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第1章 一周目
第14話 何度でも駆け落ちを
しおりを挟む雷撃によりヒルデとの甘い記憶を失ったフィヨルド王子は、自らが王子であることさえ時折忘れるようになる。だが、恋心とはおそろしいもので、再び出会ったヒルデ嬢にまたもやフィヨルドは一目惚れしてしまう。
「フィヨルドさん、雷からわたくしを守って下さったのね。ありがとうございました。けれど、わたくし達はお父様の部屋で一体何をしていたのかしら?」
「さあ? もうすぐ進路を決める大事な時期ですし、将来のこととかいろいろ話し合っていたのかも知れないけれど」
「将来か、わたくしはハーレム勇者ジークから、妻になるように迫られていますの。悪役令嬢なんて渾名が付けられているわたくしに、勇者様の花嫁なんか務まるはずがないのに」
入院中のフィヨルドを甲斐甲斐しく看病しながらも、出てくる話はジークのことばかり。あまりにもヒルデ嬢がジークのことで頭がいっぱいなので、てっきり彼女はジークに惚れているものだと誤解してしまった。
(ヒルデお嬢様、今日もジークさんのことで愚痴を溢していたな。多分、ジークさんに惚れているんだろう。可哀想に、オレだったら彼女を泣かせるような真似はしない)
一方で怪我が回復してからもフィヨルドの頭は、可愛いヒルデ嬢のことで埋め尽くされていた。まさか、自分達が婚約寸前の熱々カップルだったなんて想像もつかないほど、2人の記憶はすっかり消去された。
怪我の後遺症から以前に比べて欲求が幼くなったフィヨルドは、ヒルデとのちょっとしたお色気アクシデントで満足するようになってしまう。あの時のように、彼女を自分が抱いてしまおうなんて、大胆な欲望を持たなくなった。
二十歳になったある日、フィヨルドは再び大学のボランティアで焚書の作業を手伝うことになった。とはいえ、かなりの記憶喪失ぶりのため焚書についての知識が乏しく、1から教官に教わることに。
「いいか、焚書になる本は悪魔が作り出した魔の書物だ。まぁ記憶喪失のお前じゃ、今は難しくて興味も持てないだろうが。一応、情報を外に漏らすなよ」
「はぁい。分かりましたぁ」
のほほんと返事をするフィヨルドに、思わずため息を吐く教官。彼が優等生として入学してきたことを知る教官としては、何かのタブーに触れて変わってしまったフィヨルドが傷ましく見えるのだ。
「フィヨルド王子は、恋人との記憶を神殿の魔術によって強制的に、消されたらしい」
「可哀想にな。見てみろよ、この焚書の内容。神聖ミカエル帝国滅亡の理由は、最大派閥のルキアブルグ公爵家の没落が原因か? 多分、この未来を回避するために、彼は記憶が消されたんだろう」
「でもさ、ジークさんとヒルデ嬢が結婚したからと言って、没落の危機から逃れられますかねぇ」
「さあ? そろそろこの国も解散するのかも知れないし、将来のことを考えないとなぁ。本来ならとっくの昔に滅亡するはずだったんだから、よく頑張った方だよ」
ヒソヒソと囁かれる噂話は、ヒルデ嬢の婚姻が神聖ミカエル帝国の今後を左右するというものだった。そもそも、一つの公爵家が没落しただけで帝国が滅ぶのであれば、それはもうこの巨大な帝国が限界を迎えているということなのだろう。
(みんな、オレが馬鹿になったと思って聞こえるように噂話なんかしてさ。そんなにオレって馬鹿になっちゃったのかな? ヒルデ嬢と結婚する予定だったのは、本当はオレだったのか。ヒルデ嬢は……素敵な恋がしたいだけの可愛い少女なのに、どうして帝国のために犠牲にならなきゃいけないんだ)
* * *
そして、ついにヒルデ嬢が神殿からご神託を受ける日が来てしまう。少しずつ記憶を取り戻しつつあったフィヨルドは、その日の早朝ヒルデ嬢を呼び出して、駆け落ちを提案する。
「幸い、この帝国は陸続きで他国へ逃れるルートは幾つかある。嫌な相手と結婚する可能性だってあるのに、わざわざご神託の言う通りに動く必要なんかないよ。オレが、あなたを守ってあげる。ヒルデさん、オレと結婚しよう」
まだ、雷に撃たれた後遺症から抜け出せないフィヨルドなりの必死のプロポーズ。以前と比べて稚拙ながらも言葉を選んで、ゆっくりと気持ちを伝える。
「フィヨルド、嬉しい。わたくし、この数年の記憶があいまいで不安だったけど。この1年間で、あなたのことが好きになりましたの。あなたの怪我の後遺症は、わたくしがずっと看病しますわ。一生……一緒よ」
涙ながらにプロポーズを受けて、2人は目が合い……ふと口付けを交わした。触れるだけの柔らかな口付けだったが、幼い恋心しか持てなくなったフィヨルドの精一杯だった。
2人で手を繋いでフィヨルドの通う大学の友人達や教官に協力してもらい、神殿とは反対方向の遠い、遠い場所へ。焚書のボランティアの面々の中には、フィヨルドの味方になるものもいた。いつしかこの国はもう持たないことに気付き始めていたのだ。
運命を変えるため、車を走らせて国境を間際にきた。
もうすぐ、自由になれる……その時だった。何処からともなく、声が聞こえてくる。まるで、機械のような音声で、感情なく平坦な何かの声。
『ヒルデ・ルキアブルグが、フィヨルド・リヒテンベルクと結婚して、神聖ミカエル帝国が存続出来る可能性……四十五パーセント。ヒルデ・ルキアブルグがジーク・ヘルツォークと結婚して、神聖ミカエル帝国が存続出来る可能性……五十七パーセント。ジークを夫にするルートの方が、ルキアブルグ家は没落しない可能性。十二パーセントの確率で滅亡回避。よって、この駆け落ちは認められません』
「チッなんだって言うんだ一体? 十二パーセントしか、変わらないんじゃ。どのみち、この国は解散じゃないかっ。馬鹿馬鹿しい……このまま突っ切って、国境を……」
神殿のご神託システムに不満を抱く運転手役の友人が、無理やりでも国境を通過しようとすると、いつかと似た雷が道路に次々と降り注いだ。
「嫌よ、フィヨルド。フィヨルドッ! 今度は忘れたくないっ」
「うぅ……ヒルデ。ずっとずっと、大好きだよ。なのにどうして、なんで」
神の雷は信号機を停止させ、その付近を走行していた人々の記憶を全て消去してしまった。
その数時間後、ヒルデは自家用車の中でうたた寝をしていた。いつの間にか、家の者が迎えに来ていて、そのまま神殿へと連れていくのだという。
「どうしてなんですの。なぜ、フィヨルドとの結婚はダメで、ジークとの結婚を薦めようとするの。彼は、わたくしだけに愛をくれない人だわ。いろんな女の子に、愛を囁いている。けれど。フィヨルドはわたくしだけに愛をくれた。わたくしが好きなのは、フィヨルドなのにっ」
夢の中でヒルデは、決死の覚悟で神殿の神にフィヨルドへの想いとジークへの不信感を訴えた。どんなにジークが稀代の美青年で英雄であっても、彼が他の女性を囲っている限りヒルデの心はジークに傾かない。
すると、ご神託の神は先ほどの機械音とは異なる優しい女性の声で、ヒルデに鋭い質問を訊ねてきた。
「じゃあヒルデ、もしジークがあなただけを愛してくれたら。フィヨルドのことを忘れて、あなたはジークの手を取るの?」
「えっ……それは。どうして、どうしてそんな意地悪な質問をするの? やめてよっ」
「意地悪じゃないわ。女の子にとって、とても大切なことよ。あなたは本当は……」
ヒルデの嫌な夢は、そこで終わっていた。どうやら、これから神殿へと向かい、結婚相手を決めるお告げをもらうようだ。
(嫌な夢。まるでわたくしが、本当はジークに惚れているみたいじゃない。そんなことあるはずないのに!)
ヒルデはふと、ジークに初めて告白された時のことを思い出す。
「この勝負、惚れた方が負けだよヒルデ」
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