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魔女の過去6
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それから毎夜、魔女は飛鳥の夢を見ます。
飛鳥と過ごした思い出の時間は楽しくて、嬉しくて、そこにいてくれるだけで幸せでした。
しかし、目が覚めると――もう、その時間は二度と手に入らないものだと思い知らされます。
魔女は葬儀の時のことを思い出し、
『私は意外と薄情なのかもな……自分の中で一番身近な人が遠くに行っても涙一つ流さないなんて……』
今まで認識してきた事実は、近いようで違うことに気付きました。
「飛鳥は遠くへ行ったんじゃない……いないんだ……もう、この世界にいないんだ……」
時が経つにつれ、魔女の知り合いは歳をとり、いなくなっていきます。
「そっか……こんなにも違うんだ……」
辛いだろうな、悲しいだろうなと、なんとなく想像していた未来は、想像以上に残酷で辛いものでした。
「側にいなくてもいい……私は……ただ、この世界で、飛鳥が生きていてくれるだけで良かったんだ……」
大切な人がもうこの世界にいないと理解した魔女の目には、見える全てが、まるで時が止まった、色褪せた世界へと変わってしまいます。
誰かと話す時も、ご飯を食べる時もどこか夢心地で、何をするにしても虚しさが心を占めてしまうのです。
寝不足の日々が続くこと数ヶ月。
枕を涙で濡らし、息苦しい胸の痛みにも慣れてきた頃。
魔女はいつもの夢と違った、真っ白な空間にいる夢を見ました。
「あれ……? ここは?」
なにもない、伽藍洞なその空間は、どこか寂しく、魔女の今の心を映し出しているようでした。
真っ白な空間をさまよっていると、前方に静かにたたずむ、女性の姿が見えました。
「……飛鳥?」
そこには――懐かしい、魔女の側に一番いてくれた時の、魔術学院時代の飛鳥がいました。
「飛鳥! 飛鳥じゃない!!」
魔女は飛鳥の元へと必死に駆け寄ると、両手をつかみます。
「どこ行ってたのよ! ずっと……ずっと探してたのよ?」
飛鳥は目を伏せたまま返事をくれません。
「どうしたの? せっかく、久しぶりに会ったんだから、ご飯でも食べに行きましょうよ。私、美味しい洋食屋知ってるのよ。あそこ、デザートも美味しくてさ、クリームがふわふわしてて――」
魔女の声は、飛鳥に届いている様子はなく、反応がありません。
そこで魔女は、自分が夢の中にいることに気付きました。
「あ、これ夢だ……だって、飛鳥はもう、いないもの……」
夢だと気づいた魔女は、消化しきれない、このもやもやとした感情をぶつけるように、目の前にいる女性を睨みつけ、握った手の力を強めます。
「あなた誰よ! もうやめてよ! 私がどれだけ苦しんでるか知らないくせに! 飛鳥の姿で出てこないで!! 私の中から消えてよ!!!」
そう、魔女が叫んだ瞬間、目の前に立っていた女性は、魔女を気遣うような、願うような優しい笑顔を浮かべると、その場から消えてしまいました。
「っ……!」
目を覚ました魔女は、胸の内に湧き上がる罪悪感に身を焦がします。
自分が思い浮かべた幻想だと、ただの夢だと理解していても、何が本当なのか分からなくなりました。
「なんで、あんな顔するのよ……これじゃあまるで、私が……」
今までよりいっそう強い痛みが魔女を襲うと、魔女は胸を押さえ、うずくまります。
さっき発してしまった自分の言葉を後悔していると、この苦しみから脱する解決策を思い付きました。
「そうだ……消しちゃえばいいんだ……こんなに苦しいなら……いっそ、私の中から消しちゃおう……」
魔術学院時代の禁書室でのことを思い出します。
「……禁書室で読んだ、あの魔術を使えば……飛鳥との思い出も保存できる。そうしたら、飛鳥のことを忘れないし、私も苦しくない」
「ははっ、何でこんな簡単なこと思いつかなかったんだろ……バカみたい」
「そっか……不老不死になった人もこの魔術で辛いことは保存したのね」
「術式は私の中に刻まれてるから、あとは引き出して……」
魔女は胸の前で手を重ね、魔術を行使します。
「たしか、こう……心憶封緘箱」
胸の内から小さな箱が出てくると、ゆっくりと蓋を開け、もう一度胸の前で手を重ねると、魔女は唱えました。
「術式指定――飛鳥」
そこから数時間、魔女の記憶の旅が始まります。
飛鳥との思い出の旅に。
『玲! 玲! レーイ!! 起きて! 早く起きないと遅刻するわよ!』
何度も夢に見たその時間は、懐かしくも悲しい、もう手に入らないもの。
『レ~イィ、魔術数論教えて~、意味わかんないぃ』
魔女はそのことを理解するたびに胸を締め付けられ、自然と涙が流れだしてしまいます。
『玲、玲は卒業したら何がしたい?』
誰かと関わること。
『私は玲の味方だから。みんながどう思おうと玲は私の"親友"で、私の……私の大切な人だよ』
楽しい時間を過ごすこと。
『私、もう一度……あなたと旅をしたいの』
それはいずれ、消えることのない毒になる。
『ありがとう玲……やっぱり玲は、私の最高の親友ね』
魔女が出した答え。
それはどれだけ、辛く、悲しいことでしょうか
魔女は泣きながら、飛鳥に関する全ての記憶を箱の中に保存すると、
「かけがえのない時間を……ありがとう、飛鳥……」
と、最後に呟き、箱に蓋をしました。
飛鳥と過ごした思い出の時間は楽しくて、嬉しくて、そこにいてくれるだけで幸せでした。
しかし、目が覚めると――もう、その時間は二度と手に入らないものだと思い知らされます。
魔女は葬儀の時のことを思い出し、
『私は意外と薄情なのかもな……自分の中で一番身近な人が遠くに行っても涙一つ流さないなんて……』
今まで認識してきた事実は、近いようで違うことに気付きました。
「飛鳥は遠くへ行ったんじゃない……いないんだ……もう、この世界にいないんだ……」
時が経つにつれ、魔女の知り合いは歳をとり、いなくなっていきます。
「そっか……こんなにも違うんだ……」
辛いだろうな、悲しいだろうなと、なんとなく想像していた未来は、想像以上に残酷で辛いものでした。
「側にいなくてもいい……私は……ただ、この世界で、飛鳥が生きていてくれるだけで良かったんだ……」
大切な人がもうこの世界にいないと理解した魔女の目には、見える全てが、まるで時が止まった、色褪せた世界へと変わってしまいます。
誰かと話す時も、ご飯を食べる時もどこか夢心地で、何をするにしても虚しさが心を占めてしまうのです。
寝不足の日々が続くこと数ヶ月。
枕を涙で濡らし、息苦しい胸の痛みにも慣れてきた頃。
魔女はいつもの夢と違った、真っ白な空間にいる夢を見ました。
「あれ……? ここは?」
なにもない、伽藍洞なその空間は、どこか寂しく、魔女の今の心を映し出しているようでした。
真っ白な空間をさまよっていると、前方に静かにたたずむ、女性の姿が見えました。
「……飛鳥?」
そこには――懐かしい、魔女の側に一番いてくれた時の、魔術学院時代の飛鳥がいました。
「飛鳥! 飛鳥じゃない!!」
魔女は飛鳥の元へと必死に駆け寄ると、両手をつかみます。
「どこ行ってたのよ! ずっと……ずっと探してたのよ?」
飛鳥は目を伏せたまま返事をくれません。
「どうしたの? せっかく、久しぶりに会ったんだから、ご飯でも食べに行きましょうよ。私、美味しい洋食屋知ってるのよ。あそこ、デザートも美味しくてさ、クリームがふわふわしてて――」
魔女の声は、飛鳥に届いている様子はなく、反応がありません。
そこで魔女は、自分が夢の中にいることに気付きました。
「あ、これ夢だ……だって、飛鳥はもう、いないもの……」
夢だと気づいた魔女は、消化しきれない、このもやもやとした感情をぶつけるように、目の前にいる女性を睨みつけ、握った手の力を強めます。
「あなた誰よ! もうやめてよ! 私がどれだけ苦しんでるか知らないくせに! 飛鳥の姿で出てこないで!! 私の中から消えてよ!!!」
そう、魔女が叫んだ瞬間、目の前に立っていた女性は、魔女を気遣うような、願うような優しい笑顔を浮かべると、その場から消えてしまいました。
「っ……!」
目を覚ました魔女は、胸の内に湧き上がる罪悪感に身を焦がします。
自分が思い浮かべた幻想だと、ただの夢だと理解していても、何が本当なのか分からなくなりました。
「なんで、あんな顔するのよ……これじゃあまるで、私が……」
今までよりいっそう強い痛みが魔女を襲うと、魔女は胸を押さえ、うずくまります。
さっき発してしまった自分の言葉を後悔していると、この苦しみから脱する解決策を思い付きました。
「そうだ……消しちゃえばいいんだ……こんなに苦しいなら……いっそ、私の中から消しちゃおう……」
魔術学院時代の禁書室でのことを思い出します。
「……禁書室で読んだ、あの魔術を使えば……飛鳥との思い出も保存できる。そうしたら、飛鳥のことを忘れないし、私も苦しくない」
「ははっ、何でこんな簡単なこと思いつかなかったんだろ……バカみたい」
「そっか……不老不死になった人もこの魔術で辛いことは保存したのね」
「術式は私の中に刻まれてるから、あとは引き出して……」
魔女は胸の前で手を重ね、魔術を行使します。
「たしか、こう……心憶封緘箱」
胸の内から小さな箱が出てくると、ゆっくりと蓋を開け、もう一度胸の前で手を重ねると、魔女は唱えました。
「術式指定――飛鳥」
そこから数時間、魔女の記憶の旅が始まります。
飛鳥との思い出の旅に。
『玲! 玲! レーイ!! 起きて! 早く起きないと遅刻するわよ!』
何度も夢に見たその時間は、懐かしくも悲しい、もう手に入らないもの。
『レ~イィ、魔術数論教えて~、意味わかんないぃ』
魔女はそのことを理解するたびに胸を締め付けられ、自然と涙が流れだしてしまいます。
『玲、玲は卒業したら何がしたい?』
誰かと関わること。
『私は玲の味方だから。みんながどう思おうと玲は私の"親友"で、私の……私の大切な人だよ』
楽しい時間を過ごすこと。
『私、もう一度……あなたと旅をしたいの』
それはいずれ、消えることのない毒になる。
『ありがとう玲……やっぱり玲は、私の最高の親友ね』
魔女が出した答え。
それはどれだけ、辛く、悲しいことでしょうか
魔女は泣きながら、飛鳥に関する全ての記憶を箱の中に保存すると、
「かけがえのない時間を……ありがとう、飛鳥……」
と、最後に呟き、箱に蓋をしました。
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