ふしあわせに、殿下

古酒らずり

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三 皇子イザークについて

金か銀か 三

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 翌日の午後のことだった。〈南ノ宮〉の謁見の間には、大勢の人々が集められていた。フィリベルト帝。次期皇帝ジルヴァン。宰相や財務官などの重臣たち。そして、宮廷金細工師ハインツと、その弟子たちである。

 ハインツは六十代ほどの老職人で、白髪交じりの髪を後ろで束ねた中背の男だ。アウローラはハインツを観察したが、手が震えているのを隠せてはいない。やはり、何かを黙っている。

「では、検証を始めようか」

 フィリベルト帝の声が響くと、アウローラはハインツから視線を外した。

「アウローラ王女殿下、説明を」

 アウローラは一歩前に進み出た。

「皆さま、これから二つの実験を行います」

 一同の視線が集中し、アウローラは細く息を吸った。吐き出すように、言葉を継ぐ。

「まず、水を使った体積の実験です」

 アウローラの言葉を皮切りに、侍従たちは、大きな水盆と、目盛りのついた透明な筒状のガラス容器を運んでくる。

「金と銀は同じ重量でも体積が違います。銀の方が大きいのです。それを利用して、調べます」

「つまり?」

 フィリベルト帝が腕を組んでアウローラの説明を聞いている。

「同じ重さの金塊と冠を、それぞれ水に沈めて、溢れる水の量を比べます。もし冠が純金なら、溢れる水の量は同じ。もし銀が混じっていれば、冠の方が多く溢れます」

「なるほど。金塊は、純金ということだな?」

「はい。不正がないように、あらかじめインゴットは純金であることを、もう一つの方法である硫黄泉法で確認済みです。使用するインゴット自体も、先日レンゼルから移送されたものの一部にしております。帝国人が触れる前に、私が直接、確認いたしました」

 純金インゴットを管理している、名をオットマーという若い財務官が、おっかなびっくりうなずいていた。

 そしてついに、水盆が縁のぎりぎりまで水で満たされる。

「ではまず、純金インゴットから」

 アウローラは慎重にインゴットを水に沈めていった。水がそろそろと溢れ出し、侍女が溢れた水を一滴残さず目盛り容器で受け止めていく。

「測定します」

 アウローラは水平にした容器の目盛りを確認し、印を書き込んだ。

「次、冠を」

 再び水盆を満たし、同様に冠を沈めて、水かさを測定する。

「これは……」

 目盛りを見たアウローラは唇を引き結んだ。

「溢れた水の量が、純金インゴットより、多いですわね」

 またたく間に謁見の間は騒然となり、ジルヴァンの顔が紅潮していくのと同時に、老職人ハインツの顔は青ざめていく。

「これは、どういうことだ、ハインツ!」

 ジルヴァンが怒声をあげかけた。

「──お待ちください」

 アウローラはそれを遮るように努めて冷静な声を張った。

「まだ、結論を出すには早いです、ジルヴァン殿下」

「何を言う、結果は明らかではないか! ハインツは銀を混ぜたということだ!」

 ジルヴァンが反駁したのに、アウローラは眉を曇らせた。

「今しがた、体積が大きいことは判明いたしました。しかしながら、混ぜ物が銀であるという確証は、まだありません」

 そこで、アウローラは侍女に目配せする。すぐに、侍女が小さなガラス瓶を持ってきた。

「それは、なんだね」

 フィリベルト帝が、眉を寄せる。

「これは、帝国の温泉地から取り寄せた硫黄泉の水です。独特の硫黄の匂いがしますわね」

「ああ、確かに、卵が腐ったような……」

「ええ。硫黄は、銀と反応して黒ずませます。ですが、金とは反応しません。したがって、最初の純金インゴットの確認にも使わせていただきました」

「冠に銀が混ざっていれば、黒ずむというわけだな」

「おっしゃる通りです、陛下」

 アウローラは小刀を取り出した。

「そして、冠には鍍金メッキが施されている可能性がございます。──陛下、冠を削る許可をください」

「そうか、仕方あるまいな。……ジルヴァン、よいな?」

 フィリベルト帝が冠に瑕疵をつけることを確認すると、ジルヴァンは苛立たしげに、どうぞ、とだけ言った。

「冠の裏側、装飾の陰になっている部分にいたします。どうか、お許しください──」

 アウローラは冠の裏側に小刀の先端を当て、一息に力を入れて削った。

「……あ」

 すると、金色の下から、やや白っぽい金属が出てきたのである。

「明らかに別の金属ですわね」

 さらに、削った部分を硫黄泉に浸ける。

「反応には、数分かかります」

 待っている間、誰も喋らなかった。冠がお披露目された当初に謁見の間を満たしていたはずの沈黙は、異様なものへと変わって、再びその場を支配していた。

「さて、ご確認ください」

 やがて、アウローラは冠を硫黄泉から引き上げ、水滴をぬぐってからジルヴァンへと渡した。

「うむ……黒ずんだな」

「本当だ」

 フィリベルト帝も、ジルヴァンの隣で納得したようにうなずいた。

「つまり、金メッキということですね。表面だけを純金で覆う。金を水銀に溶かして対象物に塗布し、そして加熱すれば、水銀が蒸発して、純金だけが表面に残りますから」

「そうか。だから、見た目は純金に思えたのか……」

 フィリベルト帝は一つ唸る。

「しかし、体積は誤魔化せなかったのだな」

 フィリベルト帝は、老職人を見た。ハインツは、床に這いつくばるように額をこすりつけ、震えていた。
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