、端的にお尋ねします。当家の平穏を乱してまで、なにゆえ私をわざわざ召喚なされたのでしょうか?」
「玉座に座る者は既に決まっておるが、元々、妾は国王の証の飾りではない。百歩譲歩して、皇宮にとどまることは同意したが、ソードマスターの指名権まで譲るつもりはない。そなたを呼んだのは、妾に相応しい新たなソードマスターを探させるためだ」
「は?」
「驚くこともあるまい。頭の回転の早いそなたならば、大方の予想はついていたはず。妾が求む新たな主人は、そなたやブライド皇子が暮らす異世界人だ。見目麗しくて清らかな青年を探して参れ」
「いやいや、それは無理があり過ぎでしょう。異世界から人を攫ってくるのはもちろん、聖剣様は身が清らかな美形青年好みと伺っております。私の暮らす異世界の国は早熟な者が多いので、美少年及び美青年は、大半が既に他の女性のお手つきになっておりますよ」
「それをどうにかして探して参れ。そなたが移住先に選んだほどの異世界ならば、恐らくこちらには居ない極上の少年もしくは青年がいるのだろう。こちらからは、ブライド皇子とそなたアリアルイーゼ伯爵令嬢の2人が異世界へ渡っているのだ、1人ぐらいこちらへ寄越しても構うまい」
「犬や猫の譲渡じゃあるまいし」
聖剣に、アリアルイーゼが対等に応戦してるのを、重鎮たちはハラハラしながら見守る。
「こちらに理想に合う青年候補はいらっしゃらないのですか?異母兄弟の子孫も数多いるでしょうから、お好みに合うのが1人ぐらいいるのでは?」
瀧宮会長も援護射撃を行う。
「居れば苦労はしとらん。どれもこれも、似たりよったりのドングリの背比べ。妾の主人となって下剋上を狙う不届きな皇族もいたが、そういうのは妾の好みではない。そもそも妾は、前ソードマスターのエルファード賢帝の意志を捻じ曲げる気は無いからのう。皇位継承は、亡きミゲール皇太子の嫡孫アリオス皇太子で固定する。キチンと帝王学を学び、家臣との調和もうまくやっておる優秀な統治者だ」
「なら、そちらの次期皇帝陛下にお仕えすればー」
「優秀だが、妾が欲する美形には程遠い!妾は毛色の変わった美形を所望しておるのだ!」
「そうは言われても、私の美形基準は3次元人間ではなく、2次元の絵の中にいますので。あ、ご覧になります?」
アリアルイーゼは、アイテムボックスから、愛読書のマンガを数冊取り出して、聖剣に渡す。意識して正規コミックではなく、BL同人誌を渡して諦めてもらう魂胆だったのだが。
「おおっ!異世界では、このような刺激的な絵が発展しているのだな。聖人君主な顔した腹黒青年と美少女的若者との倒錯愛、これは素晴らしい。このような若者のセットを、こちらへ連れてまいれ。うむ、よい指針ができた。闇雲に連れてくるのも大変だっただろうからな」
聖剣はそのままの姿だと読書しづらいので、人型に具現化する。それがまた銀髪と柄にはめ込まれたブルーダイヤモンドの瞳の絶世の美少女だったので、玉座の間にいる者たちは息を呑む。
そんな穢れを知らぬ聖女のような美少女が、食い入るように同人誌に夢中な姿は、何とも形容し難い。数冊の薄いが濃密なラブシーンが描かれた同人誌のうち、そのうちの1冊の同人誌の恋人同士が、聖剣の曖昧だった次のソードマスターのイメージに合致したようだ。
「こちらの聖人君主系腹黒青年に似た人物を連れて参れ。それと、こうした本を定期的に献上するように。妾もこの千年間、賢帝に儀式や他国侵略の危機で必要とされる時以外は、玉座の横で退屈しきっておったからな」
「えっと…それは実在人物じゃなくて、それにある意味では、清らかな体とはとても言い難いカップルですけど。それに実際の同性愛者カップルは、こんな美形ではありませんよ。これらの薄い本は、私が住む国のファンタジーお伽噺ですから」
「ふむ、そういうものか。だが性癖はともかく、似たような人材を見つけられないこともあるまい。賢帝が亡くなって、そろそろ他国に死去を伏せておくのも危うくなってきた。隠し通せるのも、長くて半年だろう。半年以内に新帝即位と、新たなソードマスターお披露目をするゆえ、この聖人君主系腹黒青年に似たのを連れて参れ。ブライド皇子、そなたも元皇族として協力するように」
「…御意」
渡された同人誌の絵を薄気味悪げに眺めながら、瀧宮会長は不承不承に了承した。瀧宮会長が胸をなでおろしたのは、絡み合う青年カップルに、息子たちが誰も似ていなかったことだった。
セントクリア世界に、四つの大陸とそれに呼応する4振りの聖剣が存在する。
アンダラ帝国の聖剣アースブレイカーは、大地の力を有し、その潜在能力は4振りの聖剣の中で最も強い。他にも水、火、風の4大要素に呼応した聖剣がそれぞれの大陸を治める国王もしくは軍のトップが所持していた。
聖剣が機能していないと他国に知られる事態になれば、由々しき事態だ。
次期皇帝及び重鎮たちは、ブライド元皇子こと瀧宮会長と、アリアルイーゼ(花蓮)に床に額を擦り付けてお願いした。
頼まれた側としても、故郷が嫌いで地球へ移住したわけではない。聖剣の希望通りに急いで事態に当たるつもりだが、ここで2人は条件を出した。もし聖剣のお眼鏡に叶う人物を連れてきたら、二度と我々(瀧宮会長とアリアルイーゼ)には関わらないこと、それはセントクリア世界からの完全離脱を意味する。瀧宮会長は、それを公式文書として3通作成させて、1通は皇宮保管、2通は瀧宮会長と花蓮がそれぞれ所有することになった。
ここで次期皇帝アリオス皇太子は、「もしも聖剣の気に入る人物が見つからなかった場合」を聖剣に尋ねる。
聖剣は「そのときは、アリアルイーゼ伯爵令嬢を仮の元帥として傍らに置いて、適任者が現れるまで彼女に任せる」と答えた。花蓮がゾッとして、真剣にソードマスター候補を探そうと思ったのは言うまでもない。
3.作戦会議
地球の日本福岡県屈指の高級ホテルの特別室から、故郷セントクリア世界へ出かけて戻って来るまで約5時間。カーテンの隙間から朝日が射し込んでいた。
「まったく冗談じゃない。なんで私が、適任者不在の場合は仮元帥にならなきゃならないの!」
アリアルイーゼこと花蓮は、テーブルに置いたままだった、温くなった日本酒を瓶からラッパ飲みして息を吐く。その目は怒りで座っていた。
「とりあえず、聖剣が求める人物像が分かっただけでもヨシとしなくては。ウチの社員では老けすぎているから、子供たちの友人や部下の息子から探してみるか」
瀧宮会長は、2人分のコーヒーを淹れて、1つを花蓮に差し出す。瀧宮会長はブラックコーヒー派かと思いきや、朝は砂糖とクリームたっぷりのカフェオレが習慣なのだという。早朝から頭の回転をよくするため、程よく血糖値を上げておくそうだ。花蓮は角砂糖一つ分のブラックコーヒーを所望したので、その通りに淹れた。
「この世界に後腐れがなく、面倒なしがらみの少ない人物が見つかると良いのですが。リクエストが聖人君主系腹黒青年となると、該当者は育ちの良さげな青年かな。該当者に適合しそうな人材の豊富さを考えると、有名私立高校か大学。あとは芸能事務所所属タレントぐらいしか、今のところ思いつきませんね。会長の傘下には、芸能プロダクションはなかったはずですが、関わりが全くないわけでも無いですよね?」
「芸能事務所か、名案かもしれないな。ああいう場所は、歌や演技が好きだという他に、生活のために働く若者も結構多いらしい。家族の幸薄い人間なども」
瀧宮会長の言葉に、花蓮は晴川悠一を思い浮かべたが、さすがに年齢的に聖剣の基準から外れているだろう。あと数年若ければ、候補者に適任だったかもしれないが。いや、本番はともかく、R18の映画でラブシーンを披露していたぐらいだから、男性カップルには鷹揚でも、女性の匂いのついた俳優では聖剣に拒絶される可能性が高い。
「いま試行段階のプロダクションが我が社にもあるが、他にも大手芸能事務所とのコネが幾つかある。そうだな、見目は良くても、異世界で暮らすことを考えると、家族との縁が薄い人物を選んだほうが事後処理も楽かもしれないな」
「遼が所属するプロダクションは、業界最大手で若手の育成も熱心だから、見つかりやすいかも。ただ、私が芸能界に近づくのを遼は物凄く嫌がっているのが問題かな」
「ははは、それは無理もないだろう。普段は認識阻害魔法で目立たなくしているようたが、素顔で歩けば、君はたちまち芸能界で天下が取れる。その図太い性根も、芸能界向きだ」
「とても褒められているようには聞こえませんが。それにトークは苦手です。すぐ本音や素が出てしまう性分なので」
加えて言えば、花蓮は音痴でもある。楽器、特にピアノは得意だが。あとはアニメ・マンガの批評をSNSに書き込むと評判がいい。いずれも聖剣の主人候補者を見つけるスキルとしては、全く役に立たないものだ。
「私側からは、アニメ・マンガ研究科の女子大生の立場を活かして、そちら方面で活動している初心な男子学生を探してみます。異世界移住にも、彼らなら抵抗も少ないでしょうし。ネットを使えば、海外の学生との交流もありますから」
花蓮の学校は、他校の大学アニメ・マンガ研究部と交流頻度が高い。遼はオタク合同研究会への花蓮の参加を嫌がっているが、彼らの興味は二次元キャラにある。たまに合コン狙いの阿呆が混じることもあるが、基本理念はアニメ・マンガの良さを熱く語り、活動すること。活動とはネットでの推しアニメ・マンガの良さの編集、二次制作発表、グッズ紹介。他にも欠かせない聖地(コミケ)出品作品の同人誌制作などがある。文学部にアニメ・マンガ科を置く大学は少ないながらもいくつか存在しており、活動場所はそうした大学の教室で行うことが多い。なにしろ数校参加の人数が、居酒屋やカフェの規模では収まらないのと、時間制限や機具の持ち込みに難儀するからだ。
「学びの場というより、趣味に全振りしているな」
瀧宮会長は苦笑する。
「そうはおっしゃいますが、少なくともウチの学校は学力の割に、アニメ・マンガ方面の就職率が高いんですよ。編集者志望はもちろん、アマチュアイラストレーターやプロの漫画家も在籍しているので、雇用範囲は狭くとも需要はあるんです。なにしろ日本のアニメは、世界に誇る一大カルチャーですから」
「なるほど。では、ウチもいずれはアニメ部門を立ち上げてみるかな」
瀧宮会長は末っ子可愛さに、いずれ息子が独立した受け皿となるよう、既に芸能プロダクションの立ち上げている。試行段階なので、所属している俳優や歌手は少ないが、瀧宮ブランドのお陰で依頼される仕事は多い。その分、所属タレントの審査の厳しさは有名でもあるが。
4.犬も歩けば棒に当たる
推し漫画以外の合同サークルにほとんど顔を出さなかった花蓮だが、積極的に合同サークルに出るようになった。宗旨変えに友達は驚いていたが、「推し活のジャンルを広げたい」というと、皆が納得し、歓迎もした。花蓮が推し活ターゲットロックオンした漫画やアニメに熱を上げだすと、ネット活動や二次創作の進行が早さと濃密さを増すからだ。それだけ花蓮の推しアニメ・マンガへの愛は強い。
だが合同サークルに参加しても、ピンと来るターゲット(生贄)は居ない。瀧宮会長とも互いに毎日進捗状況をメールで報連相しているが、どちらも決め手となりそうなソードマスター候補とは未だに出会っていない。
そんななか、友人でYouTubeから火がつき、アニソン歌手デビューした早瀬紗耶から、生放送歌番組のスタジオ見学席のサクラの話が舞い込んできた。花蓮だけでなく、他に2人のオタク仲間も呼んでいることから、なかなかの規模の歌番組のようだ。詳細を聞いて3時間生放送と知った時には断ろうとしたが、紗耶や他の友人に拘束されて「逃げたら許さん」と脅された。
軽い気持ちで引き受けるんじゃなかったと後悔したが、場所がドーム球場。近くには人気雑誌公認ショップがあるではないか!
このところソードマスター探しでストレスを溜めていた花蓮は、仕事で会場へ早入りする紗耶を除く友人2人と早々にアニメ聖地へ赴き、会場から離れたアニメショップに一旦立ち寄って推しグッズを爆買い、ドーム球場近くの公認ショップでも散財して、両手にグッズが沢山入った袋を下げ、紗耶(芸名ラフレシア腐人)の専用サクラ観客席へ行くために、裏口からバックステージパスを係の者に見せて入場した。
アニソン歌手だが顔出しはアニメイメージにこだわりのある紗耶の意向を事務所も承諾して覆面、ただし歌手である以上は口パクはしない。ラフレシア腐人は一定数のアニメオタクファンが観覧席を獲得しているが、事務所から歌は二の次で見栄えが良いアイドルグループが他に二組出るので、サクラタレントはそちらに二分された。そのため事務所からラフレシア腐人の空席を埋める友人を連れ来るよう要請があったというのが、花蓮達が呼ばれた真相。
一番の新人かつ事務所所属歌手として現在一番人気のラフレシア腐人には、そこそこファン席が埋まっていたので、数席を友人で埋めてくれればそれで良いということだった。
戦利品を手に、差し入れ(紗耶の推しアニメグッズ)を持って楽屋へ向かう途中、晴川悠一と出くわしたのは、宿命かオタクの呪いか。
先に気づいた花蓮はサッと顔を伏せて通り過ぎようとしたが、アニメグッズ入り有料大袋が、普段なら空気を読んで素通りする悠一に引き止められてしまった。
「司令官、こんなところで何を?もしかして芸能界デビューされたとか?」
悠一が気さくに花蓮に声をかけたので、同行の友人が目を見開いて驚く。
「あー、違う違う。大学の友達が歌手やってて、サクラに呼ばれたの。つか俳優の大河が、なんでこんなトコロに?」
花蓮も悠一も、いつも通り『創世記激闘大戦』の推しの名前で呼びあってる。
「新番組のドラマ番宣で呼ばれたんだ。司令官、ドラマで自分が主役やることメールしたのに、全然記憶してなかったでしょ?」
「今クールは、好きな原作アニメがいくつもあったし、興味あるアニメ新番組も多かったから。ドラマ録画のハードディスク枠なんて、最初から無いって。お詫びに後で、今日買ったブラインドグッズの中から、ハズレヒーローを引いたら進呈するから見逃して」
「ヒーローをハズレ呼ばわりしないでください!まったく、雑誌連載では徐々に覚醒して格好良くなってるじゃありませんか!」
「まーまー、そう熱くならずに。これから仕事なんでしょ、クールビューティーの仮面が剥がれたキモオタになってるよ」
花蓮が指摘すると、晴川悠一は慌てて表情を元の冷ややかな美形に繕いなおす。
晴川悠一のマネージャーと付き人は、不審げな顔を隠そうともせずに花蓮を睨む。が、花蓮が上から目線の、冷ややかで侮蔑の眼差しをマネージャーらに向けると、彼らは慌てて晴川悠一の肩を抱いて楽屋へと逃げていった。
別に魔法を使った訳ではないが、花蓮はその気になれば相手を圧倒し、気迫で追っ払うなど朝飯前だ。この表情をすると、両親や兄たち(姉の婚姻相手の義兄含む)はもちろん、屋敷中の者が腰を抜かすか、土下座で許しを請う。他の貴族とは交流しないよう注意しているので、上位貴族にもこの手段が有効か、一度試してみたいものだ。
「評判に違わない、嫌な奴らね。大河も、あんな輩に始終監視されてたら、心が病むのも道理か」
花蓮が呟くと、両側から友人2人が花蓮の腕を強く掴む。
「ちょっと!国宝級美形と名高い晴川君と、何処で知り合ったのよ!」
「私たちにも紹介しなさいよ!いや、まさかアンタ達、恋人同士とか?」
両側からギャンギャン叫ばれては耳が痛い。
「先日の『創世記激闘大戦』コラボカフェで、互いの推しのコースターを交換したのをキッカケに、オタ友になっただけだよ。機会があったら、ウチらの合同サークルにも行ってみたいとはメールで書いていたけどー」
花蓮が言い終わらぬうちに、友人2人は興奮のあまり鼻血を噴き出すのではという勢いで花蓮に迫る。
「本当?是非是非、早急かつ迅速に舞台セッティングするわよ!」
「もちろん会場はウチの大学でー」
「待て待て。あのマネージャーと付き人見たでしょ。事務所の稼ぎ頭を、仕事でもないのに私らに近づけるわけないって。誘った交流会参加も一度、仕事が早朝で終わりそうな日に行こうとしたら、事務所にバレて説教喰らったと落ち込んでたし。嘘も方便というのも知らない馬鹿正直なのも、世間ズレしていないというか、素直すぎて危なかっしいというか」
花蓮はため息をつきつつ、早瀬紗耶(ラフレシア腐人)の楽屋へ友人2人を引きずった。
(マズったなー、やっぱり仮病でもなんでも使って、サクラなんて断れば良かった)
花蓮は心の中で猛省する。振り返って確認せずとも、たまたま売店へに出向いた帰りなのだろうか、恋人の遼か隠れながらも凄まじい形相で、晴川悠一とのやり取りを睨んでいるのが分かったからだ。
ラフレシア腐人を含む彼女が所属する歌手の楽屋前には見張りがいて、ドアを開けると床につくほど長い布が掛けられて内部が覗かれないようになっていた。同じ事務所の2つのグループは和気あいあいしていたが、ラフレシア腐人は部屋の角の一画を布で隠された中で待機中だった。そこまで徹底した素性隠しにも脱帽するが、ラフレシア腐人は元の素材が良い上に、芸能活動するようになってから、どんどん垢抜けている。素顔かバレても、それはそれで新たなファン層を獲得するだろう。
ラフレシア腐人はすでに衣装もメイク(仮面装着)もバッチリだが、お土産の推しアニメ・マンガグッズを手渡すと、飛び跳ねて喜んだ。早速、4人でブラインド商品を開けて、『創世記激闘大戦』のヒーローが出たときは、頼み込んで定価で譲ってもらった。晴川悠一こと、オタ友の大河にあげるためだ。
「あの事務所は昔から、タレント酷使がブラック過ぎると評判悪いのよね。晴川君も別の事務所に所属していたら、もっとノビノビ演技できて、更に才能が引き出せるのに」
ラフレシア腐人のマネージャーがため息をつく。
花蓮も心の中で同意した。死相は花蓮との交流で若干薄れたが、未だ目の離せない濃い影を落としている。最初は善意でオタク話メールのやり取りをしていたが、いまでは真の『創世記激闘大戦』ガチオタク同志と認定している。もしものことが起こりそうなときは、大河が自ら命を断つ前に、セントクリア世界の実家に預ける腹づもりでもある。
(それより先にヤバいのが居たな)
花蓮は化粧室へ行くと言って席を立つ。そしてトイレ個室でスマホを起動させると、遼から鬼メールが50件近く入っていた。花蓮は頭を抱えつつ「詳細は後日」と返信すると、すぐに「今夜、説明に来い!」との返信。「無理。今夜は友人と、オタクお泊り会でホテル泊まるから」とメールに書き込み、「ごめんちゃい」のアニメスタンプを押して電源を切った。
「とーせ何を言っても、納得するわけないんだし。瀧宮会長に後でヘルプ頼んだこうかな」
花蓮は呟きながらトイレを出た。
トーム満席の華やかな3時間歌番組。これがアニメ映画上映会なら、花蓮も友達も熱心に見入っただろうが、興味のない口パク歌手のパフォーマンスを見て何が楽しいのだか。例外は友人であるラフレシア腐人と、アニメ主題歌を歌っている実力派バンドのときぐらいか。
この長時間歌番組の人気アイドル枠の座席の応募数は、募集日時のネットサーバーが一時ダウンしたほどだったとか。なら座席すべてを歌手ごとに振り分けずに、いっそ全席人気アイドル枠にしてしまえばいいと思うが、それだとやはり参加アーティストの士気が下がるというので、座席振り分けは人気順に座席数こそ違うが、一定数の推しアーティスト枠の席は用意されていたわけだ。
ラフレシア腐人の座席はサクラである花蓮たちで何とか埋めたが、いざ歌番組が始まると、人気アニメの主題歌だけあって、会場中が一体となる盛り上がりをみせた。そもそもが数少ない生歌かつ声量と迫力で、生歌ならではの良さが際立つ。もっとも花蓮たちを含むオタク枠は、背景のアニメプロモーション映像に狂喜乱舞していたが。
長かった生放送歌番組も終わり、花蓮と友人2人は会場を出る順番待ちをしていた。会場は数万単位の客を入れているので、整列退場させないとパニックになる。
花蓮達3人は会場を出たあと、近隣のホテルでオタク会をすることになっていた。ラフレシア腐人こと早瀬紗耶も、仕事を片付けたらすぐに合流することになっている。
無事にホテルへ到着してチェックインし、豪華スイートルームのドアをカートキーで開けようとしたとき。
花蓮は咄嗟に振り向くなり、ナイフ片手に花蓮に襲いかかろうとした青年に回し蹴りを食らわせる。そして手際よく上着を脱ぐと、うつ伏せにした犯罪青年の背中に膝で全体重を乗せながら、上着で後ろ手に拘束する。落ちたナイフで足の腱も切って逃げられなくしてやろうかなと花蓮がナイフを宙に放り投げながら振り回すと、友人の1人が叫んだ。
「こいつ、俳優の中島修じゃない!」
「誰、それ。なんでそんな名前も知らないモブ専門俳優に、私が襲われねばならないわけ?」
花蓮が首を傾げると、友人達はため息をつき、犯罪青年の中島修は花蓮に潰されながら叫ぶ。
「誰がモブ俳優だ!俺はいま売れっ子の一流俳優だ!」
「私が名前を知らないなら、モブ俳優よ。まあ、こんなところで大事なアニメグッズを持って尋問するのも面倒だから、取り敢えず部屋に運び込もうか。ほら、さっさと這って部屋に入りな!」
花蓮は中島修の尻を何度も蹴り飛ばして、世間的にはイケメン実力派俳優として認知されている中島修を、芋虫のように這わせながら室内に入れて鍵を閉めた。リビングに入れてやるほど甘くは無い。花蓮は玄関で、中島修の顎を思いっきり蹴飛ばした。
「ほら、さっさと私を襲った理由を吐きな。でないとモブでも使い物にならないぐらい、ボコボコに蹴り飛ばしてやるから」
そう言いながら、花蓮は中島修の頬を靴のヒールで踏みつける。友人らは、普段は無邪気でオタク活動にキャピキャピしている花蓮の気迫と躊躇のない非情な尋問に青ざめている。
「お前が、悠一に色目を使って籠絡したんだろうが!悠一は俺のものだ!」
中島修は叫ぶ。ついでに友人達も叫ぶ。だが悲鳴の意味が違う。本物のBLに出会ったことへの歓喜している腐女子の黄色い声だ。
「大河は、私のオタ友。そうか、男のストーカーに悩まされてるけど、事務所も対処できなくて困ってると言ってたのは、アンタのことだったのか。麻紀、こいつの所属事務所って、不祥事をもみ消せるほど大手だったりする?」
「そうね。業界じゃ最大規模とも言えるんじゃない?」
友人の1人が質問に答えると、中島修が勝ち誇ったように笑う。
「事務所の稼ぎ頭の俺をこんな風にして、ただで済むと思うなよ。おまえみたいなアバズレ、世間に顔向けできないようにしてやるから覚悟しておけ!」
「ふーん」
花蓮は中島修の後頭部を豪快に踏みつける。うつ伏せで床に叩きつけられ鼻血が出たのか、床に見る見る血溜まりが出来ていく。花蓮は通常用のスマホを起動する。すぐさま遼のものと思われるメール着信音がしたが、それを無視して電話をかける。
「もしもし、夜分遅くにすいません。いまゲイの俳優に襲われて殺されてかけまして。ああ、もちろん返り討ちにしましたよ。護身術は兄から習っていたので。会長、こいつときたら加害者のくせに、私を事務所の力で闇に葬ろうとしてるんです。引き取ってお仕置きしてくれません?あ、良かった。助かります。そこまでしていただけると、大変有り難いです。えっと、ホテル名はー」
花蓮はどこぞの電話をかけ、用件が済むと電話を切って電源も切った。話している間にも、しつこくメール着信がうるさくてたまらなかったのだ。
「花蓮、どこに電話かけていたわけ?まさか親が外交官のアンタに、ヤクザの知り合いがいるとかいい出さないわよね?」
友人が恐る恐る尋ねる。
「いやーね。そんな物騒な人じゃないわよ。あ、でも、ある意味ではヤクザやマフィアより怖い人かもね。忠告しといてあげるわ、モブ俳優。これから来るお迎えの対応を間違えるとアンタ、芸能界には居られなくなるから、従順に従った方がいいわよ」
「お前、ウチの事務所舐めてるんじゃねーぞ。俺の綺麗な顔に傷をつけた賠償金は高くつくからな!」
花蓮が中島修の頭から足をどかすと、背筋で顔を上げた犯罪未遂者は顔を血まみれにして叫ぶ。鼻が妙な方向に曲がっているので、踏まれた拍子に折れたのだろう。
「事務所だって、世界的大手スポンサーが手を引くと言い出せば、タレント切りなんて平然とやるんじゃない?ちなみにこれから来るのは、私の遠縁にあたる伯父さんの社員で、いまチクった伯父さんの正体は瀧宮総合化学株式会社の瀧宮会長だから。くれぐれも粗相のないようにね」
花蓮と瀧宮会長は、同じ世界の同胞かつ聖剣のソードマスター探しの相棒ということで、少しばかり戸籍を弄くって、縁戚関係ということにしておいた。遼には瀧宮会長との交流を言っていないし、会長と女子大生の密会なんて仮にバレたら社会的にも体裁が悪すぎる。
まもなく、スイートルームに瀧宮会長がよこした屈強な社員数名が訪ねてきて、中島修を引き取ってくれた。ついでに床の血溜まりも綺麗に掃除してくれた。
それ以後中島修は芸能界から姿を消した。ちなみに彼は顔を治せばなかなかの美形で、本物のBLということから、ソードマスター候補として、母国に送られることが瀧宮会長と相談して決定した。もっともこの程度の顔では、聖剣に選ばれまいというのが、瀧宮会長と花蓮の見解の一致だが、本物のボーイズラブ青年を見せれば、聖剣も少しは満足する余興ぐらいにはなるだろう。
「一件落着、これでやっとメインのオタ活が出来るわね」
花蓮は大事なグッズと、着替え入りの鞄を持ってリビングに向かう。
「まさか瀧宮会長と繋がってたとはね。アンタの人脈、強すぎるわ」
友人達もケラケラ笑いながらリビングへと向った。
程なくラフレシア腐人こと早瀬紗耶も合流し、ホテルに来る途中で購入したコンビニの弁当の他にも、コンビニケーキやスナック菓子、様々なジュースの2リットルペットボトルを並べて、4人は日付が変わってもお喋りに夢中だ。話題は、もっぱら先ほどのゲイ青年の中島修の執着愛と、国宝級美形認定の晴川悠一のことだ。
花蓮としてはつまらない芸能界話題より、せっかくのシアター付きルームにいるにも関わらず、楽しみしていた大画面での『創世記激闘大戦・劇場版開幕編』のブルーレイを見れないのが不満だった。
「それにしても男にストーキングされてたなんて、美形過ぎるのも考えものね」
「ヒット作になったBLドラマの役が抜けきれなくなっちゃったのかしらね。中島君も、それなりに美形で演技力あったのに、惜しい人をなくしたわ」
「そのドラマの存在は知らなかったわ。それ、漫画原作じゃないよね?」
花蓮が尋ねると、3人は同時に頷く。
「往年のヒットドラマメーカーが、愛娘の愛蔵BLマンガを隠れ読みしてインスピレーションを得た、オリジナルBL恋愛ドラマと言ってたわよ。近年にない視聴率獲得で、二匹目のドジョウを狙って似たようなBLドラマを作っているところもあるけど、俳優の顔が晴川悠一と中島修カップルのクオリティーを超えられないせいか、評判はとれもイマイチね」
「なるほど。じゃあこの私が、そのドラマのことを知らなかったわけだ」
花蓮は自分に納得する。脚本の出来は知らないが、仮に実写ドラマが漫画原作だとしたら、花蓮が知らないはずがない。少年誌が扱う戦闘ものにハマっているが、同じくらいBL漫画も大好物だ。しかしBLはファンタジーの部類、実写で扱われると興味指数はゼロどころかマイナスとなる。
「そんな俳優さえ惑わせる、魔性の国宝級美形青年の晴川悠一と、アンタはどうやって友達になったわけ?」
友人の追及が、中島修リアルボーイズラブ片思いから、花蓮と友人関係になった経由追及へ移る。
別にやましい事をしているわけではないので、花蓮は、先ほども語ったコラボカフェでの出会いの詳細を説明した。その後はメールを通じて、日々オタクトークで盛り上がってることも付け加える。
「かなり家族や事務所の拘束は厳しいみたい。自由行動する暇もなく、先日はカフェ予約の日に無理矢理暇を作って、コラボカフェ来店したんだって。それ以降、私とのオタクトークを毎日の楽しみにしているよ」
花蓮のもとには、時間を問わず晴川悠一からのオタクトークメールが届く。だがこちらのオタ活専用スマホは遼には内緒にしているので、すぐに返信は出来ない。それは晴川悠一(大河)も了承している。
「じゃあ私らも、スマホトークでオタ活仲間になるよ。大勢での批評のが楽しいでしょ?」
「あんまり大勢だと収取つかなくなるから、このメンバーだけという条件を、大河こと晴川君から了承取れたらね。あと芸能活動の話題は禁止、大学のことも、大河から聞かれたら答える程度にしておいて。大河、大学進学が本当は夢だったのよ」
花蓮は世の中ままならないものだとため息をつきながら、新製品のビール缶を開ける。
「だとすると、私らも『創世記激闘大戦』の登場人物をニックネームにした方がいいかもね。私も推しは大河だけど、既に晴川君が名乗ってるなら、盟友の林神威にしとく」
「私は敵側のグイル副官かな。大学じゃ、推しの名前を田村に取られたから、こっちで名乗る!」
「私は敵陣スパイのシャルル比留間、絶対これは譲れない!」
友人3人が盛り上がっている中、花蓮はオタ活用のスマホから友人3人を加えて、新たにグループトークを作っていいかの質問メールを出す。既読はなかなかつかなかったが、既読がついてすぐ、「アニメトークが更に楽しめそうなので、ヨロシク。マネージャーの目があるので、取り急ぎ」との文面と、ヨロシクの『創世記大戦』ヒーローのスタンプが返信される。花蓮はグループ設定をして、チーム名を『創世記倶楽部』として大河こと晴川悠一を招待すると、既読がすぐついて、「初めまして」のヒーロースタンプがグループ全員に送られた。
晴川悠一はこれから仕事がまだあるために、既読はついても直ぐに返信は返ってこないが、周囲の監視の目を掻い潜りながら、『創世記激闘大戦』の世界観の素晴らしさを短文ながら熱い想いをもって返信を繰り返した。
そんなわけで、結局はほぼ徹夜で5人によるアニメとコミック版の『創世記激闘大戦』語りをする羽目になった。
歌番組翌日も大学講義はあるが、全員が今日はサボる予定を組んでいたので、ホテルで友人達とは解散となった。花蓮は一旦帰宅して、荷物(戦利品アニメグッズ)を置くと、普段遣いのスマホの電源を入れる。
「遼、粘着力が上がってるんじゃない?」
花蓮は膨大なメールの数に慄く。どうやら一旦、諦めたようで、明け前にはメールがピタリと止んでいた。このままフェードアウトしたい誘惑にも駆られたが、突撃されるのも面倒なので、メールで詳細を書く。すると間もなく、電話がかかってきた。
「こんな時間まで放置とは、いい度胸だな!」
遼の罵声が、ほぼ完徹の花蓮の頭に響く。
「仕方ないじゃない、友人との交流は疎かに出来ないでしょ。それよりメールの数にドン引き。そもそも私のオタ活を邪魔するようなら別れるって約束、よもや忘れてないわよね?」
花蓮が冷ややかな声で返すと、スマホの向こう側は明らかに動揺を隠せないようだ。
「オタ活の邪魔をした憶えはない。だいたい歌番組にまるで興味のないお前が、楽屋前で晴川と親しげに話しているのが悪いんだろうが!」
「歌番組のサクラについては、事前に説明していたよね。大学の友人がラフレシア腐人で、その座席枠埋める要員として呼ばれて面倒くさいと報告したわよ。晴川君とは、オタク友達。昨夜も友人3人を巻き込んでスマホトークして、5人で『創世記激闘大戦』の話題で盛り上がりすぎたから、今日は大学サボって寝ることにしたわけ」
「じゃあ、いま暇なんだな。そっち行っても構わないな?」
「やめてよ、眠くて買ってきたグッズを整理する余力もないんだから。これから寝るから、邪魔しないで」
花蓮がそう言って電話を切ると、タイミング良くドアホンが鳴る。こんな時間に通販のオタクグッズを頼んだ記憶はないのだがと思いつつ、インターフォンを見れば、自宅マンションのオートロックロビーの前で、変装した遼が手を振っている。本当に、このまま放って置いて眠ってしまいたいところだが、後が面倒くさいので、オートロックを解除してマンション内へ入れるようにした。
…放置も後々面倒だが、慣れない歌番組サクラのバイトで疲れ果てた身で、嫉妬深い恋人の相手をするのも煩わしいの一言につく。適当に相手しながら居眠りする花蓮は(遼の父でもあるブライド殿下に言いつけて、接近禁止令出してもらって別れようかな)と思わずにはいられなかった。
夕方に差し掛かり、遼は花蓮の家のキッチンで、勝手知ったる云々で、夕食を作っていた。花蓮はベッドで泥のように眠っている。少し無理をさせた罪悪感はあるが、無闇に芸能人、ましや国宝級美形と名高い晴川悠一と、自分には見せない弾ける笑顔で喋っているのを見たら、嫉妬に狂っても当然だと、遼は自己肯定する。
夜にはレコーディングの仕事が入っているが、花蓮の家からなら現場まで、さほど時間もかからないので便利だ。
秋も深まり、ポトフを煮込みながらオーブンで鶏の照り焼きを焼いていると、リビングの都筑家の電話が鳴った。
家電はもっぱら家族から掛かってくるから取らないように言われていたので、気になりつつも無視していたら、リビングに慌てて花蓮が、オタク丸出しのTシャツと軍人仕様風合皮パンツ(こちらも量販店で限定販売されたオタクロゴ入り)着用で受話器を取った。
調理しながら聞こえてくる花蓮の言葉は、日本語でも英語でもない、聞き慣れない外国語なので、遼には内容を把握できない。だが花蓮の苛立った様子から、あまり好ましくない話題なのだと察することが出来た。会話が終わって乱暴に受話器を置くと、舌打ちしてソファへ乱暴に座り込む。
このとき花蓮はチラリと遼を何とも言えない表情で見てから、合皮パンツのポケットからスマホを取り出し、電話をかける。相手はすぐに出たようだ。
「こんな時間に申し訳ありません。いま国から連絡が入ってーええ、例の件の催促です。それと同人誌の献上。献上用の同人誌は後で買いに行ってきますが、そちらの進捗状況はーなるほど。規定には達しないけど、目ぼしい者はあの馬鹿(中島修)含めて数名に絞ったと。流石ですね。こちらは芳しくないですね。そもそも時間が足りませんよ。今夜ですか?空いてはいますが、ここに厄介なのが居るんですよ。電話を代わるので、そちらで説得してください。私が?冗談じゃない。昨夜から見当違いの嫉妬で、散々な目に遭ってるんですから」
そう言葉を切ると、ソファから立ち上がってキッチンに向かい、花蓮は自らのスマホを遼に渡す。
「誰だ?さてはお前の浮気相手か?」
せっかく機嫌が治った遼は険悪な顔をしつつ、花蓮のスマホを奪い取る。着信表示は殿下となっている。遼は、晴川悠一だとすっかり勘違いしていた。花蓮一押しの『創世記激闘大戦』のニックネーム呼び登録していると思ったからだ。ちなみに遼は、『創世記激闘大戦』を一読するなり、「くだらない」と言って放り投げ、花蓮と大喧嘩した過去がある。
「おい、何が殿下だ!人の女にちょっかい出そうなんてーえ?親父?」
意気込んで怒鳴りつけた相手が自分の父親と知るなり、遼は混乱する。スマホの音量は通常設定にしてあるが、瀧宮会長の怒号がスピーカー設定しなくても聞こえてくる。さすがに内容までは不明瞭だが。
遼は青くなりながら、スマホで話しながらペコペコ頭を下げている。尖った性格の遼でも、どうやら家では、父である瀧宮会長に逆らえないようだ。会話が終わり、脱力した調子で花蓮にスマホを返す。
「…おまえ、なんで親父と知り合いなんだよ」
遼は恨みがましく、花蓮をジト目で睨む。
「あんたの過保護な親父さんが、付き合っている私を別れさせようと探し出して呼び出してきたの。でも親の仕事関連で意気投合して、共闘することになったのよね」
花蓮は嘘と真実を混ぜ込んで説明した。
「同人誌献上が仕事って、親父の奴、今度は何を始めたのやら。俺にも一緒に来いとか言ってきたぞ、仕事があるから断ったが」
「ふーん、会長も遼に真相を明かす気になったのか。意外ね。アンタには関わらせたくないと言っていたのにー」
その時、花蓮の背後のリビングからドサリと重たい物が落ちてくる音がした。遼はいきなり現れたそれに仰天し、花蓮は駆け寄るなり治癒魔法をかける。
転移してきたのは、自殺未遂を起こした晴川悠一だった。薬を飲んで首吊りを図ったらしいが、前に花蓮が「もしも」を想定して、事前にかけた危機管理魔術が作動したようだ。大河こと晴川悠一に初めて会った日、渡していたヒーローグッズやあのとき買った服には、自殺を図ろうとしたら花蓮の元に転移するよう、全てのものに術をかけていたのだ。
血の混じった泡を吐き、目も白目を剥いて下半身からは悪臭もしていたが、一命を取り留めるには間に合ったようだ。
白くなり始めていた顔色や瞳孔は元に戻ったが、どれだけ泣き腫らしたのか、顔は国宝級美形には程遠く浮腫んでいた。
「ここはー」
弱々しく呟く悠一の半身を花蓮は抱き起こすと、アイテムボックスから取り出した下級ポーションの瓶口を悠一の口に突っ込む。困惑しつつも、ポーションの今まで味わったことのない美味しさに悠一はゴクゴク飲み干す。浮腫んだ顔も元に戻った。
「やってくれたわね。これだから目を離さないよう注視していたんだけど。で?何があってこんなことやらかしたわけ?」
花蓮は綺麗に治した悠一の顔を力いっぱいつねる。「痛い、痛い!」と叫ぶ悠一に対して、花蓮は「首吊りは臭いって、本当なのねー」と言いながら、浄化魔法で悪臭の根源を消し去って、服も綺麗にする。
「おい、これは何なんだ!」
一連の状況を唖然として立ち尽くして見ていた遼が、正気を取り戻して怒鳴る。花蓮が漫画のように魔法を使って悠一を治療したのも驚きだが、それよりも未だに花蓮が悠一の半身を胸に抱いている状況が気に食わず、遼は2人を引き離そうと足早に駆け寄ろうとするが、その肩を背後から強く掴んで止める者がいた。
瀧宮会長だった。
「親父?」
遼は目玉が飛び出さんばかりに仰天する。なんでいきなり、ここに父親が現れるのか。状況の整理が追いつかない。
「魔術が使われた気配がしたから慌てて駆けつけたが、遼が花蓮くんに暴力を振るったわけではなかったのだな?」
瀧宮会長は、花蓮から遼の嫉妬深さを耳にタコができるほど聞かされていたので、父親と密かに会っていることに逆上した息子が暴れているのではと駆けつけたのだ。
「はあ?そんなDV働くわけないだろ!それよりこの、常識では説明出来ない状況を説明してくれ!頭がおかしくなりそうだ!」
遼の叫びは、晴川悠一からしても同感だった。自室で死のうとして、まさにあの世が視えかけていたと同時に、見慣れないリビングでオタ友の腕の中にいて、頬をつねられていたのだから。しかも司令官の嫉妬深い恋人が、人気絶頂のアイドル御嶽リョウ。情報が混乱するが、少なくともオタ友とはいえ異性の腕の中にいるのはマズイと思って、慌てて悠一は花蓮から離れた。少々、いやかなり居心地のいい花蓮の腕の中に未練が無いわけでもなかったが、普段は冷めた顔しか見せないトップアイドルの鬼の形相を見たら、命の危機を憶える。いや、ほんの少し前まで死ぬつもり満々だったが、この理由のわからない状態で死にたくない。むしろ、何かに化かされているような状況に興味がわいた。
「遼、おまえには話すかどうか悩みもしたが、コッチも困り果てていたから、おまえの協力を仰ぐいい機会かと思ったのだ。そちらの俳優の彼も、死線を越えようとした以上は、話を聞いてもらうとするか。どちらにせよ、自殺を試みたら、花蓮くんが君の居場所を作るために連れて行くと、以前聞かされていたことだしな」
「自分の居場所?それより、自分が自殺するって、どうして分かってたわけ?」
悠一は花蓮を振り返って問いかける。
「まあ、その話も含めて、これから話すから。まずは2人共、この世界の常識の物差しは捨てること。そうでないと、説明するだけ無駄になるから」
花蓮は真顔で悠一と遼に言った。
瀧宮総合化学株式会社は、その名の通りメインこそ化学製品の開発販売だが、会社を創立した初代辣腕社長は多岐にわたって商売を展開し、そのどれもが日本経済に欠かせぬほど大きな成功を収めている。
今は会長として第一線を退いた瀧宮健司は、還暦を迎えながらも、見た目だけなら未だ四十代に見えた。55歳を機に、長男に社長職を譲り、次男には家電部門を扱う子会社の社長に就任させた。
だが一線を退いても、一代で日本十指の大企業にのし上げた瀧宮会長は未だに多忙を極め、この日も出張先の福岡県で日付が変わる直前に、ようやくホテルの特別室へ戻ることができた。
風呂から上がってお気に入りのビール缶を片手に、今夜(実際には日付が変わってるので既に昨夜)生放送された歌番組の録画を見る。息子の芸能活動には反対だったが、いざデビューすると率先して応援するようになった。
「あら殿下。本当に遼の言う通り、『聖剣の騎士団』のファンなのですね。てっきり遼の冗談かと思っていたのに」
部屋に響く聞き慣れない声に、瀧宮会長は驚く。この部屋には侵襲者が入らぬよう、防御魔法を会長がかけていたからだ。
瀧宮会長は意表突かれて振り返る。背後に立つドレス姿の花蓮を見てすぐ、地球人でないことを見抜いた。
花蓮は王宮へ赴いても失礼当たらない桜色のドレスを身にまとい、亜麻色の髪も我流で編み込んで左肩から垂らしている。デビュタントを済ませていないので、髪を結い上げる必要がないのが幸いだった。
「君は遼の恋人の、確か花蓮君だったな。まさかセントクリア世界の者だったとは。意図的に、遼に近づいたのか?」
テレビを消した瀧宮会長は、怒気を全身から滾らせて花蓮と対峙する。仕事は忙しいが、家族仲は良好で、会長の家族愛が強いのは有名な話。
遼の奴、二十歳過ぎても恋人報告なんてこと親にしてるのかと、花蓮は呆れた。花蓮の顔を会長が知っていることからして、写真も見せているのだろう。普通のデート写真ならともかく、まさか変な写真見せてるわけではあるまいな。意図せずに、花蓮は爪が食い込むほど拳を握りしめる。昨日、爪を切っておいて本当に良かった。
「まさか。私とて、遼と付き合うなんて想定外でした。瀧宮会長、いえ、ブライド皇子殿下と申し上げた方がよろしいかしら。殿下にお会いしたら、絶対に言いたかったことあったのですよ。いくらここが地球で、遼やその兄上方も地球人とのハーフとはいえ、基礎的な魔法の制御法ぐらい学ばせてほしかったと。無意識で使う魔法の感知や防御は難しく、お陰で私は遼と出会ったその日に自宅へお持ち帰りされて、恋人にされた上に、束縛が酷くて迷惑してるんですから」
花蓮の冷ややかな口調に、地球に来てから百戦錬磨の瀧宮会長は、小娘の圧に圧される。この娘、皇族である自分と同等、もしくは格上の魔術師だと瀧宮会長は察した。
「それは悪かった。だが妻子には、異世界のことを隠しておきたかったのだ。魔法と言っても、せいぜい中程度の魅了魔法を放つぐらいだったから。それより、なぜ君が私のような落ちこぼれ元皇子のもとへ現れたのだ?魔力量から察するに、侯爵家以上の令嬢と見受けられるが、まさか遼をセントクリア世界へ連れて行くつもりか?」
「ご謙遜を。本物の落ちこぼれだったら、異世界転移なんて大技を使えるはずもないでしょうに」
花蓮は高笑いする。それから彼女は故郷での自分の立ち位置も説明する。
「そんな馬鹿なことしませんよ。むしろ、私も貴方様同様、セントクリア世界を捨てて地球に移住してきた者です。そうそう、申し遅れました。私は西方地区の田舎伯爵家の娘で、アリアルイーゼ・グレイと申します。まあこの通り、家柄に合わない魔力量を持って生まれてしまいましたので、牧歌的な領地で静かに暮らす家族が私の誕生にパニックを起こしまして、私は魔力量を隠して育てられました。遠からず、存在を抹殺するため、他国か別世界へ移住させるのを想定して」
「皇族に匹敵する魔術師令嬢が他国に渡るのは、元皇子だった私としては看過できないな」
「私も他国でいいように扱われるのは嫌ですよ、これでも愛国心はありますから。デビュタントを迎える16歳の直前に地球へきたのは、たまたまオーパーツとして飛んできた地球の漫画に心惹かれて、こちらへ移住することにしましたの。だけど今回、厄介な出来事に巻き込まれまして。少々、話が長くなりそうなので、座ってもよろしいですか?」
花蓮の申し出に、瀧宮会長はいくら不法侵入者でも、今まで淑女に立ち話させていたことを恥じた。
「レディーを立たせたままにして申し訳なかった。飲み物は何がいいか?」
瀧宮会長は、続き部屋のリビングのソファに花蓮を案内しながら尋ねる。
「冷の日本酒と言いたいところですが、ここは淑女らしくジュースとでも答えておきますわ」
花蓮の遠回しなおねだりに、瀧宮会長は笑いながら、ワインセラーに常備してあった有名大吟醸の栓を開けて、グラス2つに注ぐ。そして片方をコースターに乗せて、花蓮の前に給仕すると、瀧宮会長はその真向かいに腰を下ろした。
「それで、深夜に恋人の父親に会いに来た理由とは?」
瀧宮会長は微笑みながらも、目には油断ならない光を宿らせて尋ねる。
花蓮は、先ほど異世界の兄から聞いた電話の内容を話す。それを聞いた瀧宮会長ことブライド元皇子は絶句した。ちなみに瀧宮会長のアンダラ帝国での名前は、ブライド・ノーザンフラウ元公爵である。いまこの地は、賢帝の第二正妃の曾孫が治めている。
「まさか父上がお亡くなりにー」
瀧宮会長は半分飲んだグラスをテーブルに置き、口元を押さえる。隙のない瞳は微かに潤んでいた。
「セントクリア世界での寿命の5倍以上を玉座を守るために頑張ってこられたのですから、賢帝陛下には、ようやく安らぎが得られたかと。寿命が長かった分、私たちには想像もしがたい沢山の家族や友人、家臣を亡くされ、見送ってこられたのですから」
「そうだな…常人には耐えられない苦労を父上はなされてこられたのだな…」
瀧宮会長は、嗚咽混じりに言う。
感傷に沈み込みそうな瀧宮会長を察して、花蓮は言葉を続けた。
「問題は聖剣です。皇位継承権者は、賢帝陛下の遺言により、ミゲール故皇太子殿下の孫君となるアリオス皇太子殿下に決まっておりますが、聖剣がソードマスターを指名しないのは由々しき事態です。議会は新皇帝をアリオス殿下とし、聖剣が認めたソードマスターは出現次第、元帥の称号を与えることで意見は一致したそうなのですが、根本的な問題が解決していません。聖剣が沈黙を守り続けて、なにをどうしたらいいのか、理由が分からないのですから」
花蓮は面倒くさそうなため息をついて、苦々しい表情で日本酒を口にする。
「その聖剣アースブレイカーが、アリアルイーゼ伯爵令嬢を指名して、君との面談を希望しているということだな?」
「どうしてド田舎の小娘を指名してくるのか、理解したくもないですけどね」
花蓮はグラスに残った日本酒を一気飲みして、おかわりを所望する。瀧宮会長は苦笑しながら、花蓮のグラスに並々と高級大吟醸を注いだ。
「聖剣が、君を選んだという可能性はー」
「あり得ません。あの聖剣、美男子好きで有名だったじゃないですか。美男子の基準は、その都度、変化していたと伝記で読んだ記憶があります」
賢帝が聖剣アースブレイカーに選ばれた者は例外なく、類まれなる美形だった。だがこの『類稀なる』の聖剣の美形基準が、時代ごとに変わるらしい。賢帝は黒髪に若葉色の瞳をした野性的な筋肉質美形だった。その前は風に吹かれれば折れそうな儚い金髪美形少年だったらしい。聖剣を扱う剣士が可憐な少年というのも首を傾げたくなるが、その前は神々しい銀髪青年だった伝説もあるので、千年単位で加護を与えていれば、次第に聖剣も指名したソードマスターの容姿に飽きてくるのかもしれない。
「趣向を変えて、たまに女性剣士もありかと思ったのではないか?」
「それは無いと、確信しております。伝説にも類まれなる美形男子と書かれておりますし。美少女なら、皇族や高位貴族に山ほどいるはずですから。私がこの話を兄から聞かされた際、真っ先に思ったのは、聖剣は地球人、更に厳密に言うと遼をターゲットにしてるのではと思ったのです」
「まさか!」
「それぐらいしか思いつかないのですよ。異世界へ渡るチート能力を持つ者は、アンダラ帝国では私たちの知る限り、ブライド殿下と私のみ。で、わざわざ私を指名してきたとなると、それぐらいしか思いつきません」
花蓮の言葉に、瀧宮会長は驚愕を隠せない。
「遼はハーフとはいえ、魔力も無意識に魅了しか使えない地球人だ。それに異世界の混血など、帝国の自尊心の高い貴族共が黙っておるまい」
「それ以前に聖剣アースブレイカーって、ソードマスターの選出基準からして、本質は女性ですよね。そしてこれまで選んできたのは、ぶっちゃけてしまえば、清い体の童貞男子。遼はそこからして、基準から外れていると思うのですが」
「不真面目な早熟も、たまには役立つようだな。上の二人は女性には奥手だったが、遼は中学時代から女性関係は派手だったから」
瀧宮会長は、当時のことを思い出し、苦虫を潰したかのような顔になる。物心ついた時から自由を謳歌してきた花蓮も、嫉妬深くて束縛の強い粘着質な恋人に顔をしかめる。なんであんなのと恋人なのか、今でも首を傾げたくなるが、無自覚の魔力を無理矢理破ると相手に支障が出かねないので、花蓮としては自制している。それに粘着質性格はともかく、遼の顔立ちや一途な愛情表現は嫌いではない。
「ともかく、私は2日以内にアンダラ帝国へ一旦帰る約束をしています。家族を人質に取られているので。ついては、ブライド殿下もご同行いただければ心強いと思い、失礼を承知で参上しました。御身の心配はいりませんよ。聖剣の趣向が変わって妻子持ちでも構わないとならない限り、殿下が聖剣の主人に選ばれることもありませんから」
「これまで遼が付き合ってきたガールフレンドとは毛色が違うが、そこが遼を引き付けたのかもしれないな。私も出奔した身だが、父上に最後のお別れぐらいはしたいものだ。君に同行しよう。セントクリア世界へ帰るのは何十年ぶりか」
瀧宮会長こと、ブライド・ノーザンフラウ元公爵は故郷に思いを馳せる。別に故郷が嫌いだったわけではない。だが側妃を母に持つ自分が、数多の皇子の中でもトップクラスの魔力の持ち主だと周囲に知られたとき、国に混乱を招きかねない面倒を起こすのが嫌で、父帝の許可を得て、能力が世間にバレないうちにセントクリア世界を旅立って地球人に擬態したのだ。108人の皇子のうち、107番目のブービー皇子1人が消えたぐらいで、帝国が騒ぐわけでもなかったから。
「君も特別変異として生まれて、さぞ苦労したことだろう。だがセントクリア世界の者だと知った今、正直なところ遼の恋人として認めたくない気持ちだ。息子には地球人として、魔力とは関係ない平穏無事な人生を歩んでほしい」
「私も恋人として付き合う程度ならともかく、遼との結婚はまるで考えていませんので、ご安心を。遼が、さっさと私に飽きて私を解放してくれれば、もっと自由にオタ活も出来ますから。正直、オタ活を事あるごとに邪魔されて、辟易としているんです。私の将来の夢は、マンガ雑誌社かアニメ制作会社に就職して、アニメとマンガに公私共に人生を捧げることですから」
胸張って、湾曲的に息子が迷惑と言われるのも、親心としては複雑なものがある。
「会社の者や家族も、私が敵情視察でふいに行方をくらますことには慣れている。では早速、面倒事は片付けてしまうとするか。着替えてくるから、少し待っていてくれ」
部屋着姿の瀧宮会長は、着替えをするために寝室へと戻った。そして待つことしばし、出てきたのは、故郷の装束を着た元皇子ではなく、喪服に身を包んで故郷との別離を身なりでアピールする瀧宮健司だった。
2.聖剣の要望
花蓮改めアリアルイーゼ・グレイ伯爵令嬢と、元ブライド・ノーザンフラウ公爵こと瀧宮健司は、皇宮内の玉座の間へ転移した。
マナー的には皇宮の入り口で身分を明かしてから通してもらうべきだが、それだと手続きが面倒になる。玉座の間に張られたシールド程度なら(国一番の最強防御魔法がかけられている)、アリアルイーゼとブライド皇子なら、容易に破って侵入することが出来たからだ。
空の玉座を守っていた衛兵たちは突然の侵入者にギョッとしたが、聖剣が喜びを露わに光り輝いたので、侵入者は聖剣の召喚に応じた者たちと理解して、衛兵たちも槍や剣を収めた。
「久しいの、ブライド皇子。あのとき妾の指名を断らねば、いまごろ玉座の座っていたのは、そなただったろうに」
聖剣の言葉に、衛兵たちはもちろん、異変に気づいて玉座の間に駆けつけたアリオス皇太子や王宮出仕の重鎮たちは、聖剣の思いがけない真実暴露にギョッとする。
「側妃の皇子が玉座に上がったら、それこそ混乱が酷くなりますよ。それに私は寂しがり屋なので、千年の孤独には、とてもじゃありませんが耐えられそうにありません」
「そのようだな。老け込んだ擬態をしておるが、この世界に居たときよりも、生き生きとしておる。異世界の水が、よほど性に合ったのだろう」
「ええ、とても幸せに暮らしております。二度と帰還はしないと誓って旅立ちましたが、父上への最後の挨拶と、それとこの娘が召喚されたと聞きつけて、何事かと参上した次第にございます」
「うむ。アリアルイーゼ・グレイ伯爵令嬢、そなたもまた、このブライド皇子と同じく突然変異で魔力が皇族の上澄みに匹敵しているのを自覚して、国が混乱するのを怖れ、4年前に異世界へ渡ったのだったな。それを強引に引き戻したのは申し訳なく思う」
「聖剣アースブレイカー様には、お初にお目にかかります。自己紹介は省きまして、端的にお尋ねします。当家の平穏を乱してまで、なにゆえ私をわざわざ召喚なされたのでしょうか?」
「玉座に座る者は既に決まっておるが、元々、妾は国王の証の飾りではない。百歩譲歩して、皇宮にとどまることは同意したが、ソードマスターの指名権まで譲るつもりはない。そなたを呼んだのは、妾に相応しい新たなソードマスターを探させるためだ」
「は?」
「驚くこともあるまい。頭の回転の早いそなたならば、大方の予想はついていたはず。妾が求む新たな主人は、そなたやブライド皇子が暮らす異世界人だ。見目麗しくて清らかな青年を探して参れ」
「いやいや、それは無理があり過ぎでしょう。異世界から人を攫ってくるのはもちろん、聖剣様は身が清らかな美形青年好みと伺っております。私の暮らす異世界の国は早熟な者が多いので、美少年及び美青年は、大半が既に他の女性のお手つきになっておりますよ」
「それをどうにかして探して参れ。そなたが移住先に選んだほどの異世界ならば、恐らくこちらには居ない極上の少年もしくは青年がいるのだろう。こちらからは、ブライド皇子とそなたアリアルイーゼ伯爵令嬢の2人が異世界へ渡っているのだ、1人ぐらいこちらへ寄越しても構うまい」
「犬や猫の譲渡じゃあるまいし」
聖剣に、アリアルイーゼが対等に応戦してるのを、重鎮たちはハラハラしながら見守る。
「こちらに理想に合う青年候補はいらっしゃらないのですか?異母兄弟の子孫も数多いるでしょうから、お好みに合うのが1人ぐらいいるのでは?」
瀧宮会長も援護射撃を行う。
「居れば苦労はしとらん。どれもこれも、似たりよったりのドングリの背比べ。妾の主人となって下剋上を狙う不届きな皇族もいたが、そういうのは妾の好みではない。そもそも妾は、前ソードマスターのエルファード賢帝の意志を捻じ曲げる気は無いからのう。皇位継承は、亡きミゲール皇太子の嫡孫アリオス皇太子で固定する。キチンと帝王学を学び、家臣との調和もうまくやっておる優秀な統治者だ」
「なら、そちらの次期皇帝陛下にお仕えすればー」
「優秀だが、妾が欲する美形には程遠い!妾は毛色の変わった美形を所望しておるのだ!」
「そうは言われても、私の美形基準は3次元人間ではなく、2次元の絵の中にいますので。あ、ご覧になります?」
アリアルイーゼは、アイテムボックスから、愛読書のマンガを数冊取り出して、聖剣に渡す。意識して正規コミックではなく、BL同人誌を渡して諦めてもらう魂胆だったのだが。
「おおっ!異世界では、このような刺激的な絵が発展しているのだな。聖人君主な顔した腹黒青年と美少女的若者との倒錯愛、これは素晴らしい。このような若者のセットを、こちらへ連れてまいれ。うむ、よい指針ができた。闇雲に連れてくるのも大変だっただろうからな」
聖剣はそのままの姿だと読書しづらいので、人型に具現化する。それがまた銀髪と柄にはめ込まれたブルーダイヤモンドの瞳の絶世の美少女だったので、玉座の間にいる者たちは息を呑む。
そんな穢れを知らぬ聖女のような美少女が、食い入るように同人誌に夢中な姿は、何とも形容し難い。数冊の薄いが濃密なラブシーンが描かれた同人誌のうち、そのうちの1冊の同人誌の恋人同士が、聖剣の曖昧だった次のソードマスターのイメージに合致したようだ。
「こちらの聖人君主系腹黒青年に似た人物を連れて参れ。それと、こうした本を定期的に献上するように。妾もこの千年間、賢帝に儀式や他国侵略の危機で必要とされる時以外は、玉座の横で退屈しきっておったからな」
「えっと…それは実在人物じゃなくて、それにある意味では、清らかな体とはとても言い難いカップルですけど。それに実際の同性愛者カップルは、こんな美形ではありませんよ。これらの薄い本は、私が住む国のファンタジーお伽噺ですから」
「ふむ、そういうものか。だが性癖はともかく、似たような人材を見つけられないこともあるまい。賢帝が亡くなって、そろそろ他国に死去を伏せておくのも危うくなってきた。隠し通せるのも、長くて半年だろう。半年以内に新帝即位と、新たなソードマスターお披露目をするゆえ、この聖人君主系腹黒青年に似たのを連れて参れ。ブライド皇子、そなたも元皇族として協力するように」
「…御意」
渡された同人誌の絵を薄気味悪げに眺めながら、瀧宮会長は不承不承に了承した。瀧宮会長が胸をなでおろしたのは、絡み合う青年カップルに、息子たちが誰も似ていなかったことだった。
セントクリア世界に、四つの大陸とそれに呼応する4振りの聖剣が存在する。
アンダラ帝国の聖剣アースブレイカーは、大地の力を有し、その潜在能力は4振りの聖剣の中で最も強い。他にも水、火、風の4大要素に呼応した聖剣がそれぞれの大陸を治める国王もしくは軍のトップが所持していた。
聖剣が機能していないと他国に知られる事態になれば、由々しき事態だ。
次期皇帝及び重鎮たちは、ブライド元皇子こと瀧宮会長と、アリアルイーゼ(花蓮)に床に額を擦り付けてお願いした。
頼まれた側としても、故郷が嫌いで地球へ移住したわけではない。聖剣の希望通りに急いで事態に当たるつもりだが、ここで2人は条件を出した。もし聖剣のお眼鏡に叶う人物を連れてきたら、二度と我々(瀧宮会長とアリアルイーゼ)には関わらないこと、それはセントクリア世界からの完全離脱を意味する。瀧宮会長は、それを公式文書として3通作成させて、1通は皇宮保管、2通は瀧宮会長と花蓮がそれぞれ所有することになった。
ここで次期皇帝アリオス皇太子は、「もしも聖剣の気に入る人物が見つからなかった場合」を聖剣に尋ねる。
聖剣は「そのときは、アリアルイーゼ伯爵令嬢を仮の元帥として傍らに置いて、適任者が現れるまで彼女に任せる」と答えた。花蓮がゾッとして、真剣にソードマスター候補を探そうと思ったのは言うまでもない。
3.作戦会議
地球の日本福岡県屈指の高級ホテルの特別室から、故郷セントクリア世界へ出かけて戻って来るまで約5時間。カーテンの隙間から朝日が射し込んでいた。
「まったく冗談じゃない。なんで私が、適任者不在の場合は仮元帥にならなきゃならないの!」
アリアルイーゼこと花蓮は、テーブルに置いたままだった、温くなった日本酒を瓶からラッパ飲みして息を吐く。その目は怒りで座っていた。
「とりあえず、聖剣が求める人物像が分かっただけでもヨシとしなくては。ウチの社員では老けすぎているから、子供たちの友人や部下の息子から探してみるか」
瀧宮会長は、2人分のコーヒーを淹れて、1つを花蓮に差し出す。瀧宮会長はブラックコーヒー派かと思いきや、朝は砂糖とクリームたっぷりのカフェオレが習慣なのだという。早朝から頭の回転をよくするため、程よく血糖値を上げておくそうだ。花蓮は角砂糖一つ分のブラックコーヒーを所望したので、その通りに淹れた。
「この世界に後腐れがなく、面倒なしがらみの少ない人物が見つかると良いのですが。リクエストが聖人君主系腹黒青年となると、該当者は育ちの良さげな青年かな。該当者に適合しそうな人材の豊富さを考えると、有名私立高校か大学。あとは芸能事務所所属タレントぐらいしか、今のところ思いつきませんね。会長の傘下には、芸能プロダクションはなかったはずですが、関わりが全くないわけでも無いですよね?」
「芸能事務所か、名案かもしれないな。ああいう場所は、歌や演技が好きだという他に、生活のために働く若者も結構多いらしい。家族の幸薄い人間なども」
瀧宮会長の言葉に、花蓮は晴川悠一を思い浮かべたが、さすがに年齢的に聖剣の基準から外れているだろう。あと数年若ければ、候補者に適任だったかもしれないが。いや、本番はともかく、R18の映画でラブシーンを披露していたぐらいだから、男性カップルには鷹揚でも、女性の匂いのついた俳優では聖剣に拒絶される可能性が高い。
「いま試行段階のプロダクションが我が社にもあるが、他にも大手芸能事務所とのコネが幾つかある。そうだな、見目は良くても、異世界で暮らすことを考えると、家族との縁が薄い人物を選んだほうが事後処理も楽かもしれないな」
「遼が所属するプロダクションは、業界最大手で若手の育成も熱心だから、見つかりやすいかも。ただ、私が芸能界に近づくのを遼は物凄く嫌がっているのが問題かな」
「ははは、それは無理もないだろう。普段は認識阻害魔法で目立たなくしているようたが、素顔で歩けば、君はたちまち芸能界で天下が取れる。その図太い性根も、芸能界向きだ」
「とても褒められているようには聞こえませんが。それにトークは苦手です。すぐ本音や素が出てしまう性分なので」
加えて言えば、花蓮は音痴でもある。楽器、特にピアノは得意だが。あとはアニメ・マンガの批評をSNSに書き込むと評判がいい。いずれも聖剣の主人候補者を見つけるスキルとしては、全く役に立たないものだ。
「私側からは、アニメ・マンガ研究科の女子大生の立場を活かして、そちら方面で活動している初心な男子学生を探してみます。異世界移住にも、彼らなら抵抗も少ないでしょうし。ネットを使えば、海外の学生との交流もありますから」
花蓮の学校は、他校の大学アニメ・マンガ研究部と交流頻度が高い。遼はオタク合同研究会への花蓮の参加を嫌がっているが、彼らの興味は二次元キャラにある。たまに合コン狙いの阿呆が混じることもあるが、基本理念はアニメ・マンガの良さを熱く語り、活動すること。活動とはネットでの推しアニメ・マンガの良さの編集、二次制作発表、グッズ紹介。他にも欠かせない聖地(コミケ)出品作品の同人誌制作などがある。文学部にアニメ・マンガ科を置く大学は少ないながらもいくつか存在しており、活動場所はそうした大学の教室で行うことが多い。なにしろ数校参加の人数が、居酒屋やカフェの規模では収まらないのと、時間制限や機具の持ち込みに難儀するからだ。
「学びの場というより、趣味に全振りしているな」
瀧宮会長は苦笑する。
「そうはおっしゃいますが、少なくともウチの学校は学力の割に、アニメ・マンガ方面の就職率が高いんですよ。編集者志望はもちろん、アマチュアイラストレーターやプロの漫画家も在籍しているので、雇用範囲は狭くとも需要はあるんです。なにしろ日本のアニメは、世界に誇る一大カルチャーですから」
「なるほど。では、ウチもいずれはアニメ部門を立ち上げてみるかな」
瀧宮会長は末っ子可愛さに、いずれ息子が独立した受け皿となるよう、既に芸能プロダクションの立ち上げている。試行段階なので、所属している俳優や歌手は少ないが、瀧宮ブランドのお陰で依頼される仕事は多い。その分、所属タレントの審査の厳しさは有名でもあるが。
4.犬も歩けば棒に当たる
推し漫画以外の合同サークルにほとんど顔を出さなかった花蓮だが、積極的に合同サークルに出るようになった。宗旨変えに友達は驚いていたが、「推し活のジャンルを広げたい」というと、皆が納得し、歓迎もした。花蓮が推し活ターゲットロックオンした漫画やアニメに熱を上げだすと、ネット活動や二次創作の進行が早さと濃密さを増すからだ。それだけ花蓮の推しアニメ・マンガへの愛は強い。
だが合同サークルに参加しても、ピンと来るターゲット(生贄)は居ない。瀧宮会長とも互いに毎日進捗状況をメールで報連相しているが、どちらも決め手となりそうなソードマスター候補とは未だに出会っていない。
そんななか、友人でYouTubeから火がつき、アニソン歌手デビューした早瀬紗耶から、生放送歌番組のスタジオ見学席のサクラの話が舞い込んできた。花蓮だけでなく、他に2人のオタク仲間も呼んでいることから、なかなかの規模の歌番組のようだ。詳細を聞いて3時間生放送と知った時には断ろうとしたが、紗耶や他の友人に拘束されて「逃げたら許さん」と脅された。
軽い気持ちで引き受けるんじゃなかったと後悔したが、場所がドーム球場。近くには人気雑誌公認ショップがあるではないか!
このところソードマスター探しでストレスを溜めていた花蓮は、仕事で会場へ早入りする紗耶を除く友人2人と早々にアニメ聖地へ赴き、会場から離れたアニメショップに一旦立ち寄って推しグッズを爆買い、ドーム球場近くの公認ショップでも散財して、両手にグッズが沢山入った袋を下げ、紗耶(芸名ラフレシア腐人)の専用サクラ観客席へ行くために、裏口からバックステージパスを係の者に見せて入場した。
アニソン歌手だが顔出しはアニメイメージにこだわりのある紗耶の意向を事務所も承諾して覆面、ただし歌手である以上は口パクはしない。ラフレシア腐人は一定数のアニメオタクファンが観覧席を獲得しているが、事務所から歌は二の次で見栄えが良いアイドルグループが他に二組出るので、サクラタレントはそちらに二分された。そのため事務所からラフレシア腐人の空席を埋める友人を連れ来るよう要請があったというのが、花蓮達が呼ばれた真相。
一番の新人かつ事務所所属歌手として現在一番人気のラフレシア腐人には、そこそこファン席が埋まっていたので、数席を友人で埋めてくれればそれで良いということだった。
戦利品を手に、差し入れ(紗耶の推しアニメグッズ)を持って楽屋へ向かう途中、晴川悠一と出くわしたのは、宿命かオタクの呪いか。
先に気づいた花蓮はサッと顔を伏せて通り過ぎようとしたが、アニメグッズ入り有料大袋が、普段なら空気を読んで素通りする悠一に引き止められてしまった。
「司令官、こんなところで何を?もしかして芸能界デビューされたとか?」
悠一が気さくに花蓮に声をかけたので、同行の友人が目を見開いて驚く。
「あー、違う違う。大学の友達が歌手やってて、サクラに呼ばれたの。つか俳優の大河が、なんでこんなトコロに?」
花蓮も悠一も、いつも通り『創世記激闘大戦』の推しの名前で呼びあってる。
「新番組のドラマ番宣で呼ばれたんだ。司令官、ドラマで自分が主役やることメールしたのに、全然記憶してなかったでしょ?」
「今クールは、好きな原作アニメがいくつもあったし、興味あるアニメ新番組も多かったから。ドラマ録画のハードディスク枠なんて、最初から無いって。お詫びに後で、今日買ったブラインドグッズの中から、ハズレヒーローを引いたら進呈するから見逃して」
「ヒーローをハズレ呼ばわりしないでください!まったく、雑誌連載では徐々に覚醒して格好良くなってるじゃありませんか!」
「まーまー、そう熱くならずに。これから仕事なんでしょ、クールビューティーの仮面が剥がれたキモオタになってるよ」
花蓮が指摘すると、晴川悠一は慌てて表情を元の冷ややかな美形に繕いなおす。
晴川悠一のマネージャーと付き人は、不審げな顔を隠そうともせずに花蓮を睨む。が、花蓮が上から目線の、冷ややかで侮蔑の眼差しをマネージャーらに向けると、彼らは慌てて晴川悠一の肩を抱いて楽屋へと逃げていった。
別に魔法を使った訳ではないが、花蓮はその気になれば相手を圧倒し、気迫で追っ払うなど朝飯前だ。この表情をすると、両親や兄たち(姉の婚姻相手の義兄含む)はもちろん、屋敷中の者が腰を抜かすか、土下座で許しを請う。他の貴族とは交流しないよう注意しているので、上位貴族にもこの手段が有効か、一度試してみたいものだ。
「評判に違わない、嫌な奴らね。大河も、あんな輩に始終監視されてたら、心が病むのも道理か」
花蓮が呟くと、両側から友人2人が花蓮の腕を強く掴む。
「ちょっと!国宝級美形と名高い晴川君と、何処で知り合ったのよ!」
「私たちにも紹介しなさいよ!いや、まさかアンタ達、恋人同士とか?」
両側からギャンギャン叫ばれては耳が痛い。
「先日の『創世記激闘大戦』コラボカフェで、互いの推しのコースターを交換したのをキッカケに、オタ友になっただけだよ。機会があったら、ウチらの合同サークルにも行ってみたいとはメールで書いていたけどー」
花蓮が言い終わらぬうちに、友人2人は興奮のあまり鼻血を噴き出すのではという勢いで花蓮に迫る。
「本当?是非是非、早急かつ迅速に舞台セッティングするわよ!」
「もちろん会場はウチの大学でー」
「待て待て。あのマネージャーと付き人見たでしょ。事務所の稼ぎ頭を、仕事でもないのに私らに近づけるわけないって。誘った交流会参加も一度、仕事が早朝で終わりそうな日に行こうとしたら、事務所にバレて説教喰らったと落ち込んでたし。嘘も方便というのも知らない馬鹿正直なのも、世間ズレしていないというか、素直すぎて危なかっしいというか」
花蓮はため息をつきつつ、早瀬紗耶(ラフレシア腐人)の楽屋へ友人2人を引きずった。
(マズったなー、やっぱり仮病でもなんでも使って、サクラなんて断れば良かった)
花蓮は心の中で猛省する。振り返って確認せずとも、たまたま売店へに出向いた帰りなのだろうか、恋人の遼か隠れながらも凄まじい形相で、晴川悠一とのやり取りを睨んでいるのが分かったからだ。
ラフレシア腐人を含む彼女が所属する歌手の楽屋前には見張りがいて、ドアを開けると床につくほど長い布が掛けられて内部が覗かれないようになっていた。同じ事務所の2つのグループは和気あいあいしていたが、ラフレシア腐人は部屋の角の一画を布で隠された中で待機中だった。そこまで徹底した素性隠しにも脱帽するが、ラフレシア腐人は元の素材が良い上に、芸能活動するようになってから、どんどん垢抜けている。素顔かバレても、それはそれで新たなファン層を獲得するだろう。
ラフレシア腐人はすでに衣装もメイク(仮面装着)もバッチリだが、お土産の推しアニメ・マンガグッズを手渡すと、飛び跳ねて喜んだ。早速、4人でブラインド商品を開けて、『創世記激闘大戦』のヒーローが出たときは、頼み込んで定価で譲ってもらった。晴川悠一こと、オタ友の大河にあげるためだ。
「あの事務所は昔から、タレント酷使がブラック過ぎると評判悪いのよね。晴川君も別の事務所に所属していたら、もっとノビノビ演技できて、更に才能が引き出せるのに」
ラフレシア腐人のマネージャーがため息をつく。
花蓮も心の中で同意した。死相は花蓮との交流で若干薄れたが、未だ目の離せない濃い影を落としている。最初は善意でオタク話メールのやり取りをしていたが、いまでは真の『創世記激闘大戦』ガチオタク同志と認定している。もしものことが起こりそうなときは、大河が自ら命を断つ前に、セントクリア世界の実家に預ける腹づもりでもある。
(それより先にヤバいのが居たな)
花蓮は化粧室へ行くと言って席を立つ。そしてトイレ個室でスマホを起動させると、遼から鬼メールが50件近く入っていた。花蓮は頭を抱えつつ「詳細は後日」と返信すると、すぐに「今夜、説明に来い!」との返信。「無理。今夜は友人と、オタクお泊り会でホテル泊まるから」とメールに書き込み、「ごめんちゃい」のアニメスタンプを押して電源を切った。
「とーせ何を言っても、納得するわけないんだし。瀧宮会長に後でヘルプ頼んだこうかな」
花蓮は呟きながらトイレを出た。
トーム満席の華やかな3時間歌番組。これがアニメ映画上映会なら、花蓮も友達も熱心に見入っただろうが、興味のない口パク歌手のパフォーマンスを見て何が楽しいのだか。例外は友人であるラフレシア腐人と、アニメ主題歌を歌っている実力派バンドのときぐらいか。
この長時間歌番組の人気アイドル枠の座席の応募数は、募集日時のネットサーバーが一時ダウンしたほどだったとか。なら座席すべてを歌手ごとに振り分けずに、いっそ全席人気アイドル枠にしてしまえばいいと思うが、それだとやはり参加アーティストの士気が下がるというので、座席振り分けは人気順に座席数こそ違うが、一定数の推しアーティスト枠の席は用意されていたわけだ。
ラフレシア腐人の座席はサクラである花蓮たちで何とか埋めたが、いざ歌番組が始まると、人気アニメの主題歌だけあって、会場中が一体となる盛り上がりをみせた。そもそもが数少ない生歌かつ声量と迫力で、生歌ならではの良さが際立つ。もっとも花蓮たちを含むオタク枠は、背景のアニメプロモーション映像に狂喜乱舞していたが。
長かった生放送歌番組も終わり、花蓮と友人2人は会場を出る順番待ちをしていた。会場は数万単位の客を入れているので、整列退場させないとパニックになる。
花蓮達3人は会場を出たあと、近隣のホテルでオタク会をすることになっていた。ラフレシア腐人こと早瀬紗耶も、仕事を片付けたらすぐに合流することになっている。
無事にホテルへ到着してチェックインし、豪華スイートルームのドアをカートキーで開けようとしたとき。
花蓮は咄嗟に振り向くなり、ナイフ片手に花蓮に襲いかかろうとした青年に回し蹴りを食らわせる。そして手際よく上着を脱ぐと、うつ伏せにした犯罪青年の背中に膝で全体重を乗せながら、上着で後ろ手に拘束する。落ちたナイフで足の腱も切って逃げられなくしてやろうかなと花蓮がナイフを宙に放り投げながら振り回すと、友人の1人が叫んだ。
「こいつ、俳優の中島修じゃない!」
「誰、それ。なんでそんな名前も知らないモブ専門俳優に、私が襲われねばならないわけ?」
花蓮が首を傾げると、友人達はため息をつき、犯罪青年の中島修は花蓮に潰されながら叫ぶ。
「誰がモブ俳優だ!俺はいま売れっ子の一流俳優だ!」
「私が名前を知らないなら、モブ俳優よ。まあ、こんなところで大事なアニメグッズを持って尋問するのも面倒だから、取り敢えず部屋に運び込もうか。ほら、さっさと這って部屋に入りな!」
花蓮は中島修の尻を何度も蹴り飛ばして、世間的にはイケメン実力派俳優として認知されている中島修を、芋虫のように這わせながら室内に入れて鍵を閉めた。リビングに入れてやるほど甘くは無い。花蓮は玄関で、中島修の顎を思いっきり蹴飛ばした。
「ほら、さっさと私を襲った理由を吐きな。でないとモブでも使い物にならないぐらい、ボコボコに蹴り飛ばしてやるから」
そう言いながら、花蓮は中島修の頬を靴のヒールで踏みつける。友人らは、普段は無邪気でオタク活動にキャピキャピしている花蓮の気迫と躊躇のない非情な尋問に青ざめている。
「お前が、悠一に色目を使って籠絡したんだろうが!悠一は俺のものだ!」
中島修は叫ぶ。ついでに友人達も叫ぶ。だが悲鳴の意味が違う。本物のBLに出会ったことへの歓喜している腐女子の黄色い声だ。
「大河は、私のオタ友。そうか、男のストーカーに悩まされてるけど、事務所も対処できなくて困ってると言ってたのは、アンタのことだったのか。麻紀、こいつの所属事務所って、不祥事をもみ消せるほど大手だったりする?」
「そうね。業界じゃ最大規模とも言えるんじゃない?」
友人の1人が質問に答えると、中島修が勝ち誇ったように笑う。
「事務所の稼ぎ頭の俺をこんな風にして、ただで済むと思うなよ。おまえみたいなアバズレ、世間に顔向けできないようにしてやるから覚悟しておけ!」
「ふーん」
花蓮は中島修の後頭部を豪快に踏みつける。うつ伏せで床に叩きつけられ鼻血が出たのか、床に見る見る血溜まりが出来ていく。花蓮は通常用のスマホを起動する。すぐさま遼のものと思われるメール着信音がしたが、それを無視して電話をかける。
「もしもし、夜分遅くにすいません。いまゲイの俳優に襲われて殺されてかけまして。ああ、もちろん返り討ちにしましたよ。護身術は兄から習っていたので。会長、こいつときたら加害者のくせに、私を事務所の力で闇に葬ろうとしてるんです。引き取ってお仕置きしてくれません?あ、良かった。助かります。そこまでしていただけると、大変有り難いです。えっと、ホテル名はー」
花蓮はどこぞの電話をかけ、用件が済むと電話を切って電源も切った。話している間にも、しつこくメール着信がうるさくてたまらなかったのだ。
「花蓮、どこに電話かけていたわけ?まさか親が外交官のアンタに、ヤクザの知り合いがいるとかいい出さないわよね?」
友人が恐る恐る尋ねる。
「いやーね。そんな物騒な人じゃないわよ。あ、でも、ある意味ではヤクザやマフィアより怖い人かもね。忠告しといてあげるわ、モブ俳優。これから来るお迎えの対応を間違えるとアンタ、芸能界には居られなくなるから、従順に従った方がいいわよ」
「お前、ウチの事務所舐めてるんじゃねーぞ。俺の綺麗な顔に傷をつけた賠償金は高くつくからな!」
花蓮が中島修の頭から足をどかすと、背筋で顔を上げた犯罪未遂者は顔を血まみれにして叫ぶ。鼻が妙な方向に曲がっているので、踏まれた拍子に折れたのだろう。
「事務所だって、世界的大手スポンサーが手を引くと言い出せば、タレント切りなんて平然とやるんじゃない?ちなみにこれから来るのは、私の遠縁にあたる伯父さんの社員で、いまチクった伯父さんの正体は瀧宮総合化学株式会社の瀧宮会長だから。くれぐれも粗相のないようにね」
花蓮と瀧宮会長は、同じ世界の同胞かつ聖剣のソードマスター探しの相棒ということで、少しばかり戸籍を弄くって、縁戚関係ということにしておいた。遼には瀧宮会長との交流を言っていないし、会長と女子大生の密会なんて仮にバレたら社会的にも体裁が悪すぎる。
まもなく、スイートルームに瀧宮会長がよこした屈強な社員数名が訪ねてきて、中島修を引き取ってくれた。ついでに床の血溜まりも綺麗に掃除してくれた。
それ以後中島修は芸能界から姿を消した。ちなみに彼は顔を治せばなかなかの美形で、本物のBLということから、ソードマスター候補として、母国に送られることが瀧宮会長と相談して決定した。もっともこの程度の顔では、聖剣に選ばれまいというのが、瀧宮会長と花蓮の見解の一致だが、本物のボーイズラブ青年を見せれば、聖剣も少しは満足する余興ぐらいにはなるだろう。
「一件落着、これでやっとメインのオタ活が出来るわね」
花蓮は大事なグッズと、着替え入りの鞄を持ってリビングに向かう。
「まさか瀧宮会長と繋がってたとはね。アンタの人脈、強すぎるわ」
友人達もケラケラ笑いながらリビングへと向った。
程なくラフレシア腐人こと早瀬紗耶も合流し、ホテルに来る途中で購入したコンビニの弁当の他にも、コンビニケーキやスナック菓子、様々なジュースの2リットルペットボトルを並べて、4人は日付が変わってもお喋りに夢中だ。話題は、もっぱら先ほどのゲイ青年の中島修の執着愛と、国宝級美形認定の晴川悠一のことだ。
花蓮としてはつまらない芸能界話題より、せっかくのシアター付きルームにいるにも関わらず、楽しみしていた大画面での『創世記激闘大戦・劇場版開幕編』のブルーレイを見れないのが不満だった。
「それにしても男にストーキングされてたなんて、美形過ぎるのも考えものね」
「ヒット作になったBLドラマの役が抜けきれなくなっちゃったのかしらね。中島君も、それなりに美形で演技力あったのに、惜しい人をなくしたわ」
「そのドラマの存在は知らなかったわ。それ、漫画原作じゃないよね?」
花蓮が尋ねると、3人は同時に頷く。
「往年のヒットドラマメーカーが、愛娘の愛蔵BLマンガを隠れ読みしてインスピレーションを得た、オリジナルBL恋愛ドラマと言ってたわよ。近年にない視聴率獲得で、二匹目のドジョウを狙って似たようなBLドラマを作っているところもあるけど、俳優の顔が晴川悠一と中島修カップルのクオリティーを超えられないせいか、評判はとれもイマイチね」
「なるほど。じゃあこの私が、そのドラマのことを知らなかったわけだ」
花蓮は自分に納得する。脚本の出来は知らないが、仮に実写ドラマが漫画原作だとしたら、花蓮が知らないはずがない。少年誌が扱う戦闘ものにハマっているが、同じくらいBL漫画も大好物だ。しかしBLはファンタジーの部類、実写で扱われると興味指数はゼロどころかマイナスとなる。
「そんな俳優さえ惑わせる、魔性の国宝級美形青年の晴川悠一と、アンタはどうやって友達になったわけ?」
友人の追及が、中島修リアルボーイズラブ片思いから、花蓮と友人関係になった経由追及へ移る。
別にやましい事をしているわけではないので、花蓮は、先ほども語ったコラボカフェでの出会いの詳細を説明した。その後はメールを通じて、日々オタクトークで盛り上がってることも付け加える。
「かなり家族や事務所の拘束は厳しいみたい。自由行動する暇もなく、先日はカフェ予約の日に無理矢理暇を作って、コラボカフェ来店したんだって。それ以降、私とのオタクトークを毎日の楽しみにしているよ」
花蓮のもとには、時間を問わず晴川悠一からのオタクトークメールが届く。だがこちらのオタ活専用スマホは遼には内緒にしているので、すぐに返信は出来ない。それは晴川悠一(大河)も了承している。
「じゃあ私らも、スマホトークでオタ活仲間になるよ。大勢での批評のが楽しいでしょ?」
「あんまり大勢だと収取つかなくなるから、このメンバーだけという条件を、大河こと晴川君から了承取れたらね。あと芸能活動の話題は禁止、大学のことも、大河から聞かれたら答える程度にしておいて。大河、大学進学が本当は夢だったのよ」
花蓮は世の中ままならないものだとため息をつきながら、新製品のビール缶を開ける。
「だとすると、私らも『創世記激闘大戦』の登場人物をニックネームにした方がいいかもね。私も推しは大河だけど、既に晴川君が名乗ってるなら、盟友の林神威にしとく」
「私は敵側のグイル副官かな。大学じゃ、推しの名前を田村に取られたから、こっちで名乗る!」
「私は敵陣スパイのシャルル比留間、絶対これは譲れない!」
友人3人が盛り上がっている中、花蓮はオタ活用のスマホから友人3人を加えて、新たにグループトークを作っていいかの質問メールを出す。既読はなかなかつかなかったが、既読がついてすぐ、「アニメトークが更に楽しめそうなので、ヨロシク。マネージャーの目があるので、取り急ぎ」との文面と、ヨロシクの『創世記大戦』ヒーローのスタンプが返信される。花蓮はグループ設定をして、チーム名を『創世記倶楽部』として大河こと晴川悠一を招待すると、既読がすぐついて、「初めまして」のヒーロースタンプがグループ全員に送られた。
晴川悠一はこれから仕事がまだあるために、既読はついても直ぐに返信は返ってこないが、周囲の監視の目を掻い潜りながら、『創世記激闘大戦』の世界観の素晴らしさを短文ながら熱い想いをもって返信を繰り返した。
そんなわけで、結局はほぼ徹夜で5人によるアニメとコミック版の『創世記激闘大戦』語りをする羽目になった。
歌番組翌日も大学講義はあるが、全員が今日はサボる予定を組んでいたので、ホテルで友人達とは解散となった。花蓮は一旦帰宅して、荷物(戦利品アニメグッズ)を置くと、普段遣いのスマホの電源を入れる。
「遼、粘着力が上がってるんじゃない?」
花蓮は膨大なメールの数に慄く。どうやら一旦、諦めたようで、明け前にはメールがピタリと止んでいた。このままフェードアウトしたい誘惑にも駆られたが、突撃されるのも面倒なので、メールで詳細を書く。すると間もなく、電話がかかってきた。
「こんな時間まで放置とは、いい度胸だな!」
遼の罵声が、ほぼ完徹の花蓮の頭に響く。
「仕方ないじゃない、友人との交流は疎かに出来ないでしょ。それよりメールの数にドン引き。そもそも私のオタ活を邪魔するようなら別れるって約束、よもや忘れてないわよね?」
花蓮が冷ややかな声で返すと、スマホの向こう側は明らかに動揺を隠せないようだ。
「オタ活の邪魔をした憶えはない。だいたい歌番組にまるで興味のないお前が、楽屋前で晴川と親しげに話しているのが悪いんだろうが!」
「歌番組のサクラについては、事前に説明していたよね。大学の友人がラフレシア腐人で、その座席枠埋める要員として呼ばれて面倒くさいと報告したわよ。晴川君とは、オタク友達。昨夜も友人3人を巻き込んでスマホトークして、5人で『創世記激闘大戦』の話題で盛り上がりすぎたから、今日は大学サボって寝ることにしたわけ」
「じゃあ、いま暇なんだな。そっち行っても構わないな?」
「やめてよ、眠くて買ってきたグッズを整理する余力もないんだから。これから寝るから、邪魔しないで」
花蓮がそう言って電話を切ると、タイミング良くドアホンが鳴る。こんな時間に通販のオタクグッズを頼んだ記憶はないのだがと思いつつ、インターフォンを見れば、自宅マンションのオートロックロビーの前で、変装した遼が手を振っている。本当に、このまま放って置いて眠ってしまいたいところだが、後が面倒くさいので、オートロックを解除してマンション内へ入れるようにした。
…放置も後々面倒だが、慣れない歌番組サクラのバイトで疲れ果てた身で、嫉妬深い恋人の相手をするのも煩わしいの一言につく。適当に相手しながら居眠りする花蓮は(遼の父でもあるブライド殿下に言いつけて、接近禁止令出してもらって別れようかな)と思わずにはいられなかった。
夕方に差し掛かり、遼は花蓮の家のキッチンで、勝手知ったる云々で、夕食を作っていた。花蓮はベッドで泥のように眠っている。少し無理をさせた罪悪感はあるが、無闇に芸能人、ましや国宝級美形と名高い晴川悠一と、自分には見せない弾ける笑顔で喋っているのを見たら、嫉妬に狂っても当然だと、遼は自己肯定する。
夜にはレコーディングの仕事が入っているが、花蓮の家からなら現場まで、さほど時間もかからないので便利だ。
秋も深まり、ポトフを煮込みながらオーブンで鶏の照り焼きを焼いていると、リビングの都筑家の電話が鳴った。
家電はもっぱら家族から掛かってくるから取らないように言われていたので、気になりつつも無視していたら、リビングに慌てて花蓮が、オタク丸出しのTシャツと軍人仕様風合皮パンツ(こちらも量販店で限定販売されたオタクロゴ入り)着用で受話器を取った。
調理しながら聞こえてくる花蓮の言葉は、日本語でも英語でもない、聞き慣れない外国語なので、遼には内容を把握できない。だが花蓮の苛立った様子から、あまり好ましくない話題なのだと察することが出来た。会話が終わって乱暴に受話器を置くと、舌打ちしてソファへ乱暴に座り込む。
このとき花蓮はチラリと遼を何とも言えない表情で見てから、合皮パンツのポケットからスマホを取り出し、電話をかける。相手はすぐに出たようだ。
「こんな時間に申し訳ありません。いま国から連絡が入ってーええ、例の件の催促です。それと同人誌の献上。献上用の同人誌は後で買いに行ってきますが、そちらの進捗状況はーなるほど。規定には達しないけど、目ぼしい者はあの馬鹿(中島修)含めて数名に絞ったと。流石ですね。こちらは芳しくないですね。そもそも時間が足りませんよ。今夜ですか?空いてはいますが、ここに厄介なのが居るんですよ。電話を代わるので、そちらで説得してください。私が?冗談じゃない。昨夜から見当違いの嫉妬で、散々な目に遭ってるんですから」
そう言葉を切ると、ソファから立ち上がってキッチンに向かい、花蓮は自らのスマホを遼に渡す。
「誰だ?さてはお前の浮気相手か?」
せっかく機嫌が治った遼は険悪な顔をしつつ、花蓮のスマホを奪い取る。着信表示は殿下となっている。遼は、晴川悠一だとすっかり勘違いしていた。花蓮一押しの『創世記激闘大戦』のニックネーム呼び登録していると思ったからだ。ちなみに遼は、『創世記激闘大戦』を一読するなり、「くだらない」と言って放り投げ、花蓮と大喧嘩した過去がある。
「おい、何が殿下だ!人の女にちょっかい出そうなんてーえ?親父?」
意気込んで怒鳴りつけた相手が自分の父親と知るなり、遼は混乱する。スマホの音量は通常設定にしてあるが、瀧宮会長の怒号がスピーカー設定しなくても聞こえてくる。さすがに内容までは不明瞭だが。
遼は青くなりながら、スマホで話しながらペコペコ頭を下げている。尖った性格の遼でも、どうやら家では、父である瀧宮会長に逆らえないようだ。会話が終わり、脱力した調子で花蓮にスマホを返す。
「…おまえ、なんで親父と知り合いなんだよ」
遼は恨みがましく、花蓮をジト目で睨む。
「あんたの過保護な親父さんが、付き合っている私を別れさせようと探し出して呼び出してきたの。でも親の仕事関連で意気投合して、共闘することになったのよね」
花蓮は嘘と真実を混ぜ込んで説明した。
「同人誌献上が仕事って、親父の奴、今度は何を始めたのやら。俺にも一緒に来いとか言ってきたぞ、仕事があるから断ったが」
「ふーん、会長も遼に真相を明かす気になったのか。意外ね。アンタには関わらせたくないと言っていたのにー」
その時、花蓮の背後のリビングからドサリと重たい物が落ちてくる音がした。遼はいきなり現れたそれに仰天し、花蓮は駆け寄るなり治癒魔法をかける。
転移してきたのは、自殺未遂を起こした晴川悠一だった。薬を飲んで首吊りを図ったらしいが、前に花蓮が「もしも」を想定して、事前にかけた危機管理魔術が作動したようだ。大河こと晴川悠一に初めて会った日、渡していたヒーローグッズやあのとき買った服には、自殺を図ろうとしたら花蓮の元に転移するよう、全てのものに術をかけていたのだ。
血の混じった泡を吐き、目も白目を剥いて下半身からは悪臭もしていたが、一命を取り留めるには間に合ったようだ。
白くなり始めていた顔色や瞳孔は元に戻ったが、どれだけ泣き腫らしたのか、顔は国宝級美形には程遠く浮腫んでいた。
「ここはー」
弱々しく呟く悠一の半身を花蓮は抱き起こすと、アイテムボックスから取り出した下級ポーションの瓶口を悠一の口に突っ込む。困惑しつつも、ポーションの今まで味わったことのない美味しさに悠一はゴクゴク飲み干す。浮腫んだ顔も元に戻った。
「やってくれたわね。これだから目を離さないよう注視していたんだけど。で?何があってこんなことやらかしたわけ?」
花蓮は綺麗に治した悠一の顔を力いっぱいつねる。「痛い、痛い!」と叫ぶ悠一に対して、花蓮は「首吊りは臭いって、本当なのねー」と言いながら、浄化魔法で悪臭の根源を消し去って、服も綺麗にする。
「おい、これは何なんだ!」
一連の状況を唖然として立ち尽くして見ていた遼が、正気を取り戻して怒鳴る。花蓮が漫画のように魔法を使って悠一を治療したのも驚きだが、それよりも未だに花蓮が悠一の半身を胸に抱いている状況が気に食わず、遼は2人を引き離そうと足早に駆け寄ろうとするが、その肩を背後から強く掴んで止める者がいた。
瀧宮会長だった。
「親父?」
遼は目玉が飛び出さんばかりに仰天する。なんでいきなり、ここに父親が現れるのか。状況の整理が追いつかない。
「魔術が使われた気配がしたから慌てて駆けつけたが、遼が花蓮くんに暴力を振るったわけではなかったのだな?」
瀧宮会長は、花蓮から遼の嫉妬深さを耳にタコができるほど聞かされていたので、父親と密かに会っていることに逆上した息子が暴れているのではと駆けつけたのだ。
「はあ?そんなDV働くわけないだろ!それよりこの、常識では説明出来ない状況を説明してくれ!頭がおかしくなりそうだ!」
遼の叫びは、晴川悠一からしても同感だった。自室で死のうとして、まさにあの世が視えかけていたと同時に、見慣れないリビングでオタ友の腕の中にいて、頬をつねられていたのだから。しかも司令官の嫉妬深い恋人が、人気絶頂のアイドル御嶽リョウ。情報が混乱するが、少なくともオタ友とはいえ異性の腕の中にいるのはマズイと思って、慌てて悠一は花蓮から離れた。少々、いやかなり居心地のいい花蓮の腕の中に未練が無いわけでもなかったが、普段は冷めた顔しか見せないトップアイドルの鬼の形相を見たら、命の危機を憶える。いや、ほんの少し前まで死ぬつもり満々だったが、この理由のわからない状態で死にたくない。むしろ、何かに化かされているような状況に興味がわいた。
「遼、おまえには話すかどうか悩みもしたが、コッチも困り果てていたから、おまえの協力を仰ぐいい機会かと思ったのだ。そちらの俳優の彼も、死線を越えようとした以上は、話を聞いてもらうとするか。どちらにせよ、自殺を試みたら、花蓮くんが君の居場所を作るために連れて行くと、以前聞かされていたことだしな」
「自分の居場所?それより、自分が自殺するって、どうして分かってたわけ?」
悠一は花蓮を振り返って問いかける。
「まあ、その話も含めて、これから話すから。まずは2人共、この世界の常識の物差しは捨てること。そうでないと、説明するだけ無駄になるから」
花蓮は真顔で悠一と遼に言った。
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