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修行3:たくさん寝ろ(2)
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◇◆◇
思春期の少年が夜にうろつく場所。
俺の弟だったら、コンビニの前とかに居たんだろうけど、アレは一緒にたむろする友達が居て、しかも、金がある場合に限る。
その両方が無いシモンが居るのは――。
「ほーら、シモン。帰るぞ」
「……なに付いて来てんだよ」
路地裏だ。
ただでさえ治安の悪いスラム街で、夜に子供が一人で路地裏に行くなんてもっての他なのだが。しかし、だからこそシモンはここに来る。思春期の悩める少年は、ともかく一人になりたいのだ。
「シモン、今日の修行サボる気か?」
「うるせぇな……寝る事が修行ってワケわかんねぇだろ」
「いや、ワケわかるだろ。寝る子は育つんだから」
そう、俺がシモンにまず課している修行は、「たくさん食べる事」と「たくさん寝る事」だ。ともかく体を作らなければ、本格的な修行に体が付いて行かない。俺は、十三歳とは思えない程小さな体で丸くなるシモンの隣に、勢いよく座り込んだ。
「約束守れよ。俺はちゃんと守ってるだろ?」
「……分かってるけど」
教会の子供達にもひもじい思いはさせていないし、立派とは言わないが寝床もきちんと準備している。教会も出来るだけ修理して、子供達が怪我しないようにしたし。まぁ、後半は俺が勝手にやっている事なのだが。
「なぁ、シモン。頼むよ」
「……そんな事言っても、眠くねぇし」
だよなぁ。十三歳だしなぁ。教会で眠る子供達とはワケが違う。
「もうちょっとしたら、ちゃんと寝る。だから……帰れよ。お前、ただでさえ俺達の面倒見てるせいで、変に目立ってんのに」
「だから?」
「だからって……お前さぁ」
俺の返しに、シモンは呆れたような顔で此方を見上げてくる。そして、チラと周囲を見渡すと、裏路地の奥から聞こえてくる男達のやかましい笑い声に目を細めた。
「この辺は、夜はマジでヤバイんだ。アイツらに見つかったら、お前みたいな奴、捕まって身ぐるみ剝がされるし……下手すると殺されるぞ」
「いや、俺強いから大丈夫だよ」
「……言ってろよ。金持ちのボンボンが」
「おーら、さっきからお前お前って。師匠だろうが」
どうやら、俺はシモンから『どこぞの金持ちの道楽息子』と思われているようだった。有り余った金で貧しい子供に施しをする、自己満足の偽善者……とか最初の方はえらい言われようだったからな。
「師匠が思ってる程、世の中甘くねぇんだよ」
シモンが膝を抱える腕に力を込めながらボソリと呟く。
「誰でも話せば分かって貰えると思ってたら痛い目みるぞ」
「まぁ、確かにな。話が通じない奴って、どこの世界にも居るわ。怖いよな」
「え?」
「シモン。話が通じない奴は、基本ヤバイ奴だから絶対に近寄るなよ」
大学にも居たもん。全然話の通じない教授が。ゼミ合宿で、寝ずにリーマンショックの話を聞かされた夜の事を、俺は絶対に忘れない。
「もう夜中の三時ですけど……」ってそれとなく言っても、「そうですね」て言って。止まる事なく明け方まで話し続けたからね。怖過ぎかよ。寝かせろし。せめて、好きな人の話で盛り上がろうぜ。
「それ、師匠が言う……?」
「へ?」
完全に戸惑った表情で此方を見てくるシモンが、そのまま深く息を吐く。その横顔は、子供の癖に妙に大人っぽかった。
「まぁいいや。ともかく、目ぇ付けられる前に早く帰れよ。俺は何があっても逃げられるから」
「えぇ。一緒に帰ろうぜー。一緒に寝よ寝よ」
「だから眠くないだって……頼むから帰ってくれよ」
俺は、今シモンにどう思われているのだろう。多分、前よりは嫌われてはいない気はする。ただ、悪意は無くなったが、シモンはむしろ俺の事を『金持ちの世間知らずの甘ちゃん』だと思い始めているようでもあった。
俺を見る目が、他の教会の子供達を見る時と同じ目をしている時がある。俺の方が六個も年上なのに。釈然としない。
「もう少ししたらちゃんと帰る。修行もする。約束も守るから……」
言いたい事だけ言うと、シモンはジワリと体を避けて俺から体を逸らしてきた。そのせいで、隙間が空いて温かかった体と体の間にスルリと夜の空気が入り込む。
どうやら、テコでも帰る気はないらしい。
「あ、そうだ」
眠れないのは分かる。でも、この俺ですら、さっき子供達を寝かしつけるのに、一緒に寝落ちしかけたのだ。
だったら、十三歳のシモンが眠れないワケがない。
思春期の少年が夜にうろつく場所。
俺の弟だったら、コンビニの前とかに居たんだろうけど、アレは一緒にたむろする友達が居て、しかも、金がある場合に限る。
その両方が無いシモンが居るのは――。
「ほーら、シモン。帰るぞ」
「……なに付いて来てんだよ」
路地裏だ。
ただでさえ治安の悪いスラム街で、夜に子供が一人で路地裏に行くなんてもっての他なのだが。しかし、だからこそシモンはここに来る。思春期の悩める少年は、ともかく一人になりたいのだ。
「シモン、今日の修行サボる気か?」
「うるせぇな……寝る事が修行ってワケわかんねぇだろ」
「いや、ワケわかるだろ。寝る子は育つんだから」
そう、俺がシモンにまず課している修行は、「たくさん食べる事」と「たくさん寝る事」だ。ともかく体を作らなければ、本格的な修行に体が付いて行かない。俺は、十三歳とは思えない程小さな体で丸くなるシモンの隣に、勢いよく座り込んだ。
「約束守れよ。俺はちゃんと守ってるだろ?」
「……分かってるけど」
教会の子供達にもひもじい思いはさせていないし、立派とは言わないが寝床もきちんと準備している。教会も出来るだけ修理して、子供達が怪我しないようにしたし。まぁ、後半は俺が勝手にやっている事なのだが。
「なぁ、シモン。頼むよ」
「……そんな事言っても、眠くねぇし」
だよなぁ。十三歳だしなぁ。教会で眠る子供達とはワケが違う。
「もうちょっとしたら、ちゃんと寝る。だから……帰れよ。お前、ただでさえ俺達の面倒見てるせいで、変に目立ってんのに」
「だから?」
「だからって……お前さぁ」
俺の返しに、シモンは呆れたような顔で此方を見上げてくる。そして、チラと周囲を見渡すと、裏路地の奥から聞こえてくる男達のやかましい笑い声に目を細めた。
「この辺は、夜はマジでヤバイんだ。アイツらに見つかったら、お前みたいな奴、捕まって身ぐるみ剝がされるし……下手すると殺されるぞ」
「いや、俺強いから大丈夫だよ」
「……言ってろよ。金持ちのボンボンが」
「おーら、さっきからお前お前って。師匠だろうが」
どうやら、俺はシモンから『どこぞの金持ちの道楽息子』と思われているようだった。有り余った金で貧しい子供に施しをする、自己満足の偽善者……とか最初の方はえらい言われようだったからな。
「師匠が思ってる程、世の中甘くねぇんだよ」
シモンが膝を抱える腕に力を込めながらボソリと呟く。
「誰でも話せば分かって貰えると思ってたら痛い目みるぞ」
「まぁ、確かにな。話が通じない奴って、どこの世界にも居るわ。怖いよな」
「え?」
「シモン。話が通じない奴は、基本ヤバイ奴だから絶対に近寄るなよ」
大学にも居たもん。全然話の通じない教授が。ゼミ合宿で、寝ずにリーマンショックの話を聞かされた夜の事を、俺は絶対に忘れない。
「もう夜中の三時ですけど……」ってそれとなく言っても、「そうですね」て言って。止まる事なく明け方まで話し続けたからね。怖過ぎかよ。寝かせろし。せめて、好きな人の話で盛り上がろうぜ。
「それ、師匠が言う……?」
「へ?」
完全に戸惑った表情で此方を見てくるシモンが、そのまま深く息を吐く。その横顔は、子供の癖に妙に大人っぽかった。
「まぁいいや。ともかく、目ぇ付けられる前に早く帰れよ。俺は何があっても逃げられるから」
「えぇ。一緒に帰ろうぜー。一緒に寝よ寝よ」
「だから眠くないだって……頼むから帰ってくれよ」
俺は、今シモンにどう思われているのだろう。多分、前よりは嫌われてはいない気はする。ただ、悪意は無くなったが、シモンはむしろ俺の事を『金持ちの世間知らずの甘ちゃん』だと思い始めているようでもあった。
俺を見る目が、他の教会の子供達を見る時と同じ目をしている時がある。俺の方が六個も年上なのに。釈然としない。
「もう少ししたらちゃんと帰る。修行もする。約束も守るから……」
言いたい事だけ言うと、シモンはジワリと体を避けて俺から体を逸らしてきた。そのせいで、隙間が空いて温かかった体と体の間にスルリと夜の空気が入り込む。
どうやら、テコでも帰る気はないらしい。
「あ、そうだ」
眠れないのは分かる。でも、この俺ですら、さっき子供達を寝かしつけるのに、一緒に寝落ちしかけたのだ。
だったら、十三歳のシモンが眠れないワケがない。
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