Re:二周目の公爵令嬢〜王子様と勇者様、どちらが運命の相手ですの?〜

星井ゆの花(星里有乃)

文字の大きさ
41 / 43
第2章 二周目

第17話 秘密の口づけは切ない想い

しおりを挟む

 順調なはずの採取クエストは、まさかの雨降りで合流地点に戻ることが出来なくなってしまう。次第に強くなる雨から逃れるために辿り着いたのは、避難小屋としての役割を果たすロッジだった。

「雨が上がるまで待ってると、日が暮れてしまうし。今夜はこのロッジで泊まることになるな。んっ……安心しろよヒルデ、僕もプロの冒険者の端くれだ。クエスト中に男女のアレコレは、しないよ」
「わっ分かっておりますわ! ジークは案外、公私は分けるタイプみたいですし。流石は勇者様、ですわね」

 濡れた装備を素早く脱ぎ、持参したタオルで髪を拭くジークはとても色っぽく。しなやかな筋肉がついた上半身は、稀代の美青年と謳われる片鱗を認めざるを得ない。

(どちらかと言うと、わたくしの方がジークの色香に迷ってしまって、情けないですわ。これもすべて、ジークがカッコ良すぎるからいけないのです)

「身体を拭き終わったら緊急用の軽い装備に着替えて、それからこういう避難小屋はみんなの寄付で成り立っているんだ」
「寄付? あぁ使用料をお支払いすれば良いんですのね」

 勇者ジーク直々の冒険者豆知識は、避難小屋の基本的なマナーだった。一見すると無料で開放されているように見える避難小屋だが、寄付を納めるボックスが設置されている。人々の助け合い精神で成り立っているのだと、実感。

「うん。何だかんだ言って、管理に費用がかかっているはずだからね。先に、このボックスに僕達のお金を納めて……よし。これで遠慮せずに非常食とか使わせて貰えるよ」
「へぇ避難してきた人のために、毛布や非常食なんかが予め用意されていたんですの!」
「あと、場所によっては無線が設置されているんだけど。あれかな? 小屋に着いて無事だという信号を送っておくからね」

 手際良く次々と冒険者としてのマナーを実践していくジークは、魔法を覚えていなかった【一周目わたくし】が想像していた『ちょっと女好きのハーレム勇者』というイメージとはだいぶ違っていた。彼はクエストに対してとても真剣で、誠実な勇者様だ。
 それに、わたくしも二周目の人生で魔法学校に入学し、冒険者というものがどれだけ大変か、それなりに理解し始めていた。
 だからこそ、Sランク回復魔法使いのプラムと仲違いさせてしまったことの責任を感じていたのだけれど。

「服、だんだん乾いてきますのね。わたくし、採取クエストと言っても簡単なエリアしか行ったことがないから。今回は、とても勉強になりましたわ」
「そっか。まぁフィヨルド君の看病が大変だったし、彼の身体が良くなればヒルデも自分の時間を持てるよ。ただ……」

 ジークが何かを言わんとして、口を紡ぎ黙ってしまう。
 濡れた装備は部屋中心の暖房器具の温かさで、次第に乾いていく。いざという時の予備の装備は、わたくしは薄手の紺色ワンピース、ジークは白いシャツと黒のズボンというシンプルなスタイルだ。クルクルと丸めてリュックに収納可能なため、冒険者ならワンセットは持っている定番品。

 夕食は持参した保存パンと、ロッジ非常食の缶詰クラムチャウダースープ。

「缶詰のクラムチャウダースープや保存パンなんて、普段は食べないけど。案外、美味しいんですわね」
「あはは! お嬢様のヒルデには、こういうの珍しいんだね。僕も結構、このスープ好きだよ」

 長い付き合いのはずなのに、冒険者としては初めて過ごす夜。これが最初で最後の、2人きりの夜かも知れない。そろそろ就寝というタイミングで、ジークは心の奥に閉じ込めていた本音をわたくしに伝えてきた。


「こんなことを言うと、酷いやつと思うだろうけど。僕は、本音ではキミとフィヨルド君には結婚して欲しくない。サキュバス事件は軽く流している人も多いけど、フィヨルド君の国が魔族と付き合いがあった証拠でもある。内通者がいなければ、今回の件はあり得なかった」

 ジークの本音は、恋愛感情を超えて今回の事件性を深く追求した結果、導き出したものだった。もっと細かく見れば、我が国の元老院側に魔族がいたこともバレたわけだし。いよいよ神聖ミカエル帝国は、存続が難しいと言える。

「魔族との内通者、つまりフィヨルドお付きの執事のことですわね。結局、フィヨルドの記憶が雷のせいであやふやになった影響で、詳しい事情は分からずじまい」
「ああ。次は、ヒルデが狙われるかも知れないし、もうすでにターゲットにされている可能性も高い。フィヨルド君の身体や記憶が今回の薬草で治療出来れば、ヒルデが将来的に責められることもないだろう。婚約を解消するなら、その時がチャンスだ。そうしたら……僕と結婚しよう」

 そっとわたくしの手を握り、フィヨルドとの婚約解消を促すジークの瞳は、ふざけている訳でも女好きで語っている訳でもなく。真摯にわたくしの身の安全を考慮した末の、苦渋の決断に見えた。
 彼の罪深いプロポーズの言葉が、わたくしの胸に響く。

「けど、ジークもご存知でしょう? わたくしの意思では、婚約解消は無理ですし。フィヨルドのことだって、わたくし真剣に好きになってお付き合いしていたんですのよ」
「そんなことは分かっている! キミが、フィヨルド君のことを好きだってことも。けど……僕だって、キミのことがずっと好きだったんだ。ヒルデが将来、むざむざと魔族に殺されるのを黙って見るくらいなら。僕は、倫理に反していると蔑まれようと……キミをフィヨルド君から奪うっ」

 キュッと抱きしめられて、お互いの体温が布越しに伝わってくる。ドクンドクンとジークの心臓の鼓動が聴こえてきて、彼の心の熱さをこの身に叩きつけられるようだった。
 駄目だとわかっているのに、わたくしはジークの背中に腕を絡めてしまう。涙がポロポロと溢れてきて、ザァザァと降りしきる外の雨のように止まらない。

 そして、罪だと分かっているはずなのに、そっと与えられた秘密の口づけは、とても優しく切ないものだった。

「ジーク、あぁ……わたくし。どうして、こんなことに! フィヨルドに誠実に生きると決めたのにっ」
「ごめん、ヒルデ。ごめん……! もう、今日は早めに寝よう。済まなかった……けど、忘れないでくれ。僕はキミの命を守るためなら、神様に逆らってでもキミを奪いにいくから。おやすみ……」

 背中合わせに横になり、次第に夜が更けていく。決して触れないようにしているのに、狭い空間で伝わるジークの体温は罪の予感がした。
 次の日の朝、小鳥のさえずりとともに目覚めると、窓辺から明るい日差しが、わたくしの迷う心を暴くように差し込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

処理中です...