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第1章:酔いの余韻に酔いしれて

42:ともだちのともだち

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◇◆◇◆

さぁ、今日も家族は眠りについた!
僕の世界を巡る冒険の旅に行かなくちゃ!

僕は部屋の窓に手をかけると、そのままフワリと空中に飛び上がった。

ホーホー!

あれは、僕の相棒。フクロウのファー。
僕の旅にはキミがいなくちゃ始まらない。ファーは物知りで世界の事をなんだって知ってる。
今日はどこへ行こう!どんな国に向かおうか!こないだは羽の生えた人々の住む国に行った。そうだ!今日は地面の下の世界に行ってみよう!

今日も、キミと僕の冒険に出かけようじゃないか!


◇◆◇◆



 インとの待ち合わせの場所。今日も誰も来ない。誰も来ないその場所で、僕は声に出して本を読む。

【きみとぼくのぼうけん】

 この国の子供達に人気の物語。
これはシリーズがたくさん出ていて、読もうと思ったらいくら中身は絵が沢山ある本とは言え時間がかかる。なにせ、去年までに10冊は既に出版されているのだ。

 今、僕が読んでいるのは2巻の後半。ぼくの冒険譚7つ目。

-------シャラ。
「…………」

 ポケットの中で金属のこすれる音が聞こえる。その音に、僕は一瞬だけ、とても苦しい気持ちになってしまった。
 これは、インの友達であろう、体の大きなアイツが持ってきた懐中時計。本来であれば、僕が持っている筈のないモノ。これは、本当はインの為のモノ。

『ぼくは、目を閉じて土の中の世界へと潜った。もちろんファーも一緒だ』

 僕は、僕に出来る事をする。もしかしたら、今日はインが元気になってこの場所にやってくるかもしれない。だから、インがいつここに来ても良いように、準備だけはしっかりとやっておくのだ。

 この本を上手に読んで聞かせる為に音読の練習をする。懐中時計は忘れず持ち歩く。

 そう、それだけ。僕に出来る事はそれだけ。たった、これだけしかない。こうしている間にも、インは苦しんでいるのに。

 僕は僕の出来ないたくさんの事に、今にも押しつぶされそうだった。

『土の中にはモグラの国が広がっていた!けれど、僕とファーはよそ者として、モグラの群れに囲まれてしまったのだ。みんな、僕を見る目は冷たい。どうやら、モグラ達は人間が大嫌いらしい。人間はモグラの住処を荒らす。だから、捕らえて牢屋に閉じ込めようって事らしい。そんなの絶対に嫌だ!』

 20頁目。主人公が絶体絶命のピンチに襲われてしまった。

 僕はここに居ないインがまるでそこに居るかのように感情を込めて読む。
きっと、ここでインなら心配そうにゴクリと唾を呑み込む筈だ。そしたら、僕はわざとゆっくり本を読むんだ。
 ジレったい!早く先が知りたい!って本を読む時の大事なスパイスだと思うんだ。

------早く!早く続きを読んで!オブ!

『ごめんよ!僕は君たちの国を見たかっただけなんだ!君たちの国を壊そうなんて思っちゃいないよ!僕は一生懸命伝えた。けれど、モグラ達は僕の言葉に耳を貸したりはしなかった』

 21頁目。
 一生懸命、主人公が謝る。けれど、人間嫌いのモグラ達に、その言葉は全然響かない。むしろ、もっと怒らせてしまう。絶体絶命のピンチだ。

 あぁ、きっとここでインなら主人公と一緒に違うんだ!って顔をしてるんだろう。

------ちがうよ!ただ旅をしてるだけなんだよ!

 想像の中のインに僕は必死で読み聞かせる。
けれど、実際には僕の前には誰も居ない。想像の中のインはこんなにも元気なのに、どうしてインは此処に居ないのだろうか。

『……そっ、そこでファーが僕にそっと……耳打ちを、してきた。この、わたしに良い考えがっ、あります』

 ここまで読んで僕は限界が来てしまった。居もしないインに本を読んでも、やっぱり誰からも返事はもらえない。誰も僕に話しかけない。反応をしない。居るのは、やっぱり僕一人だけ。
たまに風が僕の頬を撫でるだけ。

『っううう』

 こらえ切れずにまた僕は泣いた。泣いてもどうにもならないのに、涙はとめどなく流れる。僕はこんなにも泣き虫で弱虫だったのか。僕は僕に出来る事をしようと必死に思ったけれど、それすらまともにこなせない。

 あぁ、イン。インはもしかして、今頃、もう。

『……おい』
『っ!』

 僕が余りにも恐ろしくて愚かな事を考えてしまった時だ。
僕の頭上に、またしても太陽の光を遮るように影が重なった。聞いた事のある声。しかし、インではないその声。

『……お、おまえ』

 そこに居たのは、数日前に僕に懐中時計を持ってきた体の大きな村の子供。多分、インの友達。なぜ、コイツが今ここに居るのだろう。コイツは僕の事を嫌いなんじゃなかったのか。

『続きは!?』
『っはぁ?』
『モグラに囲まれた後、どうなったんだよ!』

 どうやら続きというのは、今まで読んでいた【きみとぼくのぼうけん】の事らしい。
一体、いつから聞いていたのか。

『……なんで、お前』
『勘違いすんなよな!俺はニアに頼まれて来たんだ!まぁ、ニアにお前の様子を見て来てって頼んだのは、インみたいだけど』
『イン!?生きてるのか!?』
『……生きてるよ。お前の事心配して妹に変な事頼むくらいだ。少しは元気になってるんじゃないか』
『…………っ!』

 あぁ!その言葉に、僕はいくら心を救われただろう。

何も分からないままインが来るのを待ち続けたこの数日間。いつも心のどこかには、あの恐ろしくて愚かな考えが巣食っていた。

インの事が知りたくとも、僕が村に来た時に、とても横柄な態度をとってしまったせいで、村に降りても誰も僕の声に耳を傾けてくれなかった。
 酷い事を言われたり、意地悪をされる訳ではない。ただ、皆、僕を全く見ないだけ。見ようともしない。まるで僕という存在がそこに存在しないみたいに。

村でも僕は透明人間だったのだ。

 だから、どんなに知りたいと願っても僕はインの事を何も知る事が出来ずにいた。知らないから、想像する。どんどん怖くて、愚かで、でも否定できない想像を。

でも、インは生きている。生きてるんだ!

『まだ安心するなよ、俺達みたいな子供はすぐに具合が悪くなるからな。特に夜』
『……いい。今、生きてるなら。それで』
『お前、本当にインの事心配してたんだな』

 そう、どこか驚くような表情で言ってのけるコイツに、僕は何も言えなかった。そう、思われてもおかしくはない程、ここに来た時の僕の態度は悪かったのだから仕方がない。
 インの頼みとは言え、こうして来たくもない僕の所に来てくれただけでもありがたい事なのだ。

 そう、今は思える。

『感謝を、している。お前の名前は、なんていうんだ』
『フロム』

 フロム。インの友人。僕を透明人間扱いしない2人目の人間。

『フロム、ありがとう』
『そんな事より、モグラはどうなったんだよ』

 ぶっきらぼうながら、純粋に話の続きを気にしてくるフロムに、僕は小さく息を吐くと、お礼とばかりに先ほど閉じたばかりの本を開いた。話を聞いてくれる人が居るならば、きっと僕はこの本を最後まで読む事ができるだろう。

『わたしに、良い考えがあります。ファーはそう言うと僕のポケットに入っていたあるものを取り出した。あぁ!その手があったか!』

 なぁ、イン。きっと、お前に本を読む時、僕は今よりもっと上手になっているよ。
 だから、早く会いに来て。


 きみと僕の冒険を、イン、キミに早く読んであげたいよ。

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