ずっと妹と比べられてきた壁顔令嬢ですが、幸せになってもいいですか?

ひるね

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すれ違い

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 周囲の歓声に、わたしは戸惑っていた。

 まるで芝居の大団円を迎えたような歓声だ。
 障害を乗り越え、愛を育んで結ばれた二人を見るみたいに、みんながわたしたちを見ている。

 だけどそれは誤解だ。わたしとルールーさんは愛し合ってはいないのだから。

 シャラが男性のような言葉遣いを用いるのは、女性の気を引きたいからだった。
 だからルールーさんが女性のような言葉遣いを用いるのは、おそらく男性の気を引きたいからなのだと思う。
 つまり彼にとって恋愛対象となるのは男性で、女性のわたしがそこに入り込む余地なんてない。

 ルールーさんがわたしを助けてくれたのは、わたしが古の聖女の血を受け継いだシェンブルクの娘だからであって、そこに恋愛感情はない。
 わたしに向ける愛情は、あったとしても家族や友人に向ける親愛の類いのものだろう。

 わたしはそう理解している。

 それとも、抱き上げられるだなんて姿勢でいるから誤解を招いているのだろうか。
 そう考えたわたしはもう一度降りようとするが、もう一度ルールーさんにしっかりと抱えられてしまった。

「一緒に来てくれるのね? よかった。断られたらどうしようかと思ったわ」

「……あの、ルールーさん。それよりも降ろしてください」

「だめよ!」

 ルールーさんはその場で、踊るようにくるくると回転した。
 もちろんわたしも一緒に回る。
 体が不安定に傾いて、わたしはルールーさんの首に手を回してしがみついてしまった。

「あなたと一緒に天領に行けるだなんて、夢みたい! 案内したいところがたくさんあるわ。忙しくなるだろうから、覚悟しておいてね?」

 ルールーさんは先ほどまでの厳しい表情が嘘のように笑っている。
 わたしが天領に行くことを、どうしてこの人がこんなに喜んでくれるんだろう。

「会ってほしい人もたくさんいる。長にも会わせないとね。でないとあの人きっと拗ねちゃうから」

「それって、どういう……?」

 戸惑いを深めるわたしに気づいていないのか、ルールーさんはとろけるような笑顔で囁いた。

「大好きよ、ルミシカ。天領で、一緒に生きて行きましょう?」

 まるで愛を告白されているみたいだ。
 嘘だとわかっていても、心がざわついた。

 この人がわたしを好きになるはずなんてない。
 それなのに、どうして。
 ルールーさんはわたしのことを好きだなんて言うんだろう。

 そう思ったところで、もう一度彼の言葉をわたしは思い出した。

『人の心を動かすには、ドラマがあればいいの』

 もしかしたら、これもまた彼の演出なのかもしれない。

 貴族が醜聞を恐れるのは、それが弱みになるからだ。
 貴族は、競争相手の弱みを見逃さない。
 相手が隙を見せれば、そこに群がり追い打ちをかけ続け、相手が潰れるまで攻撃をやめることはない。
 潰れた相手が去って席が空けば、その分自分の懐が潤うと信じているかのように。

 わたしたちのシェンブルク家も、これからそういった仕打ちに会うことはもはや避けられないだろう。
 そのうえ、つらい目に遭うであろう家族を見捨てて天領に行くと言ったわたしが、批判にさらされるのも間違いはない。

 だからルールーさんは、恋愛の成就という貴族が好みそうなドラマを用意して、醜聞を上書きすることでわたしを守ろうとしているのかもしれない。

『孤立していた壁顔令嬢は天族の助けによって愛され、幸せになりました』

 そういう筋書きを用意して、
 今回の醜聞からわたしへ向かう風当たりを弱めようとしてくれているのかもしれない。

 そこまで考えると、その結論はわたしの心にすとんと収まった。

「? どうしたの?」

 ルールーさんはわたしの様子を見て、そんな言葉をかけてくれる。

 わたしは彼に、わたしが好きだなんて嘘をつかなくていい、と伝えるべきなのだろう。
 自分の信念を偽ってまでわたしを守ろうとしなくていい、と言うべきなのだろう。

 そう思うのに、わたしはそれを口に出せずにいる。

 このまま彼の告白を受け容れれば、少なくともこの場だけでは恋人同士になれる。
 その幻想が、とても魅力的だったからだ。

 わたしがルールーさんに向ける感情が恋ではなく愛だったなら、
 この場で彼をわたしから解放することができたかもしれない。

 だけど、恋であったから。
 どうしても彼がほしいという願望から、わたしは抜け出せない。

「わ、わたしも、ずっとルールーさんの側で生きていきたいです」

 彼に嘘をつかせ、自分だけは真実を言う。
 こんなの卑怯だという自覚はある。
 しかし今を逃せば、彼にこれほど近づける機会も、触れるチャンスもないだろうという打算があった。

 恋とは攻撃的な想いだ、とはよく言ったものだと思う。

 周囲の人々の温かいまなざしの中で、見せつけるようにわたしはルールーさんに体を寄せた。

「もう、つらい環境に一人ぼっちになんてさせない。ずっとそばにいるし、ずっとそばにいてほしい」

 二人のおでこを合わせて、囁いたルールーさんの頬にも赤みが差している。
 存在から醸し出される色気に充てられて腰が砕けそうだけれど、彼にしっかりと支えられているから平気だった。

 わたしが近寄ってくる彼の唇を避けることも遮ることもしないで受け入れると、周囲は一層大きな歓声に包まれる。
 合わせた唇は、柔らかくて暖かで、とびきりに甘かった。

 きっとこれで、ルールーさんの用意した筋書きは完成しただろう。
 そのことに安心して、彼の体に身を預けて力を抜いた。

 わたしのためにここまでしてくれたこの人を、支えられるような人間に、いつかなりたいと思う。
 恋人になれなくてもいい。
 関係に名前がつかなくても、彼の側にいられたらいい。

 だけど今はただ、この腕の中で、甘い夢に浸っていたい。
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