13 / 13
これからも
しおりを挟む
「師匠、それは違います。僕は、辛い選択なんてしてません」
「何が違うのよ……小鳥はこれから大切な人を、親しくしてくれた人みんなを見送らなくちゃいけない……それが辛くないなんて、嘘よ……」
「確かに、大切な人が亡くなるのは悲しいし辛いでしょう。でも、僕はこの選択に後悔する時は来ません」
魔女は、男の子の決して理解できない言い分に思わず立ち上がり、どうしようもない感情を男の子にぶつけます。
「お前は、知らないから……! 何も知らないからそんな事が言えるのよっ!!」
「仲良くしたい人に裏切られる気持ちを……! 大切な人を亡くす気持ちを……!」
「私は、何度も……何度も何度も何度も!! 大切にしてきた人達を忘れてきた!! 辛いから! 苦しいから! 悲しいから!!」
「……でも、それでも、自分の中から消しても残ってるのよ……心の奥にぽっかりと不自然に空いた穴が……そこにあったって訴えかけてくるのよ……」
「ふとした時に、思い出す……何か大切なことを忘れている、見て見ぬふりをしてるって」
「胸がざわついて、もやもやして、苦しくなる……」
「不老不死になるっていうことはそういうことなのよ……小鳥までそんな……辛い思いをしなくても……いいじゃない……」
魔女の悲痛な叫びは、言葉にするたびに弱くなり、やがて涙となって溢れ出します。
「それでも――」
男の子は魔女の言葉を否定するように再び首を横に振り、もう一度魔女に伝えます。
「僕が後悔する時は絶対に来ません」
「何で、何で小鳥はそう言いきれるのよ!!」
泣きながら怒鳴る魔女を見た男の子は、立ち上がります。
大きくなった男の子は魔女の身長を超え、少し見下ろすほどです。
男の子は魔女の手をぎゅっと握り、自分の気持ちが言葉だけでなく、体温でも伝っていくことを願って伝えます。
幼い時から秘めていた想いを。
「それは、あなたがいるからですよ。玲師匠」
「――っ!?」
男の子は魔女の碧い瞳を覗きこみ、優しく言います。
「あなたの、綺麗で長い赤い髪が好きです」
「あなたの、濡れた宝石の様な碧い瞳が好きです」
「あなたの、声を聴くだけで僕は頑張ろうと思えるし、あなたのために何が出来るか考えてしまいます」
「あなたは僕を大切に育ててくれて、召し使いのはずなのに、それこそ実の息子のように愛情をくれました」
「でも僕は、あなたのことを一度も母親のように思った事はありません」
「なんたって、僕は小さい時からあなたを慕っていましたから」
「あなたが驚いたり、喜んだり、笑ったりする顔が好きです」
「わがままで、好き嫌いして、だらしなくて、少し大雑把な所もありますけど、それら全て含めて……」
「あなたの事が大好きで、たまらなく……愛おしいんです」
「だから僕は、不老不死を後悔する時は絶対にこないんです」
魔女は、男の子の言葉に面をくらい、そのまま呆然と立ち尽くしてしまいます。
数秒後、なんとか思考が回り始めますが
「わ、私をからかって――」
「からかってません。じゃなきゃ、あなたと"永遠"にいたいと思いませんよ」
男の子の一方的な愛情表現に、言葉を詰まらせてしまいます。
「――ぁ、な、な……こんなのまるで……愛の告白……みたいじゃない……」
「はい、その通りです」
男の子は笑顔で魔女にそう言います。
「そういえば、部屋の中見てないって言ってましたね。ちょっと待っていてください」
男の子は自分の部屋へ戻り、お菓子の箱を魔女の前へと持って来ます。
男の子がお菓子の箱に手をかざすと、たちまち宝石で彩られた箱へと変わりました。
「そうよ! あんたそれ、魔術学院の好きな娘にあげる予定だったんじゃ」
「違いますよ」
「だって、ラブレターだって……」
「あれはダミーです。師匠にプレゼントするものがあれで良かったのか不安だったので、師匠の反応を見るために、わかりやすく居間に箱を置いていたんですよ」
「なっ……!」
「おかげであの素材で師匠が喜ぶことが分かりましたし、こうして虹竜の鱗を人魚の涙でコーティングしたネックレスと世界樹で作った指輪も用意出来ました」
「…………」
「で、どうなんですか師匠? 僕の気持ち、伝わりました?」
「し、知らない。急にそんな……意味が分からない」
「ああ、シンプルに言ったつもりでしたが、師匠はもっとシンプルで直球の方がいいんでしたよね」
男の子は魔女を逃がさないように再び手を握り、まっすぐ瞳を見つめながら言います。
「師匠、あなたの事が大好きです。愛しています。僕の伴侶になってください」
「――っ!」
男の子が出ていく前、魔女が男の子にアドバイスをした言葉を更にアレンジして言います。
男の子の熱烈な求婚に魔女は、顔を真っ赤に染め、どうにかして逃げようとしますが、男の子の手がそれを許してくれません。
「僕の気持ち、そして意味、伝わってますよね?」
「――――」
「師匠?」
「……お、お前みたいなガキが、私にきゅ、求婚しようなんざ百年早い! 却下だ! 却下!」
慌てながらはっきりと断る魔女だが、明確な理由もない否定に男の子はポジティブに受け取ります。
男の子はさらに魔女へと詰め寄り、顔を近づけます。
「じゃあ、百年後なら受け入れてくれるんですね?」
予想外な切り返しに魔女は再び言葉を詰まらせてしまいます。
「そ、それは……」
「僕は師匠と一緒で、老いる事も死ぬこともなくなりました。お返事はいつまでもお待ちしていますよ」
「っぐ、いつの間にお前は、そんなに強引な子に…………なら、いつまでも待たせてやる。私は一切返事なんてしないからな!」
「はい」
「それでも……! それでも、お前の意思で、私の世話を……どうしてもしたいと言うのなら……この家に、置いてあげないこともないわ……」
「わかりました。じゃあそれでよろしくお願いします」
「ふんっ、この私とずっと一緒だなんて、後悔しても知らないわよ?」
「ええ、後悔なんてしませんよ。ずっと、ずーっとあなたの傍にいます。玲さん」
男の子は魔女を強く抱きしめ、この人を幸せにしようと心の中で誓います。
魔女は男の子の背中を軽く触れ、そこに居ることを何度も確認しながら言います。
「この、馬鹿小鳥……」
これは――永遠を生きる魔女が、捨てられた男の子の幸せを願う物語。
そして――捨てられた男の子が、魔女に幸せを届ける物語である。
・
・
・
・
・
そしてここからは――ひとりの男の子が、魔女と新しい時を刻み始める物語である。
たった一人で寂しい思いをしていた魔女は、捨てられていた男の子を救い、男の子に対価として、成人までの時間を要求しました。
その時間は魔女を慰め、救われたことでしょう。
しかし、魔女は本当の意味では救われていませんでした。
この16年間、いつも頭をよぎるのは男の子との別れ。
その度に、忘れたはずの心の傷が疼きだします。
その苦しげな表情を見る度に男の子は、僕が出来ることは何だと自問します。
そして時を経て、男の子は魔女を本当の意味で救いました。
魔女が抱えていた心の呪縛を男の子が解き放ったのです。
魔女の止まっていた時間は再び動き始めます。
二人のかけがえのない時間はもう終わりはありません。
きっと男の子と魔女は、互いを支え合いながら幸せに過ごすことでしょう。
この一秒一秒の大切な時を噛みしめながら、男の子は呟きます。
そう、
「かけがえのない時間を……これからも――」と。
「何が違うのよ……小鳥はこれから大切な人を、親しくしてくれた人みんなを見送らなくちゃいけない……それが辛くないなんて、嘘よ……」
「確かに、大切な人が亡くなるのは悲しいし辛いでしょう。でも、僕はこの選択に後悔する時は来ません」
魔女は、男の子の決して理解できない言い分に思わず立ち上がり、どうしようもない感情を男の子にぶつけます。
「お前は、知らないから……! 何も知らないからそんな事が言えるのよっ!!」
「仲良くしたい人に裏切られる気持ちを……! 大切な人を亡くす気持ちを……!」
「私は、何度も……何度も何度も何度も!! 大切にしてきた人達を忘れてきた!! 辛いから! 苦しいから! 悲しいから!!」
「……でも、それでも、自分の中から消しても残ってるのよ……心の奥にぽっかりと不自然に空いた穴が……そこにあったって訴えかけてくるのよ……」
「ふとした時に、思い出す……何か大切なことを忘れている、見て見ぬふりをしてるって」
「胸がざわついて、もやもやして、苦しくなる……」
「不老不死になるっていうことはそういうことなのよ……小鳥までそんな……辛い思いをしなくても……いいじゃない……」
魔女の悲痛な叫びは、言葉にするたびに弱くなり、やがて涙となって溢れ出します。
「それでも――」
男の子は魔女の言葉を否定するように再び首を横に振り、もう一度魔女に伝えます。
「僕が後悔する時は絶対に来ません」
「何で、何で小鳥はそう言いきれるのよ!!」
泣きながら怒鳴る魔女を見た男の子は、立ち上がります。
大きくなった男の子は魔女の身長を超え、少し見下ろすほどです。
男の子は魔女の手をぎゅっと握り、自分の気持ちが言葉だけでなく、体温でも伝っていくことを願って伝えます。
幼い時から秘めていた想いを。
「それは、あなたがいるからですよ。玲師匠」
「――っ!?」
男の子は魔女の碧い瞳を覗きこみ、優しく言います。
「あなたの、綺麗で長い赤い髪が好きです」
「あなたの、濡れた宝石の様な碧い瞳が好きです」
「あなたの、声を聴くだけで僕は頑張ろうと思えるし、あなたのために何が出来るか考えてしまいます」
「あなたは僕を大切に育ててくれて、召し使いのはずなのに、それこそ実の息子のように愛情をくれました」
「でも僕は、あなたのことを一度も母親のように思った事はありません」
「なんたって、僕は小さい時からあなたを慕っていましたから」
「あなたが驚いたり、喜んだり、笑ったりする顔が好きです」
「わがままで、好き嫌いして、だらしなくて、少し大雑把な所もありますけど、それら全て含めて……」
「あなたの事が大好きで、たまらなく……愛おしいんです」
「だから僕は、不老不死を後悔する時は絶対にこないんです」
魔女は、男の子の言葉に面をくらい、そのまま呆然と立ち尽くしてしまいます。
数秒後、なんとか思考が回り始めますが
「わ、私をからかって――」
「からかってません。じゃなきゃ、あなたと"永遠"にいたいと思いませんよ」
男の子の一方的な愛情表現に、言葉を詰まらせてしまいます。
「――ぁ、な、な……こんなのまるで……愛の告白……みたいじゃない……」
「はい、その通りです」
男の子は笑顔で魔女にそう言います。
「そういえば、部屋の中見てないって言ってましたね。ちょっと待っていてください」
男の子は自分の部屋へ戻り、お菓子の箱を魔女の前へと持って来ます。
男の子がお菓子の箱に手をかざすと、たちまち宝石で彩られた箱へと変わりました。
「そうよ! あんたそれ、魔術学院の好きな娘にあげる予定だったんじゃ」
「違いますよ」
「だって、ラブレターだって……」
「あれはダミーです。師匠にプレゼントするものがあれで良かったのか不安だったので、師匠の反応を見るために、わかりやすく居間に箱を置いていたんですよ」
「なっ……!」
「おかげであの素材で師匠が喜ぶことが分かりましたし、こうして虹竜の鱗を人魚の涙でコーティングしたネックレスと世界樹で作った指輪も用意出来ました」
「…………」
「で、どうなんですか師匠? 僕の気持ち、伝わりました?」
「し、知らない。急にそんな……意味が分からない」
「ああ、シンプルに言ったつもりでしたが、師匠はもっとシンプルで直球の方がいいんでしたよね」
男の子は魔女を逃がさないように再び手を握り、まっすぐ瞳を見つめながら言います。
「師匠、あなたの事が大好きです。愛しています。僕の伴侶になってください」
「――っ!」
男の子が出ていく前、魔女が男の子にアドバイスをした言葉を更にアレンジして言います。
男の子の熱烈な求婚に魔女は、顔を真っ赤に染め、どうにかして逃げようとしますが、男の子の手がそれを許してくれません。
「僕の気持ち、そして意味、伝わってますよね?」
「――――」
「師匠?」
「……お、お前みたいなガキが、私にきゅ、求婚しようなんざ百年早い! 却下だ! 却下!」
慌てながらはっきりと断る魔女だが、明確な理由もない否定に男の子はポジティブに受け取ります。
男の子はさらに魔女へと詰め寄り、顔を近づけます。
「じゃあ、百年後なら受け入れてくれるんですね?」
予想外な切り返しに魔女は再び言葉を詰まらせてしまいます。
「そ、それは……」
「僕は師匠と一緒で、老いる事も死ぬこともなくなりました。お返事はいつまでもお待ちしていますよ」
「っぐ、いつの間にお前は、そんなに強引な子に…………なら、いつまでも待たせてやる。私は一切返事なんてしないからな!」
「はい」
「それでも……! それでも、お前の意思で、私の世話を……どうしてもしたいと言うのなら……この家に、置いてあげないこともないわ……」
「わかりました。じゃあそれでよろしくお願いします」
「ふんっ、この私とずっと一緒だなんて、後悔しても知らないわよ?」
「ええ、後悔なんてしませんよ。ずっと、ずーっとあなたの傍にいます。玲さん」
男の子は魔女を強く抱きしめ、この人を幸せにしようと心の中で誓います。
魔女は男の子の背中を軽く触れ、そこに居ることを何度も確認しながら言います。
「この、馬鹿小鳥……」
これは――永遠を生きる魔女が、捨てられた男の子の幸せを願う物語。
そして――捨てられた男の子が、魔女に幸せを届ける物語である。
・
・
・
・
・
そしてここからは――ひとりの男の子が、魔女と新しい時を刻み始める物語である。
たった一人で寂しい思いをしていた魔女は、捨てられていた男の子を救い、男の子に対価として、成人までの時間を要求しました。
その時間は魔女を慰め、救われたことでしょう。
しかし、魔女は本当の意味では救われていませんでした。
この16年間、いつも頭をよぎるのは男の子との別れ。
その度に、忘れたはずの心の傷が疼きだします。
その苦しげな表情を見る度に男の子は、僕が出来ることは何だと自問します。
そして時を経て、男の子は魔女を本当の意味で救いました。
魔女が抱えていた心の呪縛を男の子が解き放ったのです。
魔女の止まっていた時間は再び動き始めます。
二人のかけがえのない時間はもう終わりはありません。
きっと男の子と魔女は、互いを支え合いながら幸せに過ごすことでしょう。
この一秒一秒の大切な時を噛みしめながら、男の子は呟きます。
そう、
「かけがえのない時間を……これからも――」と。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる