王太子との婚約破棄後に断罪される私を連れ出してくれたのは精霊様でした

星里有乃

文字の大きさ
61 / 79
逆行転生編2

06

しおりを挟む
 ――祈りの歌が、聖堂に響く。

 西方の小国家バルディアは国民の大半が、教会信仰及びそれに伴う精霊信仰であり、祭日なども教会の記念日に沿ったスケジュールとなっている。特に週末は人が多く、歌のハーモニーが厚みを帯びて、小さなコンサート会場のようにも見えた。
 子孫からの祈願を受け、祈り聴きの任務としてララベルと小妖精リリアが地上の教会へ降りると、ちょうど午前の礼拝の真っ最中だった。人間達には魂の存在であるララベルとリリアのことは目に見えないらしい……が、行儀良く一番後ろの席に座って歌に耳を傾ける。

「この歌は、何百年経ってもずっと受け継がれているのね。私、未来の地上は人々がすっかり信仰を失ったのではないかと不安でしたが、何だか安心しましたわ。私が死んだ後の遥か向こうにも同じ歌がある……」
「そうだね、この歌はララベルが生まれる前から、ずっと変わらない。人間は精霊や妖精よりも短い寿命を生きているけど、歌を受け継ぐことで魂が引き継がれているのを感じるよ」

 過去の魂であるララベルからすると、現在の地上の様子は未来を知ることと同一である。ララベルが知る限り大体の教会は、精霊や聖人が描かれたステンドグラスを配置し、聖母の像を入り口や壇上に飾られているのが一般的だ。

 しかし、その見慣れた光景にララベルがホッとしたのも束の間、突然聖堂のドアが乱暴に開けられ、祈りの歌が中断した。

 ドンッッ!

「平民どもよ、くだらない精霊に捧げる歌を止めよっ! そして、正体も分からぬ聖母像を崇めるのも、今日で終わりだっ!」


 怒鳴り散らしながら教会内の信者達を中傷する男たちは、制服と階級を示すバッジから察するにバルディア国家直属の役人のようだ。

「た、大変だわっリリア! 人々を悪い役人から守らないと」
「ララベル、待って。私達は魂の存在だから、お祈りを聞くことは出来ても、直接人間に介入することは出来ないの。ティエールみたいに地上でも肉体を持てるなら話は別だけど、今のララベルじゃ無理だわ。異変の内容を精霊界に報告して、介入能力のある精霊のチカラを借りないと……ララベルの霊魂だって危ないよ」

 おそらく精霊界のルールではリリアの言っていることが、正しいやり方なのだろう。しかし、ララベルは過去から喚び出された人間の魂であり精霊ではない……。地上に仲介しすぎることで、霊魂が地縛霊になる恐れもある。だがララベルの知る巫女の流儀では、目の前の困っている人を優先して助けることが大事だとされていた。そうなれば、答えは一つ。

「そんな……。けど、ごめんなさいリリア、私は今目の前の困っている人を見捨てられない。風の祈りよ、あの男達の足を食い止めよっ」

 ヒュウウウッッ!

 過去の地上ではかなり腕の立つ巫女だったララベルからすれば、風の魔法で足止めをすることくらい簡単なことである。だが、安定感のない魂の状態で発動する魔法は、思ったよりも脆く、ただの突風が役人の背を突いたのみ。

「……チッ風が強いな。そのドア、ちゃんと閉めとけ」
「はっ……はいっ」

 所詮、一介の魂に過ぎないララベルには限界があるのか、本来の風の魔法の威力を発揮できないまま、魔法は終わってしまった。

「どうして、魔法が効かないの? 人々を助けるのが、巫女なのに……どうして」
「ララベル……。とにかく今は自分に身を守って、変に魔法を使って悪霊に目をつけられたら、貴女の身に何かあったら……子孫のイザベルだって……うぅ」
「……! そうよね、私……きちんと過去に戻って子、孫に命を繋がなくてはいけないのに。出過ぎた真似をしたわ」

 自分の無力さに愕然とするララベルと、悪霊を警戒しララベルの子孫にも影響が及ぶことを懸念するリリア。一方、地上の教会を圧する役人の勢いは止まらず、精霊信仰の否定が始まった。

「ふんっ。アルディアス王太子が亡くなり、伝説の聖女ミーアス様が哀しみに暮れていると言うのに、この教会の輩は黒いベールも被らないのか? 貴様らの腐った根性、叩き直してやるっ」
「さあ、誓え! 偽の精霊信仰を捨てて、その魂を伝説の聖女ミーアス様に捧げるのだっ。御伽噺より現れた聖女ミーアス様降臨の奇跡、貴様にもミーアス様を崇めるチャンスがやってきたのだぞっ」
「古くより伝わる聖女ミーアス伝説を否定する馬鹿な愚民よ、正しい知識をオレ達が植え付けてやろうっ。アリアクロス暦1720年、言い伝えだとばかり思われていた聖女ミーアス伝説だが、古代遺跡より聖女ミーアス様が救世主であるという石板が発掘された。それ以降、聖女信仰は神への信仰と同一であるとされ……」

 過去の人間界には存在していなかったはずの聖女ミーアス伝説が、あたかも古い言い伝えのように語られる。

(アリアクロス歴1720年、ちょうどタイムワープした年だわ。聖女ミーアス伝説? そんな伝説、私が知る歴史には存在しない……これは一体?)

 そしてそれは、逆行転生による時間の歪みが、地上にも影響してきたことを意味していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

処理中です...