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第1章
第10話 転生、そして出会いの日へ
しおりを挟む「みんな……死んでしまった……オレの大切な人は……みんな、みんな……うぅ……どうして、こんな事に……!」
庭先には、設置して間もない睡蓮鉢が無残に壊されている。美しい睡蓮の花は、行き場を失い力なく地面に零れ落ちた。
「スイレン、スイレン……!」
静かに眠るように、命を失った婚約者スイレンの頬を静かに触れる。女神のあの美しい瞳を見ることは、もう叶わないのか?
『スグル……スグル……聞こえますか? スグル』
以前どこかで聞いた声……たまにオレの潜在意識から、訴えてくる天の声だ。いつものような明るい調子のものではなく、泣いているかのような声色だった。
「……天の声か……オレさ、とうとうひとりになっちゃったんだ……。きっと全部オレの所為だ。スイレンと約束を守れなかった……その所為で……滅亡の呪いがッ」
『落ち着いて下さい……まだ、助かる手段があります。あなたの家族も、幼なじみも……そしてスイレンの女神も……すべての滅亡から……』
「本当……なのか、一体どうすれば……オレ……こんな身体だけど。何でもするから……教えてくれッ。その方法を……」
家神一族にかけられた【滅亡の呪い】の因縁は、七代前から始まっている。いや、もしかするともっと昔からかもしれない。
水面に花開く美しい睡蓮の花には、『滅亡』というおそろしい花言葉がある。それにも関わらず、人が睡蓮を求めてしまうのはひとえにその儚さに魅入られるからだ。
そして、オレ……家神スグルという人間も睡蓮の花に魅入られた者の1人。
蓮の花と睡蓮はよく似ているが植物としては、別の花として分類されているらしい。だが、神々の世界ではこれらの花を『蓮華』と呼び……輪廻転生の象徴として咲かせている。
あの時のことを思い出す……ある夏の終わりの事だ。睡蓮の花が人の形を得たように美しい女神スイレン。彼女に一瞬で恋に堕ちたオレは、優しく微笑む女神に思わず口づけをした。
彼女はオレの婚約者、お互い一目惚れで恋に堕ちた一蓮托生の輪廻の花。
「スグルどの……絶対、浮気しないで下さいね」
不安そうな瞳でオレを見上げるスイレン、お互いはじめての交際相手のはずなのに何故そんな事を言うのだろう?
当初は疑問だったが、女性の勘とは驚くべきもので、オレ自身も気づかない深層心理の中に住んでいるもうひとりの女性の影を感じ取っていたのだろう。
『家神スグル、あなたは女神様と誓いの口づけを交わしました。それは、婚約者である女神に対して服従を誓ったことを意味するものです……』
何処からともなく聞こえた天の声。きっとオレが近い将来に、女神への服従を全う出来なくなるという予感と滅亡の警告だったのだろう。
『あの時の警告が……無駄にならないように、今からでも遅くありません……。やりましょう……女神への本当の服従を……』
天の声から伝えられる女神への服従方法は、オレの想像の範疇を上回るものだった。
* * *
由緒正しい歴代の陰陽師一族である『家神一族』が滅亡の憂き目にあった日。
『いいですか、スグル……この方法は、私が家神一族の家の神として……人身供犠となった際のやり方です。私は、女神様とは婚約していなかったので服従はしていませんが。すなわち、裏山に眠る神の池に魂を捧げるのです』
「……どうせ、もう死んでしまうんだ。この命を神の池に捧げて、新たな活路を開く。それで具体的に服従するには、どうすればいいんだ?」
『方法は……人の形となった睡蓮さんに対して行った方法と同じです。口づけを交わすのです……睡蓮の花に直接。家神になりながら、さらに服従の契約を果たせば……死に戻りも時間を巻き戻すチカラさえも手に入るやも知れません』
「睡蓮の花に直接口づけを交わす……そういう方法か。確かに、完全に人としては終わりになるな。行こう……」
頼れる相手は、いつもオレをサポートしてくれる天の声のみ……。彼の正体は、かつて今と同じように家神一族が滅亡の憂き目にあった際に、自分自身が家の神『家神』になることで復興を果たした遠い遠いご先祖様のひとりだった。
オレは、フラフラになりながらも一族復興の秘術を成すために、闇夜の裏山へと足を進めていた。
「はぁはぁ……負けるものか……。取り返すんだ……スイレンを……家族を……みんなを……」
ドロリと、腹から流れる血はオレの人間としての生命力をどんどん奪っていく。
三千世界より現れたかの人、【死に戻り】を果たした凛堂ルリ子の魂は、これまで戦ったどんなあやかしよりも強く……霊力を全て封じ込まれたオレには手も足も出なかった。
出血多量で、そんなに長く持たないであろう身体を傀儡で操りながら、なんとか女神スイレンと出会った祠を目指す。
祠の場所が、かつての神の池だという。
『スグル……泣いているのですね……。でも、その苦しみもあとわずか……』
「ああ、けど……ちゃんとスイレンに懺悔しなくちゃ……。服従を誓う前に……きっと、こんな事になったのは女神との約束を……一蓮托生の愛する女性との約束を守れなかったオレがすべて悪いんだ」
『スイレンさんの魂は、あなたのそばに居ますよ。伝えたいことがあるなら、まだ間に合います……』
「スイレン……聞いているか? ごめん、ごめん、スイレン……君だけだと誓ったのに……オレの愛は君の魂に服従すると誓ったのに……。約束を守らなかったから……」
【スグルどの……私はずっと気づいていたから……あなたが心にもうひとつの花を咲かせてしまった事……】
「そうか、気づいていたのか……今度こそ、今度こそ……裏切らないからっ!」
オレは心に婚約者である睡蓮の花だけを咲かせると約束の口づけを交わしながら、心の何処かに幼なじみの持つ別の花を……リンドウの花を咲かせてしまった。
1つの心に2つの花を持つことは出来ない。睡蓮は一目惚れ、リンドウは長く共にいたから情が移ってしまっていたのだろう。オレが曖昧な感情を持ったから、睡蓮が持つ滅亡の呪いがリンドウの古い魂を呼び起こしたのだ。
【先に、祠があった場所へと行っています。きっと呪力が切れて、祠が出来る前の池に戻っているはず。私のチカラだけでは、時間を巻き戻すことは出来ない……でも、本物の家の神『家神』ならば可能なはず。私は、本来的には睡蓮の守り神で正式な家神ではないから】
「ああ、大丈夫だ。オレが、本物のこの家の神になる……!」
人間の持つ力では死んでしまった人を甦らすことは出来ない、死んでしまった猫も、そして女神も……。
だが、家の神である家神のチカラは絶大だ……特に、家神が持つ土地に対するチカラは時間を超えて死に戻りでさえも可能にするという。
今日でオレは、人間を辞めることになる。人間の家神傑(いえがみすぐる)は今日で死ぬ。
どうせ、もうすぐ死んでしまうんだ。人として生きることが叶わないのなら、家の神……『家神』として生まれ変わった方がずっと幸せだ。
何故なら全てを取り戻せるから……あの温かな家族を、幼なじみを、そして一目惚れした美しい女神を……。
すべて時間を、巡る輪廻を捻じ曲げてでも……取り返せば良い。
祠のあったはずの場所には、大きな池……睡蓮の季節ももうすぐ終わる。
【スグルどの……さあ来てください。私ともう1度口づけを交わしましょう。輪廻の流れに乗り一蓮托生の花として……2人でひとつに……】
本来、睡蓮の花は夜眠りについている。だが、恋人からの口づけを待つために花を開き……そっと佇んでいる。
揺らめく水面が、オレの人としての魂を捧げることを望んでいるようだ。
「さあ、始めよう……もう1度……新たな魂に生まれ変わり……すべてを取り戻すために!」
睡蓮の花に服従を誓うため……口づけを交わすため……すべてをやり直すため……生まれ変わろう。
大きく身を投げ出し、入水をするとドボンッ! ……と、人間の魂が終わる音だけが家神荘の前に響いた。
2巡目の命が、あの夏から再び始まる。
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