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第1章

第12話 新人神様への手紙

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「スイレン……!」
「スグルどの……会いたかった……!」

 スイレンと再会し、永遠の服従を誓う口づけを交わす。どうやら、スイレンは他の家族と違って1巡目での記憶を失っていないようだ。

「ところで、スイレン……その鎖骨のあたりにあるホクロ……。もしかして」
 そのあとは、うまく言葉が続かなかった。死に戻りを行ってまで、オレはあの惨劇からようやく逃れた。

「うむ、スグルどのの想像通り……これはあの晩に受けた傷跡。実は、スグルどのも含めて家神一族もわたしも……本当の意味では凛堂ルリ子に殺されてはいない。これは、その名残……」
 スイレンが、鎖骨のあたりにある小さなホクロの部分にそっと手を添える。確か、怪我をする以前はその場所にホクロはなかったはず。
 そして、もしかすると肉体的には、あの日の晩の肉体がそのまま死に戻ったような言い方だ。

「えっ……? ほとんど瀕死の状態だったし、みんなやられてしまったんだと思ってたよ」
「1度でも、三途の川渡りをしてしまったら、同じ肉体から死に戻ることは難しい。だから、凛堂ルリ子は子孫であるルリどのの身体を乗っ取って復活した。そのように、私は考えている」
 真剣な眼差しで、あの晩の事件を検討するスイレンは思っていたよりも冷静で少しホッとする。

「でもさ、ちょっと違和感を感じる部分もあるんだ。例えば、この山のふもとにある自宅……あの晩までは確かにオレたち一族が暮らしていたはずなのに、今じゃ15年前から廃屋扱いだよ」
「それは、時間を巻き戻す際に、あの自宅の修復作業を行うことが出来なかったから……だと思う。なんせ、スグルどのは家神になったばかり……術師としては優秀でも神としてのチカラはまだ使いこなせていないはず」

「あっ……そういえば、オレ自身が家の神である家神になったんだっけ。でも、まるっきり変化を感じないや。どちらかっていうと、猫のミミちゃんが人間形態を維持できるようになったことの方がすごく感じたな。ミミちゃんって以前は、スイレンの霊力に頼った状態じゃないと人間になれなかっただろう?」
「確かにミミちゃんは、私の霊力を使えば1巡目でも人間化出来たけれど……普段はほとんど普通の猫だったような……。ふむ、もしかするとすでにスグルどののチカラが少しずつ働いているのかも」

 池の前でいつまでも立ち話も良くないと思い、そのまま家神荘の庭に移動。庭園スペースは、かなり昔に閉園となっていたはずだが、季節の花々に彩られておりまるで長年健在だったかのように錯覚してしまいそうだ。

 すでに、庭園に慣れているのか、住まいとしてる様子の小鳥のさえずりが聞こえる。
 庭園の花を眺めながら、ベンチに座って今後について考えを練る。


 * * *


「……なぁスイレン……。もう、今回の時間巻き戻しで、家神一族の滅亡の呪いはクリアしたんだよな?」
「……スグルどの、スグルどのはどう思われる? まだ、嫌な予感のようなものはあるか。場合によっては、然るべき対処をしないと……」

 質問を質問で返されてしまい、返答に困る。口調から察するに、いわゆる神様モードに入っているのだろう。
 確か以前にスイレンは、職業の理由で『のじゃロリ』口調になっているだけだと話していた。どちらかというと、神としての責務を果たしている間は、それっぽい言葉使いになっている気がする。
 神様歴が長いのはスイレンの方だし、婚約者といえども先輩の意見を聞いた方が良いだろう。

「嫌な予感は……あるよ。だって、ほら……今日まではまだ夏休みだけど明日から学校だろう? 万が一、まだ呪いが解けていなくて……もう1度事故ったら……」
「……また、ルリどのが事故に遭い先祖に身体を乗っ取られて……か。ふむ……まるで、凛堂ルリ子の復活を偶然を装って起こしているような……」

 しばらくの間、お互い沈黙を貫いた。いつになく真剣なスイレン、もしかしたら何か思い当たることがあるのかもしれない。

「スグルどの……落石事故の起きた山……持ち主は、だれじゃ?」
「……えっ。落石事故の山の持ち主って……ああ、この辺りは確か私有地が多いけど、家神一族の土地じゃないのは確かだよ。調べれば、分かるかもしれないけど……」
「あまり、考えたくなかったけれど、この呪いを仕掛けた犯人は……。その落石事故が起きた山の土地に住む……もしくは土地を占拠している【神】である可能性が高い。そもそも、落石が起こるような呪いが降りかかっているのなら、そこの土地の神が止めれば良いのじゃ。なのに、何もしなかった……或いは最悪、出来ないような状況に追い込まれたか……」

 犯人は呪いでも、自然現象でもなく……神?
 ずいぶんとスケールが大きい話だがスイレンも女神だし、一応オレも今日から家の神【家神】だ。神やら何やらが、派閥争いで敵に回ることだってあるだろう。

「よく考えてみたら、スイレンの加護が破られて一族が壊滅に追い込まれるなんて、相当なレベルの呪いだ……。レンゲ族と家神一族に怨みを持っている、あやかしがやったんだとばかり思っていたけど」
「怨み……ただの神ではなく、祟り神の一種やもしれない。と、なるとその山に眠る神は、すでに祟り神に吸収されてしまったか……」

「だけど、神様相手に戦うだなんて、一体どうやって対抗するんだ? あやかし相手に戦うなら分かるけど、いきなり神相手って……。術式で喚び出す式神たちだって、敵が神なんじゃ言うことを聞いてくれるかどうか……」
「対抗手段なら……ない事はない。神にはそれぞれ得意ジャンルがあるのじゃ。家内安全の神、縁結びの神、財運の神、山を守る神……。お互いの活動拠点を棲み分けながら、上手くやっていかなくては……。そして、それに背いた時には……上からの制裁が……」
 何やら、神様たちにも組織のような団体があるような言い方だ。

「上からの……神様にも何かしらの序列みたいなのが、あるってこと?」
「まぁ結構な縦社会、およびブラック企業な一面も……その派閥によっては」
「ちょ……ブラックって……一体。あれっでもさ、オレってまだそういう組織に加入してないぞ。一応、今日から神様なのに……」

 チリンチリーン! オレたちの会話を盗み聞きしていたかのごとく良いタイミングで、突如として何処からか軽快な鈴の音が鳴る。
 見上げると、青空から舞い降りたのは一羽のカラスだった。よく見ると、脚が三本ある……俗に言うヤタガラスという種族のカラスだろう。

 伝書鳩ならぬ伝書カラスのようだ。

「家神スグル様、神としてデビューされたそうですね! おめでとうございます。さっそくギルドよりお手紙が届いています! パンフレットを同封しておりますので、ご参考になさって下さい」
「えっ……はぁ、どうもありがとう」
「神々のギルドは、新人のご加入を心よりお待ち申しておりますのでっ! では、ご武運を……」

 当然のように、小型パンフレット入りの手紙を渡して、颯爽と飛び去る伝書ヤタガラス。なかなか、カラスなのに忙しそうだ……。
 来客の鈴の音に反応した猫耳御庭番メイドのミミが、慌てて何処からともなく現れた。『にゃーん、認め印を忘れているのにゃぁ』とカラスを呼び止めている。

「なあスイレン……この神々のギルドっていうのがもしかして……」
 手紙には、新人の神様に向けて激励のメッセージとギルド加入の案内が。
 ギルド……神が入っている組織の1つってギルドなのか?
「うむ……やはり、その方法しかないのか」

「えっと……スイレン……?」
「スグルどの、もしかしたら……この事件、解決できるやもしれん。さっそく行こう……異界のギルドへ!」

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