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第一章侯爵家のお家騒動
1招かざる客
しおりを挟むその男はある日突然やって来た。
その日は早朝から父上とアンジェリカが視察に行くべくしばらく邸を離れることになっていた。
「二週間も大丈夫かしら?本当にいいの?」
「お母様、二週間よ」
「そうだけど」
本当ならば俺も同行したいのだが、今後領主となるアンジェリカは学ぶべきことも多く、俺は補佐となり留守を守る事もある。
「リヒト、留守の間頼んだぞ」
「はい、お任せください」
「お母様、行ってきます」
今回の視察はどうしても出席しなくてはならず、邸でも仕事がある母上の補佐をしなくてはならない。
「できるだけ早く帰って来る」
「はい、お気をつけていってらっしゃいませ」
二人を見送り邸に戻るも母上は心配そうにため息をつく。
「せっかくの新婚だと言うのに」
「どうかお気になさらず」
気落ちする母上にお茶を用意する。
「本日は母上のお好きオペラでございます」
「まぁ…素敵」
オペラを見て笑顔を浮かべられ、安堵する。
常に俺達の事を思いやってくださる母上には感謝しかない。
「リヒト、貴方はもう使用人ではなくてよ」
「好きでさせていただいている事です」
普段は料理人が作るがお菓子等は俺が作っている。
理由は単純だ。
皆さんの喜ぶ顔が見たいからだ。
「相変わらず素晴らしい味だわ」
「ありがとうございます」
貴族社会では珍しい程のおしどり夫婦のお二人は俺の憧れだった。
「お茶のお代わりを…」
バタバタ!
「何?騒々しいわね」
「珍しいですね」
玄関先で物音が聞こえる。
「失礼します!」
「何です。騒々しいですわよ」
侍女のジェリーが慌てて駈け込んで来た。
「大変です奥様、リヒト様!」
「どうしたんだ。シャリー」
まだ幼いが、侍女としてしっかり教育されているシャリーが珍しい。
「表にあの男が…モラリスが!あの男が邸の前に!」
「何ですって!」
母上の眉間に皺が寄る。
「今すぐつまみ出しなさい。あの男は我が家とは関係なくてよ」
「母上」
「リヒト、貴方はここにいなさい。あの男がこの邸の敷居をまたぐことは許しません」
普段穏やかな母上がここまで怒る事は珍しい。
「母上、その男はもしや」
ここまで嫌悪感を表す人物は限られている。
「口にもしたくありません。私の…いいえ、我が家の忌むべき存在です」
母上の言葉とは裏腹に玄関での騒動は酷くなる一方だった。
そして――。
「勝手に入らないでください!」
「ここは俺の家だ!使用人の分際で無礼だぞ!」
無理矢理部屋に押し入って来た男は使用人を突き飛ばした。
「アンジェリカ!」
ノックも無しに勝手に入って来たこの男に使用人達は嫌悪感を露わにしたのだった。
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