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第1章 一周目
第13話 完成しない婚約契約書
しおりを挟む世の中には、タイミングの良い人と悪い人がいるとされている。ルキアブルグ公爵、その娘ヒルデ、そして下宿人のフィヨルド王子は、3人ともタイミングの悪い部類の人間だった。
そんな運のない3人の身に降りかかったアクシデントが、『男女のアレコレ中にお父さんが帰って来たよ事件』である。ヒルデがフィヨルドと自分の部屋で遂に結ばれようとした瞬間に、何を思ったのかマスターキーを使って父がお部屋に入って来たのだ。
手に海外のお土産を持って、娘を喜ばせようとするルキアブルグ公爵の目の前には、アダルティーな大人の扉を開けようとする半裸の愛娘ヒルデと下宿人フィヨルドの姿。天蓋ベッドの上で、今にも想いを遂げようとしている初々しい光景が、お父さんの目に焼きつく。それはもうクッキリと。
「ヒルデ、フィヨルド! お前達、その姿は一体……一体……?」
「はわわっ。お、お父様。ノックくらいして下さいな」
「ひぃいいいいっルキアブルグ公爵、ええとこれには深い訳が」
一体、何のために部屋のドアに鍵がかけてあるのか?
それはともかくとして、案外キレやすい性格のルキアブルグ公爵は、娘のニャンニャンを許さなかった。まるで、年齢制限があるウェブ小説サイトの如く、詳細な描写を一切禁止するその姿は、いつものお父さんじゃなかった。
「貴様ぁああっ。そこに直れっ。成敗してくれるわぁああああっ。覚悟ぉおおおっ」
「ぎゃああああっ」
「やめてっお父様っ。フィヨルドを虐めないでっ。いやぁっ」
ヒルデの制止には目もくれず、怒りに任せてお土産の『ウサギのぬいぐるみ』を、ヒルデと結ばれようとしていたフィヨルドの金髪に投げつける。ただ単に、若いイケメンへの嫉妬が含まれているかも知れないが、今はそんなことどうでも良かった。
次の日の朝。
盛大な喧嘩から一晩たち、気持ちが落ち着いたところで、父の部屋に呼び出されたヒルデとフィヨルド。きちんと服を整えて、2人で土下座をする羽目になった。だがその目にはそれぞれ、覚悟という名の鋭い光が見えた。
本音で戦うには余計な体裁は無用と、それぞれ判断したのだろう。フィヨルドは、生娘であるヒルデに手を出そうとしたことは謝りつつも、その想いは真剣であることを告げることにした。
「もっ申し訳ございませんでしたっ。ルキアブルグ公爵っ。ですが、ヒルデさんのことを愛している気持ちに、嘘偽りはございませんっ」
「お父様っ。お願いだから、フィヨルドをこれ以上責めないでくださいな。わたくし達、真剣に愛し合ってますの。例え神殿のお告げがジークとの結婚を強制してきたとしても、わたくしはもうフィヨルドの妻になると決めているのですっ」
別にルキアブルグ公爵だって、2人が恋仲になるのを反対しているわけではない。もともとは、神殿のお告げにより結婚相手として呼んだのが、フィヨルド王子なのだ。けれど、この国のご神託はとても気まぐれで、今となってはヒルデの相手がフィヨルドなのか、勇者ジークなのか分からなくなっていた。
だが、ヒルデとフィヨルドは例えお告げの相手が別の誰かになろうとも、駆け落ちしてでも一緒になると心に決めていたという。
「オレ達の愛は誰にも止められないっ。例え神がオレを殺そうとしても、闇の底からでも復活してヒルデと結ばれて見せるっ」
「お父様、もし反対なさるのであれば、わたくしが相続する予定のお母様の遺産を全て持ち出して、海外へ駆け落ちさせていただきます。永住権をよその国で取り、フィヨルドと慎ましく暮らしていくの。もう決めたわっ」
「ヒルデ、愛してるよ」
「フィヨルド……わたくしも」
手を恋人繋ぎでがっしりと繋いで今にもイチャイチャチュッチュしそうな2人は、目に毒なくらいラブラブだった。ルキアブルグ公爵は、可愛い愛娘がいつの間にか、こんな典型的なリア充になっていたのかと愕然とする。
(不味い、このままではワシが悪者になってしまう)
ピュアな目で深い愛を訴えてくる2人の熱意に負けたルキアブルグ公爵は、ちょっぴり頑固なだけで実は物分かりのいいお父さんを演じることにした。これ以上、娘からの好感度を下げては、後々良くないと判断したのだ。
「おほんっ。別にワシは、2人の交際を反対しているわけではないよ。ただな、この神聖ミカエル帝国では、きちんと婚約してから男女交際を始めるのが決まりなのだ。娘が十六歳になるまでは、これが有効なのだ。ほれ、ここに神殿に提出する『婚約契約書』がある。2人のサインと血判を捺して提出したら、交際しても良いぞ」
「えっ……でも、最近のお告げではジークさんと結婚させられそうだって。ヒルデが……」
「うむ。だからこそ、正式なお告げが下る十七歳を迎える前に、婚約契約書を提出するんだよ。お布施はワシが払っておくから、お金のことは気にせずサインしなさい」
ルキアブルグ公爵がデスクの上に、神殿へ提出するための婚約契約書をはらりと置いた。そして、その横にはサインをするための万年筆と、朱肉が。
即ち、交際を認める旨を遠回しに伝えて来たのだ。
「本当にいいんですのっ。お父様?」
「まぁな。フィヨルド君にも思わせぶりに下宿させておいて、やっぱりお告げの相手がジークどのになったから帰ってくれなんて。酷いと思っていたしな。ヒルデが幸せになってくれれば、ワシはそれで満足だよ」
ツンデレ悪役令嬢と渾名がついていたヒルデの父は、やはりちょっとだけツンデレだった。頑固オヤジの貴重なデレを頂いたフィヨルドは、涙ながらにヒルデへの永遠の愛を誓う。
「あぁっ! 本当に、ありがとうございます。オレは、婚約者として呼ばれたから、ヒルデと結婚したい訳じゃなくて。本当に心の奥底から、彼女を愛してしまったんです。例え、お告げがジークさんを選んだとしても、奪い返すつもりでいたから。だからっこうして認めて頂いて、死ぬほど嬉しいですっ」
「大好きよフィヨルド、幸せになりましょう。わたくし、永遠にあなたを愛し続けますわ」
思わず男泣きするフィヨルドと、その彼の胸の中で泣き始めるヒルデ。そこまで2人がお告げのことで思い詰めているとは知らず、つられて涙を零すルキアブルグ公爵。
窓の向こうでは、暗雲が立ち込めてポツポツと雨が降り始めていた。涙を具現化したにしては、あまりにも激しい雨音に不吉な予感が走る。
「なんだか、外の天気が悪くなってきたな。早く婚約契約書にサインを……」
――その瞬間だった。
まるで愛し合う2人の運命を天の雷が切り裂くかの如く、轟音と共に窓ガラスを破り、稲妻がヒルデとフィヨルドを襲う。室内に雷が落ちることはごく稀だが、何万分の1の不幸が2人を追いかけてきたのだ。
しかも、3人の中でいちばんか弱いヒルデを集中攻撃するように、稲妻が彼女に襲いかかり……。
「いやぁああっ」
「ヒルデッ! 危ないっ」
「きゃあああっ」
ズガアアアアアアンッ!
「ぐ……はぁああっ」
雷に撃たれたのは、ヒルデではなく彼女を庇うために覆い被さったフィヨルドだった。
なんとか一命を取り留めたが、その日を境にフィヨルドは頭の中に雷を飼ってしまい、ヒルデと恋仲であったことを忘れてしまった。そして、ヒルデも何故か、フィヨルドとの甘い記憶だけがキレイさっぱり消去されてしまう。
まるで、何者かの手によって、ヒルデの未来を操作するために。
彼女が勇者ジークと結ばれるために不要な記憶は、根こそぎ消されていくのであった。
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