かけがえのない時間を……

桜羽ひじり

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あなたのためなら

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 急に男の子が帰って来た事実に頭が追いつかず、魔女は動けずにいました。
 ただ目をまたたかせるだけです。
 そこで男の子は、魔女の目が泣きれていることに気づきました。

「えっ!? 師匠どうしたんですか!? 今濡れタオルを――」

 男の子は突然帰って来るやいなや、大急ぎでタンスからタオルを取り出し、魔術で丁度いい冷たさのれタオルにします。
 男の子は、座っている魔女の前にひざをつき、丁寧ていねいに魔女の目元を冷やしていきます。
 どうにも納得いかないといった様子の魔女は、男の子に帰ってきた理由を聞くことにしました。

「あんたねぇ、何でここにいるの?」

 驚く魔女とは打って変わって男の子は、なぜ魔女が驚いているのかわからないといった不可解な顔をします。

「何でも、何も……帰って来たんですけど」
「……召使いの契約はもう解除されたはずだけど、どうして」
「師匠、もしかして僕の部屋見てないんですか?」
「私はさっき起きたところよ」
「あー、そりゃ驚くはずですよ…………面と向かって言えってことか……」

 男の子はそうつぶやくと、魔女に濡れタオルを手渡し、椅子に座っている魔女の前に正座をします。

「師匠に大切なことを伝えに来ました」
「大切なこと?」

 一度深呼吸をし、覚悟を決めた男の子は、魔女の顔を見据えながらはっきりと言います。

「僕、人間をやめました」
「…………」

 魔女は男の子へ近づき、おもむろに男の子の頬をつねったり、身体を触ったりと検分し、いつもと変わった所はないかと確認します。

「はぁ、驚かすのも大概たいがいにしなさい。私の寿命を縮ませる気? それに小鳥が、そんな魔術を使えるわけないじゃない」
「師匠、いいから僕の身体を”解析魔術”で調べてください」
「…………」

 魔女は不満そうな顔をしながら男の子の顔に手をかざします。
 魔女は知りたくありませんでした。
 もし解析魔術を行使してしまえばそれが真実だと確定してしまうからです。
 きっとこの子は嘘をついてはいないんだろうと魔女は気づいています。
 赤子の時から男の子を見てきた魔女は、何よりもそれが真実だと顔を見ればわかるのです。

「…………」
「気づきましたか?」
「これは、確かに魔力素子によって形成されている身体だ……それも、小鳥の身体と完璧に融和ゆうわされていて、元の身体と寸分の狂いもない……」
「この身体は西洋魔術、東洋魔術、錬金術の技術を織り込んだ物で、友人達との集大成なんです」
「いや、けどおかしい……いくら完璧な身体があっても、魂魄こんぱくを身体に定着させるには繊細せんさいな操作と技術が求められる。それこそ並外れた空間把握能力と空間魔術を使えなければ…………あー、そうか。小鳥は空間魔術が一番得意だったわね」
「はい」
「…………」

 男の子は、自分の成長を、これからもずっと一緒にいられる事を魔女が喜んでくれる事を願います。
 しかし魔女の反応は良くありません。
 むしろ魔女の顔からは悲しみさえ感じ取れます。

「師匠?」
「…………」
「師匠どうしたんですか? 僕はもう、歳も取らないし死にもしないんですよ? 師匠とこれからもずっと一緒に居られるんですよ。だからもっと――」
「この、バカ小鳥が……!」

 顔を伏せ、き捨てるように魔女は言いました。
 魔女は不老不死の苦しみを知っているからこそ、小鳥が自分と同じ存在になってしまったことに悲しみを覚えます。
 これから、死ぬよりも辛い未来を小鳥も味わうと考えると、自分のことのように胸が苦しくなるのです。

「私の気持ちも、知らずに……」
「…………」
「私は、あなたが人の生を歩んで、誰かと結ばれ、幸せになってくれればそれで良かったのに……なのに……何で……何で、こんなにも辛い選択をしてしまったの……」

 魔女の男の子を大切にする想いが痛いほど伝わってきます。
 男の子は、それを嬉しいと思うと同時に、悔しさがこみ上げてくるのを感じます。
 誰も、この人に寄り添い続けられる人がいなかったことに、自分がもっと早く魔女に出会えていたらという、変わらない現実に。
 だからこそ、この現状を変えようと男の子は、飛鳥と魔女の記憶を見たあの日から、考え、考え続けて、一つの答えを出しました。

 せめて、僕だけでもあなたの傍に、いつまでも居続けようと――
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