Re:二周目の公爵令嬢〜王子様と勇者様、どちらが運命の相手ですの?〜

星井ゆの花(星里有乃)

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第1章 一周目

第15話 運命のトリガー

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 ジーク達がフィヨルドから聞かされた神聖ミカエル帝国の秘密は、極端な支配によって本来滅んでいるはずの帝国を『無理やり』存続させているというものだった。
 焚書に記してある『1806年に滅亡』という記述が正しければ、既に二百年以上も歴史を改変して、帝国を存続させていることになる。それは、神殿が新たな神となり、本来の歴史を歪めている期間の長さを現しているようにも感じられた。

 フィヨルドの話はつまるところ、ヒルデの運命の男性は、フィヨルドであると同時にジークでもあると解釈出来る。しかしながら、フィヨルドを選ぶことはジークに比べて僅かに滅亡への道が進むことで、ジークを選ぶと多少なりとも存続への道が続くということだ。

 その確率差は、僅か十二パーセント。
 たった十二パーセントの確率を上げるために、フィヨルドは何度も雷に撃たれ、愛する女性の記憶を奪われていることになる。

 長い語りが終わり、傍観者的立場を保つ魔族医師がようやく口を開いた。

「フィヨルドさんの仰っている神聖ミカエル帝国の秘密は、我々魔族の間でも囁かれていたことです。『あの時、あの家が没落しなければ時代はこういう風に動いていたのではないか』というたらればの話は、魔族間でもいくつかありますから。ふむ……しかし、困りましたなぁ。病状からすると、絶対にどちらかの男性とは運命、もう片方は仮の相手のはずなのですが」
「そういえば、フィヨルド君のお話に気を取られていたけど。ヒルデの相手が僕なのかフィヨルド君なのかは、滅亡の可能性によって変貌するんだろう? そんな日に日に変動するものなんか、あてにならないな」

 ジークは、自分が英雄の権利でヒルデとの婚姻権を買ってお告げを操作していたことを気にしていたが。内実はもっと複雑極まりなく、ただ単にジークが英雄になったことで滅亡回避のパーセンテージが有利になったため、ジークに婚姻権が回ってきただけだった。

(僕は自分で運命を変えたつもりになっていたけど、所詮は神殿の掌の上で浮かれていただけだったのか。父さん、ごめん)

 何となくモヤモヤした気持ちを抱えつつも、ヒルデの病状は刻一刻と悪くなる一方で。二者択一の選択で、フィヨルドかジークかを選び、口移しによって薬を飲ませなくてはならない。

 すると、メイド長がおそるおそる意見を発言し始めた。

「私なんかが、この大事な場面でご意見するのもどうかと思いますが、よろしいでしょうか?」
「えっ。はい、どうぞ」

 考え込んでいるジークに遠慮しながら、メイド長は進言を始める。

「私はヒルデお嬢様が、小さな頃からこのお屋敷で勤めておりますけれど、本来の婚約者はフィヨルド様で確定だと思うのです。ルキアブルグ家はかつては皇帝を輩出したこともある名家、その名家でわざわざ他国の王子を預かるなんて、結婚以外に考えられませんわ」
「確かに、ヒルデには弟君もいて、後継ぎに困っているわけではない。わざわざ年頃の男子を預かるなんて、婚約者だからなんだろうな」

 フィヨルドも最初はお告げの婚約者だからという理由で、呼ばれたと言っていたし。その見解が合っているだろう……と一同納得仕かけると、魔族医師がストップをかけた。

「あの、この場合の『運命』というのは、『一生に一度の運命の恋の相手』という意味なのです。恋煩いの病状からすると、ヒルデさんはすでにその相手に会っているはずですが、困惑している。ですから、正当な結婚相手のフィヨルドさんがそれに該当するかは……まだ断言できません。申し訳ありませんが」

 複雑な考え方だが、結婚相手が運命ではないというのも、大いにあり得るということなのだろう。見ようによっては、フィヨルドもジークも2人とも運命の相手に見えなくもない。だが、それ以上の宿命的な何かを背負っている男が運命の相手なのだ。

「万が一、『運命の相手の選択』を薬を飲ませる際に誤ると、どのような状態になるんですか?」
「ええ、ちょっとした後遺症が残ってしまうんです。癇癪というか、気が荒れやすくなると申しましょうか。ヒステリーのようなものですので、結婚や出産を経て次第に良くなります」

 癇癪・気が荒れやすくなる・ヒステリーと聞いてフィヨルド、ジーク、メイド長の3人は思わず目を合わせて困惑する。ヒルデが世間から悪役令嬢と呼ばれるようになった原因は、彼女の癇癪やヒステリーと言った我儘病が原因だ。
 てっきり、ジークのハーレム要員から受けた嫌がらせが原因で癇癪持ちになったと思っていたが。

「……お医者様、失礼ですが。以前に、ヒルデ嬢の治療をお願いしたことってありましたっけ?」
「いえ、まさか。人間のしかも公爵家のご令嬢を診るなんて、祝日の急患でなければ、私のような魔族に話すらこないでしょう」
「すみません。そうでしたか」

 皆、ヒルデが一度はこの病に倒れて、誤った相手から治療薬を飲まされたのではないかと疑ったが、そんなはずはない。

(こんな風にヒルデが倒れたのは、今回が初回のはずだし。たまたま後遺症がヒルデのヒステリーと被っただけだろう。僕の考えすぎだ……となると、悔しいが相手はフィヨルド君か)

「もう、考えていても仕方がないよ。ここは僕がフィヨルド君に役割を譲るから、とにかくヒルデの病気を治してくれ。運命がどうであれ、このままじゃヒルデの身体が危ない」
「ジークさん……分かりました。オレも記憶が元に戻っている間しか、きちんとした判断が出来ないし。今のうちに、自分の役割を果たそうと思います」

 魔族医師から薬の小瓶を受け取り、ヒルデの顎を優しく持ち上げて、そっと唇を開かせる。

「ヒルデ、オレ……何度神殿から阻まれても、必ずキミを妻にするから。愛しているよ……」

 記憶を取り戻したフィヨルドの愛の告白は、ヒルデの意識にも届いているようで、朦朧としながらもフィヨルドのを握る。フィヨルドは自分の口の中に苦い薬を含んで、ヒルデの口内へと注ぎ込んだ。

「う……んっ。けほっけほっ」

 良薬口に苦しとはよく言ったもので、お世辞にも飲みやすい薬ではなかったが、即効性があったようだ。ヒルデの顔色はみるみると良くなっていき、呼吸も落ち着いたものに変化していた。

「どうやら、成功したみたいですな。いや、ホッとしました。疑って申し訳なかったですなフィヨルドさん」
「いえ。何度もお告げの審査に落とされていますから、慎重になるのは当たり前です」

 やはり、ヒルデの運命の相手はフィヨルドだった。ジークとしてはどこかで分かってはいたが、はっきりしてしまうと悔しいのが本音である。
 すると、周囲の声が目覚まし時計代わりになったのか、ヒルデがパチリと目を覚ました、

「う、うん。あら、わたくし一体? ええと、ジークが家に遊びに来て、フィヨルドに着替えを手伝ってもらってそれから……ジークといろいろお話を?」

 病に倒れたせいでもしかすると、自分との口づけを覚えていないのではないかとジークは気付く。ジークと交わした甘く蕩けるような口づけが原因で、ヒルデは恋煩いを起こしたのだけれど、それは伏せるべきなのか。

 いつも周囲に女性を侍らせて、側室候補もたくさんいるジークだが、本命の女性を手に入れられない悔しさが胸の内を襲う。

「ヒルデ嬢、もう大丈夫だよ。オレが、ついているから!」
「フィヨルド……うん、ありがとう」

 眠っている間に口移しをしたことはフェアではないと考えているのか、フィヨルドも自分がキスでヒルデを治療したことは決して口外しなかった。けれど、このことはフィヨルドに大きな自信を与えたに違いない。

「ヒルデ、本当に具合が悪かったんだね。神殿のお告げの話は、キミの病状が完治してから改めて話そう」
「ジーク、せっかく遊びに来てくれたのに、わたくし倒れてしまったのね。ごめんなさい」
「ううん。早く治して……では、僕は今日のところはこれで……」

 ホッとしたようなガッカリしたような複雑な心境で、立ち去ろうとしたジークだが、ドアを開けようとしたタイミングでメイドが慌て飛び込んできた。ぶつかりそうになるのを咄嗟に回避して、メイドを部屋の中へと通す。

「きゃっ! そんなに慌て一体どうしたんですの? 病気ならこの魔族のお医者様が、治してくださって……」
「緊急事態ゆえ、失礼しますっ。実は、実は……元老院にて当主様が。ルキアブルグ公爵が……捕まったしまいましたっ!」
「えっ……お父様が?」
「身に覚えのない取引を押し付けられて。このままでは……ルキアブルグ家は没落してしまいますっ」

 ルキアブルグ家が没落すると、神聖ミカエル帝国は滅亡する。気がつけば、フィヨルドはヒルデの運命の相手を名目で口付けを交わし『帝国滅亡のトリガー』を引き当ててしまったのである。

「どういうことだ。何故突然、ルキアブルグ家は没落に傾いてしまったんだ。まさか、僅か十二パーセント差だとしても、滅亡に遠いジークさんを選ぶべきだったのか?」
「けど、さっきのは口付けというより、人命救助と呼んだ方が……」
「えっ? どうしてお父様が。没落って……一体、どうなっていますのっ。きゃあっこの黒いドロドロとした瘴気は何?」

 困惑する一同を包み込みように、不思議な暗闇が彼らの魂に取りついていく。それは、時間を超えるための禁呪とされていた魔術。

『神聖ミカエル帝国、滅亡への可能性が五十パーセントを切ったため、歴史改変をスタート。分岐ルートとなる九年前まで遡る。プログラム魔術発動まで、カウントダウン開始……』

 神殿は、神聖ミカエル帝国滅亡回避のため、運命を握るヒルデ嬢の心が『二人の男性に揺れ動く前』にタイムリープするため。ついに、最終手段に乗り出すのであった。
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