世話焼き男の物作りスローライフ

悠木コウ

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第87話

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 ホレスレット商会。それは自分がエーベルに建てた商会の名前だ。
 ユータ・ホレスレットとして伯爵家の名前を背負って経営をしている。
 経営をはじめて三ヶ月ほどだが、三年ほど王都のメルト学園で経営の勉強をした事もあってか今のところ順調にやって行けている。

 ホレスレット商会では前に屋敷うちで働いていたが、怪我などの理由で退職した人を雇っていたりする。
 彼らは仕事で体を悪くして立ち仕事が難しい。だが、座って仕事をする分には問題なかった。

 そしてホレスレット家は伯爵系であり、貴族の家で働いていた者の教養が悪いわけがない。
 いい人材を確保できて従業員に悩む必要がなかったのを覚えている。
 そんな優秀な従業員達が働いている事務所の前にやってきた。

「失礼するよ」

 ドアを開けて事務所内を見渡す。

「ユータ様、どのような用事でしょうか?」

 声をかけてきた彼は元々ホレスレット家で働いていた者だ。
 うちで働いていた時の癖か時折、様を付けて呼んでくる。

「また間違えてるよ。今は会長だからね」

 軽く注意を促して、訪れた要件を伝えた。

「彼ですか、少々お待ち下さい。ただ今呼んできます」

 少し待っていると、目的の人物がやってきた。

「やあ、アグノス。お疲れ様」

「そちらこそお疲れ様です」

 笑みを浮かべながら返事を返してくれた彼の名前はアグノス。
 メルト学園で知り合った友人で、神官が着るような金色で縁取られた白のローブを纏っており、物腰柔らかな人だ。

「これから休憩でしょ? ご飯でも一緒にと思って来たんだけどどうかな?」

「いいですね。ぜひご一緒させてください」

「良かった。それじゃあ、行こうか」

 アグノスの言葉を聞いて、床に座っておとなしくして待っていたドラウクロウが立ち上がった。

「ようやくか、早く行こうではないか」

「デザートを目の前にした子供みたいですね」

 アグノスがドラウの言葉に軽く笑みを返す。 
 それに続けて自分も口を開いた。

「ご飯は逃げないから安心してよ」

「だが、売り切れはあるのだろう? 安心できぬな」

「ドラウがいつも頼んでいるステーキセットは人気メニューだからしょうがないよ」

「ますます安心できぬではないか! 急ぐぞ!」

 そんな会話をしながら、少し足早に事務所から出ると外へと向かった。



 アグノスと出会ったのは約二年前。
 メルト学園に入学してからもうすぐで一年が経過するという頃。
 王都では一年の終わりを祝うお祭りがあった。
 そこで学園の商業科に所属していた者は、そのお祭りで店を出すことになったのだ。

 これまでに得た知識やツテを使って、どのようなお店を出すことができるのかを見られる実技試験。
 合格を果たすため奔走したが、商業科の知り合いだけではどうしても人手が足りないという問題にぶつかった。
 そこで別の科の生徒に協力を仰ぐことになった。

 そこで知り合ったのが普通科に所属していたアグノスだ。
 彼は困っている人を見捨てておけない性格で、当時協力者を探して学園を駆け回っていた自分に声をかけて来てくれたわけだ。
 そうした出会いを経て、現在彼にはホレスレット商会の従業員として働いてもらっている。

 学園で知り合ったということもあり、ホレスレット商会の従業員ではアグノスだけが気の置けない関係だ。
 そんな彼とこうして食事に行ったりする時間は、仕事の事を忘れて気を楽にできる。

「今日はどこへ食べに行くのですか?」

 アグノスはこちらを見下ろして聞いてきた。
 十歳の自分よりいくつか年上で、おそらくまだ十代だろうという年齢。
 彼の身長は百七十くらいだろうか。対して自分は百四十くらい。
 年齢から考えて差は歴然だ。
 そんな彼を見上げて言葉を返した。

「ハロエリスだよ。実は新作の味見を頼まれていてね。多分何食か用意されているだろうから、アグノスもどうかな?」

「ハロエリスの新作ですか、頂けるのでしたら私も食べてみたいですね」

「よし、決まりだね」

 これから向かう店、ハロエリスはホレスレット商会が経営している飲食店だ。
 従業員割が適用されるので食事時にはうちの従業員がよく食べに来る。
 だが今回は新作の味見であり、仕事の一環なのでお金はかからない。

「ドラウも新作料理食べてみる?」

「ふむ、新作という響きに惹かれるところはあるが我は遠慮しておこう。今日の気分はステーキなのでな」

「それじゃあ、僕とアグノスの二人分新作を頼もうか」

 ドラウは新しい料理には目もくれず、肉にまっしぐらな様子だ。
 そんな会話を楽しみながら歩いていると、賑わいを見せる店が目に入ってくる。

 店の上部には長方形の看板があり、その看板の中央に飲食店だと分かるように皿の上に置かれたナイフとフォークの絵が描いてある。
 その下にはハロエリスという店名が書いてあった。

「いつ見ても盛況ですね」

 アグノスは外から見て取れる人気に感想をつぶやく。
 屋外客席にはすべて埋まっており、各々が食事を楽しんでいるのが容易に分かった。
 屋外席は若い人に人気で、座っている人の多くは女性である。
 アグノスに続けてドラウクロウも口を開く。

「ユータ殿、これほど人が多くては席が空いてないと思うのだが、そこは大丈夫なのか?」

「あー、予約してないしちょっと待たないといけないかもね」

「ご飯は逃げないと言っていたが、これでは我のステーキが売り切れてるかもしれぬではないか!」

 ドラウの言葉の後に彼の胃が同調するように、ぐ~っと音を鳴らした。

「一先ず入ろうか」

 席が空いているかもしれない可能性も捨てきれない。
 一言告げると店内へ入った。
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