若年最強の陰陽師はノリで婚約した女神様から服従を迫られている

星井ゆの花

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第2章

第2章 第20話 湖畔の水先案内人

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 アヤメの入団試験の場所は、まさかの夢の中。異界は本来ならば、人間にとって魂として訪れる場所である。だからといって、いきなり霊体ならぬ夢の身体でテストを受けに行くとは予想外の展開だ。
 思わず息を呑むように黙っていると、セツナさんはお付きの浮遊玉タイプの眷属に用意させていたらしい小型の箱を2つ取り出した。

「この香炉をお持ち下さい。夢幻の塔へとワープが出来る特別な品です。女性用はこの紫色の香炉、男性用はこの紺色の香炉になります。アヤメさんのように霊感ゼロであっても、術式仕様のベッドと香炉を使えばワープは出来るはずです」

 箱の中でコトリと音が鳴り、中に陶器の入れ物があることを知らせているようだ。セツナさんが、手慣れた様子で香炉の使い方レクチャーをし始めた。

「わぁ! なんだか、カッコいい香炉だね。龍神様の印付きで、高級香炉って感じ」
「ふふっお気に召したようで嬉しいわ。転移アイテムでなければ、このギルドのお土産品として販売したいくらいですけど。流石に、そういうわけにもいきませんし。普通にアロマキャンドルをセットして使うだけです」
「へぇ……あっでも私って、触れたものの霊力が効かない体質なんだっけ? どうしよう」
「そうですね。念のため、点火作業は霊力無効スキル持ちのアヤメさん以外の人が行なって下さればおそらく大丈夫かと」

 見本と書かれたシール付きの龍の印のついたオシャレな香炉を片手に、簡単な使用方法を語る姿は、ギルドマスターというよりアロマショップの若手店長のようである。
 そのためアロマショップで売られている癒し系香炉のように、火をつけて香りを楽しむ道具なのでは……と錯覚しそうになる。

「分かりました。これをつけてから睡眠を取って……夢の中で、【夢幻の塔最上階】を目指すんですね? 寝室はオレだけ個室で女性陣は大きな部屋になるみたいだけど……香炉は1つずつで平気なのかな?」

 クエストメンバーはオレ以外は全員女性で、男女別に部屋をとると必然的にオレだけが個室となる。男性用の紺色の香炉はオレ1人で独占出来るが、女性陣はみんなで1つの香炉を使うことになるだろう。
 
(1つの香炉を共同で使用して、霊力が分散されたりしないのだろうか? いや、考えすぎか)

「ええ。男女別になっているだけで、1人につき1つというわけではありませんから。夢幻の塔の最上階におられる姫様に対面出来れば、テスト合格です。最上階までに多くの眷族が戦いを挑んできますが……肉体が傷つくことはありませんので安心して、戦いに挑んで下さい」

 ニッコリと微笑んで、オレとアヤメに1つずつ香炉を手渡しするセツナさん。

「えっと、その最上階にいる姫様って一体?」
『キシュー! シュシュー!』
「わっ! なんだ、眷属か。もしかして、姫様についてはタブーなのか」

 姫様の素性について尋ねようとすると、何処からともなく現れた小龍タイプの眷属がオレとセツナさんの間に立ちふさがり、セツナさんとの会話を遮断してしまった。
 最上階にいるという姫様が何者なのか気になったが、どうやら質問厳禁のようだ。

「じゃあ、夜の8時半に香炉をつけて睡眠を取るようにしよう。同じ時間に転移すれば、多分向こうで合流しやすいはずだ」
「うん。分かったスグルお兄ちゃん。じゃあまた後でね……おやすみなさい」
「ああ。お休みなさい、アヤメ。みんなもアヤメのことをよろしく」

 スイレンをはじめてとする女性陣がこくりと頷き、男女別に部屋へと分かれた。


「入団テストは、夢の中でしか辿り着けない場所か。ここのギルドマスターであるセツナさんが言うんだから、本当に話なんだろうけど。霊感ゼロの私に、そんな難しいテストがこなせるのかな?」

 中華テイストの金色のベッドには、品のよいラベンダーカラーのカバーがあしらわれている。きらびやかで眠るのには落ち着かないのでは? と疑問に感じたアヤメだったが、布団に潜ると穏やかな暗さで落ち着く感じだ。

 スイレンたちも、それぞれ用意されたベッドで就寝の準備。本来ならば夜の8時半にはまだ眠りにつかないけれど、夢を通じてクエストに行くなら早めの時刻が良いのだろう。

「夢の中とはいえ、一応今回のクエストメンバーも一緒じゃ。アヤメどの1人で夢幻の塔とやらに行くわけではなかろう。大丈夫じゃ!」
「みゃあ。そうですにゃ、アヤメお嬢様。それに、戦闘はすべてこの猫耳御庭番メイドにお任せなのにゃ」

 本来は猫モードで睡眠をとるはずのミミちゃんも、今日は人型で就寝するようだ。人型の時はアヤメよりもお姉さんのミミちゃん。だが、白猫モードのしなやかで小柄な状態を知るアヤメからすると、自分の飼い猫が頑張って無理しているように見えてしまい切なくなった。

「スイレンさん、ミミちゃん、いつもありがとう。ミミちゃんって本当は猫の姿に戻った方が休めるんでしょう……ゴメンね。ところで、スグルお兄ちゃんとは、寝室が離れちゃったけど……そのうち夢の中で落ちあえるよね?」

「おそらくは……多少のタイムラグは生じるかと思いますが、同じ夢幻の塔へと向かっているはずです。では、そろそろ術式を発動しましょうか?」

 術式発動の係は、時の女神であるモイラになった。ただ単に香炉に点火すれば良いだけのはずだが、やはり責任のある仕事ということで、時間軸を操るスキルが備わる彼女に白羽の矢が立ったのだ。

「うん。お願い、モイラさん。ふぁあ。なんだか不思議な香り……ラベンダーに似ているけれど、別のものも配合されているような。みんなも……お休みなさい」
「お休みなさい……」

 薄暗い寝室の中心部分で煌々とオレンジ色に光る小さな龍の香炉。ゆらゆらと揺れる煙は、徐々に寝室で休むアヤメたちを取り巻いていく。

 ウトウトとした眠気と共に、【魂の転送、すなわち霊体の一時離脱】という儀式が遂行された。


 * * *


 次に、目が覚めるとそこは、先程とは異なる田舎テイストな宿泊施設の一室。壁面は石造りで、ベッドはシンプルな木製、布団は押し付けがましくない程度の小さな花柄。

「う、うん……。あれっ? 私、今まで何していたんだろう? 確か、スグルお兄ちゃんたちと異界に行って、ギルド入団試験の手続きして、それから……。他のみんなは、一緒じゃないの?」

 同時に転移したはずのスイレンたちが見当たらず、思わず部屋の外へと出てみるアヤメ。
 廊下の窓から見える外の天気は曇り空、目の前には湖が広がっている。
 小さなロビーの横には、狭いながら喫茶スペースがあり、宿泊者はそこでウェルカムドリンクをもらうのが定番のようだ。不思議と喉が渇き、自分も何か飲み物を……と、フリードリンクコーナーでフラついているとアヤメよりも少しだけ背の高い少年に声をかけられる。

「やあ、君が今回の試験の当事者だね。家神アヤメさんかぁ……久しぶりの現世のお客様が可愛い子で嬉しいよ。僕があと500歳若かったら、彼女にしたかったけど」

 銀髪でツリ目がちの碧眼という典型的アニメキャラのような美少年が、お世辞とも本気ともつかない様子でアヤメに接触してきた。青いチャイナ服は細身の彼によく似合っているが、線の細さからしてまだ成長期であることをうかがわせる。
 一応、本人的にはナンパを装っているのかも知れない。

 最低でも500歳は年上らしいが、身長がひょろりと伸びているだけで、下手をするとアヤメよりも年下の小学生か中学1年生くらいに見えなくもない。そういうアヤメも、まだ中学生3年生だが。
 もしかすると、この少年にからかわれているのか。

(どうしよう。まさか、スグルお兄ちゃんやみんなと合流しないうちに、いきなり異界の民に話しかけられるなんて。しかもこの子、自称500歳年上……?)

 だが、客観的に見ても目鼻立ちの整った美少年な上にカッコつけている彼が可哀想なので、取り敢えずは話を合わせることにした。もしかすると、セツナさんのように本当に年齢を重ねているのかも知れないし。

「えっと……500歳若かったらって、私から見るとあなたもまだ十代の若者に見えるけど……もしかすると、異界の民は年齢より若く見えるのね。ところで私、夢幻の塔ってところを目指してここに来たはずなんだけど。何か知ってる?」

「ふふっ。申し遅れたね……僕は、この湖畔の水先案内人で龍族の精霊使い黎明(れいめい)。見た目に関しては、霊力を抑えている間はどうしても子供の姿になっちゃうだけだよ。こう見えても、真の姿はカッコいい長身イケメン大人の男モードがあるからッ!」

 いわゆるドヤ顔で胸を張るように、真の姿は大人の長身イケメンであることを主張する黎明。むしろ、その仕草が子供っぽいと感じたアヤメだが、それを指摘すると彼のアイデンティティを傷つけかねない。
 しかも、容姿に対する自信が人一倍ありそうな雰囲気である。気をつけて会話を進めなくては……と、改めて言葉を選ぶアヤメ。

「そ、そうだったの。セツナさんといい龍族って、霊力の加減で見た目年齢が変化する種族なんだ」
「龍族は神の中でも長命な種族だからね。まぁそれはともかく君が、お仲間と合流するまでの間のボディガードを任されたんだ。好きな食べ物は龍族好みに煮込んだ温泉卵、よろしくね!」

 白い手袋をわざわざ取り、初めましての握手を求めてくる黎明少年。すでに、アヤメを夢幻の塔まで案内する気の黎明を邪険に扱うわけにもいかず……。

「うん、黎明くん。こちらこそよろしくお願いします」

 と、思わず彼の手を握り返してしまうアヤメ。その手は人間では考えられないほどひんやりと冷たく、水の中に手を入れているような温度で……。霊感のないアヤメでも、湖畔の水先案内人が異界の民であることを認めざるを得ないのであった。
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