聖剣の無茶振り  イケメン連れてこい?そんなの自分で探せ!

酒原美波

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第三章 異世界移住

聖剣の無茶ぶり

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1.異世界ファンタジー
 瀧宮会長がまず行ったのは、息子である遼の今夜の仕事のキャンセルだった。事務所に電話をかけて、酷いおたふく風邪にかかって高熱でうなされているから、しばらく休養させると説明したのだ。最大手スポンサーの瀧宮会長から直々に言われては、事務所も納得するしかないので、『聖剣の騎士団』は、遼のおたふく風邪が治るまで、しばらく活動休止ことになった。
 遼は「もっと格好いい病気があるだろうが!」と、事務所との電話を終えた父親に抗議したが、「いまのその仏頂面には、おたふく風邪が一番説得力があると思ってな」と、瀧宮会長は言った。一代で巨大会社を立ち上げた父親に敵うわけもなく、遼は悔しげに黙るしか無かった。

 取り敢えず食事をしながら話そうということになったが、遼が作っている最中の料理は自分と花蓮の2人分のみ。
 花蓮は宅配サービスで、ハンバーガーセットとピザを4人分注文した。いずれも『創世記激闘大戦』のコラボ実施中なので、先ほどまで死にかけていた悠一も興奮でワクワクしている。そもそも事務所の方針で、ファストフードは大好物だが、スタイルに影響が出ると食べさせてもらえなかった。だから久々にハンバーガーにありつけるのを、悠一は子供のように歓喜している。
 瀧宮会長も食事に拘りがなかったから、ファストフードに抵抗はなかった。
 ただ遼だけは、滅びてしまえと呪っている『創世記激闘大戦』コラボのファストフードなんて食べたくなかったので、調理を再開した。「まったく、このカオスな状況も忌々しいが、花蓮と二人きりの大事な時間を潰されるのが一番腹立たしい」と、父親に聞こえないよう悪態をつきながら、手際よく千切りキャベツを刻んだ。

 一方の悠一は、リビングの特別発注ガラスケースに飾られた『創世記激闘大戦』ジオラマに歓喜していた。
 一旦は生物が絶滅した地球が再生を始めた頃の、地球帰還連合(味方)と、他星系の侵略連盟(敵)との激闘シーンがアニメワンシーンのように精巧に作られていた。要となる人形の顔も、出来の悪いフィギュアが裸足で逃げ出すほどの精巧かつリアルぶり。
 それもそのはず、『創世記激闘大戦』の世界観ジオラマは、売り物ではなく、花蓮が通う大学のジオラマ制作部の友人に、イメージを伝えて作ってもらったのだ。依頼に応じた友人は世界ジオラマ選手権のジュニアの部から参加者の常連で、各国のコンテストで優勝も何度かしている。アメリカから高卒と同時に有名アニメ会社から勧誘も来ていたが、友人は私立一粒万倍大学の美術部ジオラマ科の作った卒業記念大作ジオラマを昔見たときから、この大学に入学して合作の巨大ジオラマを作りたい願望があったので、アメリカの就職話はお断りした。
 もちろん制作材料費と手数料も弾んだので、予想以上に素晴らしい出来に、花蓮は歓喜。友人も材料費と、アルバイト料を稼げてホクホク。ついでにこれをインスタグラムに投稿したら、『創世記激闘大戦』の公式ショップからオファーがきて、いまこのジオラマより大型バージョンに取り組み、契約金も相当貰ったそうだ。完成して依頼店が満足したら、向こう1年は他業種のアルバイトをせずとも生活していけそうだと、まさに、ウィンウィンな関係だ。

 遼の手料理が出来上がる直前に、宅配サービスから、ファストフードの配達があった。リビングで花蓮と大河(悠一)が、オマケのブラインドクリアファイルの袋をハンバーガーショップの5枚と、ピザ店の3枚を真剣な顔で開ける。
 ハンバーガーショップもピザ店のオマケも、それぞれ2人の推しであるザイール司令官と赤石大河が現代服を着て、それぞれの推しキャラがハンバーガーやピザを格好良く食べるクリアファイルが当たった。ハンバーガーショップのが安価な分だけ千円で1枚の景品なので絵柄もシンプル。ピザ店は2千円で1枚なので、背景も服装も凝っている。『創世記激闘大戦』の景品が人気なのは、デフォルメより等身で描かれたキャラが、コラボに合った服装が多彩なこともある。その分、オタクの財布は軽くなるが。
「おい、さっさと席に着け!ガキじゃあるまいし、オマケごときに大騒ぎして見苦しい」
 食卓についた遼がリビングの2人に怒鳴りつけると、大河(悠一)はシュンと落ち込むが、花蓮の恋人に向ける視線は冷たい。2人共、リビングのテーブルにグッズを置いて食卓に座るが、花蓮は開口一番に爆弾を放った。
「遼、今日ここで別れよう。あんたと付き合うのは、もうおしまい」
 花蓮の言葉に、遼が絶句して表情が固まり、血の気が引く。だが花蓮は、いつにない厳しい顔を崩さず、それがいつもの喧嘩の延長ではなく、本気だというのが伺えた。
「まさか…このぐらいのことで別れるとか、冗談だよな?」
 遼は途端に懇願する声を出すが、花蓮はハンバーガーセットのコーラを一口飲んでから、改めて恋人を見据える。
「正体がバレた時点で、あんたと別れることは最初から決めていたのよ。そもそも、あんたと付き合っていたのも、好き嫌い以前の問題だったの。そこのところは瀧宮会長、自分の父親から直接聞いて」
 花蓮は説明を瀧宮会長に丸投げする。遼は「交際を反対しているのは親父か」と誤解して、実父を睨み付け、瀧宮会長は犬も食わぬ痴話喧嘩に巻き込まれて辟易としている。だが2人の交際には諸手を挙げての賛成というわけでもなかったので、説明役を買って出ることにした。
「遼、おまえが花蓮くんと付き合うのを私が反対するのは、おまえには普通の地球生まれの女性と結婚欲しいことと、それ以前におまえたちが対等な恋愛が築けていないからだ。花蓮くんは、おまえのために今まで我慢して付き合ってくれたんだ。私と彼女はー」
「我慢して付き合ってたって何だよ!なんで親父が俺たちのことに、いちいち指図するんだ!」
「おまえの執着心によって無意識の魔術が発動して、アリアルイーゼを縛っていたからだ。彼女にはそれを簡単に破る力量があったが、無理矢理それを使えば、おまえが廃人になりかねないから、あえてその手段を取らなかった。私がおまえを含む息子たちに、普通の人間でいてほしいと思ったからこそ、今まで黙っていたがな」
「はあ?何を理由わからないことを言い出してるんだ。魔法?それにアリアルイーゼって、誰だよ!」
 遼が突っかかると、早々にピザのワンピースを食べ終えた花蓮が手を挙げた。
「私よ。私の本当の名前は、アリアルイーゼ・グレイ。地球とは違うセントクリアって言う異世界のアンダラ帝国の伯爵家の娘だったけど、あちらの世界では暮らしづらい事情があって、この地球に住むことにしたわけ。遼の父親であるブライド殿下も、似たような事情でこちらに来たわ。遼の父親は、アンダラ帝国の皇子だったの。もっとも皇位継承権はとっくの昔に放棄してたけどね」
 花蓮が説明しながら、魔術でハンバーガーセットのポテトを空中にばら撒いて静止させる。それを見た遼と大河(悠一)は、顎が外れるほど驚愕した。
「ウチの世界ではアニメや漫画の文化がないからさ、たまたまオーパーツとして飛んできた地球の漫画を拾った私は、移住先を地球の日本に決めたわけ。ブライド殿下の地球選択理由は知らないけど、ともかく、たまたま遼と出会って無意識下の魔術を使われて拘束された時には驚いたわよ。でも遼が魔術を使っていると知った以上、ブライド殿下にはその魔術を解いてもらう約束だったから、だから私達は今日でおしまい。私はコチラの世界で結婚するつもりも、子供を作るつもりも最初からなかった。子供に魔力が遺伝する確率が高いから、厄介なリスクを回避のためにも、地球に移住したときから、それだけは決めていたのよ」
 花蓮は宙に浮かんだままのポテトを手にとって食べる。会話の内容をほとんど理解していない大河(悠一)は、好奇心で浮いたポテトを食べて喜んでいる。もともとファンタジーには理解があるので、こうした不思議現象を受け入れるのも早い。
 ファンタジーを毛嫌いしている、ガチガチ頭の遼は、まだ浮いたポテトに頭が混乱している様子だが。
「ははは、耳の痛い話だな。かくいう私も最初はそのつもりだったが、恋に陥ると大義名分はどうでもよくなってしまうんだ。仮に遺伝しても、私が魔力を封じればよいと思っていたし、実際に3人の息子の魔力量は封じるほどの威力でもなかったから放置していた。だが、まさか同胞がコッチへきているとは想定外だった。後ですぐに、遼の無意識魔術を解いたら、晴れて君は自由だ。その前に、取り敢えず食事をしてしまおう。色々と私達は話すことがあるし、それはきっと長い話になるだろう」 
 ブライド殿下こと瀧宮会長は言う。セントクリア世界のことはもちろんだが、晴川悠一の自殺未遂のことも問いたださねばならない。花蓮ことアリアルイーゼは、異世界の実家で世話をすると言っていたが、果たして地球人の悠一を移住させるほどの必要性はあるのかも見極めなくてはならないと、食事しながら年長者として最善の方法を取らねばと、瀧宮会長は頭をフル回転させていた。
 遼はすっかり食欲が失せて、せっかく自ら作ったポトフを切り刻んでいるだけだったが、花蓮は平然と食事をしていたし、大河(悠一)も久々のファストフードを堪能している。さすがに場の空気を考えて、花蓮と『創世記激闘大戦』のオタクトークするのは控えたが。

 食事を終えて、4人はリビングに移動する。テーブルには、花蓮がホテルで買ってきたホテル自家製名物の高級クッキーを皿に並べ、茶葉から淹れた紅茶をティーカップに注ぎ、ティーポットと差し湯が出来るように電気ポットも置いてある。砂糖、ミルク、シナモン、ブランデーもテーブルに置いて、好きな味付けに飲めるようにセッティングした。
 まずは大河(悠一)に、自殺未遂を図った原因を話させた。食事して気分も落ち着いた大河(悠一)は、淡々と語りだす。
「昨夜から今朝にかけてのオタクグループトークが、これまでの人生で一番楽しかったんです。終わったあとも余韻に浸りたくて、やり取りしていたメールを何度も何度も見返していました」
 大河(悠一)は、長いオタクトークメールを何度も読み返していた。仕事が夕方までないことも油断の1つだった。事務所からのスマホが鳴り響いてるのも気づかないほど、大河(悠一)メールトークを夢中で読み返していた。
 そして合鍵で入ってきた事務所のマネージャーと社長に気づくのにも遅れた。咄嗟に隠そうとしたスマホを社長に取り上げられて、社長はメールの内容を一瞥すると、それをマネージャーに渡して「処分しなさい」と命じた。
 そして社長は自らのスマホで事務所から応援を頼み、彼らが到着すると、大河(悠一)の部屋のオタクグッズ全てを段ボールに詰めて室内から出した。大河(悠一)は必死で止めようとしたが、社長が制止する。
「仕事に支障のない範囲での趣味なら許可する条件だったわね。それを破ったのだから、ペナルティとして、コレクションは全て処分するわ。今すぐぶち壊したい気も山々だけど、ああいうのも、プレミア価値がついて、そこそこの値段で売れるというから、悠一の母親の前借り金の補填にちょうどいいわ。悠一、昼からドラマロケの仕事が入ったから、直ぐに支度しなさい」
「お願いです!コレクションはともかく、スマホだけは返してください!」
 大河(悠一)は懇願するが、スマホを渡したマネージャーの姿がいつの間にか消えている。
「悠一、仕事に支障を出すような友人は作らないように厳命していたでしょ。あのスマホは処分させます。専用のスマホを持つことも、当分の間は禁止よ。あなたは仕事に集中していればいいの。友達が欲しければ、業界内で付き合って利益になりそうな子達と遊びなさい。でも女性は一般人はもちろん、業界人も駄目よ。恋愛や結婚は、ファンの熱を一気に冷ましてしまうから」
 社長はまくし立てる。
 大河(悠一)は、天国から地獄に突き落とされた気分だった。人生最高の時間から、冷たい現実に一気に引き戻された大河(悠一)は、心の中のか細い糸が切れる音を確かに聞いた。
 コレクションの消えた、殺風景な豪華マンションの部屋。この部屋だって、大河(悠一)の好みではなく、あくまでも俳優「晴川悠一」ブランドイメージを保つためのハリボテだった。
 大河(悠一)は部屋に追い立てられ、出掛ける支度するように急かされる。ウォークインクローゼットに入った大河(悠一)は、隠し持っていた薬を一気に口に入れて噛み砕き、いつか必要になる日が遠からず来るだろうと、隠していたロープを手に取る。
 ふと、クローゼットの片隅のグッズが目に入る。花蓮から譲られたもので、あの日の『創世記激闘大戦』コラボカフェのショッパーに入ったまま。缶バッジもコンプリートボックスに仕舞ったままで、ブラインド商品も袋に入っている。これらだけはディスプレイすることなく、仕事終わりにウォークインクローゼットの片隅で、それらを開けて眺め、あの日の思い出を反芻して元気をチャージしていた。
 だがいまは、もう疲れ果てた。気力で今まで生きてきたが、歓喜を味わった後の絶望は計り知れない。全てを奪われてた今、生きている意味も価値も未来も視えない。だから旅立つことにした。シュミレーションは頭の中で何度も行った。それを実行するか、空想でこれまでのように思いとどまるのかの違いだった。
 大河(悠一)は手際よく準備をして、躊躇い一つなく、この世のしがらみから逃れることにした。そして気づいたら、ここに来ていたというわけだ。
「たかがコレクション奪われたぐらいで死を選ぶなんて馬鹿なことをー」
 遼が、心底から軽蔑しきったように感想述べていると、瀧宮会長が息子がソファから転げ落ちるほどの勢いで張り手を喰らわせた。
「遼、おまえがそこまで心のない人間だったとは思わなかった」
 瀧宮会長は表情を変えることなく紅茶にブランデーを入れて、口を潤す。そして倒されて左半身をさすりながら起き上がった息子には見向きもせず、真っ直ぐな視線を向かいに座る大河(悠一)に向けた。
「愚息の言葉は忘れてくれ。本当に申し訳なかった。外部の音は何も届かないほど、友人とのグループメールを夢中で見返していた君は、それほどまでに、ずっと孤独だったんだね」
 瀧宮会長が労ると、大河(悠一)は静かに涙を流して頷いた。
 遼は、それを見て自分が花蓮に振られた腹いせにキツく当たったことに少しだが後悔した。だが花蓮に向ける大河(悠一)の目が、普通のオタク友達に向けるものとは違うとも感じていた。そもそも男女間に友情は成立しないという思考の持ち主だ。
 当の花蓮は、ソファには座らずに大河(悠一)が倒れて現れた付近に両手を向けて意識を集中させている。間もなく、『創世記激闘大戦』のグッズが山のように現れた。
「それ、没収されたコレクション!」
 大河(悠一)が叫んで駆け寄る間に、自殺未遂最後の瞬間に目に入った缶バッジコンプリートボックス入の『創世記激闘大戦』ショッパーも出現した。
「取り返したわよ。一旦、マネージャーは事務所の倉庫に運び込んでいたみたいね。量が多いと買い取り業者も郵送指定するから、たぶん残っているだろうとは思ってたけど。だから段ボールごと運ぶのは止めにして、中身のグッズだけかっぱらった。大河の自宅の様子も透視したけど、いまアッチはクローゼットに居るはずの大河が消えて大騒ぎになってて、面白いことになっているわ。自殺の痕跡はあるのに、体がないって。警察を呼んだはいいけど、証拠隠滅したのではと、逆に社長やマネージャーや付き人は、容疑者扱いされているの。ついでに各マスコミへ、私が代筆した晴川悠一の悲痛な遺書をFAXで届けたから、直ぐに報道で取り上げられるんじゃない?」
 花蓮が大型テレビをつけると、ちょうどワイドショーから報道ニュースに切り替わる時間帯だったので、民放各社のキャスターは届いた遺書を興奮気味に読み上げ、「超人気俳優、晴川悠一安否不明?」のテロップがデカデカと出ている。
 大河(悠一)の住んでいたマンション前には多くのパトカー、報道陣、野次馬も多く駆けつけていた。
 大河(悠一)は一番大事かつ命の御守でもあった『創世記激闘大戦』のグッズの入ったショッパーを抱きしめてその場に座り込み、唖然としながらテレビを観ている。
「良くも悪くも、影響力のあった俳優なことは、これで証明されたわね。これが大河、あんたの足跡の証。嫌々でも真剣に仕事に取り組んだ、あんたの勲章よ」
 花蓮は大河(悠一)の頭を軽く叩いて、ソファに座る。位置的には遼の真向かいだ。冷めた紅茶を一気にあおり、紅茶ではなくブランデーをカップに注いでお湯で割る。
「遼、あんたは容姿も才能も家庭にも人並み以上に恵まれていたから、理解できないのも無理はないかもね。でも私は多少なりとも大河(悠一)の気持ちが分かるの。場にそぐわない異質な魔力量を持って生まれた私は、家族に恵まれていたし、伯爵令嬢として不自由ないものを与えられて成長したわ。でも実家を揺るがしかねない爆弾である私を、家族は恐れもしていた。私の存在が皇族もしくは国の重鎮にバレたら、あのテレビの報道より混乱が生じたでしょうからね」
 花蓮はお湯割りブランデーを口に含み、地球と異なるセントクリア世界のこと、母国アンダラ帝国の異世界での立ち位置、花蓮の実家である西方地方の弱小伯爵家の1つであるグレイ家のことも語った。
 いつの間にか、大河(悠一)も隣に座って、真顔で花蓮の話を聞いている。大河(悠一)はその間も、花蓮と初めて会った日の『創世記激闘大戦』のグッズ入ショッパーを両手に抱きかかえていた。
 花蓮がひと語りしてクッキーを摘みつつブランデーのお湯割りを飲むと、今度は瀧宮会長が口を開く。
「私もアリアルイーゼ、いや、花蓮くんと言った方がここでは分かりやすいな。花蓮くんと同じく、父の側妃の皇子ながら、嫡出皇子を凌ぐ魔力量を持って生まれてしまった。私の実家は北方管轄の侯爵家で、たまたま実母が里帰りしてる時に予定より早く生まれたため、特殊体質だと皇宮にバレずに済んだ。祖父の侯爵も平穏な暮らしを優先する人で、皇家の波乱の種になることを望んでいなかったから、私の能力がバレないよう、祖父の侯爵邸で魔力量を隠して育てられた。そのため皇宮へ戻った母とは、必要な行事で皇都へ向かうときぐらいしか会わなかったから、年に一度か二度程度だな」
「百名越えての子供を作るぐらいなら、相当多くの妃が居たんだろ。どうして親父のお母さんは、実家にそのまま留まらなかったんだ?」
 遼が疑問を口にする。遼にとっては、顔も知らない祖母ということになるわけか。
「母には他にも子供がいたからな。私には兄皇子が2人、姉皇女が3人居たから、母は皇宮を空けるわけにはいかなかった。特に2番目の姉は、大国の皇太子の正妃として嫁ぐことが決定していたこともある。属国に嫁いだなら里帰りも可能だが、海を隔てた東の大陸へ渡れば、二度と会うことも叶わないかもしれない。母は2番目の姉を不憫に思って、皇宮へ留まる選択をしたのだ」
「多産な世界なんですね」
 大河は目を丸くする。花蓮ことアリアルイーゼは6人兄弟、瀧宮会長ことブライド皇子も6人兄弟ということになる。
「多産というか、寿命の長さと側室の数の問題ね。セントクリア世界では平均寿命が200年、貴族は上位なほど上限3人の正室の他に数多の側室を囲うことが多いから、1人の妻の出産は平均で2人から3人程度よ。ウチのような、名ばかりの伯爵家だと1人だけの正室ってところも多いから、正室が子供を産む数も必然的に増えるというわけね」
「私が誕生した頃の皇宮もそうだ。聖剣に選ばれた父上は一千歳を越えていて、もう妻子との死別に嫌気が差していたから、私の実母を含めても、あの当時で妃は5名ほどだったと記憶する。本当は側室を迎えるのさえ嫌がっていたようだが、父上が聖剣のソードマスターである特性上、妻の存在は不可欠だったのだ」
 瀧宮会長が語ると、大河(悠一)は納得し、遼は首を傾げる。
 遼が疑問を呈する前に、花蓮が説明した。
「聖剣を抜くと、体が昂揚して抑えが利かなくなるのよ。聖剣の抑止力で戦争こそないものの、他国との小競り合いに皇帝自らが出撃することもあるし、年中行事で聖剣を民衆の前で披露することもあったから」
 遼が知らずに、大河(悠一)が理解していたのは、ファンタジーオタクならではの基礎知識由来だろう。
「まあ、これで私と瀧宮会長の素性語りは、おしまい。大河のその後のことだけどね、ウチの実家には既に話を通してあるから。ド田舎の邸だけど部屋も用意してあるし、グッズも全て持ち込み可能。学校も、望むなら通わせることが出来るわ。ウチの領地には高等教育を学べる学園がないから、西方地区を統括するエラト侯爵領内のレガシィ都市で寮生活ということになるけどね」
「魔力がないと、そっちの世界では生活が難しいのでは?」
 大河(悠一)は、ファンタジー漫画の世界から学んだ知識があるので、疑問をいだく。
「魔力があるから貴族、無いなら平民。私の故郷の世界では、魔力を持たない人間が大半よ。まあ大河の場合、魔力学校へ行きたかったのが本音だろうけど、アンダラ帝国の魔力学校は貴族階級で差別化されているから、和気あいあいと学べる一般の学園の方が、大河が理想とする青春を味わえると思うわ」
「一般学園も、日本のような総合的な分野を学ぶのではなく、専門学校と考えたほうがいい。その辺りは、グレイ伯爵家の者ーグレイ伯爵だけでなく、邸で働く魔力のない使用人ーと話して進路選択すれば良い」
 花蓮に追随して、瀧宮会長も大河(悠一)にアドバイスを送る。
「親父、寿命が200年というのは、地球でも同じなのか?」
 遼が首をかしげる。日本の一般的な平均寿命が約80歳だから、2.5倍の寿命となる。
「そうなるな。だから瀧宮健司という人間は、平均寿命が近づいたらリセットする必要がある。これは母さんや兄さん達にも他言無用だぞ、いいな?」
「リセットするってことは、新たに別の人間に成り変わることだよな。もしかして、今の外見も偽りだったりするのか?」
「そりゃあ、そもそも純国産の日本人でないから、外見年齢どころか、髪や瞳の色も本来とは違ってるし」
「え?」
 花蓮の指摘に、遼は父親を凝視する。だが普通の還暦初老よりはるかに若作りな程度ぐらいで、取り立てて変わった様子はない。
「花蓮、おまえもか?もしかして、俺より百年近く年上とかー」
「失礼ね!私は正真正銘の19歳。デビュタントの前に逃亡する必要があったから、実年齢と擬態年齢は一緒よ!」
 花蓮は憤慨する。どこの世界でも、いつの時代でも、女性に実年齢を尋ねるのはマナー違反だ。
「デビュタントって、貴族令嬢が社交界に出ることだよね。王様に謁見できる貴重な機会だったんでしょう?」
 ファンタジー愛好家の大河(悠一)が瞳を輝かせて尋ねる。推しを1つとすれば『創世記激闘大戦』一択だが、電子書籍で様々な漫画や小説も読んでいる。その全てが、現実逃避が出来る異世界ファンタジーものだった。大河(悠一)にしてみれば、現代を舞台にしたラブコメや学園青春ものは、自らの憧れでもあり、コンプレックスをえぐる傷でもあったから。
「伯爵令嬢以上は皇宮で皇帝陛下にご挨拶する特権があったけれど、私の姉の時代から、デビュタントの謁見担当は賢帝陛下ではなく、アリオス皇太子殿下が代行していたみたいよ。賢帝陛下は聖剣に関わる儀式や戦闘以外には滅多にお出ましにならなかったようだし」
「それだけ体も限界にきていたのだろう。対面したご遺体は、見た目だけは三十歳前後の壮年そのものだったが」
 セントクリア世界へ久々に帰還して、玉座の間の聖剣と話したあと、瀧宮会長は地下霊廟に安置された棺の中の父親と対面した。聖剣のソードマスターが決まっていないので、外交戦略上、表向き賢帝の死は隠されており、葬儀は未だ行われていない。神官たちの魔力で賢帝の遺体は亡くなった直後に時間固定魔術がかけられており、そのお陰で瀧宮会長は賢帝の遺体と対面することが出来たわけだ。葬儀が終わった後であれば、皇都郊外の皇族専用墓地に葬られて対面は叶わなかっただろう。
 セントクリア世界の歴代皇帝や国王の葬り方は各国の宗教観によって違うが、アンダラ帝国の場合は防腐魔法をかけず、棺ごと土葬して土に還すのが習わしだ。魂は昇天し、肉体は国を護るため大地に戻るという信仰ゆえだった。
「俺にとっては爺さんになるわけだよな?千年生きて30歳で見た目が変わらないって、ファンタジーよりホラーにしか、俺には聞こえないけど」
 遼は、未だに父親が異世界人で、自分が異世界人皇子と地球人のハーフであることに実感がもてずにいた。
「父上が例外だっただけだ。我々は地球人より長命だが、ゆっくりだが年を取る。怪我もするし、病にだってかかる。魔術によって症状が緩和され、地球人より苦痛を伴うことはないが、魔術は万能というわけではない。だから魔術師でない医者や薬師もいる。彼らは主に、一般人向けの治療に従事していて、こちらのように病院や診療所もある」
 瀧宮会長の言葉に、大河(悠一)は目を輝かせる。大河(悠一)の本来望んだ進路は医者だった。異世界と地球日本では知識の相違もあるだろうが、命を助ける仕事ができる学校へ行けるなら、是非、第二の人生は医者として生きたい。
「殿下は年の功もあって擬態が上手ですから、私のような未熟者のように遼や大河に見抜かれるヘマはなさっていませんが、今の本当の見た目は、大河とさほど変わらない年齢ですね。私達は20歳前後で老化がゆっくりになりますから」
 花蓮の言葉に、驚愕しながら遼と大河(悠一)は、再び瀧宮会長を凝視するが、やはり初老の男性にしか見えない。
「頭がおかしくなりそうだ」
 遼は頭を掻きむしった。テレビ番組は報道特集を延長して、俳優の晴川悠一失踪事件を未だに放送している。
「あ、私はこれから献上用の同人誌を買いに行ってくるわ。明日には同人誌を聖剣へ献上がてら、大河をウチの実家へ連れて行かなきゃならないし。大河、欲しいものがあるなら、一緒に来る?」
 花蓮が立ち上がって大河(悠一)に尋ねる。大河(悠一)はしばし考え込んだ末に、首を横に振った。異世界に旅立つなら、宝物のグッズ以外は持っていきたい物もない。それにテレビで大々的に報道されている以上、万が一、自分が生きていることを誰かに知られるのが怖かった。もう芸能界へ引きずり戻されるのは嫌だった。
「おい、なんでコイツを誘って、俺には声をかけないんだ!」
 遼が立ち上がって非難するが、花蓮は心底から呆れ果てたとでいうように、元恋人を見下す。
「もう終わったと、さっき言ったでしょ。遼の父親も、私との交際は反対しているし、私も趣味を邪魔される束縛生活には、いい加減ウンザリしていたのよ。遼とは別れる、これは決定事項だから」
「俺はそんなの認めてないぞ!」
「遼が認めなくても、遼が私にかけた無意識の魔術をブライド殿下ーつまり瀧宮会長ねーが解けば、私が遼と一緒にいる意味は無くなるの。遼との付き合いは楽しくもあったけど、束縛が強すぎて辟易としていたのよ。これからは、その行き過ぎた束縛をどうにか改心した方がいいわよ」
 花蓮はそう言って、自室に戻り出掛ける準備を始めた。
 遼は追いかけようとしたが、瀧宮会長に腕を掴まれて、ソファに引きずり戻される。芸能活動のためにそれなりに鍛えている自分が、初老の父親にいとも容易く力で負けたことに、遼は困惑する。
「花蓮くんが、おまえを本気で好きなら交際を認めないこともなかったが、おまえは相手の気持ちよりも自分の激情を優先させてしまった。その結果が、これだ。次の恋愛で、その失敗を生かすことだな」
「次なんてねえよ!俺は花蓮が何者であれ、あいつを離すつもりは少しもないーうわっ!」
 遼は父親に捕まれた腕から電流が駆け抜けたショックで悲鳴をあげ、そのままソファで気絶した。
「大丈夫なんですか、彼?」
 オロオロしながら、大河(悠一)は尋ねる。
「いま、花蓮くんに無意識でかけていた魔術を強制解除したんだ。これ以上、遼が花蓮くんを苛立たせれば、彼女が自身の魔力を発動させて強制解除をするはずだ。だが若く魔術操作の未熟な彼女では、遼を廃人に追い込みかねない。気が強くて束縛を何より嫌う花蓮くんが、これまでよく我慢してくれていたものだ」
 瀧宮会長は苦笑する。
「さて、花蓮くんが帰ってくるまで、君にアンダラ帝国の基礎知識ぐらい教えておこうか。質問があれば、何なりとすればいい。私が知る範囲のことは、包み隠さず教えよう」
 瀧宮会長が申し出ると、大河(悠一)はまず一般人向けの医者になるにはどうすればいいのかを尋ねた。

2.グレイ伯爵邸
 タイガ・アカイシの目の前には、中世ヨーロッパの郊外のような景色が広がっていた。場所的にはイタリアに近い風土だろうか。麦畑やブドウ畑が広がる中に、雑木林や中世的な家がポツポツと建っている。各家の庭は広く、家畜が自由に草をはみ、鶏は木に登って羽を休めている。
「ここが異世界…」
 晴川悠一改め、タイガ・アカイシと名乗ることにした彼は、異世界にも関わらず無性にこの地への懐かしさを感じていた。
「西方地方でもド田舎だけどね。でも領地には小さいながらも港もあって、海水浴も出来るわよ。たまに魔物が出るから、足の届く範囲で遊ぶのが賢明だけどね」
 花蓮ことアリアルイーゼ・グレイ伯爵令嬢は、あえて自邸より少し離れた場所に転移して、タイガと2人で午後の道を歩いていた。アリアルイーゼは、こちらの世界の一般人が着るような簡易ドレスを着て日傘をさしている。タイガも白シャツに茶色のベストとズボン、地味なツバ付き帽子を被った、こちらの世界に馴染む服装をしていた。
「あのさ、本当に瀧宮会長お一人で皇宮に行かせて良かったの?随分と嫌がっておられたけど」
 タイガは尋ねる。
 同じ時間に地球からセントクリア世界へ転移したが、瀧宮会長は聖剣のソードマスター候補5名を連れて皇宮へ入った。その際に、アリアルイーゼの同行を最後まで説得していたのだ。
「嫌がっていたのは、1人で皇宮へ出向くからではなく、献上品の同人誌のセットを持ち運ぶのが嫌だったからでしょ。前回は直接、玉座の間に転移したから、後で皇宮の連中に説教を喰らったのよ。で、次からは必ず正門から入るように指示されたわけ。その際に持ち物の検閲があるから、BL漫画が詰まった袋を見られるのが嫌だったんでしょうね」
 アリアルイーゼは令嬢らしからぬ豪快さで笑うが、タイガは瀧宮会長に同情した。愛妻家と評判の瀧宮会長が、こちらの世界では元皇子であり元公爵でもあった高貴な身分の人が、いくら聖剣の命令とは言え、男同士の卑猥な漫画を沢山持っていけば、事情を知らない皇宮の人達は瀧宮会長が男色に走ったと勘違いしてもおかしくないだろう。
「遼君とは、本当に別れるの?」
 タイガが尋ねると、アリアルイーゼは「当然」と即答した。だがタイガは、魅了の無意識魔術が強制加除されたところで、花蓮への執着心が尋常でない遼がこのまま諦めるとも思っていなかった。アリアルイーゼは、そこのところはもう解決済だと高をくくっているようだが、凄まじい嫉妬心を向けられたタイガからすれば、遼がストーカーに変じてもおかしくないように思われた。
「日本のマスコミも、当分はネタに困らないでしょうね。ま、タイガに失禁と脱糞させた屈辱を晴らす程度の小細工は、グッズを取り返す時に仕込んでおいたわよ」
 アリアルイーゼは、クスクス笑う。
 首吊りの後始末のことまで考えてなかったタイガは、顔を赤らめる。そして何度聞いても、事情は何も教えてくれなかったが、どうやら異世界のオタ友は何か社長たちに復讐するような事を仕込んだようだ。だがもう、終わったことだ。ここで第二の人生を歩むことになるのだから。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。基本的には、そんなに衣食住とも日本と変わりはないし、ウチの家族も貴族らしくない普通の人達だから。兄や姉も結婚して別宅暮らししているし、唯一未婚のうるさいトーイ兄さんは、皇都で騎士団所属していて留守だから、平和なものよ。だからまずは、この国の基礎的知識をゆっくり学びつつ心身を癒して、それからこれからのことを考えればいいわ」
 アリアルイーゼが聖剣からソードマスターの条件を引き出したことにより、監禁されていた家族はすぐさま解放されて帰宅した。ソードマスターが見つからなかった場合、仮の元帥就任が決まっているアリアルイーゼの家族に無体を働いたとなれば、皇帝に匹敵する魔力持ちと言われるアリアルイーゼがどんな報復をするか分かったものではない。
「日本と変わらない…ねえ?」
 確かに風景は地球の南欧のような穏やかな世界だ。だが空を優雅に飛んでいるのがサラマンダーだったり、ペガサスの大群が空を縦断しているのを見ると、魔力無しの自分は暮らしていけるのか、少々不安にもなる。今も炎を纏ったフェニックスが空を飛んでいて、タイガは喜んでいいのか怖れていいのか複雑だ。
「大丈夫、こちらの世界の魔物は手出しさえしなければ人を襲うこともないし、人里に下りてくることもないから。たまに馬鹿な奴らが肝試しに魔の森に入ったときには、魔物たちが怒って人里に下りてくることもあるけど、そのために領主たる貴族と自営の兵団があるのだから」
 アリアルイーゼは、事も無げに言う。
 タイガは、物事を楽観的に考えようと自己暗示に徹した。これまでの束縛された生活に比べたら、サラマンダーやフェニックスと対峙するぐらい…いや、やっぱり怖いかもしれないな。でもここへ来たことに後悔はしていなかった。

 ド田舎の貧乏伯爵家と言っていたが、タイガはグレイ伯爵邸の規模の大きさと白亜の豪華な邸に圧倒される。
 正門の衛兵に、アリアルイーゼが掌から魔法でグレイ伯爵家の紋章を浮かべると、衛兵の1人は直ちに邸へ伝えに走り、もう1人は門を開けてアリアルイーゼとタイガを招き入れた。
「凄いお屋敷だね」
 タイガは驚愕しながら言う。
「帝国の規則なのよ。貴族の爵位によって、本邸の規模の規格と、邸の形状が厳格に定められた悪法なの。帝国の勢力を他国に見せつけるためというけどさ、ド田舎にこんな無駄に大きくて部屋数の多い邸を建ててどうするんだっていうの。維持費だって馬鹿にならないし。かと言って、領民の税を上げるわけにもいかないから、衣食は節約して一般人と変わらない生活をしているわ。邸の中も最低限の装飾しかないから、入ってからガッカリしないでね」
 アリアルイーゼは言った。
 正面玄関までの長いが、手入れの行き届いた前庭を眺めながらのアプローチを歩いている半ばで、玄関から騎士服を着た亜麻色の髪の青年が飛び出してくる。
「ゲッ、トーイ兄さん」
 皇都にいるはずの3番目の兄の姿を見て、アリアルイーゼは露骨に嫌な顔をする。
「アリア、直ぐに皇宮へ来いとの要請が来た。早く身なりを改めて、俺と一緒に皇宮へ行くぞ!」
「ちょっと待ってよ。皇宮にはブライド元皇子殿下が約束のものを届けたのだし、私はタイガを家族に紹介する義務があるの。タイガ、これがウチの騒音の元の3番目の兄のトーイ・グレイ。皇都の第3だか第4だかの騎士団に所属しているわ。つまりは下っ端ってこと、騎士団は最高位が近衛騎士団、それから第1、第2と数が小さいほど有能な騎士が揃っているわけ」
「おまえ、相変わらず生意気なーヒッ、失礼しました!」
 アリアルイーゼが、反論しようとする兄を冷ややかに睨みつけると、トーイはその場で両膝をついて謝った。土下座、この世界にもあるのかとタイガは感心したが、後にこれはアリアルイーゼが日本の書物から学んで、この邸の正式な謝り方として叩き込んだことが判明した。
「聖剣は、やっぱりあの連中だとお気に召さなかったようね。分かってはいたけど」
 アリアルイーゼが顎に手を添えて、さて今後はどうしたものかと考え込む。
「それについてだが、最有力候補をおまえが自邸に連れて行ったことに、聖剣様はご立腹だそうだぞ?」
「最有力候補?そんな都合のいい人間なんて連れてーえっ?もしかして、タイガのこと?」
「おまえが連れているのが彼1人ならそうだろ。いや、もう一人いるな」
 トーイは地面に膝をついたまま、目を細めてタイガを見つめる。アリアルイーゼも意識を集中させてタイガを凝視すると、その背後に遼が立っていた。
「遼!なんでアンタがこんなところに居るのよ!」
 都筑家のマンションに気絶したままの遼を放置して、アリアルイーゼと瀧宮会長とタイガは異世界へ転移した。置き去り留守番にした遼が、なんでこんなトコロに沸いて出た?
「認識阻害魔法ってのは、やってみると意外と簡単だったな。親父が俺の無意識魔力とやらを強制解除したとき、親父の魔法知識が垣間見えたから、咄嗟に情報を引きずり出したんだ。親父は気づいてなかったみたいだがな。お前たちが転移とやらをする瞬間に、認識阻害魔法を試して、晴川悠一の背中にくっついてきたんだ。本当に異世界なんてトコがあるとは、冗談としか思えないな」
 遼は認識阻害魔法を解いた。
 アリアルイーゼは別の意味でも仰天する。気絶したときの遼は、魔力は無意識下の魅了ぐらいしか使えないレベルだった。だがいまの遼は、アリアルイーゼより若干弱い程度の、つまりは皇族と同等の魔力量を有している。しかも父親であるブライド元皇子から知識を吸収したことで、あらかたの魔術が使えるようになっているのを、アリアルイーゼは見抜いた。
「…だから地球人との間に、無闇に子供を作るのは危険だと思ったのよ。ブライド殿下が遼に魔術を使ったことで、潜在下の魔力が覚醒したのね。頭が痛い」
 アリアルイーゼが、頭を抱え込む。
「おまえが気づかないなんて、天からアニスキャンディーでも降ってくるんじゃないか?」
「やめてよ!あの飴、大嫌いなんだから!というより、トーイ兄さん、よく遼の魔術を見破れたわね」
「認識阻害魔法の見破り方は、騎士学園でまず叩き込まれる必修科目だからな。それでもアリアがこの程度の魔術を見破れないなんでーああ、それだけ結びつきが強いってわけか」
 トーイはズボンのホコリを払いながら立ち上がる。
 アリアルイーゼは反論したかったが、背後から抱きしめてくる遼にグウの音も出なかった。遼の存在に気づけなかったのは油断もあるが、瀧宮会長ともども、遼が身近な存在過ぎて、一緒にいても違和感を感じなかったからだろう。特にアリアルイーゼからしてみれば、半日前まで遼と一緒に寝ていたのだから。まあ、寝ていただけではなかったわけだが。
「事情はさておき、どちらが聖剣様の指名した人間か分からない以上は、両方とも連れて行くしかないんじゃね?」
 トーイの言う通りだった。
 タイガと遼が玉座の間に入れるような服装に着替えさせるのをトーイに任せて、アリアルイーゼも着替えることにした。もっとも質素倹約のド田舎伯爵令嬢の一張羅は、姉のお下がりドレスしかなかったが。

 自室に入って驚いたのが、クローゼットには新品のドレスが多数、見慣れない絢爛豪華なルビーと真珠が散りばめられた純金製の引き出し式の大きな宝石箱には、どんな種類のドレスにも対応できるように色違いの宝石を使ったパリュールが何種類も入っている。
 アリアルイーゼ付きの侍女に尋ねると、ドレスも宝石入の宝石箱も、皇宮からの下賜品とのこと。
「任務が終わったら、正式に一代女侯爵の爵位の授与が決まったそうですよ」
 着付けを母親の侍女を含む数名の侍女が手伝う。デビュタント前に地球へ渡ったため、コルセットなんて拷問器具を付けるのは初めてだったので、アリアルイーゼはうめき声を上げた。
(地球じゃコルセットは体に悪いのが常識なのに、なんでコッチの世界は時代遅れな常識がまかり通っているのよ!)
 アリアルイーゼは、聖剣のソードマスターが決まったら、二度と故郷に帰るものかと心に誓った。
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