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第2章
最終話 水蓮――水辺に咲く蓮の花
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辿り着いた芝居の会場は、秋祭りのメインとなっている寺社の会館の一室。異変が起きたのは無事に伽羅やモイラさんとも落ち合い、4人で芝居を見ながら家神一族にかけられた因果の渦が発生する原因を突き止めようとした時だった。
「それでは、皆さま……陰陽師一族に伝わる『五芒星の因果』の神楽……とくとご覧あれ!」
芝居の始まりを告げる田舎神楽の笛の音が鳴り響いた後、オレの母であるまどかや陰陽師仲間達が一斉に面をかぶって舞台の現れた。
「いよっ! 待ってました!」
「わぁ! 陰陽師さんだぁ……すごーい」
拍手と掛け声の中、なかなか盛況そうな芝居を見守っていると突然……ピタッと会場の空気が止まり、観客も舞台上の役者も、神楽の音色もすべて停止してしまう。それどころか、人々の表情も動きも全てストップボタンで停止させられた映像のように、固まった状態だ。
拍手をしている最中の親子連れ、掛け声をかけていたおじいさん、演奏中の奏者達、舞を舞うポーズの役者。もちろん、オレの両隣で舞台を観ていたスイレンや伽羅、モイラさんも……みんなが魂の抜けた人形のようだ。
「そんな、女神様のスイレンや伽羅、モイラさんまで……。一体、何の術がかかっているんだっ? オレ以外の時間がまるっきり、止まってしまうなんて……」
「ヤダなぁ……全てはキミが望んだことじゃないか、家神スグル。何度も何度も自分の望む世界を求めてタイムリープを繰り返した結果だよ」
どこかに動いている人はいないかと確認するために、思わず席から立ち上がると背後からフッと甲高い少年の声。
「だっ誰だっ? えっ……その耳は、もしかして狐?」
振り返ると札を手にした陰陽師装束の金髪おかっぱヘアの少年が、ちょっぴり悪戯にニコッと微笑んでいる。ヒトと違うところを挙げるとすれば、頭の上からぴょっこりと生えたキツネのような耳と、お尻のあたりのフサフサの尻尾だろう。
「あははっ! 確かに僕は狐の血が入っているけど、半分は人間だよ。しかも、本来はこの時代の狐ではない……一千年前のキミのご先祖様と同世代の狐だ。普段は遠くで君達を見守っているんだけど、一定のペナルティ基準を超えると僕みたいな古い陰陽師がこうやって動くの」
「何でこんなことを……もしかして、家神一族に不幸の因果が訪れるのはキミの仕業なのかっ」
オレの一族はお稲荷様にはよく尽くしている方だし、参拝するときはきちんと油揚げなどをお供えするようにしているハズだが。どこかで、見落としている神様がいたのだろうか。
「もうっ! 家神スグル……僕の話を聞いてる? さっき、言ったよね。全ての因果の原因は、全て家神スグル自身にあるんだよって。キミがタイムリープを繰り返して本来拾うべき因果から逃げると、シワ寄せで別の因果が家神一族に降りかかるの! まったく、未来の陰陽師は短気というか風流じゃないよねぇ……。これでも一応、陰陽師達の守り神なんだけどなっ! やっぱりこの少年時代の姿が舐められるのかな」
さすがは昔の人というか、風流とかゆったりとした気持ちで過ごすことをよしと考えているようだ。けれど、これまでの出来事の原因が全てオレにあるというのは、ちょっと行きすぎなんじゃないだろうか。相手は人間とのハーフとはいえお稲荷様のようだし、目上の人みたいだけど思い切って否定と質問をぶつけてみる。
「全て、オレが原因……って本当なんですか? でも、母さんが消えたことや家神一族に不幸の因果が続くことまで、オレが原因だと言いたいんですか?」
「うーん……ちょっと、違うかな。例えばさ、スグル君。キミは全ての人々が人生順調だと思うかい? 違うよね、浮き沈みとか嫌なこととか大切な人との別れとか付いて回る。哀しいことだけど、人はそれを乗り越えて生きていかなくてはいけない。けれど、スグル君は哀しみを回避するために時間を巻き戻した……これまでに一度じゃないよ。忘れているだけで、何度も何度も……ついには自らの魂を捧げて死に戻りの秘術まで」
チクチクと、オレのしてきた後ろめたい部分をトゲで刺すような言い方で指摘してくる。つまり、彼はオレが嫌なことから逃避するための常に陰陽師のチカラを使って、時間の巻き戻しを行なっていると言いたいのだろうか。その行いが原因となり、何らかの形でどこかで新たな不幸が起こると言いたいように感じられた。
「そっ……それは! みんなを……家族を助けたいから。だから、オレは家の神である家神になってそれで……」
「うん。そこまでは、一千年前の陰陽師会のルールの中でもギリギリの範疇だよ。けどね、再びまたお母さんの命を助けたい、蘇らせたいと願うことはタブーに触れる。それに、スグル君の母親は死んでしまった訳ではない……霊力を使い切って蓮の花に戻ったんだ」
オレを諭すために、狐の少年はふわっと手の上で映像を展開する。立体映像で観れるそれは、母さんが蓮の花の上でスヤスヤと眠る姿だった。場所は……現代の家神荘の裏庭にある蓮の池である。
「えっ……じゃあ、母さんは未来でも死んでいるわけじゃなくて、今も蓮の花として生きて?」
「うん……女神様だからね。本来は死んじゃうはずのところでも、きちんと生きているのさ。けど、スグル君は人間としてのお母さんに会いたいから、こうして過去に遡り彼女が蓮の花に戻ってしまう瞬間を止めに来た。本来の時間軸だと、この神楽の霊力に反応し古いあやかしが蘇って……討伐するためにお母さんは人の姿を維持出来なくなった」
この話が本当だとすると、今の瞬間の時間停止が解除された瞬間……母さんとあやかしのバトルが開始されてしまう。でも、今この場にはオレやスイレン、伽羅、モイラさんと戦えるメンバーが揃っている。母さん1人の霊力で限界がある敵でも、助っ人が4人も増えれば霊力を使い切らないで済むのではないだろうか。オレの考えはお稲荷様には筒抜けのようで、シュッと尖った形の良い顎に手を当てて『うーん』と唸り始めた。
「今の時点で時を止めたのは、あやかしが蘇る直前だからですか? なんで、そのタイミングで……。オレが間に入ってあやかしを倒すルートを止めるためなんですか?」
「まぁそういうことかな? 未来から来た陰陽師がお母さんを助けるために、過去の世界で仲間達とあやかし相手に大暴れ。バトルシーン満載のまさに、ラストバトルにふさわしい展開のはずだ……。けれど、その因果を超えてしまうと一緒に来た仲間達と出会う可能性は極めて低い。俗に言うタイムパラドックスっていうのが起きてしまう。大きな大きな矛盾点……残念ながら、それを見過ごすわけにはいかない」
「でも、お稲荷様はオレがここで母さんを見捨てることが出来ないのを承知で、こうして現れたんですよね。じゃあ……オレにどうしろと……!」
陰陽師の掟に大きく外れるタイムパラドックス、本来はやってはいけないこと。けれど、オレの心は母さんを見捨てられない……こればかりはどうしようもない。
「ゴメンね、これ以上時間をごちゃごちゃにされると大きく矛盾しちゃうからさ。だからね……家神スグル君、キミに最後の選択をさせてあげる!」
「最後の……選択?」
「そう。ここで家神まどかの霊力を僕が封じてあやかしが蘇らないようにすれば、この神楽はただのお芝居で終わる。お母さんも蓮の花に戻らないし、結果として一蓮托生の配偶者であるお父さんの命も無事だ。けど、その時間軸はスグル君の体験したことのない時間軸。だから、ペナルティとしてスグル君の霊力も取るあげられる」
「えっ……オレの霊力が、取りあげられる? それって陰陽師じゃなくなっちゃうってことですか……」
「そうだよ。一緒にいるお仲間と冒険する未来も無くなるけど。その代わりに、スグル君が女神様と婚約することもないから幼馴染が嫉妬で先祖霊に取り憑かれて事件を起こす可能性もない。極めて地味で平凡で……だけど平和な学生生活だ……女神様達抜きのね」
つまり、母さんが人間として生きていく将来と引き換えにスイレン達との将来を失くすということだ。こんな風に自分の人生を天秤にかけるなんて……思ってもみなかった。
すると、だいぶお稲荷様の時間を止める術が切れてきたのか。はたまた、お稲荷様が気を利かせたのか……隣で抜け殻となっていたスイレンの意識が元に戻った。
「スグルどの……何となく予感はしていたが、話は聞いたぞ。なに、悩むことはなかろう……わらわとスグルどのは一蓮托生の運命の相手じゃ! 例えスグルどのが陰陽師のチカラを失っても、わらわとスグルどのは絶対に結ばれるのじゃっ。だから……答えは簡単、お母様とお父様の命を優先して、スグルどのは家族で暮らす将来を選べばいい」
ニッコリと微笑むスイレンは、流石は女神様という美しさだが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「スイレン……でも、お稲荷様はオレが陰陽師じゃ無くなると女神様達と出会う可能性は極めて低いって……」
「ふふっ……スグルどのは、何か大事なことを忘れていないかのう。スグルどのはわらわに『服従』を誓っているではないか。わらわの『命令』が聞けないとでも……。どのような人生を歩んだとしても必ず、わらわを見つけ出すのじゃ! 良いな……」
「スイレ……ン」
別れの餞別と言わんばかりにスイレンから、突然の口づけ。触れた唇は柔らかくて、この体温が消えて無くなるなんて考えられない。
「そうじゃ……最後に、教えてやろう。わらわの本当の名前を……実はな、睡蓮の女神だからスイレンというのはちょっとだけ嘘なのじゃ。きちんと漢字で名を持っておる……スグルどのが、英傑の字から『家神傑』という名を持っているように。わらわにも意味のある漢字があるのじゃ……運命の人にだけ伝えるのが習わし。きっと今伝えるべきなのだろう……」
「スイレンの本当の名前? 意味のある漢字……それって真名」
「耳を貸せ。もうすぐ時の輪が閉じる……わらわの本当の名前は水辺に咲く蓮と書いて『水蓮』じゃ。必ず……会おうぞ!」
――彼女の名は『水蓮』、オレの運命の女神様の名前。頭の中でその名を反芻しながら、ウトウトと深い深い夢の中へと落ちていく。
『水蓮、約束するよ。霊力が消えても、陰陽師じゃなくなっても……必ず君を見つけ出すから……!』
* * *
それは、長く続いた夏休み最後の日の出来事。オレは家神一族という由緒正しい陰陽師一族の末裔だが不思議と霊力が備わっておらず、時折思い出したように雑用を頼まれるのが日課になっていた。
家神一族はいわゆる大家族で、オレと両親、陰陽師の祖父、叔父さん、叔母さん、従姉妹のツグミ姉ちゃんとアヤメ、アヤメの許嫁の黎明君、そしてペットの白猫ミミちゃんだ。どちらかというと女性が強い一族の中で、都合よくこき使われている。
「ねぇ、スグル。陰陽師の石碑に捧げる大事な水晶を上の別荘から貰ってきてちょうだい」
「えぇっ? 今からっ。しかも、大事なものなんて運ぶのプレッシャーなんだけど」
「あなたしか手の空いている人がいないのよ……お願い!」
一族の中で唯一の暇人であるオレに、母さんは遠慮なく用事を押し付けてくる。オレの住まいは家神一族所有のふもとの家だが、祖父と叔父家族は山の中腹の別荘で暮らしており、往復するのも一苦労なのだが……。
(あーあ。オレにも霊感があれば、こんな風に雑用係とかじゃなくて『最強の陰陽師』とか言ってバリバリやっていたんだろうな)
バトルものの主人公のような陰陽師に憧れたこともあったが、今ではすっかり諦めている。『あやかしと戦うだけが人生じゃないさ……男には他にも戦う場所がある! 人生という戦いがな……』と同じく霊力が全くない叔父さんが励ましてくれたっけ。
蒸し暑い中、山道を歩くと虫の声や風の音がざわざわと聞こえてきた。霊感のある人なら、この辺りで『何かいますね……見えました』とか言いそうだが、オレにはさっぱり見えない。そのため、自然環境豊かな山のお散歩コースハード版として、心に刻まれている。
ふと、通い慣れた道を外れて涼しげな水生植物の池のあたりを散策したくなった。ちょっとくらい、寄り道しても良いだろう……少しは休憩したい。
すると、見頃であれば蓮や睡蓮が美しく咲く池の向こうに美しい女性の姿……。長い髪の毛はサラサラと手入れされていて、巫女装束がよく似合う。陰陽師の関係者とか、何処かの神社仏閣から来たお客様だろうか?
(なんて、可愛くて美しい人なんだろう……まるで女神様のようだ)
「スグルどの……!」
向こうはオレの名を知っているようで女性と目が合う……ニコッと微笑む彼女を見た瞬間に、思わず知るはずのないその名前を呼んだ。
「スイレン、水蓮……!」
――彼女の名は水蓮……よく思い出しましたね。何処からともなく聞こえる声は、オレの心に住まう『天の声』だ。
『しかし……本当にいいんですか大変ですよ、スグル。あなたはまた、運命の女神様に服従を誓わなくてはいけないのです』
「分かっているよ、天の声。それでもオレは……やっぱり、彼女と生きていきたいんだ」
睡蓮の女神でありながらその魂は、水辺に浮かぶ蓮の花。オレが生まれる前から運命を誓うたった1人の大事な女性。一蓮托生の運命の輪が、再び……動き出そうとしていた。
「それでは、皆さま……陰陽師一族に伝わる『五芒星の因果』の神楽……とくとご覧あれ!」
芝居の始まりを告げる田舎神楽の笛の音が鳴り響いた後、オレの母であるまどかや陰陽師仲間達が一斉に面をかぶって舞台の現れた。
「いよっ! 待ってました!」
「わぁ! 陰陽師さんだぁ……すごーい」
拍手と掛け声の中、なかなか盛況そうな芝居を見守っていると突然……ピタッと会場の空気が止まり、観客も舞台上の役者も、神楽の音色もすべて停止してしまう。それどころか、人々の表情も動きも全てストップボタンで停止させられた映像のように、固まった状態だ。
拍手をしている最中の親子連れ、掛け声をかけていたおじいさん、演奏中の奏者達、舞を舞うポーズの役者。もちろん、オレの両隣で舞台を観ていたスイレンや伽羅、モイラさんも……みんなが魂の抜けた人形のようだ。
「そんな、女神様のスイレンや伽羅、モイラさんまで……。一体、何の術がかかっているんだっ? オレ以外の時間がまるっきり、止まってしまうなんて……」
「ヤダなぁ……全てはキミが望んだことじゃないか、家神スグル。何度も何度も自分の望む世界を求めてタイムリープを繰り返した結果だよ」
どこかに動いている人はいないかと確認するために、思わず席から立ち上がると背後からフッと甲高い少年の声。
「だっ誰だっ? えっ……その耳は、もしかして狐?」
振り返ると札を手にした陰陽師装束の金髪おかっぱヘアの少年が、ちょっぴり悪戯にニコッと微笑んでいる。ヒトと違うところを挙げるとすれば、頭の上からぴょっこりと生えたキツネのような耳と、お尻のあたりのフサフサの尻尾だろう。
「あははっ! 確かに僕は狐の血が入っているけど、半分は人間だよ。しかも、本来はこの時代の狐ではない……一千年前のキミのご先祖様と同世代の狐だ。普段は遠くで君達を見守っているんだけど、一定のペナルティ基準を超えると僕みたいな古い陰陽師がこうやって動くの」
「何でこんなことを……もしかして、家神一族に不幸の因果が訪れるのはキミの仕業なのかっ」
オレの一族はお稲荷様にはよく尽くしている方だし、参拝するときはきちんと油揚げなどをお供えするようにしているハズだが。どこかで、見落としている神様がいたのだろうか。
「もうっ! 家神スグル……僕の話を聞いてる? さっき、言ったよね。全ての因果の原因は、全て家神スグル自身にあるんだよって。キミがタイムリープを繰り返して本来拾うべき因果から逃げると、シワ寄せで別の因果が家神一族に降りかかるの! まったく、未来の陰陽師は短気というか風流じゃないよねぇ……。これでも一応、陰陽師達の守り神なんだけどなっ! やっぱりこの少年時代の姿が舐められるのかな」
さすがは昔の人というか、風流とかゆったりとした気持ちで過ごすことをよしと考えているようだ。けれど、これまでの出来事の原因が全てオレにあるというのは、ちょっと行きすぎなんじゃないだろうか。相手は人間とのハーフとはいえお稲荷様のようだし、目上の人みたいだけど思い切って否定と質問をぶつけてみる。
「全て、オレが原因……って本当なんですか? でも、母さんが消えたことや家神一族に不幸の因果が続くことまで、オレが原因だと言いたいんですか?」
「うーん……ちょっと、違うかな。例えばさ、スグル君。キミは全ての人々が人生順調だと思うかい? 違うよね、浮き沈みとか嫌なこととか大切な人との別れとか付いて回る。哀しいことだけど、人はそれを乗り越えて生きていかなくてはいけない。けれど、スグル君は哀しみを回避するために時間を巻き戻した……これまでに一度じゃないよ。忘れているだけで、何度も何度も……ついには自らの魂を捧げて死に戻りの秘術まで」
チクチクと、オレのしてきた後ろめたい部分をトゲで刺すような言い方で指摘してくる。つまり、彼はオレが嫌なことから逃避するための常に陰陽師のチカラを使って、時間の巻き戻しを行なっていると言いたいのだろうか。その行いが原因となり、何らかの形でどこかで新たな不幸が起こると言いたいように感じられた。
「そっ……それは! みんなを……家族を助けたいから。だから、オレは家の神である家神になってそれで……」
「うん。そこまでは、一千年前の陰陽師会のルールの中でもギリギリの範疇だよ。けどね、再びまたお母さんの命を助けたい、蘇らせたいと願うことはタブーに触れる。それに、スグル君の母親は死んでしまった訳ではない……霊力を使い切って蓮の花に戻ったんだ」
オレを諭すために、狐の少年はふわっと手の上で映像を展開する。立体映像で観れるそれは、母さんが蓮の花の上でスヤスヤと眠る姿だった。場所は……現代の家神荘の裏庭にある蓮の池である。
「えっ……じゃあ、母さんは未来でも死んでいるわけじゃなくて、今も蓮の花として生きて?」
「うん……女神様だからね。本来は死んじゃうはずのところでも、きちんと生きているのさ。けど、スグル君は人間としてのお母さんに会いたいから、こうして過去に遡り彼女が蓮の花に戻ってしまう瞬間を止めに来た。本来の時間軸だと、この神楽の霊力に反応し古いあやかしが蘇って……討伐するためにお母さんは人の姿を維持出来なくなった」
この話が本当だとすると、今の瞬間の時間停止が解除された瞬間……母さんとあやかしのバトルが開始されてしまう。でも、今この場にはオレやスイレン、伽羅、モイラさんと戦えるメンバーが揃っている。母さん1人の霊力で限界がある敵でも、助っ人が4人も増えれば霊力を使い切らないで済むのではないだろうか。オレの考えはお稲荷様には筒抜けのようで、シュッと尖った形の良い顎に手を当てて『うーん』と唸り始めた。
「今の時点で時を止めたのは、あやかしが蘇る直前だからですか? なんで、そのタイミングで……。オレが間に入ってあやかしを倒すルートを止めるためなんですか?」
「まぁそういうことかな? 未来から来た陰陽師がお母さんを助けるために、過去の世界で仲間達とあやかし相手に大暴れ。バトルシーン満載のまさに、ラストバトルにふさわしい展開のはずだ……。けれど、その因果を超えてしまうと一緒に来た仲間達と出会う可能性は極めて低い。俗に言うタイムパラドックスっていうのが起きてしまう。大きな大きな矛盾点……残念ながら、それを見過ごすわけにはいかない」
「でも、お稲荷様はオレがここで母さんを見捨てることが出来ないのを承知で、こうして現れたんですよね。じゃあ……オレにどうしろと……!」
陰陽師の掟に大きく外れるタイムパラドックス、本来はやってはいけないこと。けれど、オレの心は母さんを見捨てられない……こればかりはどうしようもない。
「ゴメンね、これ以上時間をごちゃごちゃにされると大きく矛盾しちゃうからさ。だからね……家神スグル君、キミに最後の選択をさせてあげる!」
「最後の……選択?」
「そう。ここで家神まどかの霊力を僕が封じてあやかしが蘇らないようにすれば、この神楽はただのお芝居で終わる。お母さんも蓮の花に戻らないし、結果として一蓮托生の配偶者であるお父さんの命も無事だ。けど、その時間軸はスグル君の体験したことのない時間軸。だから、ペナルティとしてスグル君の霊力も取るあげられる」
「えっ……オレの霊力が、取りあげられる? それって陰陽師じゃなくなっちゃうってことですか……」
「そうだよ。一緒にいるお仲間と冒険する未来も無くなるけど。その代わりに、スグル君が女神様と婚約することもないから幼馴染が嫉妬で先祖霊に取り憑かれて事件を起こす可能性もない。極めて地味で平凡で……だけど平和な学生生活だ……女神様達抜きのね」
つまり、母さんが人間として生きていく将来と引き換えにスイレン達との将来を失くすということだ。こんな風に自分の人生を天秤にかけるなんて……思ってもみなかった。
すると、だいぶお稲荷様の時間を止める術が切れてきたのか。はたまた、お稲荷様が気を利かせたのか……隣で抜け殻となっていたスイレンの意識が元に戻った。
「スグルどの……何となく予感はしていたが、話は聞いたぞ。なに、悩むことはなかろう……わらわとスグルどのは一蓮托生の運命の相手じゃ! 例えスグルどのが陰陽師のチカラを失っても、わらわとスグルどのは絶対に結ばれるのじゃっ。だから……答えは簡単、お母様とお父様の命を優先して、スグルどのは家族で暮らす将来を選べばいい」
ニッコリと微笑むスイレンは、流石は女神様という美しさだが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「スイレン……でも、お稲荷様はオレが陰陽師じゃ無くなると女神様達と出会う可能性は極めて低いって……」
「ふふっ……スグルどのは、何か大事なことを忘れていないかのう。スグルどのはわらわに『服従』を誓っているではないか。わらわの『命令』が聞けないとでも……。どのような人生を歩んだとしても必ず、わらわを見つけ出すのじゃ! 良いな……」
「スイレ……ン」
別れの餞別と言わんばかりにスイレンから、突然の口づけ。触れた唇は柔らかくて、この体温が消えて無くなるなんて考えられない。
「そうじゃ……最後に、教えてやろう。わらわの本当の名前を……実はな、睡蓮の女神だからスイレンというのはちょっとだけ嘘なのじゃ。きちんと漢字で名を持っておる……スグルどのが、英傑の字から『家神傑』という名を持っているように。わらわにも意味のある漢字があるのじゃ……運命の人にだけ伝えるのが習わし。きっと今伝えるべきなのだろう……」
「スイレンの本当の名前? 意味のある漢字……それって真名」
「耳を貸せ。もうすぐ時の輪が閉じる……わらわの本当の名前は水辺に咲く蓮と書いて『水蓮』じゃ。必ず……会おうぞ!」
――彼女の名は『水蓮』、オレの運命の女神様の名前。頭の中でその名を反芻しながら、ウトウトと深い深い夢の中へと落ちていく。
『水蓮、約束するよ。霊力が消えても、陰陽師じゃなくなっても……必ず君を見つけ出すから……!』
* * *
それは、長く続いた夏休み最後の日の出来事。オレは家神一族という由緒正しい陰陽師一族の末裔だが不思議と霊力が備わっておらず、時折思い出したように雑用を頼まれるのが日課になっていた。
家神一族はいわゆる大家族で、オレと両親、陰陽師の祖父、叔父さん、叔母さん、従姉妹のツグミ姉ちゃんとアヤメ、アヤメの許嫁の黎明君、そしてペットの白猫ミミちゃんだ。どちらかというと女性が強い一族の中で、都合よくこき使われている。
「ねぇ、スグル。陰陽師の石碑に捧げる大事な水晶を上の別荘から貰ってきてちょうだい」
「えぇっ? 今からっ。しかも、大事なものなんて運ぶのプレッシャーなんだけど」
「あなたしか手の空いている人がいないのよ……お願い!」
一族の中で唯一の暇人であるオレに、母さんは遠慮なく用事を押し付けてくる。オレの住まいは家神一族所有のふもとの家だが、祖父と叔父家族は山の中腹の別荘で暮らしており、往復するのも一苦労なのだが……。
(あーあ。オレにも霊感があれば、こんな風に雑用係とかじゃなくて『最強の陰陽師』とか言ってバリバリやっていたんだろうな)
バトルものの主人公のような陰陽師に憧れたこともあったが、今ではすっかり諦めている。『あやかしと戦うだけが人生じゃないさ……男には他にも戦う場所がある! 人生という戦いがな……』と同じく霊力が全くない叔父さんが励ましてくれたっけ。
蒸し暑い中、山道を歩くと虫の声や風の音がざわざわと聞こえてきた。霊感のある人なら、この辺りで『何かいますね……見えました』とか言いそうだが、オレにはさっぱり見えない。そのため、自然環境豊かな山のお散歩コースハード版として、心に刻まれている。
ふと、通い慣れた道を外れて涼しげな水生植物の池のあたりを散策したくなった。ちょっとくらい、寄り道しても良いだろう……少しは休憩したい。
すると、見頃であれば蓮や睡蓮が美しく咲く池の向こうに美しい女性の姿……。長い髪の毛はサラサラと手入れされていて、巫女装束がよく似合う。陰陽師の関係者とか、何処かの神社仏閣から来たお客様だろうか?
(なんて、可愛くて美しい人なんだろう……まるで女神様のようだ)
「スグルどの……!」
向こうはオレの名を知っているようで女性と目が合う……ニコッと微笑む彼女を見た瞬間に、思わず知るはずのないその名前を呼んだ。
「スイレン、水蓮……!」
――彼女の名は水蓮……よく思い出しましたね。何処からともなく聞こえる声は、オレの心に住まう『天の声』だ。
『しかし……本当にいいんですか大変ですよ、スグル。あなたはまた、運命の女神様に服従を誓わなくてはいけないのです』
「分かっているよ、天の声。それでもオレは……やっぱり、彼女と生きていきたいんだ」
睡蓮の女神でありながらその魂は、水辺に浮かぶ蓮の花。オレが生まれる前から運命を誓うたった1人の大事な女性。一蓮托生の運命の輪が、再び……動き出そうとしていた。
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俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
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シリアスなのかコミカルなのかどっちに行っても良い作品だと思います。