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第2章 二周目
第17話 秘密の口づけは切ない想い
しおりを挟む順調なはずの採取クエストは、まさかの雨降りで合流地点に戻ることが出来なくなってしまう。次第に強くなる雨から逃れるために辿り着いたのは、避難小屋としての役割を果たすロッジだった。
「雨が上がるまで待ってると、日が暮れてしまうし。今夜はこのロッジで泊まることになるな。んっ……安心しろよヒルデ、僕もプロの冒険者の端くれだ。クエスト中に男女のアレコレは、しないよ」
「わっ分かっておりますわ! ジークは案外、公私は分けるタイプみたいですし。流石は勇者様、ですわね」
濡れた装備を素早く脱ぎ、持参したタオルで髪を拭くジークはとても色っぽく。しなやかな筋肉がついた上半身は、稀代の美青年と謳われる片鱗を認めざるを得ない。
(どちらかと言うと、わたくしの方がジークの色香に迷ってしまって、情けないですわ。これもすべて、ジークがカッコ良すぎるからいけないのです)
「身体を拭き終わったら緊急用の軽い装備に着替えて、それからこういう避難小屋はみんなの寄付で成り立っているんだ」
「寄付? あぁ使用料をお支払いすれば良いんですのね」
勇者ジーク直々の冒険者豆知識は、避難小屋の基本的なマナーだった。一見すると無料で開放されているように見える避難小屋だが、寄付を納めるボックスが設置されている。人々の助け合い精神で成り立っているのだと、実感。
「うん。何だかんだ言って、管理に費用がかかっているはずだからね。先に、このボックスに僕達のお金を納めて……よし。これで遠慮せずに非常食とか使わせて貰えるよ」
「へぇ避難してきた人のために、毛布や非常食なんかが予め用意されていたんですの!」
「あと、場所によっては無線が設置されているんだけど。あれかな? 小屋に着いて無事だという信号を送っておくからね」
手際良く次々と冒険者としてのマナーを実践していくジークは、魔法を覚えていなかった【一周目わたくし】が想像していた『ちょっと女好きのハーレム勇者』というイメージとはだいぶ違っていた。彼はクエストに対してとても真剣で、誠実な勇者様だ。
それに、わたくしも二周目の人生で魔法学校に入学し、冒険者というものがどれだけ大変か、それなりに理解し始めていた。
だからこそ、Sランク回復魔法使いのプラムと仲違いさせてしまったことの責任を感じていたのだけれど。
「服、だんだん乾いてきますのね。わたくし、採取クエストと言っても簡単なエリアしか行ったことがないから。今回は、とても勉強になりましたわ」
「そっか。まぁフィヨルド君の看病が大変だったし、彼の身体が良くなればヒルデも自分の時間を持てるよ。ただ……」
ジークが何かを言わんとして、口を紡ぎ黙ってしまう。
濡れた装備は部屋中心の暖房器具の温かさで、次第に乾いていく。いざという時の予備の装備は、わたくしは薄手の紺色ワンピース、ジークは白いシャツと黒のズボンというシンプルなスタイルだ。クルクルと丸めてリュックに収納可能なため、冒険者ならワンセットは持っている定番品。
夕食は持参した保存パンと、ロッジ非常食の缶詰クラムチャウダースープ。
「缶詰のクラムチャウダースープや保存パンなんて、普段は食べないけど。案外、美味しいんですわね」
「あはは! お嬢様のヒルデには、こういうの珍しいんだね。僕も結構、このスープ好きだよ」
長い付き合いのはずなのに、冒険者としては初めて過ごす夜。これが最初で最後の、2人きりの夜かも知れない。そろそろ就寝というタイミングで、ジークは心の奥に閉じ込めていた本音をわたくしに伝えてきた。
「こんなことを言うと、酷いやつと思うだろうけど。僕は、本音ではキミとフィヨルド君には結婚して欲しくない。サキュバス事件は軽く流している人も多いけど、フィヨルド君の国が魔族と付き合いがあった証拠でもある。内通者がいなければ、今回の件はあり得なかった」
ジークの本音は、恋愛感情を超えて今回の事件性を深く追求した結果、導き出したものだった。もっと細かく見れば、我が国の元老院側に魔族がいたこともバレたわけだし。いよいよ神聖ミカエル帝国は、存続が難しいと言える。
「魔族との内通者、つまりフィヨルドお付きの執事のことですわね。結局、フィヨルドの記憶が雷のせいであやふやになった影響で、詳しい事情は分からずじまい」
「ああ。次は、ヒルデが狙われるかも知れないし、もうすでにターゲットにされている可能性も高い。フィヨルド君の身体や記憶が今回の薬草で治療出来れば、ヒルデが将来的に責められることもないだろう。婚約を解消するなら、その時がチャンスだ。そうしたら……僕と結婚しよう」
そっとわたくしの手を握り、フィヨルドとの婚約解消を促すジークの瞳は、ふざけている訳でも女好きで語っている訳でもなく。真摯にわたくしの身の安全を考慮した末の、苦渋の決断に見えた。
彼の罪深いプロポーズの言葉が、わたくしの胸に響く。
「けど、ジークもご存知でしょう? わたくしの意思では、婚約解消は無理ですし。フィヨルドのことだって、わたくし真剣に好きになってお付き合いしていたんですのよ」
「そんなことは分かっている! キミが、フィヨルド君のことを好きだってことも。けど……僕だって、キミのことがずっと好きだったんだ。ヒルデが将来、むざむざと魔族に殺されるのを黙って見るくらいなら。僕は、倫理に反していると蔑まれようと……キミをフィヨルド君から奪うっ」
キュッと抱きしめられて、お互いの体温が布越しに伝わってくる。ドクンドクンとジークの心臓の鼓動が聴こえてきて、彼の心の熱さをこの身に叩きつけられるようだった。
駄目だとわかっているのに、わたくしはジークの背中に腕を絡めてしまう。涙がポロポロと溢れてきて、ザァザァと降りしきる外の雨のように止まらない。
そして、罪だと分かっているはずなのに、そっと与えられた秘密の口づけは、とても優しく切ないものだった。
「ジーク、あぁ……わたくし。どうして、こんなことに! フィヨルドに誠実に生きると決めたのにっ」
「ごめん、ヒルデ。ごめん……! もう、今日は早めに寝よう。済まなかった……けど、忘れないでくれ。僕はキミの命を守るためなら、神様に逆らってでもキミを奪いにいくから。おやすみ……」
背中合わせに横になり、次第に夜が更けていく。決して触れないようにしているのに、狭い空間で伝わるジークの体温は罪の予感がした。
次の日の朝、小鳥のさえずりとともに目覚めると、窓辺から明るい日差しが、わたくしの迷う心を暴くように差し込んだ。
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