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番外編8:兄を探して(現世弟→(?)キトリス)

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【前書き】
キトリスの前世の弟視点のお話です。
仲良しだった頃から、兄が亡くなった後まで。

終始暗く、そして……弟的には救いがありません。
なにせ、キトリスは【ソードクエスト】の世界で、シモンという唯一無二の最愛の“弟子”を持ってしまったからです。

それでもよろしければ、どうぞ!

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兄ちゃんが居ない。
どこを探しても見つからない。


「兄ちゃん、これ……どうやったら勝てるんだっけ」

 俺がそう言えば、兄ちゃんはいつだって「仕方ねぇな。ちょっと貸してみろ」と言って、手を差し伸べてくれたのに。
 今は誰も俺に向かって手を差し伸べてこない。そりゃあそうだ。だって、ここに兄ちゃんは居ないから。

「にいちゃん……、なんで帰って来ねぇの」

 たった一人の部屋で、俺はコントローラーを手にテレビ画面をジッと見つめた。そこには一人の剣士が強大な敵を前に、HPもギリギリの所で立ち向かっている姿が見える。
 あぁ、これはもうダメだな。

 俺は真っ赤に光るHPゲージを前に静かに目を閉じた。

 ------どうした、ちょっと兄ちゃんに貸してみろ。

兄ちゃんの声が、どこか遠くに聞こえた気がした。



【番外編8:兄を探して】



俺には六歳年上の兄貴が居る

……いや、居た。

「……兄ちゃん」

 俺のクソ兄貴は、二十歳になる直前に死んだ。
 交通事故だった。
 そして今日、俺はそんな兄貴の年齢を追い越した。


『にいちゃーん!にいちゃーん』


 幼い頃、俺の世界の真ん中には兄貴……兄ちゃんが居た。
 子供時代の六歳差というのは、なかなかに凄まじく、俺にとっては兄ちゃんは冗談抜きで「全て」だった。

『ん?どうしたー?』
『にいちゃん、あのねぇ』


 俺の兄ちゃんに出来ない事はない。


『シャンプーが怖い?じゃあ、兄ちゃんが怖くないようにしてやる』
『ほんとー?』
『今から水の魔法を目にかけるから、そしたら大丈夫』
『水のまほう!あくあ!』
『そう、アクア!はい、これで大丈夫!じゃあ、今からお湯をかけるから、兄ちゃんのへそを見てろよ』
『ちんこじゃだめ?』
『……ダメ。ヘソじゃなきゃアクアは効かないんだから』
『はーい』

 結局、俺はにいちゃんの揺れるちんこを掴んで怒られた。


 俺の兄ちゃんは何でも知ってる。

『にいちゃん、ここできない』
『んー?あぁ、ソコな。貸してみ、にいちゃんがやってやるよ』
『にいちゃん、これあした、ほいくえんで、みなに言っていいー?』
『いーぞ!兄ちゃんがやったって言わずに、自分でやった事にしろ!威張れ!』
『いやだ!にいちゃんがしたって言う!』
『自慢すりゃいいのに。変なの』

 だって、俺の兄ちゃんは凄いんだぞと自慢したかったから。お前らには、こんな凄い兄ちゃんは居ないだろって……俺はいつでも皆に自慢したくてたまらなかった。



 俺の兄ちゃんは足も速い。
 運動会では、いつも兄ちゃんはゲームの勇者みたいだった。

『にいちゃん、すげーーーっ!』
『だから言っただろ?兄ちゃんは絶対に一位しか取らないって!』
『かっこいい!かっこいい!下の方だったのに、ぐあーーって抜いた!すげぇ!オレも、オレも教えて!』
『いいぞ!来週保育園の運動会まで、兄ちゃんが走り方を教えてやる!』
『やったーーー!』

 足も速くて、小学校六年生の時の運動会ではリレーのアンカーだった。バトンを受け取った時はドベだったのに、兄ちゃんがバトンを受け取って、一気先頭まで巻き上げて走る姿は、本当に格好良くて最高にシビれた。

 家に帰って、母さんが動画を撮り漏れていたと聞いた時は、泣いて癇癪を起こした。


 俺の兄ちゃんは凄い。最強。正解で一番。
 そして、そんな兄ちゃんは「俺だけ」の兄ちゃんだ。

『兄ちゃん、弟の中で、おれは何番目にすきー?』
『何言ってんだ。俺の弟はお前だけだよ』
『じゃあ、おれが一番ってことー?』
『そういうこと』

 そう言って頭を撫でてくれる兄ちゃんが、俺は大好きだった。世界中、どこを探してもこんなに凄い兄ちゃんは居ない。
 そして、世界中どこを探しても兄ちゃんの弟は「俺しか」居ない。


 俺の兄ちゃんは、最強だ。
 そう思っていたのにーー。


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----


『なんだよ、マジで金持ってねぇのかよ!』
『くそっ、マジでダリィわ』
『小銭だけ持ってコンビニ来てんじゃねぇよ!』
『おらっ!謝れよ!おい!』


『……兄ちゃん』


 俺が小六の頃。
 リトルリーグの帰りに、最悪な光景を見た。家の近くのコンビニを通った時、兄ちゃんが地面に倒れていた。
 その周りには怖そうな……不良みたいな高校生が五人。兄ちゃんを取り囲むようにして、倒れる兄ちゃんを蹴ったり殴ったりしていた。


『おらっ!さっさと謝れや!』
『……っぐ、ごめん、なざ……ごめなざい』
『っは、やべぇ。コイツ。マジで泣いてやんの!』
『っうぅっ、っぅ』

 そこに居たのは、泣きながら地面に蹲って泣く……兄貴の姿だった。その瞬間、俺の中にあった「最強の兄ちゃん」が呆気なく崩れていくのを感じた。

『あれ、お前の兄ちゃんじゃね?』
『やば……めっちゃ泣いてる』
『虐められてんじゃん。ヤバイよ。誰か呼んでこないと』

 リトルリーグのチームメイトが俺に向かって口々に言う。同時に、湧き上がってきたのは、それまで兄貴に対して感じた事のない感情。

『……し、知らない。あんなヤツ、俺、知らない』

 羞恥心だった。

『え、兄ちゃんだろ?』
『いつも自慢してきてたじゃん』
『こないだも試合見に来てたし』
『……っ!知らないって言ってるだろ!?』

 あんなに大好きだった兄貴の、無様でみっともない姿に、俺はとっさに友達の前で他人のフリをした。
 けど、その時の俺の大声のせいで、兄貴を囲んでいた不良が此方に気付いてしまった。そして、俺達の存在に付いたのは、もちろん不良だけじゃなかった。

『おい、ガキがスゲェこっち見てる』
『ははっ、ウケる』
『おい、見てみろよ。スゲェ見られてんぞ』

『……え?』

 兄貴が顔を上げた。
『……っ!』

 その瞬間、目が合った。
 合ってしまった。

『……ぁ、』

 俺を見て驚いたように見開かれる瞳。涙に塗れたその顔は、顔中傷だらけで、口の端からは真っ赤な血が流れていた。
 その目に、俺は息が止まるかと思った。大きいと思っていた筈の兄貴は、不良達の中では断トツに小さかった。

 俺の兄ちゃんは、思ったより小さくて、思ったより弱かった。

『……っく』

 それなのに、兄貴はそんな時まで「俺の兄ちゃん」だった。その時、兄貴は声には出さなかったが、口だけ動かして言った。


ーーーーにげろ。


 泣きたくなった。
 認めたくなかった。

『……行こう。腹減ったし』
『えっ!?いいのかよ!あれ、お前の……』
『あんなヤツ知らないって言ってんだろ!』

 大好きだった兄貴に対して、他人の振りをするしかない自分も。
 ボコボコにされた兄貴を助けてやる事も出来ない自分も。
 そして、

ーーー俺の弟はお前だけだよー。

 世界中に俺しか兄貴の「弟」は居ない。それが誇りで、誰にも渡したくないくらい大事な称号だった筈なのに。


『今日は変なトコ見られちゃったな。母さん達に何か言われても、二人の内緒にしてくれよ?』
『……』
『……ごめんな。兄ちゃん、弱くて』


俺から『兄ちゃんの弟』を手放してしまった。


    ◇◆◇


≪十年前、悲惨な通り魔事件の被害の渦中に置かれた【ソードクエスト】。その最新作が、今日、十年の月日を経て発売となります。店の前にはファンの列が~≫

 日本のロールプレイングゲームの中で最も歴史が古く、そして、最も売れている【ソードクエスト】シリーズ。
 “その日”は、最新作の発売日だった。


『十年ぶりだってさ。なぁ、兄ちゃんが買って来てやろっか?』
『うっせぇ、黙れ』

 中学に入ってからの俺は、もう兄貴にどう接して良いか分からなくなった。
 というか、ほぼ絡まなくなった。
 それなのに、兄貴は定期的に俺に絡んできた。

 俺が小さかった時みたいに。
 何も変わらないみたいな顔をして。


『昔よく一緒に遊んだよなー。久々に一緒にやろうぜ』
『うっせぇっつてんだろ!』


 中学に入って、なんとなく喧嘩とか強い方が良い気がして、不良の先輩達とツルむようになった。俺はと言えば、身長も兄貴なんてとうの昔に追い越して、二年に上がる頃には、中学で俺より強いヤツは居なくなっていた。

 多分、今の俺ならあの時、兄貴の事をボコボコにしてた奴ら全員を相手にしても勝てると思う。

 思う、じゃない。絶対に勝てる。
 だって、頭の中で何度も何度も殴り倒してやったから。

『……予約もしてねぇのに、買えるワケねぇだろ』
『っ!』

 兄ちゃんがボコボコにされてから、俺の中での「最強の兄ちゃん」が崩れ去った。あんなに仲が良かったのに、ぎこちなくなった兄弟関係。
 会話も殆どなくなり、俺から兄貴に話しかける事なんて全くなくなっていた筈なのに。


ーーーにげろ。


 あの日に、俺の心は未だに囚われている。後悔という名の楔が、ずっと俺をあの日に引き留めるのだ。
 だから、俺は何度もあの日に戻っては「逃げない」「闘う」「守る」という選択肢の先を夢想する。

『兄ちゃん、大丈夫?今度は俺が兄ちゃんを守るよ!』

 そう言って俺は格好良く兄貴を助ける。そして、そんな俺に抱きついて、兄貴は子供みたいに泣くのだ。これまで甘えさせて貰ったから、今度は俺に甘えてくれていいと兄ちゃんの体を抱き締める……そういう、虚しくも気色悪い想像を、何度も何度も夢に見た。

 俺はまた兄ちゃんと遊びたかった。
 仲良くしたかった。
 甘えたかった。


『なぁ、もし兄ちゃんがゲーム買って来れたら、一緒にやろうぜ』

 この世界で、唯一無二の「兄ちゃんの弟」に、戻りたかった。


ーーー俺の弟はお前だけだよ。
『二度と帰ってくんな!バァァカ!』


 それなのに、俺は自分から「兄ちゃんの弟」を捨てた。

 だからだろうか。
 世界は、俺から「兄ちゃん」を奪った。


     ◇◆◇


 俺の唯一無二の兄ちゃんが、この世から居なくなった。


「兄ちゃん、ここ……どうやって倒したらいいの?」

 俺は真っ暗な部屋で、たった一人で【ソードクエスト】をプレイする。
 それは、兄ちゃんが死んだ時、腕に抱えていたヤツだ。それを、俺は未だにクリア出来ずにいる。

 もちろん、あの時に出た最新作ではない。俺がまだ「兄ちゃんの弟」だった頃に、一緒に遊んだナンバリング作品だ。もう十年以上前の作品のせいで、グラフィックも何もかも荒い。これが、俺と兄ちゃんが一緒に遊んだ【ソードクエスト】だ。


「あーぁ。全然、わかんねー」


 あの日、兄ちゃんは家に帰って来なかった。俺はといえば、丁度友達とも先輩とも約束がなかったせいで、珍しく夕方には家に帰っていた。

ーーー買って来てやるから、絶対に家に居ろよ!

 別に、兄ちゃんが言ったから帰ってきたワケではない。たまたまだ。

 ……うそ。

 兄ちゃんが言ったから、その日、俺は敢えて仲間達からの約束は全部断った。

「……またダメか。やっぱ俺じゃ無理だよ。兄ちゃん」

 あの日、新作の【ソードクエスト】を買ってくると息巻いていたが、買えっこない事はわかっていた。あんな人気のゲームを、発売日当日に、予約も無しに買えるワケがない。
 でも、それならそれで良かった。兄ちゃんが俺に何て言ってくるか。そういう事を想像するだけで何だか楽しかったから。


 でも、その楽しさも徐々に消えていった。


『……おせぇ』

 珍しく、父親も母親も誰も誰も家に居なかった。それは兄ちゃんも同様で。徐々に真っ暗になっていく外の様子に、俺は酷く苛立った。

『クソが……やっぱ、あんなヤツ信用するんじゃなかった』

 こうしてバカみたいに言う事を聞いて家に帰って来た自分が死ぬ程愚かに思えた。俺は一体何を期待していたのだろう、と。
 そうやって、イラついて壁を蹴って家から出ようとした時だ。

『あ?』

 俺の携帯が鳴った。父さんからだった。
 電話の先で、父さんは泣いていた。



 そこから先は、あまり覚えていない。



「あー、もう。また死んだ。わかんねぇよ。兄ちゃん、やってよ」

 無理だ。
 なにせ、俺の兄ちゃんはもう居ない。帰ってくるな、と言ったら本当に帰って来なかった。死んで来いと言ったら、本当に死んでしまった。
 あぁ。もしかしたら、俺が兄ちゃんを殺したのかもしれない。


「……兄ちゃん、弟の中で俺は何番目にすき?」


 今も、俺は兄ちゃんの中で唯一無二の弟だろうか。


ーーーーーーー
ユウキ Lv30
クラス:剣士
ーーーーーーー

『なぁ、もう少しレベル上げした方がいいんじゃないか?』
「っ!」
『さすがにレベル30じゃ、魔王には勝てねぇだろ』
「にい、ちゃん……」

 隣から兄ちゃんの声がした。
 優気。俺の兄ちゃんの名前。「勇気」じゃなくて「優気」。優しい兄ちゃんにピッタリの名前だと、俺はずっと思っていた。


「……だって、レベル上げ面倒くさい。兄ちゃんやってよ」
『無理。今の俺じゃやってやれねぇよ。自分でやれ』
「……兄ちゃん」


 会いたい。


 フィールドの中で、無情にも倒れる勇者のグラフィックを見つめながら、俺は喉の奥が震えるのを感じた。

「あいたい」

 会いたい、会いたい、会いたい。
 最強じゃなくていい。弱くていい。格好良く無くてもいい。ダサくてもいい。
 何でもいいから、会いたい。

「……兄ちゃん、弟の中で俺は何番目にすき?」

 兄ちゃんが死んでも俺は兄ちゃんの唯一無二の弟だろうか。いや、そうだ。それは絶対に変わらない。変わるワケがない。
 それなのにーー。

『……ごめんな』

 想像の兄ちゃんは、悲しそうな顔で俺を見るとフィールドに倒れる勇者を指さした。

『弱くて』


 なんだか、ソードクエストに兄ちゃんを奪われた。
 そんな気がしてならなかった。




おわり
-------------------
弟視点のその後でした。
20歳になっても、兄ちゃんの買ってきた【ソードクエスト】をクリア出来ずにいる弟。クリアしたくないのかもしれないね。

死んだ兄の名前を勇者に付けるというのは……中々のヤンデレ執着弟になってしまいました。
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