かけがえのない時間を……

桜羽ひじり

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魔女の過去5

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「玲さん、ありがとうございました」
「……私はお礼を言われる資格ないわ。飛鳥の頼みとはいえ、私の意志であの子を連れだしたんだから……あなた達家族の残り少ない時間を奪っちゃったんだもの……」
「いえ、違うんです」
「……?」
「母さんは、あの時残り一ヶ月もない末期の脳腫瘍だったんです。それこそ、いつ破裂してもおかしくない程に……」
「え? 飛鳥はそんなこと一言も……それにあの子、旅の間中ずっと元気だったわよ?」
「みたいですね……本当、奇跡の連続です。一年以上生きられたのも奇跡でしたが、穏やかに、死ぬことができたのも奇跡だったんです……」
「…………」
「本当にありがとうございました玲さん。あなたが母さんの親友で良かった……」

 その後、葬儀はスムーズに執り行われますが、魔女は涙を流しませんでした。
 最後の一年、飛鳥とお互い悔いのないよう旅をしたからでしょうか。
 悲しい雰囲気を出さず、明るく送り出してあげたかったからでしょうか。
 もしくはその二つの意味があったのかもしれません。
 最後に棺を閉め、火葬が行われても、魔女は落ち着いた様子で飛鳥を送り出します。
 その時魔女は(私は意外と薄情なのかもな)と思います。
(自分の中で一番身近な人が遠くに行っても涙一つ流さないなんて)と。
 同時に(よかった、あの胸が締め付けられるような痛みがなくてよかった)と少し安心しました。

■■■
 一年以上ほったらかしにしていた王宮での仕事に復職すると、たまりにたまった書類仕事や魔術指導に忙しくなります。
 半月後、ようやく一息付けるほど仕事が落ち着ついた頃、デスクの端に置いていた手紙に目がいきます。
葬儀の後にもらった飛鳥の遺書です。

『これ、母さんから玲さんへの遺書です。書いてあることは私も知りませんが、とても悩んで書いていましたよ』

「そういえば、まだ読んでなかったわね……」

 なんとなく読むのが嫌で、忙しいと理由をつけて後回しにしていた遺書。
 理由が無くなった今、読まないわけにはいきません。

「このまま読まないと、飛鳥に笑われそうでいやね……」

 そう言いながら、遺書の封を切ると三つ折りにされた紙が出てきます。

「ふんっ、どうせ服を床の上に脱ぎ捨てないだとか、好き嫌いしないだとか、寝る前に本を読まないだとか口うるさいことが書いてあるんでしょうけど……」

 三つ折りにされた紙を、上へ、下へ広げると――
 そこには、真っ白で余白だらけの遺書。
 ただ一点、一言だけ、魔女へ向けた言葉が書かれていました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~
親愛なる玲へ



 私と出会ってくれて、ありがとう。




~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……? 一言だけ?」

 何か仕掛けがあるのかと、魔女は解析魔術で調べますが、魔術的にも物理的にも細工はされていませんでした。

「細工は、何もされてないようね……ってことは本当にこれだけ?」 

 遺書を手放し、椅子にもたれかかります。
 あまりにあっさりした言葉に少し拍子抜けします。

「あっさりしてるわねぇ。こういうのはもっと、涙を誘うような文章が定番でしょうに」

 あきれながら、深く息を吐くと、

「まったく……」

 だらーんと力を抜きながら、もう一度遺書を手に取りました。

「…………」

 横目で遺書を見て、指でゆっくり文字をなぞりながら読み上げます。

「私と出会ってくれて、ありがとう、か……ふっ、それはこっちのセリフよ。あなたがいたから、何げない日常も楽しかったし、寂しくなかった……あなたと旅をしたから本の世界以外にも美しい世界があるって知れた。あなたがいなかったら本当、どういう人生を歩んだか想像もできないわ……」

(ありがとう飛鳥)と言葉に出さず、心の中で呟いた後、魔女は遺書をそっと丁寧に畳んで、机の引き出しにしまいました。

「ふぁぁ、疲れたし、もう寝ようかしら」

 魔女はその後、感傷的な気持ちを洗い流すようにシャワーを浴び、寝間着に着替えた後、ベッドへ潜り込みました。
 しかし、すぐに眠ることは出来ず、胸の奥にひっかかった何かが大きくなるのを感じます。

(ん、嫌だな……まただ……胸が苦しくなるやつ……)

 その日、部屋の中に静かに鳴り響く、時計の針がやけにうるさく感じました。
 この時の魔女は、飛鳥がこの世界からいなくなったことを頭では理解しても、心が受け入れてないことに気付いていませんでした。
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