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第2章:生酔い、本性違わず

92:妹と言う生き物

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『おにーちゃん!おんぶ!』
『えぇぇっ!?だから家に居ろって言っただろう!』

 妹って可愛い。そう、僕が純粋に思ったのは最初だけだった。

『おんぶ!おんぶして!』
『もうぅぅぅ!』

 今日、僕は“物語のお兄さん”をお休みをしている。
 いや、“今日”というのは語弊がある。言い換えるとすれば“しばらく”お休みする予定だ。

 なぜなら、現在、僕は少し喉の調子がおかしい。別に風邪を引いている訳でも、熱がある訳でも、はたまたダルイ訳でもないのに、声が出しにくいのだ。

 確かに最近、僕は毎日物語を村の子供達を含め、何度も読み聞かせしていたせいで、声が枯れてしまったのかもしれない。

 そんな訳でインにも申し訳ないが【きみとぼくのぼうけん】はしばらくお休みする事になった。おかげで、あんなに毎日たくさんやって来ていた村の子達が、今はやって来ない。

 あぁ、助かった。喉も僕の気持ちを察してくれて、ありがたい限りだ。

 けれど、そんな中。諦めず毎日やってくるのがインの妹のニア。
 今日は森で遊ぼうと約束していた僕達の元に、ニアが顔を真っ赤にしてやって来た。


『わたしも、いく!』


 最初は『ニアには森は無理だよ』と頑なに断り続けていたインだったが、最終的には妹の秘儀“大泣き”により、一緒に連れていく事になった。

 そして現在。
 僕達の目の前には、予想通りの光景が広がっていた。

『おにいちゃん、おんぶ!』
『もう!ニアは8歳のお姉さんなのに、恥ずかしいよ!』
『10だいからがおねえさんだもん。まだ8さいはおねえさんじゃないもん!』

 そうなのか。10代からがニアにとっては“大人”なのか。
 だとすれば、ニアにとって既に10歳の僕達は“大人”という事になるのだろう。そういえば、小さい頃は確かに年上の人間というのは、すべからく大人に見えたものだ。
 なってみると、そう大してなにも変わっていない事に驚くが。

『ニア、あと少しでお花畑につくから。冬のお花みたいんでしょ?』
『みたい!けどもうあるけない!』

 あぁ、なんて我儘なのだろう。そして、一番凄いのは我儘を言っている本人が、それを我儘だと自覚していない事だ。きっと、こんなのはニアにとって、いつもの事であり“当たり前”なのだ。

 疲れたらお兄ちゃんにおんぶしてもらう。
 お兄ちゃんは私をおんぶするのが当たり前。

 うん、凄い世界観だ。

『ニア!そんなに歩けないなら、俺がおんぶしてやるぞ!俺はインよりデカイから、安定してるし、きっとおんぶされてても気持ち悪くなったりしないだろ?』
『いーや!いや!おにいちゃんがいい!フロムはいや!』

 そう、首をブンブン横に振るニアに、フロムは心底絶望したような表情を浮かべ、インも眉間に皺を寄せ、不機嫌を露わにしている。
 ふむ、このインの表情も初めてみる。怒りというより、不機嫌。しかも、拳まで作っているようだが、妹相手に手を上げる事も出来ず我慢に我慢を重ねている。

『ニア、あんまりワガママばっかり言ってると、置いていくからな』
『っ!うぅぅ』

 僕には向けて欲しくない顔だが、これも大事なインの表情の一つなので、大切な場所に保管しておこう。

『うー、うー、うー。おにいちゃんがいい……おにいちゃんがいい』
『…………っはぁ』

 妹というのは本当にやっかいだ。そして上手いと思う。こんな風に言われてしまえば、もうインは妹の言葉を聞くより他ない。
 ショックを受けるフロムには悪いが、ニアは賢い子だ。フロムを踏み台にして、まんまと自身の望みを叶えたのだから。

『仕方ないな……ほら、おいで』
『わーい!』

 ニアは先程まで涙を目に浮かべていた事など、まるで忘れたかのように瞳をカラッカラにして笑顔でインの背中に飛び乗った。
 ニアは確かに小柄ではあるが、それはインも同じこと。10歳と8歳の体格差なんて、大したものではない。

『もうっ。オレの背中で酔うなよ?ニアってばすぐに酔って吐くんだから!』
『よわないよ!よわないもん!ありがとう、おにいちゃん!』

 そうゲンキンな顔でインの背中にぴったりと頬をくっつけるニアに、僕は思わず羨ましいなと思ってしまった。

『………ん?』

 いや、別に僕はインにおぶって欲しいなんて思っちゃいない。いないけれど。
 そんなに全身全霊でインに甘えられるニアを、僕は確かに羨ましく思ってしまったのだ。
 なんだろう、この相反した気持ちは。

『オブー』
『ん?なあに?ニア』

 何気なくインの背におぶされるニアが僕を呼んだ。そこにはインにおぶされて満足気な表情のニアの姿。インそっくりの満面の笑みが、そこにはあった。

『うらやましいでしょー?』
『ぐ』
『いいでしょー?』
『……ぜんぜん』

 僕の方こそ、ニアを小さな女の子だと思って侮っていたようだ。ニアは僕の微かに浮かんだ表情を的確に読み取ったようで、僕に対して勝ち誇ったような顔を向けてくる。

『イン!お前羨ましいぞ!』
『どこがだよ!?替わって欲しいよ!オレは!』

 前方ではインとフロムが同じような言い合いをしている。あぁ、なんて事だ。僕はインに甘えたいと思っていたのか。

 あぁ、なんてことだ!
 僕がインをおんぶしてあげられるようになるのが目標だと思っていたのに、なんてことだ!なんてことだ!

『ニア』
『なあに?オブ?』
『……替わってくれる?』

 無理な願いだとは分かっていたが、僕は小声でニアに囁いてみた。
 すると、そこには心底嬉しそうな顔で、インの背に頬を寄せるニアがソッと目を閉じて言った。


『いやよ』


 その声色は、どこか大人の女性のように微かな色気を帯びていた。


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