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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

故郷への憂愁×無慈悲なる慈悲

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「ジゼ、バーバリフェルに行かない?」

 バーバリフェル。それは奥地に存在する魔物の領地。

「また唐突だな。それにしてもバーバリフェルとは……懐かしい名だ」

 どこか遠い目を浮かべるジゼ。

「久し振りに様子を見に行こうと思ってさ。ダメかな?」

「様子? あの場所は人間の手によって滅ぼされ更地と化しているだろう? それを嘲笑いにでも行くのか?」

 そう、バーバリフェルは人間の侵略により滅んだ地なのだ。

「ちょっと! 気持ちは分かるけど顔が怖いって! そして話を最後まで聞いて!?」

(遺恨ないとか言ってたくせにバリバリあるんじゃん! なんか怖いから言わないけど!)

 しかしジゼの機嫌が悪くなるのも無理はない。
 何故ならバーバリフェルはジゼの故郷、その場所なのだから。
 いわゆる地雷である。
 しかしながら当然アルルはそれを知らない。

「ほう? 釈明の余地でもあると? 実は滅んでなかったとでも言われぬ限りこの無念は晴れまい」

 バーバリフェルは温厚な魔物が集い暮らしていた場所であったが為、魔物の世では痛ましい事件としてその歴史に名を刻んでいる。

 ――そのような体となっている。

「そう、そうなんだよ。実はね、あの場所、完全に滅んではいないんだ」

 その真実を知る人間はアルルとギルニクスしか存在しない。
 そしてジゼすらもバーバリフェルが滅んでいると未だに思い込んでいるほどには魔物の間でもあまり周知されていない事実である。
 何故ならジゼが狂乱するに至ったのはバーバリフェル滅亡の報が切っ掛けであったのだから。

「なッ――? それは真なのか!? アルル殿!」

 身を乗り出しアルルに詰め寄るジゼ。

「ちょっ、落ち着いてって! ほんとだから! あそこに住んでいた魔物達はね、目立たない場所に避難してもらったんだ」

 アルルはそこに住む魔物達の姿を目の当たりにして思った。
 この穏やかな光景を壊すのはあまりにも残酷で、無慈悲で、冷徹で、不条理で、理不尽極まりない行為ではないのかと。
 その平穏なる光景を聖女アルルメイヤは壊せなかったのだ。

「分かった、今すぐにでも向かおう! ファローム車を用意させる!」

 ファロームとは魔物の技術で品種改良された馬の一種であり、その馬力は原種の数十倍にも及ぶ。

「お姉さま、どこかにお出かけですか?」

 庭掃除を終わらせ館の中に戻って来た所で二人の会話を丁度耳に入れたらしいフィーレがどこか寂しげな表情を浮かべる。

「あっ、フィーレ。……あー、一緒に来る?」

(こんな性格だけど、この子変なところで謙虚だったりするんだよね)

 近場の安全な区域や他国を旅する時はフィーレを一緒に連れていく事も多かったアルルだが、危険域を旅することが増えてしまい、フィーレと旅する機会はめっきり無くなってしまった。

 そしてアルルが想定していた以上にフィーレはそれを寂しく思っていたようで。
 しかしワガママを言ってアルルを困らせたくもない、そんな思いが歪に交差して。

 ――と、いつもより旅が長引いてやっと帰って来れたと思ったその日の夜、ベッドの中に忍び込まれた挙げ句そのような事を聞かされたアルルであった。
 それからと言うもの、長旅の後は背中に抱き着かれて寝る程度のスキンシップは深い葛藤の末、甘んじて享受した模様。

「やりました! さ、早く準備を整えましょう」

「はいはい、ジゼも準備お願いね~」

 そう言って部屋に向かうアルルの背中を見てジゼは思う。
 やはりこの方こそ聖女に相応しく、そして我が主に相応しいお方だと。

 そう、理不尽に追い回されたり、ちょっとした失言でみぞおちを抉られたり、年端もいかぬ少女とは思えない程の邪悪な笑みを浮かべたり、そんな問題は実に些細と言える。

 トラウマを拭うかのようにそれらを記憶の隅へと追いやった。



「お姉さま……まずいです、やばいです……」

 馬車慣れしているアルルと違い、フィーレは激しい揺れに弱い。
 なんとか耐え抜いてはいたものの、ついに限界が来てしまったのだろう。
 出発当初の元気な様子と比べると見るも無残な姿である。

 因みにロシェはと言えば、その脇で涼しい顔をしている。

「だ、大丈夫……? ほら、これ飲んで」

 アルルはフィーレの背中を擦りながら懐からポードの根の乾燥粉末を取り出すと、半ば強引にその口へと捩じ込んだ。

 ポードの根の粉末、即効性と効果は確かなのだが、一つ欠点があり――

「に、にがっ!? にがいです! 苦すぎます! ……でも、これは、これでっ……!」

 身体を捩り始めるフィーレ。
 欠点を持っていたのはポードの根だけでは無かったようだ。

「ほら、丁度あそこに酔い止めの薬草生えてるからさ。投げ飛ばしてあげるよ」

 茂みの先を示し、フィーレの戯言を一蹴するアルル。

「わーお姉さまのやさしさがみにしみる」

 フィーレの目から光が消えた。

「アルル殿、フィーレ殿、もうすぐ目的地だ。歩きの準備を整えてくれ」

 手早く準備を済ませたアルルは前に飛び乗り、手綱を握るジゼの隣に座る。
 ジゼの方に顔を向ければ、明らかにそわそわとしている様子が見て取れた。

「申し訳ないけど、ぱっと見える範囲の建物は住んでた魔物達と相談して壊しちゃったんだ」

 かつて栄えていたこの場所を思い出したアルルが過去を憂う。

「そうか。それが皆の選択だったならば致し方あるまい」

 ジゼも昔を憂うように、どこか懐かし気でもあり悲しげでもあるような表情を浮かべる。

「たしか盆地に隠れることになったんだっけ。ジゼはこの辺りの地形分かる?」

「ああ、分かるさ、分かるとも。思い当たる場所がある」

 そのまま一つの迷いも無く馬車を進めるジゼ。
 やがてその視線の先で、高く聳える山が顔を出す。

「ここからは歩きだな。フィーレ殿は歩けそうか?」

 二人がフィーレの方に視線を向けると、ゆらゆらと覚束ない足を運ぶその姿が目に映った。

 そんな様子のフィーレに半ば呆れながらも――

「いざとなったらあたしがおぶっていくから大丈夫」

 なんだかんだで救いの手を差すアルル。

「お姉さま~おぶってください~」

 そんな会話を耳に入れたか入れずか、よろめきながらアルルに縋り付くフィーレ。

「あんた運動不足なんだから少しは歩きなさい?」

 しかしそう簡単には伸ばしはしないらしく。
 ふいっ、とアルルは素っ気なく一人で歩き出してしまう。

「うっ、が、がんばります……」

 最近お腹周りが気になっていたフィーレはアルルの辛辣な言葉を受け入れ渋々歩みを進める事にした。

「ロシェ、フィーレが倒れたら荷物お願い」

 ロシェは短く鳴き、了承の意を示す。

 結局登山道の半ばほどで音を上げてしまい、アルルの背中にお世話になることとなったフィーレ。
 ジゼ曰く、大層幸せそうな顔を浮かべていたという。
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