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第2章:生酔い、本性違わず

123:窓掛を求めて

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「せ、狭いな……!」


 ウィズの驚愕を大いに含んだその言葉に、俺はと言えば「だろ」と肩をすくめ力なく答えるしかなかった。
 今日は待ちに待ったウィズとの約束の日。約束の決まった日から指折り数えて過ごした日々を乗り越えて、ようやく辿り着いたこの日の始まりの場所は、そう。

「こんな狭さで人は生きられるのか」
「この通り生きてますけど!?」


 俺の家だった。


 ウィズはどうしても俺の部屋の狭さに衝撃が止まないのか、固まったまま黙って部屋を見渡すばかりだ。いや、見渡す程の広さもないのだが、そう表現するしかない程、ウィズは眉間に皺を寄せながら部屋の中を仔細に眺めていた。

 何故、現在ウィズが俺の部屋に居るのかと言えば、きちんと理由がある。

『お前の部屋の窓掛を選ぶのであれば、まずはお前の部屋を見せて貰わねばなるまいな』
『え!?』

 確かにそうだ。ウィズの言う事は正しい。一理どころか二理も三理もある。いや、無限理ある。窓掛は部屋を彩る調度品だ。ならば、当の部屋を見なければ選べないというウィズの言葉に、俺は錆びついて動きの悪くなった扉を無理やり開け放つように、必死に、そりゃあもう賢明に頷いて見せた。

『い、いいよ』

 それもこれも、俺の部屋にピッタリの窓掛を選んでもらうためだ。

 恥を忍んで頷いた俺の気持ちなど、きっとこの時のウィズは思いもよらなかっただろう。

 まさか、そう。まさか。きっとここまで狭いなんて、今、部屋に入るこの瞬間までは予想もしなかった筈だ。その気持ちの全てが、ウィズの最初の一言に詰まっている。

「いや……こんな事を言うのは失礼なのかもしれないが」
「既にウィズの表情が全てを物語ってるから、今更何を言われてもどうってことないよ」

 俺が「さぁ、どうぞ?」とウィズの真似をして右手を差し出してみると、ウィズは非常に言い難そうな表情で、しかし思いの外ハッキリとした口調で言った。

「アウト。お前は、その、凄く貧しいのか?」
「……思ったより直球!まぁ、こんな部屋だし裕福ではないよね!?」
「ならば、毎晩酒など飲み歩いている場合じゃないのではないか?」

 そう、本気で俺の家計の経済状況を心配し始めたウィズに、俺はどう答えたものかと頭を悩ませた。ウィズは神官で、きっと収入は俺の想像を絶する程たんまりとあるのだろう。
 となれば、ウィズの住む家というのは想像に難くない。きっと、家というより屋敷のような住まいなのだ。そんな所に住んでいるウィズからすれば、俺のこの寮の一室が“家”など、本当に信じられないに違いない。

「ごもっともではあるけど、それは聞けない!確かに俺の給金は朝露の雫程しかないけど、別に生活苦で此処に住んでるワケじゃないからな!」
「此処に住む理由が生活苦以外に思いつかないのだが……」

 どんどんウィズの表情が俺に対する同情に塗れていく。これは早いところウィズの心配を解かねば、そのうち慈善団体に報告して俺の保護を願い出しそうだ。

「俺、今すっごい貯金を頑張ってるんだ!」
「貯金?」
「そ。俺、将来の夢があってさ」
「夢?初耳だな」

 俺を見て目を瞬かせるウィズに、俺は狭い狭い俺の城を歩き回りながら、少しずつにぎやかになっていく壁の一角をソッと撫でた。ここは美味しかった酒のラベルを貼ってある場所。あの、シンプルなダイヤの絵の描かれたラベルから始まった俺のラベル収集は、今や壁全体を覆うまでになった。俺の城の中で、最もお気に入りの場所だ。

「俺、将来自分の酒場を持つのが夢なんだ」
「……そう、だったか」

 壁のラベルを眺める俺の背から、少しだけ息を詰まらせたようなウィズの声が聞こえる。

「驚いた?言ってなかったっけ?」
「……どうだったかな」

 ウィズの言葉に、俺はクルリとウィズの方へと振り返る。振り返った瞬間に、部屋の空気が俺の鼻孔を擽る。
 
------あぁ、良い香り。木の、森の香り。どこか、懐かしい香り。

 毎日その日の気分に合わせて香油を調合するせいで、香油を調合していなくとも、今この部屋は微かな木の香りで満たされている。今は昼間なので灯りは付けていないが、色砂の種類も、最初に比べれば大分増えた。毎晩、灯りの色を変えるのも、俺の楽しみの一つだ。

「ほら、俺って他の人と違って前世がないじゃん?だから、酒場で皆が楽しそうに自分の前世の話をするのが見てて楽しくてさ。皆の話を聞くのも好きだから、どうせなら自分の店で毎晩色んな人の話を聞きたいなって」
「お前らしいな」
「へへ。だから、まとまった金が貯まるまでは、家賃に金かけたくないし。それにさ、狭いけど、俺、今の自分の部屋嫌いじゃないんだ!」

 ラベルも、灯りも、香りも。本当に狭いこの部屋だが、昔と違って、この部屋を俺は“好き”になれた。俺の好きなもので少しずつ飾ったお陰で、愛着が沸くようになった。“帰りたい”と思えるようになった。
 
 全部、ウィズのお陰だ。ウィズが教えてくれたお陰。

「ほら、見てくれよ!色砂も種類が増えたし、香油だって自分の好きな香りを調合してる!壁のラベルも良い感じだろ?」
「あぁ、そうだな」
「全部ウィズのお陰!すっごい狭くて、あんまり他人に見せるのは恥ずかしいけどさ!俺、今のこの部屋好きなんだよ」

 そう、俺が笑ってウィズを見ると、ウィズも静かに微笑んでいた。狭いけれど、何もなくない。俺のお気に入りを一つずつ増やしたこの部屋は、今ではウィズの酒場と同じくらい“大切”だ。

「だから、ウィズ。俺がもし夢を叶えたらさ」
「うん?」
「ウィズも俺の店の“客”になってよ!」


--------いらっしゃい。今日は遅かったね。どうした?最近仕事が忙しいのか?さぁ、座ってくれ。そうだ、今日は良い酒が入ったんだ。飲んでみないか?ウィズ。
 

 なんて、俺が店でウィズを出迎える日が、いつか来るかもしれない。いや、きっと来る。そしたら、俺はいつかウィズの口から聞きたいんだ。

「あぁ、もちろんだ。お前が店を開いたら、俺は真っ先にお前の店へ駆けつけよう」
「ふふ、楽しみだ!」

 ウィズの口からウィズの“前世”を。インの話も、そうでない話も。ウィズの抱えている、ウィズの“これまで全て”を。
 俺は聞きたいのだ。

「さ、ウィズ。そろそろ行こうか!この部屋に合う窓掛を。是非探してくれたまえ!」
「そうだな。お前のこの部屋を彩る窓掛を、俺が見繕ってやろう」

 こうして、俺とウィズはやっと当初の目的である窓掛の店へと向かうべく、共に並んで俺の部屋を後にした。
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