かけがえのない時間を……

桜羽ひじり

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これからも

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「師匠、それは違います。僕は、辛い選択なんてしてません」
「何が違うのよ……小鳥はこれから大切な人を、親しくしてくれた人みんなを見送らなくちゃいけない……それが辛くないなんて、嘘よ……」
「確かに、大切な人が亡くなるのは悲しいし辛いでしょう。でも、僕はこの選択に後悔する時は来ません」

 魔女は、男の子の決して理解できない言い分に思わず立ち上がり、どうしようもない感情を男の子にぶつけます。

「お前は、知らないから……! 何も知らないからそんな事が言えるのよっ!!」

「仲良くしたい人に裏切られる気持ちを……! 大切な人を亡くす気持ちを……!」

「私は、何度も……何度も何度も何度も!! 大切にしてきた人達を忘れてきた!! 辛いから! 苦しいから! 悲しいから!!」

「……でも、それでも、自分の中から消しても残ってるのよ……心の奥にぽっかりと不自然に空いた穴が……そこにあったってうったえかけてくるのよ……」

「ふとした時に、思い出す……何か大切なことを忘れている、見て見ぬふりをしてるって」

「胸がざわついて、もやもやして、苦しくなる……」

「不老不死になるっていうことはそういうことなのよ……小鳥までそんな……辛い思いをしなくても……いいじゃない……」

 魔女の悲痛な叫びは、言葉にするたびに弱くなり、やがて涙となってあふれ出します。

「それでも――」

 男の子は魔女の言葉を否定するように再び首を横に振り、もう一度魔女に伝えます。

「僕が後悔する時は絶対に来ません」
「何で、何で小鳥はそう言いきれるのよ!!」

 泣きながら怒鳴る魔女を見た男の子は、立ち上がります。
 大きくなった男の子は魔女の身長を超え、少し見下ろすほどです。
 男の子は魔女の手をぎゅっと握り、自分の気持ちが言葉だけでなく、体温でも伝っていくことを願って伝えます。
 幼い時から秘めていた想いを。

「それは、あなたがいるからですよ。玲師匠」
「――っ!?」

 男の子は魔女のあおい瞳をのぞきこみ、優しく言います。

「あなたの、綺麗で長い赤い髪が好きです」

「あなたの、れた宝石の様なあおい瞳が好きです」

「あなたの、声を聴くだけで僕は頑張ろうと思えるし、あなたのために何が出来るか考えてしまいます」

「あなたは僕を大切に育ててくれて、召し使いのはずなのに、それこそ実の息子のように愛情をくれました」

「でも僕は、あなたのことを一度も母親のように思った事はありません」

「なんたって、僕は小さい時からあなたを慕っていましたから」

「あなたが驚いたり、喜んだり、笑ったりする顔が好きです」

「わがままで、好き嫌いして、だらしなくて、少し大雑把な所もありますけど、それら全て含めて……」

「あなたの事が大好きで、たまらなく……いとおしいんです」

「だから僕は、不老不死を後悔する時は絶対にこないんです」

 魔女は、男の子の言葉に面をくらい、そのまま呆然ぼうぜんと立ち尽くしてしまいます。
 数秒後、なんとか思考が回り始めますが

「わ、私をからかって――」
「からかってません。じゃなきゃ、あなたと"永遠"にいたいと思いませんよ」

 男の子の一方的な愛情表現に、言葉を詰まらせてしまいます。

「――ぁ、な、な……こんなのまるで……愛の告白……みたいじゃない……」
「はい、その通りです」

 男の子は笑顔で魔女にそう言います。

「そういえば、部屋の中見てないって言ってましたね。ちょっと待っていてください」

 男の子は自分の部屋へ戻り、お菓子の箱を魔女の前へと持って来ます。
 男の子がお菓子の箱に手をかざすと、たちまち宝石でいろどられた箱へと変わりました。

「そうよ! あんたそれ、魔術学院の好きな娘にあげる予定だったんじゃ」
「違いますよ」
「だって、ラブレターだって……」
「あれはダミーです。師匠にプレゼントするものがあれで良かったのか不安だったので、師匠の反応を見るために、わかりやすく居間に箱を置いていたんですよ」
「なっ……!」
「おかげであの素材で師匠が喜ぶことが分かりましたし、こうして虹竜こうりゅううろこを人魚の涙でコーティングしたネックレスと世界樹で作った指輪も用意出来ました」
「…………」
「で、どうなんですか師匠? 僕の気持ち、伝わりました?」
「し、知らない。急にそんな……意味が分からない」
「ああ、シンプルに言ったつもりでしたが、師匠はもっとシンプルで直球の方がいいんでしたよね」

 男の子は魔女を逃がさないように再び手を握り、まっすぐ瞳を見つめながら言います。

「師匠、あなたの事が大好きです。愛しています。僕の伴侶になってください」
「――っ!」
 
 男の子が出ていく前、魔女が男の子にアドバイスをした言葉を更にアレンジして言います。
 男の子の熱烈な求婚に魔女は、顔を真っ赤に染め、どうにかして逃げようとしますが、男の子の手がそれを許してくれません。

「僕の気持ち、そして意味、伝わってますよね?」
「――――」
「師匠?」
「……お、お前みたいなガキが、私にきゅ、求婚しようなんざ百年早い! 却下だ! 却下!」

 慌てながらはっきりと断る魔女だが、明確な理由もない否定に男の子はポジティブに受け取ります。
 男の子はさらに魔女へと詰め寄り、顔を近づけます。

「じゃあ、百年後なら受け入れてくれるんですね?」

 予想外な切り返しに魔女は再び言葉を詰まらせてしまいます。

「そ、それは……」
「僕は師匠と一緒で、老いる事も死ぬこともなくなりました。お返事はいつまでもお待ちしていますよ」
「っぐ、いつの間にお前は、そんなに強引な子に…………なら、いつまでも待たせてやる。私は一切返事なんてしないからな!」
「はい」
「それでも……! それでも、お前の意思で、私の世話を……どうしてもしたいと言うのなら……この家に、置いてあげないこともないわ……」
「わかりました。じゃあそれでよろしくお願いします」
「ふんっ、この私とずっと一緒だなんて、後悔しても知らないわよ?」
「ええ、後悔なんてしませんよ。ずっと、ずーっとあなたの傍にいます。玲さん」

 男の子は魔女を強く抱きしめ、この人を幸せにしようと心の中で誓います。
 魔女は男の子の背中を軽く触れ、そこに居ることを何度も確認しながら言います。

「この、馬鹿小鳥……」


 これは――永遠を生きる魔女が、捨てられた男の子の幸せを願う物語。
 そして――捨てられた男の子が、魔女に幸せを届ける物語である。
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
 そしてここからは――ひとりの男の子が、魔女と新しい時を刻み始める物語である。

 たった一人で寂しい思いをしていた魔女は、捨てられていた男の子を救い、男の子に対価として、成人までの時間を要求しました。
 その時間は魔女をなぐさめ、救われたことでしょう。
 しかし、魔女は本当の意味では救われていませんでした。
 この16年間、いつも頭をよぎるのは男の子との別れ。
 その度に、忘れたはずの心の傷がうずきだします。
 その苦しげな表情を見る度に男の子は、僕が出来ることは何だと自問します。
 そして時を経て、男の子は魔女を本当の意味で救いました。
 魔女が抱えていた心の呪縛じゅばくを男の子が解き放ったのです。
 魔女の止まっていた時間は再び動き始めます。
 二人のかけがえのない時間はもう終わりはありません。
 きっと男の子と魔女は、互いを支え合いながら幸せに過ごすことでしょう。
 この一秒一秒の大切な時を噛みしめながら、男の子は呟きます。
 そう、
「かけがえのない時間を……これからも――」と。
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