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第五章【僕は僕の仕事をするだけさ】

第35話『ご機嫌は、大丈夫そうだね?』

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 お、おう。一体全体どうしてこういう状況になっているんだ。

 睡眠からの覚醒、毎朝迎える当たり前の恒例行事。
 だというのに、なんてことだ、まさか僕のベッドの中に衣月ちゃんと小陽ちゃんが居る。正しくは、僕に抱き付いている。

『お、主様おはよう』
『おはよう。何でこんな状況になっているのか何か知っているか? 僕は昨日の一件から記憶がないんだ』
『そうじゃの。妾が主様に肩を貸して……歩いていたのじゃが』
『おいなんだよ今の間は』
『正直に言うとそんなロマンチックではなく、主様を背中におんぶしていたのじゃが』
『お、おおう。誰かに見られていたら随分と恥ずかしい絵面じゃないか。……見られてないよな……?』
『それは心配するでないぞ、問題ない。じゃが歩きながら考えたのじゃ。主様を自宅まで送り届けるのは良いのじゃが、主様の妹達が居るというのにズカズカと家に入るわけにはいかぬ。かといって家の前に放置はできぬ』
『まあそうだよな。怪我はしてないけれど怪我人だからな』
『そこで名案を思いついたのじゃ』

 なんだか随分と気分が良さそうな喋り方だ。

『生れて始めてス・マ・ホを操作してみたのじゃ! 当然、暗証番号など毎日のように見ておるからの、ロック解除とやらはちょちょいのちょいじゃったぞ』
『ああそうかい。絶には僕のプライバシーは隠せないようだ』
『それでなそれでな、主様がいつも使っておるアプリとやらを開いて、妹達に連絡を入れてみたのじゃ』
『ほう、それは確かに名案だな。だが、初めてなんだし結構時間が掛かったんじゃないか?』
『そ・れ・がっ! ものの数分で打ち終えたのじゃっ!』

 まあ初めてのスマホって言ってたし、どうせ『たすけて』みたいな怪しい文章だけしか打てなかったに違いない。
 それはさぞこの二人も困惑しただろう。

『それで、なんて打ったんだ?』
『夜分遅くに失礼します。この方はストーカーに襲われている私を庇い、身を挺して守ってくれました。お礼ができずにすみません。と!』
『え、たった数分でそんなに打ったっていうのか!?』
『ああそうじゃぞ。それを打ち込んですぐ、玄関のチャイムを鳴らして姿を消した。という流れじゃ』

 おい、吸血姫っていうのは学習能力の尋常じゃないっていうのかよ。
 僕なんて数分じゃ数文字程度しか打てないっていうのに……うぅ……泣きそう。
 だけどこれでようやくこの状況を理解できた。
 要するに、それから衣月ちゃんと小陽ちゃんが二人がかりで僕を部屋まで運び、パジャマに着替えさせてくれて、疲れ果ててそのまま寝落ちってところか。
 その証拠に、二人の頬には涙が伝った跡がある。
 暗くて自分でも確認していなかったが、そこに落ちている衣類のズタボロ具合は相当なものだ。
 あれを前に、事情を知らなければ心配するのは必須。なんなら安否確認しないと死んでいる可能性だってあるぐらいだろう。
 幸い、昨晩は服に着くような大量の出血がなかったことが救い、か。

 さて、今の時間は……スマホスマホっと。
 昼の十二時。
 え、嘘じゃん。
 これは完全に遅刻。遅刻どころの話じゃないぞ。
 ご飯を食べずにこのまま家を出ても……いやダメだ、二人を起こして準備して……あーこりゃ無理だ。
 そんでもって、二人とも「むにゃむにゃ」とか「兄貴、死んじゃ嫌だ……」なんて寝言を口にしている。
 可愛いなこんちくしょう。
 このまま天使のような寝顔を拝んでいたいんだが、起こしてあげないとな。

「衣月ちゃん、小陽ちゃん、お昼だぞー」

 そう言いながら二人の肩を揺らす。
 すると、「んあ~」「へ?」とよだれ垂れ気味のちょっと間抜けな顔で、二人は目を擦る。
 そしてすぐ。

「にいに!」
「兄貴、無事だったんだなっ!」

 と、僕の両脇は一瞬にして空きがなくなったしまった。
 心配してくれていたのだから、無理に引きはがすのはかわいそうだな。
 ぎこちない感じではあるが、僕は二人の頭をゆっくりと優しく撫でた。

 これだけは頼む、また泣き始めるのだけはやめてくれ。
 そんなことが起きようものなら、僕のパジャマはビショビショになってしまう。

「お兄ちゃんは無事だ。ほれ、可愛い妹達に抱きつかれても痛い顔一つしていないだろう?」

 二人は今にも泣きそうな顔を上げ、僕の表情を伺う。

「本当だ……」
「本当に大丈夫なんだな?」
「おうよ」
「よがっだあぁー」
「あんまり心配かけないでよ」
「ごめんな。でも、昨日の兄ちゃんはヒーローだったんだぜ」

 ここからは絶の情報を活かすとしよう。

「うん……最初、送られてきたときは何事かと思ったけど」
「でも、チャイムが鳴って出てみたら……」

 おおっと、話を掘り返して嫌なことを思い出させてしまった。
 再び涙が込み上げてきているのが、その目を見てわかってしまう。

「ビシ、バシッて、兄ちゃんかっこよかったんだぜ」
「そう、なの?」
「ああそうだ。僕は見た目通りひ弱だけれど、女の人を助けるために一生懸命に頑張ったんだ」
「凄い兄貴っ」
「ああ、だろ?」
「……女の人?」

 おっと、これは。

『主様、やってしまったな』
「やっぱり、兄貴の服についてた匂いは女の人だったんだ」
「にいに、あの匂いは隣の席に人って言ってたよね」
「おおう、随分と記憶力がよろしいことで」
「へえ、そのことについては否定しないんだ」
「にいに、なんで、あんな夜遅くに、その人と一緒に、居たのかな? かな?」
「兄貴、言い逃れはできないぞ」

 あー、これはマズい。
 必殺の解決策としては絶にここで飛び出してきてもらうことだが……もしもそんなことをしてしまえば、二人は白目をむいて気絶してしまう。
 それはそれで大変だから、どうしたものか。

「――もう少しでテストだろ? だから、勉強会をやっていたんだ」
「へえ? 森夏お姉ちゃんの指導は断っておいて?」
「それはさすがに兄貴といえど、白状がすぎるぞ」
「ち、違うんだ。そこには森夏も居るから、つまりはそういうことだ」

 曖昧で見苦しすぎるか……。

「なーんだ、そういうことだったんだね」
「なんだ、兄貴を見損なわずにすんだよ」

 セーフ。
 それに、情緒不安定だったさっきに比べたら、こっちの方が元気そうで百倍いいな。

「さて、そろそろ学校に行こうか」
「ん? にいに、今日は土曜日だよ?」
「え?」
「ほら、スマホを見てみてよ」

 言われた通りに、再びスマホの電源を点ける。

「ほんとだ」
「だろ?」
「安心したらお腹減っちゃったぁ。今日は三人でお腹一杯に食べようっ」
「お、いいねいいね。兄貴は何か食べたいのある?」
「僕は――」

 ――そうだ、僕にはやらなければならないことがあったんだ。

「ほんの少しだけ、二人が握ってくれたおにぎりが食べたいな」
「え? そんなのでいいの?」
「うん。本当に小さくって良い。その代わり、とびっきりの愛情を込めてくれ」
「なんだかわからないけど、お安いご用だっ」
「じゃあ小陽ちゃん、台所へレッツゴーっ」

 二人は、意気揚々に駆け出して部屋から出て行った。

 僕はこれから、もしかしたら一人の女の子の大切な家族を奪うことになるかもしれない。
 そんな残酷な決断ができたのかと問われれば、今でもその答えは出ていない。
 僕の行動は間違っているのかもしれない。
 本当ならこの情報を連盟に届け、宮家に託した方が良いのかもしれない。
 だけどそれはできない、したくない。
 最後がどうなってしまっても、せめて家族同士、近くに居させてあげたいから。

 きっと伊地は、誰にも助けを求められず、だが、誰かに助けを求めているはずだ。
 だから僕は、助けを求められるのなら、僕は僕の全力をもってあの家族を助けてみせる。
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