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懺悔
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ドーハートさまが魔王城を出て行く。
直面していた危機的な状況は、発生したときと同じように突然収束したのだ。
「キシール、悪いがカイドルを呼んできてくれないか。さすがにもう動けそうにないんだ」
「わかった、すぐ呼んでくるね!」
「ゆっくりでいいぞ。安心しろ、もう怖いのは来ないからな」
「うん!」
キシールの翼が風を切って飛んでいく音が次第に小さくなり、温室に静寂が満ちる。
魔王が天井に空いた大穴から屋根の上にいるキシールに呼びかけている間に、わたしは緊張の糸が切れて膝に力が入らなくなり、床に座り込んでしまっていた。
目の前で起こったことの処理が間に合わない。
心には様々な感情がとめどなく溢れ、こらえきれなくなった想いは、涙になって目尻に滲んだ。
ほろりと零れ落ちた涙に、魔王が気づく。
「待て待て、なんでリディが泣くんだよ?」
魔王は声を掛けながらわたしの横に座り、顔を覗き込んできた。
その案じるような視線が申し訳なくて、わたしは涙声で、ずっと胸に秘めていたことを打ち明けてしまう。
「ず、ずっと、半信半疑だったんです。カイドルさんに教わった正しい歴史の話も、聖女の力の正体がわたしの心臓にある宝玉だということも、聖女と勇者の仕組みも。人間が歴史を歪めて伝えたように、魔族だってわたしの力を利用するため、洗脳しようとしているんじゃないかと、少なからず疑っていたんです」
聖女として働くと言いながら、魔族を警戒し、親切を疑っていた。
そのくせ親切にされたくて、彼らの話を信じたふりをし続けていた。
わたしは、汚い。こんなわたしの本性が知られたら、魔族のみんなだって軽蔑するだろう。
そう覚悟しての告白だったのに、魔王の返事は至極あっさりとしていた。
「まあ、そうだろうな」
「……怒らないんですか?」
「それまで信じていた常識と全然違うことを『これが真実だ』なんて言われたところで、疑うのはあたりまえだろう。むしろ、端から全部信じるほうが危ういと思うぞ」
わたしの懺悔を、魔王はなんでもないことのように流そうとする。
それに乗って、甘えてしまえば、とても楽なのだろうと思う。
だけど、だけど。
そんなことをしてしまったら、わたしが、わたしを許せない。
「だけど、ドーハートさまが力を失ったのを見て、魔族のみんなから聞いたお話が全て真実だとわかりました。
聖女の祈りが宝玉の力を引き出し、対象に力を与えるというのなら、ドーハートさまの強さは主神の加護なんかじゃない。わたしの祈りが、わたしの意志が、あの人を最強最悪の勇者に育て上げたということです」
ドーハートさまは最後に、「おまえがオレをこんなにしてしまった」と言った。
確かにそうだ。
だって、勇者に選ばれさえしなければ、ドーハートさまの生涯はきっともっと平穏なもので終わったはずだから。
わたしが彼にもっと強くなってほしいと望み、祈らなければ、世界を恐怖させるほどの力を得ることはなかったはずだから。
「わ、わたしさえいなければ、戦争だってもっと被害が少なかったはずです。キシールの親は死ななかったかもしれない。ドーハートさまだって、普通の人生を送れたかもしれないのに」
涙はみるみる勢いを増して、わたしの頬をびしょびしょに濡らす。
みっともない、魔王相手に懺悔してどうするんだ、彼に一体、どうしてほしいんだ。
そう思うのに、言葉が溢れて止まらない。
魔王は泣き続けるわたしを戸惑ったようにしばらく見た後、すぐ隣に座って子どもをあやすように頭をぽんぽん撫で始めた。
不器用な彼なりに、慈しもうとしてくれているのがわかる。
だけど、その優しさが、今は辛い。
「全部わたしのせいなんです。だから、わたしには優しくされる資格なんてありません……」
うつむいてそう言い、撫でてくれる彼の手から逃れようとすると、優しく撫でていた手が止まり、頭をがっしりと押さえられた。
「? あの……」
「仮定の話をしてなんになる? 失った命を取り戻すことは、その心臓を取り出したってできやしない。
聖女が勇者を作り出すのを知っていながら、長いこと聖女を取り戻すことができなかった魔族にだって非はあるんだ。なにもかも、自分のせいだと思わなくていい」
わたしをまっすぐに見つめる紫の瞳。その深い色を見つめていると、少しだけ呼吸が落ち着く気がする。
「この温室にはいたるところに魔方陣が隠されている。いざというときは勇者をここにおびき寄せて封殺する予定で、ついさっきまではそのつもりだった。
だから、リディは何も知らないままあの部屋で過ごしていても、勇者から保護さえしていれば何も問題はないはずだったんだ。それなのに知識を与え、考えて悩ませたのは、魔王としてのエゴなんじゃないかと、ずっと思っていた」
「エゴ……?」
涙を止めて聞き返したわたしを見て、魔王は少しだけ表情を緩めた。
「初代魔王の執着が、長い時間をかけてたどり着いた果てにいた聖女がきみだ。だから俺は初代魔王の後悔を晴らすため、奴ができなかったすべてをきみに与えようと思った。……ドーハートたちを巻きこんだのがリディだというなら、リディを巻き込んだのは俺だ」
魔王の体は初代魔王から遺伝子を複製し、記憶を埋め込まれて作られたものだという話を思い出す。
記憶を共有することは後悔を共有することだ。
長い時間後悔を忘れないために、魔王はそれを引き継いできて、そしてわたしと出会った。
『聖女ともう一度出会いたい』と願った初代魔王とは、はたしてどのような人だったのだろう。
その人は、今日のわたしたちに満足してくれるだろうか。
直面していた危機的な状況は、発生したときと同じように突然収束したのだ。
「キシール、悪いがカイドルを呼んできてくれないか。さすがにもう動けそうにないんだ」
「わかった、すぐ呼んでくるね!」
「ゆっくりでいいぞ。安心しろ、もう怖いのは来ないからな」
「うん!」
キシールの翼が風を切って飛んでいく音が次第に小さくなり、温室に静寂が満ちる。
魔王が天井に空いた大穴から屋根の上にいるキシールに呼びかけている間に、わたしは緊張の糸が切れて膝に力が入らなくなり、床に座り込んでしまっていた。
目の前で起こったことの処理が間に合わない。
心には様々な感情がとめどなく溢れ、こらえきれなくなった想いは、涙になって目尻に滲んだ。
ほろりと零れ落ちた涙に、魔王が気づく。
「待て待て、なんでリディが泣くんだよ?」
魔王は声を掛けながらわたしの横に座り、顔を覗き込んできた。
その案じるような視線が申し訳なくて、わたしは涙声で、ずっと胸に秘めていたことを打ち明けてしまう。
「ず、ずっと、半信半疑だったんです。カイドルさんに教わった正しい歴史の話も、聖女の力の正体がわたしの心臓にある宝玉だということも、聖女と勇者の仕組みも。人間が歴史を歪めて伝えたように、魔族だってわたしの力を利用するため、洗脳しようとしているんじゃないかと、少なからず疑っていたんです」
聖女として働くと言いながら、魔族を警戒し、親切を疑っていた。
そのくせ親切にされたくて、彼らの話を信じたふりをし続けていた。
わたしは、汚い。こんなわたしの本性が知られたら、魔族のみんなだって軽蔑するだろう。
そう覚悟しての告白だったのに、魔王の返事は至極あっさりとしていた。
「まあ、そうだろうな」
「……怒らないんですか?」
「それまで信じていた常識と全然違うことを『これが真実だ』なんて言われたところで、疑うのはあたりまえだろう。むしろ、端から全部信じるほうが危ういと思うぞ」
わたしの懺悔を、魔王はなんでもないことのように流そうとする。
それに乗って、甘えてしまえば、とても楽なのだろうと思う。
だけど、だけど。
そんなことをしてしまったら、わたしが、わたしを許せない。
「だけど、ドーハートさまが力を失ったのを見て、魔族のみんなから聞いたお話が全て真実だとわかりました。
聖女の祈りが宝玉の力を引き出し、対象に力を与えるというのなら、ドーハートさまの強さは主神の加護なんかじゃない。わたしの祈りが、わたしの意志が、あの人を最強最悪の勇者に育て上げたということです」
ドーハートさまは最後に、「おまえがオレをこんなにしてしまった」と言った。
確かにそうだ。
だって、勇者に選ばれさえしなければ、ドーハートさまの生涯はきっともっと平穏なもので終わったはずだから。
わたしが彼にもっと強くなってほしいと望み、祈らなければ、世界を恐怖させるほどの力を得ることはなかったはずだから。
「わ、わたしさえいなければ、戦争だってもっと被害が少なかったはずです。キシールの親は死ななかったかもしれない。ドーハートさまだって、普通の人生を送れたかもしれないのに」
涙はみるみる勢いを増して、わたしの頬をびしょびしょに濡らす。
みっともない、魔王相手に懺悔してどうするんだ、彼に一体、どうしてほしいんだ。
そう思うのに、言葉が溢れて止まらない。
魔王は泣き続けるわたしを戸惑ったようにしばらく見た後、すぐ隣に座って子どもをあやすように頭をぽんぽん撫で始めた。
不器用な彼なりに、慈しもうとしてくれているのがわかる。
だけど、その優しさが、今は辛い。
「全部わたしのせいなんです。だから、わたしには優しくされる資格なんてありません……」
うつむいてそう言い、撫でてくれる彼の手から逃れようとすると、優しく撫でていた手が止まり、頭をがっしりと押さえられた。
「? あの……」
「仮定の話をしてなんになる? 失った命を取り戻すことは、その心臓を取り出したってできやしない。
聖女が勇者を作り出すのを知っていながら、長いこと聖女を取り戻すことができなかった魔族にだって非はあるんだ。なにもかも、自分のせいだと思わなくていい」
わたしをまっすぐに見つめる紫の瞳。その深い色を見つめていると、少しだけ呼吸が落ち着く気がする。
「この温室にはいたるところに魔方陣が隠されている。いざというときは勇者をここにおびき寄せて封殺する予定で、ついさっきまではそのつもりだった。
だから、リディは何も知らないままあの部屋で過ごしていても、勇者から保護さえしていれば何も問題はないはずだったんだ。それなのに知識を与え、考えて悩ませたのは、魔王としてのエゴなんじゃないかと、ずっと思っていた」
「エゴ……?」
涙を止めて聞き返したわたしを見て、魔王は少しだけ表情を緩めた。
「初代魔王の執着が、長い時間をかけてたどり着いた果てにいた聖女がきみだ。だから俺は初代魔王の後悔を晴らすため、奴ができなかったすべてをきみに与えようと思った。……ドーハートたちを巻きこんだのがリディだというなら、リディを巻き込んだのは俺だ」
魔王の体は初代魔王から遺伝子を複製し、記憶を埋め込まれて作られたものだという話を思い出す。
記憶を共有することは後悔を共有することだ。
長い時間後悔を忘れないために、魔王はそれを引き継いできて、そしてわたしと出会った。
『聖女ともう一度出会いたい』と願った初代魔王とは、はたしてどのような人だったのだろう。
その人は、今日のわたしたちに満足してくれるだろうか。
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