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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

使命×自由

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「仮にあたしが世界を救うとして、なにをすれば良いのかも分からないんだけど、なんか良い案がある感じ?」

 大いに自分に利があるという結論に至りすっかり気乗りした様子のアルルが問う。

「ふむ、であれば……他の三柱を浄化する、というのを当面の目標として定めてはどうか」

 他の三柱。
 撃滅将、ヴァルザ。
 烈空将、ゼロルド。
 賢慧将、ザナレッジ。

 いずれもアルルはその存在を詳しくは知らない。

「そういえば、四人の内あたしが倒したのって貴方だけだったんだっけ」

 アルルは三柱の情報を基に当時の記憶を辿る。

「我は運がいい。邪悪に縛られ無限の怨嗟を味わうのなぞ御免被る」

 やれやれ、と渋い顔で行き違いの運命を憂うジゼ。

「無限の怨嗟って……聞くだけでも恐ろしいんだけど」

 果たしてどのような罰なのかと想像したアルルが身震いする。

「地に伏せる者の代償として、魔王から与えられる罰だ」

 即ち死ねば無限の苦しみを味合わされる、ということ。

「魔王、性格悪過ぎじゃない……?」

(深く考えたことは無かったけど魔物の世界、人間より厳しいんじゃ……)

「魔王が滅んだことにより怨嗟の波が行き場を無くし暴走を始めている」

 魔王の生前よりも苦しみが和らぐどころか更に過酷と化しているのが現状である。

「それなんだけど、魔王を倒した後にすっごく強い魔物が出てきて――何か知ってる?」

 未だ謎に包まれるその存在。
 果たして明るみに出る日は訪れるのだろうか。

「魔王を裏で操る魔物がいる、そう聞いた覚えがある。根拠の無い噂話に過ぎないがな。あの時はただの戯言だと思い聞き流していたんだが……よもや」

 ジゼは顎に手を当て、心当たりのある記憶に思考を巡らせる。

「あたし、それと戦ったんだけど浄化が通じないせいで負けちゃってさ。国……人間の里を追い出されちゃったんだ」

「そうか、あれは噂などでは……それ故アルル殿はこの場所に」

 得たり、といった様子で現状況を再確認するジゼ。

「うん、意地でも一人で生き抜いて見せる、って思って。ここなら近づく人間なんていないし」

「人間とはやはり愚かな存在だな。我ら魔物もまた愚かな存在に違いないが」

「かつて命を奪い合った者同士がこうやって普通に会話するのって、なんかすごく変な感じじゃない?」

 アルルはジゼの姿を再びまじまじと確認する。

「安心するがいい、先も述べたように遺恨などない」

「そういうのじゃなくってさ。人間に切り捨てられたあたしが、魔物の貴方と手を組むだなんて」

 その言葉に少しばかり思案する素振りを見せたジゼであったが、ニヤリとした笑み浮かべながら、こう言い放つ。

「貴賤など無い。違うか?」

「そうだね。貴方の言う通り人間も魔物も等しく愚かで、そこに差なんてないんだろうね」

 アルルもそれに同意するかのように、同じく笑みを浮かべた。

「話は変わるが、我を切り伏したギルニクス殿は健在か」

 ジゼに止めを刺したのはアルルだが、実質戦っていたと言えるのはギルニクスであった。

「ギルは……あたしを逃がす代わりに」

「そうか……あれこそ真なる武人と称すに相応しい敵であった。再び剣、そして杯を交わす日を待ち焦がれていたのだが……無念極まりないな」

 上辺だけの言葉ではなく、心の底からギルニクスの事を憂うジゼに、アルルは更なる親近感を覚えた。

(そういえばギル、この魔物……ジゼを斬った時、泣いてたっけ。魔物に情を移すのは法度だから、深くは詮索しなかったけど)

「ギルの剣技は凄いからね。あたしはいつもその後ろにいたんだ」

「守るべき者を背負うが故の強さ、か。我の――」

 語尾を絞るジゼ。その眼には悲壮が映り込む。

「――? なんか言った? いきなり声を小さくするから聞こえなかった」

「ただの世迷言だ。我らの拠点へと案内する、覚悟は出来たか?」

 覚悟、それはアルルの中ではとうの昔から固まっている。

「さっきから、まるであたしがここに来るって分かってたような口ぶりだね」

「丁寧に時間と場所の指定までされたのでな」

「なんか嫌だなぁ、それ」

(まるで裏切られるのが最初から決まってたみたい……いや、決まってたんだろうな、きっと)

(……はぁ。なんか馬鹿みたいだなぁ、あたし)
 
 ジゼに導かれるがまま歩みを進めるアルル。
 進めど進めど、景色が変わる様子は全くない。
 唯一の足掛かりである月明かりでさえ鬱蒼と茂る木の葉に隠れては朧げと化す。
 帰らずの森の称は伊達ではない。

「もうそろそろだ。少しばかり失礼する」

 是非も言わせぬままアルルの華奢な身体を抱え上げるジゼ。

「――!? ちょっとなにいきなり!? 消されたいの!?」

 唐突に崩れた体幹に驚き、アルルの口から素っ頓狂な声が漏れる。

「ヒトの身一つで我らの結界を潜ろうなど愚の骨頂。それに万が一壊されでもしたら敵わぬ」

「あ、ああ……そういやそんなのあったね」

 魔物は基本、結界を張り前線を固める。
 高等な魔術師と言えど、それを瞬時に瓦解させるのは不可能。

 ――たった一人を除いて。

「しかし我に非があったのは事実。是非を問う前に行動に移すのが我の悪い癖故。非礼を詫びよう」

「ちょっとびっくりしただけだし、そんなに畏まらなくても……あとあたし、結界壊さずに入る術くらい持ってるよ」

 当然可視化の術も習得済みであった。

(ところであたしはいつ降ろされるんだろ。……思いの外居心地がいいのが不服……)

「流石というべきか。もう二度と敵に回すことの無いよう祈るとしよう」

「あたしはまだ半分ぐらい敵でいる気分なんだけど」

 先程の仕返しにちょっとした冗談を挟むアルル。

「これより恐ろしい冗談なぞそうそう無いだろうな」

 そうして間もなく、昏い森の中にぼんやりとした光が灯る。
 その光に導かれるように歩を進めれば、目的地は既に目前へと迫っていた。
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