聖剣の無茶振り  イケメン連れてこい?そんなの自分で探せ!

酒原美波

文字の大きさ
4 / 6
第四章 聖剣の新たな主

聖剣の無茶ぶり

しおりを挟む
1.新たなソードマスター
 皇宮を訪ねたときには、すっかり夜になっていた。
 コルセットの苦しさで険悪な表情を浮かべるアリアルイーゼだったが、結い上げた亜麻色の髪には大粒のサファイアが印象的なプラチナ製のティアラが輝き、ロイヤルブルーのドレスと真珠のイヤリング、ネックレス、ブレスレットを身に着けたその姿は遼だけでなく、タイガも見惚れるほどだった。
「まだデビュタントも済ませていないのに、髪を結うだなんて。思いっきり引っ張られて痛いのなんの。コルセットは慣れれば平気と母さんが言ってたけど、楽になるどころか、ますます窮屈になってるんだけど?」
 アリアルイーゼは文句を垂れる。
 一般的な中世ヨーロッパ貴族の貴婦人が着用するコルセットって、話に聞く以上の拷問器具なんだなと、遼とタイガは男で良かったとつくづく思った。
 遼とタイガも、グレイ伯爵の息子たちの服を借りてアリアルイーゼに同行した。彼らは中世風の衣装に感動しきりだったが、正直なところ、質素倹約が旨のグレイ伯爵家の服は一張羅も地味だった。それでもそれなり着こなしているのだから、さすが2人とも売れっ子芸能人といったところか。
 騎士であるトーイが皇宮からの呼び出し状を衛兵に見せると、すぐに護衛役のトーイを含む4人は玉座の間へ案内された。
 玉座の間には、主だった国の重鎮、次期皇帝のアリオス皇太子、そして瀧宮会長ことブライド元皇子とソードマスター候補につれてきた5人の若者がアリアルイーゼたちの到着を待っていた。
「遼!おまえ、なんでおまえがここにいる!」
 瀧宮会長は、地球に置いてきたはずの末っ子がアリアルイーゼ一行に紛れているのにいち早く気づいて、動揺を隠せなかった。
「瀧宮会長、遼のステータスを見ればその理由が分かりますよ」
 未だコルセットの苦しさに慣れずにぶーたれたアリアルイーゼが、ぶっきらぼうなアドバイスをする。
 言われた通りに息子の魔力量を鑑定すると、皇族の中でも上澄みの能力を持っていたので、瀧宮会長は腰を抜かすほど驚いた。
「花蓮くん、これはどういことだ?」
「どうもこうも、瀧宮会長が遼の無意識下魔術を解除したことで、遼の潜在能力が目覚めてしまったみたいです。おまけに瀧宮会長が遼の魔術解除の際に、会長の魔術知識まで盗み取っていたというのですから、良くも悪くも有能な息子さんで、瀧宮会長も元殿下として鼻が高いですね」
 アリアルイーゼは皮肉たっぷりに、元恋人の父親に言い放った。
「おお、ようやく参ったか。うむ、妾の主となる者を連れてきたな。これでようやく、妾も力を発揮できると言うものだ」
 銀髪と明るい青い瞳をした少女は、同人誌を片手に持って出迎えた。
 聖剣の言葉に、重鎮と皇太子は安堵の声を上げたが、アリアルイーゼと瀧宮会長には、遼とタイガのどちらのことを指しているのか見当がつかない。聖人君主顔という点では、タイガの方が近い。だが腹黒というと遼になる。それにタイガは年齢より若く見えるものの、これまで聖剣が選んできた歴代ソードマスターよりも年を食っている。遼にいたっては、童貞などとっくの昔に捨てていて、清い体とはとても言い難い。
「あのー、聖剣様はどちらの青年のことをおっしゃっておいでですか?」
 瀧宮会長は尋ねる。
 聖剣が答えようとしたとき、「悠一!」と例のストーカー中島修がタイガに駆け寄る。タイガはしつこい中島修の執着心がトラウマになっていたので、慌ててアリアルイーゼの背中に隠れる。
 中島修は立ちはだかる見知らぬ令嬢にムッとした。アリアルイーゼは地球にいるとき、認識阻害魔法を使っていたので、中島修が地味顔ハーフな花蓮と同一人物なのが分からないのも無理はない。
「アンタ、鼻の骨をへし折ったぐらいじゃ懲りないみたいね。もう面倒だから、去勢でもしてあけようかな」
 アリアルイーゼがブリザード吹き荒れる表情で、ストーカー&殺人未遂青年を睨みつけると、中島修は「ひっ!」と叫んで腰を抜かした。アリアルイーゼが花蓮たと見抜いたからではない。彼女の不機嫌が、険悪を通り越して極悪顔となり、ドス黒い怒りのオーラを纏った凶悪の権化と化していたからだ。
 この国の重鎮やアリオス皇太子でさえ、アリアルイーゼの凍りつくようなオーラに震え上がっている。
「グレイ伯爵令嬢、せっかく綺麗に着飾ったのに、そんな恐ろしい顔をしては台無しではないか。恋人も逃げ出すほど酷い顔になっておるぞ?」
 聖剣の化身の少女は呆れたように言う。
「私はそこの馬鹿にナイフで襲われたんですよ。もちろん、返り討ちにしてブライド殿下に引き渡してやりましたけど。それとこのコルセット、地球では拷問器具として世界的に禁じられているのに、未だにこの世界では着用が義務付けられているって、時代錯誤過ぎて、おかしくありませんか?」
「ほう、そなたを襲うとは馬鹿な奴がいたものだの」
「花蓮、いまのは本当か?」
 遼が途端に不機嫌になり、腰を抜かした中島修を睨みつける。「おまえ、アイドルの御嶽リョウか?」と中島修は遼を指さすが、アリアルイーゼよりも性悪顔で睨み付けてくる遼に「ひっ!」と恐れをなして、腰が抜けたまま他の候補者たちのもとへ這いつくばって逃げた。
「あのときの歌番組のサクラを終えて、ホテルの部屋に友達と入ろうとしたときに襲われたの。まあ、護身術は習っていたから、何ともなかったけどね」
「おまえを傷つけようとする奴は、誰であれ許さん」
 遼はブーツをカツカツ鳴らして中島修を追いかけて前面に立つと、腰を抜かして震える元ストーカーに回し蹴りを喰らわせた。中島修の体は吹き飛んで壁に激突して気絶した。後で分かったが、彼はこのとき右腕と足を複雑骨折して、肋骨も折れていた。頭蓋骨と首の骨が無事だったのがせめてもの救いかもしれない。
「おお、さすがは次代の妾の主。そなたこそ、妾を扱うに相応しい」
「はあ?俺、幼女と男には全く興味ないんだけど?」
 遼が胡散くさげに言うと、聖剣の化身は元の大剣に戻り、遼の目の前に浮かぶ。不思議な光景に、遼が吸い寄せられるように聖剣の柄を握ると、聖剣から眩い七色の光が四方に放たれた。聖剣アースブレイカーが、新たな主を定めた証しだった。
 アンダラ帝国に張った亡き賢帝のバリアは所々に綻びが生じ始めていたが、いま瀧宮遼が聖剣を手にしたことにより、アンダラ帝国は新たな強固なバリアが張り巡らされた。
「聖剣って、童貞じゃないと受け入れないはずだったのに、宗旨変えしたのねー」
 アリアルイーゼは感心するが、瀧宮会長は動揺を隠せない。しかし聖剣に選ばれてしまった以上、いくら元皇子だったとしても、為すすべがない。まさか息子が選ばれるとはと思う反面、そもそも最初に聖剣から指名されて断った自分の血をひく我が子がマークされるのも、冷静に考えれば道理とも言える。瀧宮会長は嘆息した。
「ブライド殿のご子息ならば、たとえ半分は異世界人でも、皇族の血を半分でも引いているゆえに国民も納得するであろう。元帥の地位に就任するのも相応しいというものだ」
 次期皇帝のアリオス皇太子は満足げに言った。
「元帥って、なんだそれは?」
 遼は妙に手になじむ聖剣を持ちながら、恋人に問いかける。アリアルイーゼこと花蓮は別れを宣言したが、遼はそれを認めていない。遼の中では今でも花蓮は恋人のままだ。諦めるつもりは全くない。
「私と、瀧宮会長こと遼のお父さんが共闘していることは、すでに話したわよね。その協力理由が、いま遼が手にしている聖剣アースブレイカーの新たな主を、地球人の中から探すことだったの。それが叶えば、晴れて私も瀧宮会長も、この世界から本当に解放されて、地球にずっと住める契約を結んでいたのよ。聖剣の主になった以上、遼はこの世界に留まって私達の故郷を守ってね。私は地球から応援しているから」
「冗談じゃない!俺だって芸能活動があるし、大学だってまだ卒業していないんだ。そもそも、おまえがこの世界に居ないなら、俺だって留まるつもりはないぞ!」
 遼の言葉に慌てふためいたのは、アリオス皇太子と重鎮たちだ。
「貴方様は聖剣様に選ばれたお方、なんとしてもこの国に留まっていただなくては!」
「異世界人のハーフであれ、君は亡き賢帝陛下の孫にあたる。血筋からすれば、賢帝の曾孫である私よりも皇帝に相応しい。こうなればいっそのこと、皇帝は賢帝の息子であるブライド皇子が、元帥にこの青年がなった方が民衆にもわかりやすいかもしれない」
「皇太子殿下、それはなりません!皇帝即位は、賢帝陛下の遺言でもありますゆえ!」
「しかし、このままでは彼は異世界へ戻ってしまうぞ!」
「答はさきほど、新たなるソードマスターがおっしゃっていたではありませんか。グレイ伯爵令嬢が伴侶として残ってくだされば、新たな聖剣の所有者もこの国に留まってくださると」
「おお、そうだったな!」
 皇太子と重鎮の目が一斉にアリアルイーゼに向けられる。途端に、ただでさえコルセット拷問で不機嫌なアリアルイーゼの顔がより険悪になる。
「契約違反よ!ソードマスターを見つけたら、私の地球永住が認められて、家族へのお咎めもなしという約束だったでしょ!」
 アリアルイーゼの怒りが、玉座の間に響き渡る。それと同時に怒りで漏れ出した魔力が、玉座の間の窓や天井のステンドグラスを一斉に破壊した。もっとも、これでもまだ魔力制御はしていて、激情のままに暴走していたら、玉座の間どころか、皇宮自体が吹き飛んでいただろう。
 玉座の間にいた次期皇帝一派と彼らを護る近衛騎士達が皆、アリアルイーゼの魔力に驚愕して静まり返る。その中で、瀧宮会長だけが泰然としていた。
「彼女の怒りは、ご尤も。正規の契約を交わした以上、私もアリアルイーゼ・グレイ伯爵令嬢も地球へ戻ります。息子については、致し方ありません。聖剣様に選ばれてしまった以上、ここに留まるしかない」
「なんだよ、それ。親父は俺を見捨てるというのか?」
 遼は慌てふためくが、瀧宮会長の態度は揺るがなかった。
「そもそも、おまえが私から魔力知識を盗んで、ノコノコついてきたのが悪い。まあ、成り行きとはいえ、おまえはこの国の重要人物となったのだ。地球への未練が断ち切れないなら、あとは里帰りの妥協案を自ら考えて、次期皇帝陛下や大臣らを説得するのだな。おまえが思いつくような浅知恵では、無駄だとは思うが」
「ストーカーなんてするからよ、馬鹿ねえ」
 瀧宮会長の非情な態度に加えて、アリアルイーゼが追い討ちをかける。遼はその場に崩れ落ちた。
 すると聖剣が再び少女の形をとって現れる。
「正規の契約は破れぬが、妥協案として、1年の三分の一をコチラで暮らすつもりはないか?」
 聖剣の少女は、アリアルイーゼに問いかける。
「嫌です。私は地球で生きると、決めたのですから」
 それにコルセット拷問を再び受けるのも、絶対に嫌だ。貴族令嬢なんて、熨斗をつけて捨ててやる。
「妾には、そなたが新たな我が主に未練があるように見えるのだが?」
 聖剣が具現化した少女の言葉に、遼はバッと顔を上げてアリアルイーゼを見る。元恋人の視線に気づいたアリアルイーゼは彼を一瞥するが、表情は変わらない。ただ締め付けの強いコルセットへの恨みがあるのみだ。
「ありませんよ、これっぽっちも。私が遼と一緒に居たのは、そもそもが彼の無意識下の魔力に縛られていたからでー」
「妾には、そなたがそれほど慈悲深いようには思えん。嫌なことを妥協しないその性格と勝ち気さなら、無意識下の魔力に縛られる屈辱に耐え忍ぶより、相手を葬ってでも自由を勝ち取るだろう。それをせずに、あえて交わりを拒絶しなかったのは、そなた自身が認めたくなくとも、我が主をそなたも求めていたからではあるまいか?」
「馬鹿馬鹿しい、私は地球で暮らす以上、人間の恋人を作る気は毛頭ありません!」
「何故?ブライド皇子は異世界人の妻を得て、子を成しておるぞ?」
「その結果が、遼じゃありませんか。地球では魔力を持つ人間は存在しない。だから結婚はもちろん、地球人と子供を作るなんて、私には論外です!」
「頭が固いのう。そもそも、そなたが異世界へ旅立ったのは、伯爵令嬢らしからぬ膨大な魔力量を隠すための非常手段だったはず。既にその魔力量は次期皇帝をはじめとして、ここに居る主だった家臣に知られており、なおかつ、そなたの魔力量を隠匿した罪は、家族を含めて許されておる。わざわざ地球とやらで無理に暮らす理由も、既にないのではないか?」
「私からアニメと漫画をとって、生きられると思いますか!」
 アリアルイーゼの魂から出た叫びに、自分は愛されていたのかもしれないと希望を見出した遼は、ガックリ項垂れる。「あいつ、やっぱり俺よりアニメや漫画が大事なんだ」と呟きながら。
 さすがの瀧宮会長も、息子に同情の目を向けた。
「ふむ。確かに、そなたを完全にコチラへ連れ戻してしまうと、面白いBLマンガが入手できなくなるな。取り敢えず、この件は保留とするか。ところで、もう一人連れてきた美形、彼はそなたの愛人か?」
 聖剣が具現化した少女は、タイガに目を向けた。
「まさか。彼は私のオタク友、いえ、同じマンガを愛する同志です。あ、BLじゃなく、仮想戦闘を描いた激熱なマンガですからお間違えなく。そのマンガを盲愛する同志として、地球で不遇な生活を強いられてきた友が、自分らしく行きられるよう、実家で養子資格として育成することになりました。だから私の弟みたいなものですかね。地球での年齢は、数年ばかり彼の方が年上ですが」
「ふむ…」
 聖剣が具現化した少女は、明るい青い目でタイガを凝視する。
 タイガは全てを見透かすような瞳にドキリとした。そして実際に、彼の心は聖剣に一部始終を見られていたことが判明する。
「なるほど。愛人でも、ボーイズラブの性癖を持っているわけでもなさそうだな。もしもブライド皇子の息子が現れなければ、我が主に指名しても良かった程の逸材じゃ。この者に我が主ほどの腹黒さがあって、同性愛者ならば更に完璧だったのだが」
 聖剣が具現化した少女の言葉に、タイガも遼も衝撃を受ける。タイガは同性愛疑惑をかけられていたことに、遼はストーカーなどせず大人しく地球に居れば、こんな面倒な問題に巻き込まれずに済んだことに。
「しかし、そのままでは、この世界で生きても寿命がこちらの住人とは比較にならぬほど短い。瞬く間に老いて死ぬことはもちろんのこと、この美貌がすぐに見られなくなるのは惜しい。アリアルイーゼ伯爵令嬢、そなた、絶壁の地へ冒険に行く気はないか?」
 絶壁の地という言葉に、アリオス次期皇帝や家臣、その他の護衛騎士ら、アンダラ帝国の者全員が動揺を隠せない。
「絶壁の地ですか…それも一瞬考えましたが、私1人で攻略出来るほど生易しい場所ではないと判断しました。当家の蔵書は乏しいゆえ、絶壁の地の情報は少ないですが、それでも無理難題な場所なことぐらいは理解できましたよ」
「確かに、そなた1人で挑むのは、無謀であろうな。しかしブライド皇子と一緒ならば、彼の地の『願望の宝石』を入手することも可能なはず。我と我が主は国を守らねばならぬゆえ、この国を離れて同行することは出来ぬが、アリオス皇太子が戴冠式を終えれば、皇帝のみが開けることが可能な、禁忌の宝物庫の中の魔道具を取り出せる。それを身につければ、そなたらならば目的のものを得ることも叶うだろう」
「うーん」
 アリアルイーゼは眉間にシワを寄せて考え込む。魔力量が帝国3指で、本能と感覚を軸に、積極的な彼女が躊躇うのは珍しい。
「あの、絶壁の地の『願望の宝石』って何ですか?」
 タイガは、こっそりブライド元皇子こと瀧宮会長に質問する。アリアルイーゼに問いかけるには、今は場違いに感じたのだ。
「ここより海ではるか西の果てにある、凶悪な魔物の巣窟のような場所だ。彼の地を旅して帰還した唯一の者が書いた文献では、密林や火口や洞窟などが詳細に書かれているが、非常に危険な地であることには違いない。その島自体が、魔力の源泉のような場所らしく、不思議な魔石が採取できる。それこそ、死人を蘇らせるほどの威力の代物だ」
「一番分かりやすく言うなら、『魔獣系冒険者パーティー』のマンガの世界を、実体験出来るような場所よ。タイガもあのマンガ、好きだって言っていたわよね?」
 アリアルイーゼが考え込みながら、口を挟む。タイガは声を落として瀧宮会長に聞いたつもりだが、地獄耳の彼女には聞こえていたようだ。
「あのマンガ、面白いよね。アニメ化が来年で楽しみにしていたんだけど」
 タイガは、コチラの世界に来たらもう見れないんだなと、しょげる。
「なら放映が始まったら、ダビングして持ってきてあげるわよ。ウチの伯爵邸にはテレビもブルーレイプレイヤーも地球から持ち込んでいるし、自家発電機を改造したものがあるから、そこに魔力を家族の誰かに通してもらえれば、家電は動くから」
「おおっ!では、グレイ伯爵家に行けば、BLのアニメがブルーレイディスクで見れるということだな?」
 聖剣が具現化した少女は、瞳を輝かせてアリアルイーゼに迫る。
「なんでブルーレイのことを知ってーあ、同人誌から学んだ情報か」
 あちゃーと、アリアルイーゼは額に手を当てる。完全な彼女の失態だ。しかしド田舎のグレイ伯爵家に、アンダラ帝国を守護する聖剣がアニメを、しかもボーイズラブものを見に来たりしたら、家族が卒倒するに違いない。現に今も、顔面蒼白のトーイが、妹の肩にすがってブンブン首を横に振っていた。
「えーっと、皇宮の一画にアニメが見れる機材を運び込んだ方が、いつでも好きな時に聖剣様もアニメやゲームを楽しめるのではないでしょうか。BLに限らず、日本のアニメは最高傑作文化の結晶ですし、なんなら人気アイドルとして活躍していた新たなソードマスター殿の、歌って踊る姿もご覧いただけますよ?」
「それは名案だな!玉座の間の一画にテレビを置けば、妾も退屈せずに済む」
「いやいや、ここにテレビを置くのは、さすがにマズイかと。大臣様、玉座の間にほど近い一室を、聖剣様の趣味の部屋に充てがうことは可能でしょうか。そうした趣味部屋があった方が、あられもない音声が流れても気になりませんし、今でさえ多くの同人誌が玉座の周囲に山積みされて置かれたままなので、本棚に整然と並べれば、聖剣様も目当ての本を手に取りやすいかと」
 アリアルイーゼは、顔を引き攣らせながら大臣に提案する。どうにかしてグレイ伯爵家の平穏を守らねば。家族の胃が神経性胃炎で穴が空く前に、なんとしても。
 アリオス次期皇帝や大臣たちも、玉座の周囲に散らかされた過激なボーイズラブマンガによって、荘厳にして静謐な玉座の間の雰囲気が台無しにされて困り果てていたので、アリアルイーゼの提案にすぐさま同意した。仕事の早いアリオス次期皇帝は、玉座の間の隣の控え室を聖剣の趣味部屋として直ちに整えるよう、騎士を遣わして召使いに命じた。
「取り敢えず、本日はこれでお開きにしましょうか。夜もかなり更けてまいりましたし、私もコルセットが限界で、気分がすぐれませんの」
 アリアルイーゼが、両手をポキポキ鳴らしながら、悪辣な笑みを浮かべる。彼女の気分が悪いのは体調的な胸部と腹部の圧迫による吐き気ではなく、今すぐ癇癪を起こして玉座の間を吹き飛ばしてやりたいという意味だと、アリオス次期皇帝や重鎮達は察した。
 …この日を境に、コルセットは無理して着用しなくても良いという通達が、直ちに国中の全貴族に出された。それでもコルセットが無いのは抵抗があるという貴婦人らの声に、アリアルイーゼが代案として日本の良質な補正下着を提案、サンプルを提供した。コルセットで舞踏会最中に気絶する貴婦人が少なくないなか、補正下着が帝国に登場するなり、爆発的な人気となった。
 瀧宮会長は傘下会社のブランド下着メーカーから商品を取り寄せ、アンダラ帝国に異世界支店を早速オープンさせた。根っからの商売人である瀧宮会長が、この好機を逃さなかったのは分からなくもないが、地球へ移住したのだから、故郷で財産を築いても仕方がないだろうに。それでも『売れる』快楽に取り憑かれた瀧宮会長が、人気商品の開発と売り出しに乗り出したのは、職業病的趣味と言ってもいい。
 ちなみに王都本店の常駐店員は、いま連れてきた人間界に様々な理由で居場所がない美形青年らが嘆願したことによって採用され、彼らはこの世界で充実した日々を送ることになる。

 ついでにもう一つ、ソードマスターを見つけた暁には、故郷での名前は原則として使わないことが、契約書作成のときの一文に記載された。これは花蓮が希望したことで、アリアルイーゼという親からもらった名前は尊いものの、地球生活が長くなった今、「都筑花蓮」と呼ばれないと、どうにも尻の座りが悪いのだ。

2.帰省
 追いすがる遼を皇宮に置き去りにして、瀧宮会長は連れてきた候補者5名を連れて一足早く地球へ戻った。
 セントクリア世界に連れてこられた青年たちは、地球に到着したらすぐに異世界の記憶を消されて、日常生活に戻ることになっていた。しかし前出の通り、様々な理由で地球に居場所のない4人は異世界で暮らすことを志願。瀧宮会長はそれを受理して、アンダラ帝国で暮らすための最低限の基礎知識を学ばせてから、改めて彼らを故郷へ連れて行き、居場所を作る約束をした。末っ子の遼が、アンダラ帝国で異世界人扱いで肩身の狭い孤独を強いられるのを案じて、せめて話し相手になる同胞が近くにいれば心強いはずとの親心があった。その『居場所』として、花蓮が提案した補正下着の支店オープンに繋がった。
 例外は、問題児の中島修。彼だけは異世界の記憶を抜かれて地球に残ることになるが、瀧宮会長の根回しによって芸能界から干され、今後は一般人として生きる方法を模索することになる。

 アリアルイーゼ改め花蓮は、タイガと兄のトーイと共に、西方地方のド田舎伯爵邸へ帰宅した。帰宅して直ぐに私室に直行した花蓮はドレスを脱ぎ捨て、侍女にコルセットの紐を解かせる。コルセットから解放されたときの解放感は、脱力するほど気持ちよかった。花蓮は日本で暮らしてるときに使用している下着と服をアイテムボックスから取り出して着替えた。本当はアニメロゴがついたチノパンの方が楽ちんだが、家族が「女性らしくない」とギャーギャー喚きかねないので、裾の長めな日本で購入したスカートと大人しめなブラウスを身に着けた。
 この世界の私服を選択しなかったのは、故郷との決別は関係なく、単にクローゼットの服のサイズが短すぎて合っていないのが理由だった。それらは姉たちのお古を手直ししたものだが、花蓮は日本で栄養価の高いものを食べていたせいか、160センチを少し超えた程度の小柄な姉たちよりも背が高くなり、花蓮の現在の身長は175センチほどあった。ちなみにアンダラ帝国の女性平均身長が170センチ前後なので、花蓮は帝国の平均女性以上の背丈ということになる。
 そして日本での普段着は、基本的にチノパンかジーンズ。タイガと初めて会ったときも、ジーンズにユニセックスなシャツとセーターを着ていたので、コラボカフェでも「男性?女性?」と、認識阻害魔法をかけて地味を繕っていながらも、地味だがハーフ顔の長髪長身の彼女は密かに注目を集めていた。怪我の功名ともいうべきか、その中性的な雰囲気が、タイガのバレバレな下手な変装の隠れ蓑となり、タイガに寄ってくるファンがいなかったというのが真相だった。

 花蓮がリビングに入ると、タイガとトーイも既に私服に着替えていた。タイガの服は、事前に購入しておいたコチラの世界の服だ。お金の出どころは、グレイ伯爵家ではなく花蓮なので、家族と相違のないデザインと地味めな色合いだが、材質は良いものを使っていた。
 いまは同人誌を定価に手数料上乗せで皇宮に売って小遣い稼ぎもしているが、日本移籍時に花蓮ほセントクリアから持ち出した手持ちの宝石を売り飛ばし、その資金を資産運用して結構な額の収入を得ている。また、魔術で宝くじの当選番号を見通したり、未成年ながら競馬などで予想的中させて、少々のズルもして金銭を得ていたが、自立生活のためには仕方がないと割り切っていた。金などなくとも、魔術で人を騙すことはできたが、そこの線引きはキチンとしていたわけだ。家族で暮らしているという想定の、港区の高級マンションの購入資金も、花蓮が稼いだ金で負担した。
「タイガ、自室の居心地はどう?」
 花蓮は出された紅茶を飲みながら尋ねる。
「最高すぎて、呆然としちゃったよ。部屋の作りは昔のヨーロッパ風なのに、テレビとブルーレイプレイヤーがあって、公式の『創世記激闘大戦』のテレビアニメ版と劇場版のブルーレイディスクはもちろん、本棚にはコミック全巻も揃っているんだから。愛読していたコミックの他にも、まだ読んだことのないマンガも沢山あって、天国みたいだ」
 タイガは興奮しながら、早口で語る。唯一の難点は、タイガ専任の侍女がついていて、身なりの世話をしようとするところだ。TPOに合わせた服選びのアドバイスはともかく、黙っていたら入浴の世話までしてこようとするので、恥ずかしくて困っている。
「タイガからすると、この世界は機械がないから、魔術が使えないタイガからすると不便かもしれないけど、寛げることだけは保証するから安心して。いまはゆっくりすることに慣れて、それから将来を考えればいいわ」
 花蓮は言う。グレイ伯爵夫妻も娘に同調して「我が家だと思って、遠慮しなくていいから」と気さくに声をかけた。タイガは涙ぐみながら、頷いた。
「それよりアリア、じゃなくてカレンってこれからは呼ばなきゃならないのか。面倒だな。いやいや、名前よりも本題。おまえ、本当に絶壁の地へ行くつもりか?」
 トーイが尋ねる。着替え終えた花蓮が来る前に、両親にも大まかな説明をトーイがしていたので、両親もタイガも心配していた。
「自分はここでお世話になるだけで充分なので、司令官は無理なさらないでください」
 タイガは本気で言った。本来なら既に事切れていた命を助けてくれて、居場所まで与えてくれた。寿命まで高望みする気は毛頭ない。
「聖剣様がああおっしゃるなら、既に決定事項だと覚悟しているわ。私が心配していたのは、遼よ。あいつの前で、絶壁の地について語るなんて、聖剣様も浅はか過ぎる。絶対にあいつ、私と瀧宮会長についてくるわ。そうなったら、帝国の護りをどうするんだって案じてたわけ。タイガの老化を遅らせる方法としては、医術の進んだ東の大陸を支配するイースタジェイド王国の薬師に調薬を頼めばいいと思っていたのよ。地球の珍しい薬草でも持っていけば、飛びついてくると算段していたから」
「その提案をしても、認めてもらえそうにないのか?」
 グレイ伯爵が尋ねる。
「恐らく無理。聖剣様、たぶん老化と寿命問題だけでなく、タイガに魔力を与えるつもりなんだと思う」
「なんだって!」
 花蓮の言葉に、家族とタイガは仰天する。
「自分は魔力など必要ありません。この世界は貴族以外は魔力が無いと聞いているので、最初から必要ないと思っていますから」
「うーん、でも聖剣様にとうやら気に入られちゃったみたいだからねぇ。遼が選ばなれなければ、聖剣様の新たな主人にタイガを任命するつもりだと仰っていたぐらいだし。それに絶壁の地は、私も興味自体はあったのよ。フルパワーで自分の魔力を解放したことがないから、どれぐらいの威力なのか力試しをしてみたくて」
 花蓮は瞳を輝かせる。
 これ、絶対に『魔獣系冒険者パーティー』のコミックの影響を受けているなと、タイガは察する。タイガ自身も、異世界探検なんて胸がワクワクするイベントだ。
「それ、自分も付いて行ったら駄目ですかね?」
 ダメ元でタイガは尋ねる。断られるのは分かっていても、志願せずにはいられなかった。
「状況次第だけど、最初からタイガは連れて行くつもりよ。これまでプライベートの旅行って、したこと無いんでしょ?」
「おまえ、あの魔窟を観光地扱いするな!」
 トーイがテーブルを叩いて立ち上がる。グレイ伯爵はそんな息子の腕を引っ張って着席させたが、その表情は息子同様、末っ子に対して批判的だった。
「状況次第って、前提してるじゃない。王宮の魔道具が、どれだけ使えるを判断して、最終結論を出すわよ。でもタイガが自主的に何かをやりたいと望んだことを、頭ごなしに否定したくないの。タイガはこれまで、自分望んだことのほとんどを、周囲から取り上げられて、仕事一筋で生きるしか許されていなかったから。抑制された暮らしの窮屈さは、このなかで理解できる立場にいるのは、私だけだと思う」
 花蓮の言葉に、家族は押し黙る。確かに皇宮から存在を隠すために、この世界では同階級の貴族令嬢とも交流させることも、領地の外の大きな街へ家族で出掛けるときも、花蓮(アリアルイーゼ)には留守番を強いるしかなかった。兄や姉の結婚式にも、他の貴族たちの目を警戒して、花蓮の参列は赦されなかった。
 もっとも、花蓮は図書室の書物から独学で魔術をマスターして、勝手気ままに、それこそ異世界まで物見遊山に出掛ける奔放ぶりを発揮して、グレイ伯爵家の面々に神経性胃炎を患わせていたのも確かだが。
「それに実践こそ、習得への一番の近道よ。タイガに絶壁の地へ赴いた泊がつけば、仮に魔力無しでも、そこそこの尊敬の念は集められるだろうし」
 花蓮は侍女が運んできたお代わりの紅茶を飲む。1杯目はストレートで、2杯目はミルクティーにブランデーを入れたものが花蓮の紅茶ルーティンだ。花蓮は酒類なら、よほどマズイものでない限りは何でも好きだ。
 アンダラ帝国では、12歳を過ぎたら酒類は解禁される。もっとも、まだまだ子供舌な世代の少年少女の大半は、アルコールより甘いジュースを好んだが、花蓮は最初からジュースよりもアルコールが気に入った。
「確かに、相当危険な場所なのは間違いないから、タイガの同行の結論の答えは、もう少し待ってて。それとアリオス皇太子殿下の戴冠式が始まるまで、トーイ兄さんには、タイガに基礎的な剣術と体術を教えてほしいのだけど」
「おまえ、俺が騎士団所属していて暇じゃないことぐらい知ってるだろうが。今日はお前たちの送迎を命じられて、実家に滞在しているけど、明日には皇都へ戻ってすぐに仕事復帰だ。事前に長期休暇を申請しているならともかく、国や皇都を守る騎士には各々に責任ある仕事が任されている。特に新帝即位式を控えて、皇都の警備は特に忙しいんだ。帝国の国境を守る辺境警備騎士や兵士ほどでなくともな」
 トーイの言うことはもっとだった。賢帝崩御と、聖剣のソードマスター不在は各国の密偵によって漏れ出し、アンダラ帝国へちょっかいを出してきている属国もあり、海を隔てた大国も動向次第で攻め入る危険性もはらんでいた。ただ聖剣に新たな主が誕生したことは、国に張り巡らされたバリア強化で国内外には既に知れ渡っているだろうから、少しは国境警備騎士や兵士の負担も減るはずだ。もちろん、国境の守りを任された辺境伯の重責も軽くなるはず。
「それならばトーイより、ウチの兵長に頼んだほうが適任だろう。騎士は原則、貴族子弟で構成されているから、剣術のほかに魔術の使用が加わる。ウチの兵長は一般人だから、より剣術および体術に特化した訓練をしてくれるはず。ただし、相当厳しい鍛錬になることだけは覚悟してもらうことになるがな」
 グレイ伯爵はアドバイスした。

 こうして翌日から、本来ならゆったり過ごすはずだったタイガは、グレイ伯爵家が抱える兵団の兵長から特訓を受けることになった。もともとタイガはアクションや殺陣もこなす俳優だったので、兵長の特訓にも辛うじてついていくことが出来た。兵団の仲間とも直ぐに仲良くなれて、「このまま兵士にならないか?」と誘われて苦笑することもあった。タイガはこの世界に馴染めるか不安を抱いていたが、どうやら杞憂で終わりそうだ。兵士も召使も、グレイ伯爵夫妻も気さくに接してくれる。まるで生まれたときからここに居るような既視感。
 それと同時に、周囲からタイガへこぼされる愚痴。
「アリアルイーゼ様のお転婆ぶりときたらー」
「アリアルイーゼ様は癇癪を起こすと盛大に物を壊す癖があってねー」
「アリアが異世界で本当に1人で暮らしていけるか不安だったが、侍女をつけろと言い聞かせても、険悪を塗り込んた不機嫌を爆発させて、部屋をいくつ破壊されたことかー」
 タイガにこぼされる、グレイ伯爵家の人々の花蓮への愚痴の数々。タイガは頼りになるオタ友の認識しかなかったが、こちらの世界の花蓮はどうやら相当鬱憤を溜めた危険人物だったようだ。
(自分と司令官、本当に似ていたのかも。それを封じ込めるか、主張するかが違っていただけで)
 タイガは、この世界が好きだ。地球に未練はない。同様に花蓮はこの世界に未練はなくて、自由気ままに過ごせて、友達が沢山いる地球こそが居場所となった。
「鏡みたいだね、自分と司令官」
 タイガは部屋で『創世記激闘大戦』のブルーレイディスクを鑑賞しながら呟いた。

 花蓮はと言えば、大学を2日もサボってしまったので、翌日早朝には地球へと戻った。

 自宅へ戻った花蓮は、故郷へ旅立ったときそのままのリビングダイニングに嘆息する。いつもは極力、人間らしく魔術を使わずに片付けているが、登校時間も迫っているので、魔術で食器の片付け、ゴミをまとめ終えると、急いで支度して登校した。

3.因果応報
 大学へ行くと、やはり話題は晴川悠一失踪事件で持ちきりだった。ラフレシア腐人こと早瀬紗耶をはじめとして、晴川悠一と共に創設した『創世記倶楽部』仲間が駆け寄る。
「花蓮、大河はどうして自殺なんて…それに行方が分からないなんて、なにか心当たりある?」
 想定内の質問だった。花蓮は悲しげな表情を繕う。
「SOSさえ出してもらえないって、辛いよね。その半日前まで、夜通し皆でオタクトークで盛り上がっていたのに。私、何も出来なかった事がショックで…」
 花蓮は口元を押さえる。2日間の欠席とメールの返信を出来なかったのを、ショックで寝込んでいたことを物語るように、窶れた顔をしていた。顔の造作を操作するのは、認識阻害魔術を使えば簡単だ。
「そうだよね、花蓮が仕事抜きの最初の友達だったんだよね。大河の日記に、司令官と初めて会った1日が楽しすぎて、時間があのまま止まればいいなんて書かれてたら、寝込むのも当然よ」
 スマホトークグループ『創世記倶楽部』の友人達は、花蓮を抱きしめて泣いた。
 花蓮も嘘泣き号泣する。そうしながら、「日記効果は出ているんだな」と心の中でほくそ笑む。晴川悠一に日記をつける習慣はなかった。最近は特に仕事が矢継ぎ早に入ってきて、帰宅しても大好きなアニメ録画さえ見る暇もなく寝落ちする日々だった。花蓮は悠一から読み取った子役時代からの生活と感情を、魔術を使って数冊の日記にまとめて作り出し、分かりやすいよう仕事机の上に並べておいた。遺体のない事件性のある案件なら(傍目は自殺でも遺体がないなら死体遺棄の可能性が浮上する)、警察が家宅捜索に動くことも想定していた。他にも仕込みはしておいたが、そちらの発表がないのは、まだ見つかっていないか、それとも鑑識に時間を要してあるからかもしれないな。
 日記に関しては、相当悲嘆的なことを記しておいた。もちろん、悠一の筆跡を使って。事務所の酷使と母親の金遣いの荒さは特に強調して書いておいたので、マスコミの執拗な追及に、警察もその点は発表したらしい。
(これぐらいで、この世界からオタ友を追い出した復讐が終わるとは思うなよ)
 花蓮は嘘泣きしながら、事務所と悠一の実母へのささやかだがダメージの大きな仕込みが、いつ発表されるか、ワクワクしていた。
「ちょっと、大ニュース!晴川悠一の小指が、事務所の倉庫から見つかったってよ!」
 スマホニュースを見た校内の学生から、次々と声が上がる。騒然とする学内。
 花蓮は、晴川悠一から無理矢理奪ったコレクション入り段ボールに、悠一からコピーした左手の小指を仕込んだのだ。コピーとはいえ、花蓮がDNAまで拘った精巧なものなので、まず偽物だとバレることはない。
 オタクトークに参加していたニックネーム林神威は、ショックのあまり気絶した。彼女はタイガ(晴川悠一)と同じく、『創世記激闘大戦』ヒーローの赤石大河推しだった。
 慌てて『創世記倶楽部』のスマホトーク仲間は、気絶した友人を保健室に運び込む。
「絶望ってことなの?信じたくない…」
 ラフレシア腐人こと早瀬紗耶は、皆で気絶した友人を運びながら、泣きながら呟いた。
(まだまだ、これだけじゃないんだけどな)
 少しやりすぎかもしれないと思いつつ、あの事務所は徹底的に潰せねば駄目だとも花蓮は感じていた。悠一が必死になって第一線俳優であり続けたのは、事務所の裏の顔があったからだ。花蓮はそれを悠一の記憶を読んで知っていた。
 風俗法違反。事務所は三流の所属タレントに仕事を取ってくるよう、業界の人間に体を使った接待を強要していたのだ。もちろん、その恩恵を得ていた客側の業界人およびスポンサーにも、後で匿名で顧客リストの実名をネットで暴露するつもりだ。指事件が浮上したなら、そろそろ第二弾を撃ってもいいかもしれない。
(魔術で奴らを葬るのは簡単だけど、ここは地球でも特に平和な国である日本。日本流の破滅を導く方法を取らなきゃね)

 医務室のテレビで、警察署前から報道するニュース特番を、保険医をはじめとして学生が集まって見ていた。オタクトークの面々も、ベッドに寝かされた気絶友達以外は食い入るように、芸能事務所の倉庫の段ボールから発見された晴川悠一の指の報道を見ている。
 その隙をついて花蓮はトイレに行き、事務所マネージャーから取り上げられた悠一のオタク専用スマホに微弱な魔術を流して送信可能状態にすると、所属事務所の性接待顧客実名リストを、各マスコミにPDFで送りつけた。所属タレント名は消してある。仕上げに悠一のスマホを、晴川悠一失踪事件対策本部長の机の上に転移させた。このスマホはマネージャーが直ぐにショップで解約手続きをした後、叩き壊してゴミ箱に捨てたが、花蓮は魔術でそれを探し出して再生復活させ、ついでにマネージャーのスマホから所属事務所のネットにアクセスして顧客リストと応対したタレントのリストを抜き取り、その情報を晴川悠一のスマホに入れておいた。マネージャーのスマホにも、事務所のパソコンにもデータ抜き取りの痕跡は、わざと残してある。身に覚えのない所業に、あとで事務所社長とマネージャーの醜い闘いになるのが目に浮かぶ。
「さて、仕上げ。タイガの屈辱が詰まった服にも協力してもらわないとね」
 花蓮は、晴川悠一が自殺未遂をした時の服をアイテムボックスから取り出し、それに特殊な魔術をかけて転移させた。転移先は、晴川悠一の実母。服は晴川悠一の瀕死の姿の幽霊となって、実母に付き纏うが、他人にはそれが視えない。そして恐怖は存分に味わってもらうが、簡単に心を壊して発狂されてもらっては困る。少なくとも悠一の実母には、金づる扱いにしていた報いの分だけ、しっかり長男の苦しみを味わってもらわねば。服には幽霊機能の他にも、心が破壊されない魔術をかけた。悠一の実母は朝から晩まで、長男が血と涙を流した苦しみを存分に堪能してもらおう。
「我ながら、陰湿なやり方ね」
 トイレを出た花蓮は、嘘泣きの嗚咽をあげながら医務室へと戻っていった。

 それから数日間、民放はもちろん、国営放送も晴川悠一失踪事件をずっと取り上げていた。DNA鑑定で晴川悠一のものと断定された小指、マスコミに流された性接待リスト、事務所社長およびマネージャーや、段ボールに指紋をつけた付き人は、失踪事件需要参考人から死体損壊事件容疑者に変わった。小指は生前に切り取られたものでなく、死後に切り落とされたことが鑑識から発表されたのだ。生存の可能性をあえて断ち切ったのは、晴川悠一は本当に地球上から消えたから。異世界で第二の人生をスタートさせたのだから、キッチリと第一の人生に幕を下ろしてやらねば。
「さすがに死体丸ごとコピーはしないだろうな?」
 瀧宮会長は、興味深げに花蓮に尋ねる。瀧宮会長は、仕事を終えた夜更けに花蓮の自宅に転移して、デリバリーのカツ丼を花蓮と共に食べていた。もっと早く来訪したかったが、一線を退いたとはいえ、瀧宮総合化学株式会社の会長に裁量権があるため、本社や子会社からの相談も多く、なかなか自由な時間が取れずにいた。
「晴川悠一ファンに夢を持ってもらいたいというのは建前で、精巧な遺体を作るのは面倒なので。それより、遼の地球不在理由の今後について、どうお考えで?」
「存在を無かったことにするのは、芸能活動していただけに、流石に無理があるな。取り敢えず重い病気ということで、芸能界から引退という形にー」
「勝手に決めんなよ、親父」
 瀧宮会長と花蓮が驚いて声の方向を振り向くと、アンダラ帝国皇宮に居るはずの遼がいた。驚愕のあまり、花蓮は口に含んでいたお茶を吹く。瀧宮会長に至っては、カツ丼を喉につまらせて、片手で胸を叩きながら、少し冷めたお茶を飲んで喉のつまりを押し流した。
「汚ねぇな。おまえ、女を捨てすぎ」
 遼は咄嗟に魔術でガードしたので、噴き出されたお茶を浴びることはなかった。僅か数日で魔術を使いこなしている遼は、聖剣に選ばれただけあって、魔術を使うスピードが初心者とは思えない速さだ。そう言えば遼は、文武両道で何でもこなせる器用さがあり、料理だって花蓮と付き合い始めてから作り出したのに、今では並のコックが裸足で逃げ出すほどの腕前だ。
「つーか、おまえ、俺が傍に居ないと直ぐに出前や弁当ばかり食べやがって。少しは自炊を覚えろよ」
 遼は勝手知ったる都筑家の大型冷蔵庫を開けて野菜を取り出し、キッチンに立って料理を始める。
「ちょっと!あんた、セントクリア世界から逃亡してきたわけ?」
 花蓮は強い口調で尋ねる。もしそうならば、瀧宮会長と連携して、母国へ連れ戻さなければならない。
「半日程度なら里帰りしても大丈夫だと、聖剣が言ってたぜ。元帥就任式が終わって、聖剣の扱いに慣れてくれば、もう少し長くコッチ戻っても問題ないだろうってさ。まあ、あまり長期に渡る場合は、代役は必要だとは言ってたが。俺不在の時は、花蓮に代行させればいいと、聖剣が言ってたし」
「勝手なことを!私はもう、聖剣様と関わるのは御免よ!」
「どちらにせよ、晴川悠一のために絶壁の地へ赴くなら、聖剣との関わりは切れないだろ。奴に魔力があれば、代役を務めさせることも可能だと言っていたな。そのために聖剣は、おまえと親父を絶壁の地へ行かせる魂胆のようだ。替えはいくらでも居たほうが便利だからな」
 遼は冷凍庫から出した豚肉を電子レンジで解凍し、少し萎れかけた野菜を手際よく刻んで、強火で火にかける。どうやらホイコーローを作っているようだ。
「タイガにソードマスターを交代させるってこと?」
「いや、一度任命された以上は終身職だそうだ。だからソードマスターは俺のまま。事務所には大学卒業と同時に芸能界から引退して、親父の会社の何処かに就職することは、最初の契約の時から言ってあったけどさ。あと1年間、アイドルを続ける義務がある。最初にスカウトされたときは、部活の延長のようにしか思っていなかったけど、今は違う。俺が『聖剣の騎士団』を脱退するラスト1年余りを全力で駆け抜ける。だから花蓮、俺がコッチで芸能活動するときには、おまえが聖剣のソードマスター代役をやってもらうから、そのつもりでいろよ。既に聖剣と次期皇帝一派とは、そういう話をつけてある」
「なんで私を巻き込むわけよ!」
「おまえのせいで、俺は異世界に拘束されることになったんだ。その責任ぐらいとれ」
 遼は強火で炒めた野菜を別皿にとり、電子レンジで解凍した肉を炒め始める。
「そんなの、勝手にセントクリア世界までついてきた遼のせいじゃない!」
 花蓮は喚くが、遼は始終冷静だ。不気味なほどに。
「だから俺にアイドルを放棄しろと?病気だからって理由つけて中途半端に投げ出すなんて、そんな無責任、俺のプライドが許すわけないだろ。今まで応援してくれたファンを裏切りたくない。そもそも俺は聖剣に選ばれたゆえに、これから千年間を生き抜かねばならないんだ。親父やおまえが死んでも、俺は独り取り残される。突然俺は、国を護る人柱にされた。馬鹿みたいにノコノコおまえを追いかけて、いきなり聖剣に選ばれてしまった俺の気持ちを、おまえは考えたことがあるか?」
 遼の努めて平静を装いながら調理する背中に、花蓮は絶句する。そうだ、遼はこれからソードマスターとして、アンダラ帝国の元帥を千年間続けなければならないのだ。妻にも子供にも老いて枯れ果て置いて逝かれて、孫も見送り、曾孫どころか玄孫の代でやっと人生を終えることになるかもしれない。先代の賢帝は皇帝だったゆえ、息子や孫が一般人よりも百年ばかり長命だったから、曾孫のアリオス次期皇帝の代で、ようやく見送る側から見送られる側になれたのだ。
「ごめん…」
 花蓮は長すぎる人生を背負わされた遼に、心の底から謝罪し、悔いた。遼はハーフといえども地球人なのだ。その遼を、結果的に聖剣とアンダラ帝国の人身御供にしてしまった。軽く考えすぎていた。いや、そこまで深く考えていなかった。
 黙り込んだ花蓮に、遼は出来立てのホイコーローを目の前に置く。放っておくと外食ばかりで野菜の足りない花蓮のために、遼はいつも手作りの野菜料理を用意してくれた。その有り難みが、いまは苦しい。
「冷めないうちに食え。親父も、そんな泣きそうな顔するなよ。俺の作った飯は、なかなか美味いぞ?」
 遼は父親の前にもホイコーローの別皿を置き、あとは自分の分の皿を置いて花蓮の横に座ると、花蓮の自宅に置いてある自分専用の箸で、湯気を立てるホイコーローを食べ始める。
 なかなか食べようとしない花蓮の頭を、遼は優しく叩いた。
「早く食え。お残し禁止が、おまえの信条だろ」
「うん…」
 花蓮は箸をとって、手作りホイコーローを食べる。普段と同じ味なはずなのに、溢れる涙のせいで塩辛さしか感じない。
「すまない。私が聖剣様からソードマスターの打診を受けた時に逃げていなければー」
「親父がコッチに来なきゃ、俺や兄貴たちは生まれてないだろ。それに俺があっちの国で、これから親しくなる奴らを見送っていくように、親父や花蓮だって、地球で同じ苦悩を味わうことになるんだ。俺は皇族とか貴族とか、まだピンときてないけどさ。徐々に慣れて行くしか無い。だけど日本でやり残したアイドル活動だけは、カタをつけて終わらせたいんだ。花蓮、それぐらいは協力してくれるよな?」
「分かった。引き受ける」
 花蓮はそう答えるのが精一杯だった。
「それにしても皮肉だよな。アイドルグループ名が『聖剣の騎士団』で、まさか本当に聖剣の主になっちまうなんて」
 遼は早々に完食して苦笑する。そして勝手にビールを取り出して、「やっぱコッチの世界の酒のが美味いよなー」と言う。
「遼、私もー」
「それ以上は、やめとけ。同情で恋人を続けられても、反吐が出る。おまえは、おまえの道を進めばいい。恋人は解消、これからは友人として、あとは俺の留守の間に聖剣の主の代役を果たしてくれればいい」
 遼に恋人解消を宣言された。はじめは花蓮から言い出したのに、遼の口から言われると、胸が痛いのは何故なのか。そんなの、答えはもう出ているけど、今更遅い。遼は花蓮を見限ったのだ。
「じゃ、用件は済んだから、俺は帰る。花蓮、近い内に芸能活動再開するから、そのときは頼んだ。さすがに襲名式のときは、仕事の調整の交渉をしないとな」
 そう言うと、遼は転移で地球を旅立った。

 瀧宮会長と花蓮との間に沈黙が続く。遼の手前、ホイコーローとカツ丼は完食したが、2人とも砂を噛んでいるような感覚だった。
「申し訳ありません、瀧宮会長」
 花蓮は遼の父親に深々と頭を下げる。テーブルには涙がポタポタ落ちていた。
「謝ることはない。遼が皇族クラスの魔力を持つことは、私にだって想定外の出来事だった。それにしても、子供が大人になるのは時間の長さでは無いのだな」
 瀧宮会長は、僅か数日の間に激変した我儘な末っ子の成長ぶりに寂しさを憶える。まさかこんなに早く、精神的に大人になるとは思いもよらなかった。それが使命感ではなく、運命を受け入れた未来への喪失感からくることも、やるせない気持ちしかない。代われるものなら代わってやりたいが、遼が聖剣に指名された以上、それが覆ることはない。瀧宮会長が聖剣を拒否できたのは、まだ父の賢帝が存命だったことと、指名ではなく打診だったからだ。だが遼には選択肢はなかった。
「たとえ遼が指名されなくて、他の誰かの地球人だったとしても、私たちは残酷な行為に加担していたのだな」
 瀧宮会長は花蓮に言い聞かせるのではなく、自らへの自戒を込めて呟いた。
「私が愚かでした。今更、遼が大切だったことに気づくなんて…」
 花蓮もまた、瀧宮会長に聞かせるためではない言葉を口にした。
「花蓮くんには、これから迷惑をかけることになるな。私が出来るサポートがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます)
 そして瀧宮会長は転移で出張先のホテルに戻った。花蓮は独りになった途端、大声で泣いた。泣いて泣いて泣き疲れて、片付けもしていないテーブルにうっ伏したまま、眠りに落ちた。

4.涙を返せ!
 花蓮はいつものような温もりを感じていた。それは幻想でしかない。だからこのまま目覚めたくなかった。しかし頭を撫でられる仕草に違和感を憶える。
 花蓮が目を開けると、とろけるような笑顔を浮かべた遼の顔が目の前にあった。夢か幻にしては残酷過ぎると思ったが、額にされたキスで、これが夢でないことを理解して跳ね起きる。
 いつの間にかベットの上だった。裸でこそなかったが、いつも花蓮が愛用している『創世記激闘大戦』の敵軍戦闘服柄のパジャマではなく、絶対に花蓮が自ら着ることのない、扇情的なスケスケのネグリジェだった。
「ようやく俺の有り難みが分かったな。もっと早く素直になっていれば、こんなに腫れた顔にならずに済んだのに」
 遼は、今度は花蓮の唇にキスをする。そのままの流れで行為に持ち込もうとしたが、怒り爆発の花蓮にベッドの上から落とされる。
「どっから現れた、この害虫が!」
 花蓮は体に布団を巻きつける。こんなネグリジェ、裸でいるよりも恥ずかしい。
「あっちに戻ったあと、遠見鏡っていう魔道具で、おまえの様子をずっと観察していたんだ。後悔で泣き叫ぶおまえが愛しくて可愛くて、ついコチラへ戻ってきちゃった。心配せずとも、恋人解消なんて絶対にしないから安心しろ」
 遼はベッドの上に戻ると、布団を巻きつけた花蓮ごと抱きしめる。
「ふざかるな、このペテン師が!」
 花蓮は怒りに任せ、魔術で遼を吹き飛ばす。いくら遼の魔力がアリオス次期皇帝に匹敵するとしても、魔力量と経験値は花蓮には及ばない。受け身を取る余裕もなく、遼は本棚に激突して、本が雪崩のように頭に落ちてくる。
「ああっ!大事な私のマンガが!」
 花蓮は慌てて魔術で落ちた本(マンガ)をベッドの上に引き寄せ、破れていないか、破損していないか入念にチェックする。
「おまえ、昨夜は俺との別れにあんなに後悔して泣きわめいていたのに、俺とマンガのどっちが大切なんだ!」
「マンガに決まってるでしょ!私のマンガは初版本ばかりなんだから!」
 花蓮には拘りがあって、途中から読み始めてファンになったマンガも、初版本に拘っている。絶版になったものはネットを使い、それでも見つからない時には、古本屋を何十軒でも、それそこ地方に遠征してでも、執念で回って探し出す。花蓮のオタク愛は、噴火したてで火口から出たばかりのドロドロのマグマのように熱い。
「おまえのオタク根性をなめていた。本当に、呪いたくなるな。特におまえが信仰している、あの糞つまらないマンガ、最終回は大コケして大失敗すればいいのに」
「なんて不吉なこと言うのよ!敵軍が負けるのは覚悟しているけど、ザイール司令官は伝説に残る散り際を見せて終わるに決まってるんだから!」
 そこから花蓮と遼の低次元な口喧嘩が始まった。一区切りついたところで、遼は朝食を作りにキッチンへ、花蓮は浴室へと向かった。
「嫌だ、本当に顔が浮腫んでる。あんな奴のために泣いて損した。そうよ、すっかり忘れていた。遼は粘着質で執念深い性格だった」
 花蓮は流した涙を悔しがる。それにしても本当に遼の奴、国を空けて大丈夫なのだろうか?
 逃亡してきたのではなかろうか?
 花蓮は不安になってきた。急いで風呂を終えて部屋着(マンガコラボのTシャツとチノパン)に着替えると、ダイニングテーブルにはいつも以上に豪華な朝食が並び、調理中の遼の他にも、呆れ顔の瀧宮会長が座っていた。
「遼!あんた、本当は帝国から逃亡してきたわけじゃないよね?」
 開口一番、花蓮は尋ねる。遼は最後のチーズオムレツを焼き終えて、皿に移したところだった。
「もしもそうなら、今頃はリビングの家電がうるさく鳴っているんじゃないか?」
 遼は最後の熱々なオムレツを花蓮の座席に置いた。
「花蓮くん、大丈夫だ。いや、大丈夫と言っていいか分からないが、遼はちゃんと正式な手続きを踏んでコチラへ里帰りしているから」
 既に食を始めていた瀧宮会長は、呆れながら末っ子を見る。遼は花蓮の隣の定位置に腰を下ろした。
「さっさと席に着け。せっかくの朝食が冷めるだろうが」
 遼に促されて、花蓮は所定の席に着く。昨夜の醜態を思い出して、なんかこの席に座るのは悔しいと思いつつ。
「まったく、我が子ながらとんでもない奴だ。花蓮くん、これを話し終えるまで、まだ食べないでくれ。私もさっき、トマトジュースを噴き出すのを堪えた拍子にむせて、大変だったから」
「まだ花蓮がきていないのに、飯を食いだす親父が悪いんだろ。こっちだって、渾身の朝食を危うく台無しにされるところだったんだから」
 遼はミネラルウオーターを飲む。
「おまえのふてぶてしさに、感情的になった昨日を返せと言いたくなる。花蓮くん、聖剣の代役の件だが、大丈夫そうだ。この無鉄砲息子は、北の大陸のスノーファントム皇国から、聖剣トリガークリスタルを奪い取って、アリオス次期皇帝をソードマスターに認めさせた暴挙をやらかしたのだ」
「まさか、嘘でしょ?」
 世界には4つの大陸があり、それぞれの大国は聖剣を持っている。南のアンダラ帝国は大地を切り裂くことも可能な聖剣アースブレーカー、北のスノーファントム皇国は風の力を持つ聖剣トリガークリスタル、東のイースタジェイド王国は水を司る聖剣アクアオーラ、西のパパラチア・コランダム連合国は炎の聖剣ファイヤーヘラクレス。
 聖剣はそれぞれの大陸の守護も担っている。裏返せば、他国の聖剣を奪えばその大陸の統治権利も手に入ることになる。海を隔てているので、統治するには非効率的とも言えなくもないが。
「北の荒くれ皇国が、帝国のソードマスター不在の意表をついて帝国に攻め入ろとしていると情報が入ったから、返り討ちにしてやっただけだ。その時に、なりゆきだが北の皇国の聖剣を奪い取っることになったが、その聖剣が俺の聖剣に恋しちゃったらしくてさ。そのまま帝国の守護の剣になると言いだしたから、持ち帰って次期皇帝に献上したら、次期皇帝がソードマスター認定されちまったんだ。だから帝国は二振りの聖剣持ちになって、俺が暫く留守にしても平気になったわけ。ただ、それぞれの聖剣は長い事、各々の大陸の守護神みたいな存在だったから、トリガークリスタルが帝国に順応するまで数百年かかるらしい。だからずっと帝国を空けておくことは出来ないが、ライヴツアーの中休みに戻るサイクルなら、2振りの聖剣で何とかなるそうだ」
 遼の説明に、花蓮は絶句する。他国の聖剣を奪い取るなど、これまで誰もやったことがない。
 花蓮は立ち上がるなり、リビングのホットラインの受話器を上げて、短縮番号3番を押す。これは皇宮の次期皇帝に繋がる直通番号だ。ちなみに2番は瀧宮会長に繋がる。
 アンダラ帝国の言葉で話しているので、瀧宮会長はもちらん、言語翻訳もマスターした遼にも花蓮が話している内容が分かる。話を進めるごとに花蓮の顔色は悪くなっていき、受話器を置いてた時には卒倒寸前の顔になっていた。ふらふらしながら、ダイニングテーブルの席に戻って座る。
「北の大陸の統治権は、面倒だからアリオス次期皇帝は放棄したそうです。ただし聖剣トリガークリスタルは、前任のソードマスターを見限ってアリオス次期皇帝についたので、返還は不可能。北の大陸は、守護する聖剣を求めて、セントクリア世界の何処かに眠る最後の聖剣を探索しなければなりません。幻の聖剣を手にした者が、北の大陸の新たな王となる。北の大陸は皇国の貴族だけでなく、属国の王族や貴族たちも躍起になって幻の聖剣を血眼になって探しているとか。その上、西の大陸と東の大陸の大貴族も、北の大陸の皇帝になれるチャンスとばかりに、大混乱だそうです。唯一、アンダラ帝国の貴族だけは加わっていないそうですよ。あんな寒い国を手に入れるより、聖剣が二振りに増えたアンダラ帝国の方が、今後は更に守護の力と豊穣の力が増して、より豊かになるのが目に見えているとかで」
「北の大陸の聖剣は、風の力を持つというから、大地の力のアースブレーカーとの相乗効果で、農作物が豊かになるのは目に見えているだろうな。それよりも、幻の聖剣だがー」
「空を司るスカイドラゴンっていうらしいぜ、聖剣から教わったけど」
 遼が、父親の言葉を遮って口を挟む。
「そのスカイドラゴンだが、眠っている確率が一番高いのが、絶壁の地じゃないか?」
「ああ、聖剣もそう言っていたぜ。けっこー有名な話みたいだから、いま絶壁の地は超人気の冒険者スポットになっているらしい。花蓮、暫く待ってから絶壁の地の探検をしたほうが良いんじゃないか。あと、アースブレーカーの方の聖剣から、さっさとテレビとブルーレイプレイヤー、あとBLのブルーレイディスク、本棚いっぱいの正規コミック、同人誌問わす持ってこいってさ。ついでに、トリガークリスタルの聖剣からは、異性ものの濃厚恋愛コミックをリクエストされている」
 花蓮は頭を抱える。BLだけでなく、TLも買わねばならないのか。いや、トリガークリスタル聖剣には、青年漫画の方が好みに合うかもしれない。TLコミックまでは買えるが、さすがに性表現の過激な青年コミックを買い占めるには、いくら花蓮でも抵抗がある。
「テレビとブルーレイプレーヤーと発電機の方は、私が会社のものを王宮へ運び込もう。魔力で動く設定も、花蓮くんに教われば対応できる出来るだろう。ただ、ああいうマンガを買うのは…花蓮くんに任せても構わないか?」
 瀧宮会長は、検閲の時に衛兵に見られたBLコミックのトラウマから抜き出せずにいたので、控え目ながら花蓮に頼む、否、懇願と言ったほうが正しい。
「BLやTLはともかく、青年コミックを買うのはさすがに抵抗が。遼のスマホからネット注文してもいい?」
 花蓮は両手を合わせて遼に願い出る。
「そりゃ構わないが。こっちのマンションは、引退するまで契約続行するつもりだし。だが通販だと届くのは遅れるから、朝食食べたら、デートがてら一緒に買いに行けばいいだろ」
「えーっ。変なコミックばかり買うカップルだと、白い目で見られそう」
「変装して、認識阻害魔法使えばいいだろ。あ、その前に花蓮に認識阻害魔法の正規発動方法をマスターさせなきゃな。おまえ、ド田舎の実家の古臭い魔術書で、独学で魔術を習得したんだってな。だから、俺や親父よりもザルなんだよ。俺だけでなく、晴川悠一にも本来の姿がバレていたって、駄目だろ」
 優等生チートの遼に指摘されると、花蓮は言い返せなかった。
 こうして出かける前に、認識阻害魔法の基礎から応用編までの特訓を受ける羽目になる。生まれた時から魔術に親しんできた花蓮が、魔力発動僅か数日の遼から習うのはプライドが傷ついたが、実際に教わってみると、発動の呪文の違いと自分でも分かるほど、しっくり馴染む纏った魔術に、改めて基礎は大事だと痛感した。

5.伝説に残る偉業を成した男
 北の大陸から聖剣を奪い取る、前代未聞の功績を挙げた遼の活躍に、アンダラ帝国は歓喜した。まだ就任式は迎えていなのに、異世界人ハーフながらも、れっきとした賢王の孫である遼を、貴族も民衆も心から讃えた。

 キッカケは、北の大陸を統べるスノーファントム皇国が、混乱に乗じて他の大陸が二の足を踏んでいるなか、自国の全艦隊を引き連れて、聖剣のソードマスターたる皇帝自らが、アンダラ帝国へ攻めてきたことだった。
 スノーファントム皇国は艦隊がバレないように、魔法騎士や魔術師が艦艇を隠す魔力発動させて近づいたが、アンダラ帝国領海に侵入しようとしたとき、運悪く南の大陸の聖剣アースブレーカーのソードマスターに、滝宮遼が新たな継承者となったことで、帝国を包む綻びかけたバリアが強化された。それに気づく前に、北の大陸スノーファントム皇国艦隊は先を進んで南の大陸のバリアと衝突、弾き飛ばされると同時に、奇襲作戦が帝国にバレてしまった。
 滝宮会長と花蓮が王宮を離れた直後、伝令によって報された北の大陸スノーファントム皇国の襲来。それに怒ったアリオス次期皇帝および家臣一同は、すくさま迎撃態勢を騎士団、兵団に命じたが、それよりも早く動いたのが、聖剣アースブレーカーと、新たなソードマスター滝宮遼だった。
 聖剣アースブレーカーは、賢帝崩御から力を持て余りしていた。遼は、恋人に逃げられた上、いきなり異世界で次期元帥の座と共に、聖剣の主にされて不機嫌の絶頂だった。
 聖剣アースブレーカーと次期元帥・滝宮遼は手を組んだ。

 聖剣アースブレーカーを手に、北の大陸スノーファントム皇国艦隊およそ百隻を超える総力隊を、聖剣アースブレーカーを振るうことで、渦潮が起こって海竜巻に成長して艦艇は舞い上がり、落下と同時に近くの無人列島に艦艇の全てが叩きつけられた。死人こそ出なかったが、魔術を持たない兵士は重傷を負った。
 北の大陸の皇帝は、聖剣トリガークリスタルを手に飛び上がると、宙に浮かんでいた敵のソードマスターに斬りかかる。が、そのとき、誰も予想していなかった事態が起こった。
 北の大陸の聖剣トリガークリスタルが、自らの主人たるスノーファントム皇帝の手から自ら離れ、黄金の剣にグリーンダイヤモンドをはめ込んだ聖剣トリガークリスタルは、眩い金髪と緑の瞳をした美少年に変化する。聖剣トリガークリスタルの美少年は遼の前で空中に膝をつき、自分を聖剣アースブレーカーの伴侶として迎えてほしいと、いきなりプロポーズしてきたのだ。
 聖剣アースブレーカーを握る遼と、追ってきたアンダラ帝国側の魔術持ちの騎士団も、敵側の聖剣トリガークリスタルの求婚に唖然とする。
 怒り狂ったのは、当然ながら聖剣トリガークリスタルのソードマスターのスノーファントム皇帝。聖剣とソードマスターの絆は元来、死が2人を分かつまで、絶対的な絆で結ばれる。だが聖剣トリガークリスタルは、その絆を自ら断ち切ったのだ。
「うるさいなぁ、横暴な貴様には、いい加減嫌気がさしていたんだ。厳しい冬を迎えようとする北の大陸を顧みず、南の大陸を奪えば生活が楽になるという短絡的思考回路。貴様は我の主人に相応しくない。前皇帝の遺言を守って、貴様と契約したのは間違いだった」
 侮蔑を込めて聖剣トリガークリスタルの化身の美少年は、荒れる海の中にスノーファントム皇帝を叩き落とす。動揺のあまり魔術発動も忘れて溺れる皇帝を、北の大陸の魔法騎士団が近くの無人島に転移させて、介抱する。
「おぬし、主を遺言で定めたのか。妾は自国の皇帝は認めても、ソードマスターの選択権利は与えなかったぞ。妾のが偉いのに、人間ごときに命じられるがまま従ってたまるか」
 アンダラ帝国の聖剣アースブレーカーも、遼の手から離れるなり、銀髪の美少女に変化する。
 その美しさに、聖剣トリガークリスタルの化身の美少年は益々、メロメロになった。
「僕、南の大陸の聖剣になる。夫婦双剣となってくれるかい?」
 聖剣トリガークリスタルの具現化した美少年は、改めて、聖剣アースブレーカーに求愛する。双剣になりたいというのは、聖剣にとっては最上級の求婚だった。
「妾は疑り深いのだ。この南の大陸は妾の大事な護るべき場所。妾を信用させたくば、敵の連中を残らず捕縛して、近くの辺境伯に引き渡せ」
「全員は必要ないでしょ。馬鹿は北の大陸の皇帝と、大臣と将軍のごく数名。だいたい南の大陸は、もうすぐ戴冠式と君のソードマスターの認証式があるでしょ。こんな大勢の敵を投獄していると経費もかかるし、仮に脱獄して反乱起こしたら迷惑じゃない?」
 聖剣トリガークリスタルの化身の美少年は指摘する。
「それもそうか。主要人物だけ捕らえる方が効率的か。では武器と積荷はコッチで引き取ることにして、あとは北の大陸に返してくれ」
「お安い御用、我がスイートハート」
 そう言うなり聖剣トリガークリスタルの化身の美少年は、風の魔力で皇帝と将軍と大臣と将軍ら10名だけ残して、北の大陸へその他大勢を吹き飛ばした。その際に、聖剣アースブレーカーから申し渡された通り、武器や食料、貴金属はもちろん、騎士や兵士の服や下着まで剥ぎ取った。素っ裸で帰された騎士や兵士たちは、既に雪に覆われた故郷の高山に移動させられ、全員が重傷と寒さで死の淵を彷徨うことになったとか。
 その憎しみも込めて、アンダラ帝国へ宣戦布告した皇帝を糾弾、そもそも初冬に戦争を仕掛けた皇帝の愚挙に北の大陸ではクーデターが勃発し、皇帝一族は辺境地へ軟禁される事となった。
 暫定的な皇帝不在のなか、各上級貴族が次々と皇国から独立宣言して、連合国体制となったが、問題は北の大陸をこれまで守っていた聖剣に見捨てられたこと。
 聖剣は大陸の守護を司り、特に気候の厳しい北の大陸では、その守護がなければ農作物も家畜も育たない。禁断の森の魔物の抑止力も消えれば、人々の命さえ危うい。そこでダメ元で、アンダラ帝国に移った聖剣トリガークリスタルに、許しを請うて戻ってくださるよう使節団を送った。その一方で幻の聖剣スカイドラゴンの探索に乗り出す。聖剣スカイドラゴンを手にした者が、次の北の大陸の皇帝ということが決まり、北の大陸の貴族はもちろん、東や西の大陸もそれを耳にして、アンダラ帝国を除く世界中の王侯貴族が、幻の聖剣スカイドラゴン探しに躍起になっているというわけだった。
 絶壁の地も、今では各国の冒険者と化した貴族らで溢れかえっているとか。

6.お買い物デート
「聖剣の主になりたいなんて、みんな物好きねぇ」
 花蓮はアニメの聖地・池袋のアニメショップや、同人誌を扱う中古アニメグッズチェーン店を回り、各店でカゴいっぱいにBLコミックとブルーレイと同人誌を詰め込む。完璧な変装ゆえに、他人の目も気にしなくて済む。花蓮は小柄な純日本人に化けて、せっかくだからと、黒基調のゴスロリの服を着て張り切っていた。
「皇帝だの国王だの、結局は国の人身御供じゃないか。俺も、そんなものになりたがる向こう見ずな無鉄砲の空っぽな頭をした奴らには、首を傾げたくなるな」
 遼はせっかくだから金髪碧眼の、彫りの深い北欧系青年に化けていた。どうせなら目立った者勝ちだと、遼も中世の執事風仮装まがいな服を着ている。
 この姿でエッチなマンガばかりを大量購入しているから、注目の的となっているが、別人に化けているのと、芸能界で培った鉄壁の無表情で乗り切っている。
 これほどまで堂々と花蓮とデートできるのは楽しいが、もっとロマンティックな場所へ行きたいのが本音だ。聖剣の命令とは言え、なにが楽しくてエロ本まがいのマンガを大量買いする拷問に耐えねばならないのやら。
「買い物が終わったら、カフェに行こうか。慣れないことすると、疲れちゃうでしょ」
 花蓮が、いつになく自分を気遣ってくれるのは嬉しいと、遼は思う。しかし目的地に着いて、すぐに考えを改めた。あの憎んでも憎みきれない『創世記激闘大戦』とは違う、美形な魔物が人間を殺しまくるアニメのコラボカフェだった。
『ほぼお化け屋敷じゃないか。それにこれ、本当に食い物か?」
 店内ディスプレイも、食事やスイーツメニューも、不気味な雰囲気が漂っている。客層はストーリー特性上、老若男女とはいかず、高校生から大学生がメインで、男女比率は男子のほうが若干多めのようだ。そして当日予約が可能だっことからしても、人気は中の下程度のようだ。花蓮に言わせると、これからブレイクするとのことだが、まあビジュアルの美しいキャラクターが受ければ、それも有り得るかもしれない。
「王道の美味しいものを食べたければ、お父さんと食事に行けばいいじゃない。このアニメは、いま人気上昇中なのよ。主題歌もいいし、声優も実力派で揃えているから面白いの」
 花蓮はメニューを遼に渡す。既に食べるものは決めていたようだ。
「こういう場所は来たことないから、参考程度に楽しむか。このバターライスを千切れた手に模したカニバニズムカレーと、毒々しい紫の毒花令嬢のジュースにする」
「それだけ?スイーツは食べないの?」
「この食欲の失せそうなケーキとパフェを食べるぐらいなら、デパ地下スイーツ買って、帰ってから食べる」
「意外と繊細さんなんだから。私は惨殺脳みそラザニアと、血の泡ジュース、悪魔の誘惑ケーキにしよう。これで2人分で、ランダムコースター5枚貰えるわ。カブりなしならいいけどなー」
 花蓮は早速、スマホからQRコードで注文する。悪魔の誘惑ケーキは、ストロベリーチョコレートで作った箱の中に様々な瞳色の目玉の形のコーティングしたミニカステラを詰めて、ラズベリーソースがかけられたものだ。
 遼は集合体恐怖症ではないが、こんな不気味なケーキを食べようと思う恋人の気がしれない。
 食事がくると、花蓮は写真を撮り終えてから、美味しそうにカボチャを人の頭に模したラザニアを食べている。
 遼が頼んだカニバリズムカレーは、見た目こそ不気味だが、味はトマト風味の強いバターカレーで、なかなか美味い。ジュースも見た目は有り得ない色のマーブル模様をしているが、味は巨峰とバニラミルク風味だった。
 食後は例のごとく、花蓮は惜しげもなくコラボカフェ限定グッズを買い漁っている。遼も、試しにブラインドのキーホルダーを3つ購入した。食事中、花蓮からアニメの内容を聞いて、意外と面白そうだと思ったからだ。男女比率が男性が多めなのも、悪魔女子の絵が可愛いからだろう。後でコミックを自分用に買ってみるかと、マンガなどこれまで馬鹿にしていた彼にしては、珍しいことだった。
 コラボカフェを出たあとは、遼の希望でプラネタリウムへ行った。アンダラ帝国の空は驚くほど多くの星が見えるが、知っている星座は1つもない。地方ライヴへ行ったとき、満天星空に感動した。本物の日本の星空を見に行く機会は当面なさそうだから、せめてプラネタリウムで見る気になったのだ。デートらしい行き先でもある。だが遼が星座を楽しんでいる横で、花蓮はプログラムが始まって間もなく、寝息を立てて眠りだしたから呆れる。これが好きなアニメとのコラボだったら、居眠りなんてしかなっただろうに。それが花蓮らしいとも言えた。
「都内でデートなんて、思い返せば初めてだったよな。いつもは家で二人で過ごすか、2、3度ほど地方へドライブに行ったぐらいだもんな」
 そのドライブデートだって、遼の主導で行われた観光地巡り。花蓮の趣味を頭ごなしに否定して、こんな風にアニメショップやコラボカフェなんて付き合ったこともなかった。人気アイドルの手前、悪目立ちを避けたつもりもあったけど。
「存外、オタ活も楽しいものだな。こうして変装も完璧に出来るようになったし、たまには付き合ってやるか。エロ本マンガ買いだめ巡りはゴメンだが」
 そうは言っても、面倒な聖剣の手前、これからも変なコミックやブルーレイなどを買いに行かされる羽目になりそうだ。もう少し健全なマンガに誘導させるかと、遼はプラネタリウムの星空を眺めながら決めた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...