ふしあわせに、殿下

古酒らずり

文字の大きさ
34 / 40
終 祝われた子

あなたは愛されていた

しおりを挟む
「設定した期限より、一週間も早い。すでに答えは決まっているようだな、アウローラ殿下」

「はい、フィリベルト陛下。私の答えは確定しております」

「では、さっそく聞かせてもらおうか」

──第一位、ヴァルフリード皇子。

 皇帝フィリベルトの実子として。最年長の二十五歳であり、出生順から鑑みても、第一位に適格。

──第二位、イザーク皇子。

 ヴァルフリードが皇帝フィリベルトの実子であると確定した以上、皇弟ジルヴァンの長子である。出生順では二十歳の彼は最年少であるが、フィリベルトのジルヴァンへの絆と恩義を考慮すれば、第二位とするのがふさわしい。

──第三位、アガーテ皇女。

 出生順では真ん中だが、何よりも皇女本人の辞退する意思が固いため、フィリベルトの本意としては、やはりその希望を叶えたいはず。よって、第三位である。

「これで、いかがでしょうか」

 アウローラの微塵も迷いのない回答に、フィリベルト帝は微笑んだ。

「……見事、正解だ」

 フィリベルト帝は立ち上がると、絹礼装の裾を引きずるようにして、アウローラの前へ歩み出る。

「アウローラ殿下はゲームに勝利なさった。したがって、レンゼル領は返還、レンゼル王国として再興することを許可する。また、皇子ヴァルフリードは……皇位継承権を剥奪、すなわち廃嫡とする」

 ヴァルフリード皇子は、逞しい肩を細かく震わせていた。アウローラが彼のことを「フィリベルト帝の実子」と明言してのけたからに他ならない。

「どういうことでしょうか、フィリベルト陛下」

 声までを蒼白にさせて、ヴァルフリードは今一度、尋ねた。自分の父親は、皇弟ジルヴァンのはずで。

「おまえは、私の、このフィリベルトの息子だ」

「ですから、どういうことでしょう」

 まったく事態を飲み込めていないヴァルフリードだった。アウローラはフィリベルトに代わって、ヴァルフリード出生の真相を説明してみせた。

 ヴァルフリード皇子は皇帝フィリベルトと愛妾ジークリットとの間の子であること。

 皇弟ジルヴァンはそれを承知で、「行方不明になったという設定の自分の愛妾との子」として厳しく育てあげたこと。

 愛妾ジークリットは正妻ローザリンデと名前を変えて、今も健在であること。

「では……私の二十五年は……」

 それを聞いたヴァルフリードは、自分の腕を抱え込むようにして、ずっと震えていた。何一つとして、理解できていないようだった。

 ♢

 結論から言えば、アウローラの認識には一つ誤りがあった。愛妾ジークリットは、フィリベルトやジルヴァン、そしてイザークにも持病をひた隠しにしていたのだ。

 内臓の病気で、発見が遅れていたのだという。ジークリットは、誰にも黙ったまま、ひそやかに命を終えるつもりだった。

「──母と話して、けりがついた」

 それは、静かな葬儀だった。棺の中の、もう二度と目を開けることはない母の、染め粉で黒く光る髪を眺めながら、ヴァルフリードは隣のアウローラに聞こえるか聞こえないかほどの小声で言った。

「母は、黒い髪のまま、死んだ。皇家の秘密を守って」

──皇家の暗部そのもので染めたような髪のままで。

 ヴァルフリードは、母の黒髪を、そう喩えた。哀しい喩えだ……と、アウローラは目を伏せた。

「最後に話せてよかったです?」

 ヴァルフリードは、突き動かされたように、様々を話した。今までの人生のことを。母の愛に飢えていたことを。愛に飢えて、たくさんの人を傷つけたことを……。

──ジークリットは全てを謝罪した。

──アウローラとの結婚を心から祝福してくれた。

──手を握りしめていたヴァルフリードの未来を、手を離す最期の瞬間まで、ずっと案じていた。

「……ああ」

 偉丈夫のヴァルフリードが、母の棺を前にしてはおさなのようだった。ヴァルフリードの頬に透明な線が描かれていく様子を、黒い葬礼ドレスに身を包んだアウローラは声もなく、ただ、見ていた。

 アウローラはふいに、ヴァルフリードの綺麗な横顔へと声をかけたくなった。

「ねえ」

「どうした、アウローラ」

 ヴァルフリードは、そのまま母の亡骸の顔を見つめている。

「うちの国の王配になりません? 私、これからきっと、レンゼル女王になりますから」

 そこで、ヴァルフリードはアウローラの菫色の瞳に焦点を合わせた。長い睫毛がゆっくりとまたたいた。

「……本当か」

「脂ののった鴨が、湖にいっぱいいます」

 秋になれば、ドングリを山ほど食べた獣が、あちらこちらに、ごろごろいる。食欲旺盛なのだから、自分で食べる肉くらい自分で獲ってこい。

「そうか」

「それに、庭木のイチジク、食べ放題ですよ」

 木登りを不安に思うなら、そばで見守っていてほしい。いちいち言い訳するのが、面倒だ。

「よし」

「そうだ。この際ですから、ただ、『ヴァル』と呼んでもよろしいですか」

 これは別に、もっと親しくなりたいという理由からではない。女王が夫に「様」と付けるのは、いかにもおかしい。

「未来の女王陛下、仰せのままに」

 理屈を捏ねるアウローラに、ヴァルフリードは花のような笑みをこぼす。……ずるい笑顔だ。

「いい子ですね、ヴァル」

 そして──あなたは、愛されていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

最後にして最幸の転生を満喫していたらある日突然人質に出されました

織本紗綾(おりもとさや)
恋愛
─作者より─  定番かもしれませんが、裏切りとざまぁを書いてみようと思いました。妹のローズ、エランに第四皇子とリリーの周りはくせ者だらけ。幸せとは何か、傷つきながら答えを探していく物語。一話を1000字前後にして短時間で読みやすくを心掛けています。 ─あらすじ─  美しいと有名なロレンス大公爵家の令嬢リリーに転生、豪華で何不自由ない暮らしに将来有望でイケメンな婚約者のランスがいて、通う学園では羨望の眼差しが。  前世で苦労した分、今世は幸せでもいいよね……ずっと夢に見てきた穏やかで幸せな人生がやっと手に入る。  そう思っていたのに──待っていたのは他国で人質として生きる日々だった。

君から逃げる事を赦して下さい

鳴宮鶉子
恋愛
君から逃げる事を赦して下さい。

処理中です...