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第2章 二周目
第18話 王子様からの卒業
しおりを挟む焚書に記されていた奇跡の回復薬草の効果は抜群で、錬金により作り出した秘薬はフィヨルドの失われた記憶や精神年齢をみるみる回復していった。
古代錬金技術の復活に貢献したとして、ヒルデをはじめとする図書委員会メンバーとジークは、学生ギルド連盟から表彰される。
表彰式は神殿で行われ、司祭や巫女シビュラが見守る中、進学時に有利になるとされている『学生活躍賞』がクエスト参加者5人に贈られた。
「フィヨルドのために、薬の材料を探しに行っただけだったのに。まさか、わたくし達の採取活動がこのような形で評価されるなんて、驚きですわ」
「僕はボディーガード役として、付き添っただけだけど。フィヨルド君も回復してきたし、錬金技術の向上に役立てて嬉しいよ」
これまでヒルデへの誹謗中傷として、御伽噺の悪役令嬢にそっくりという噂があったが、今ではただのやっかみ扱いだ。
「焚書に関する活動も、見直していくみたいですよヒルデ先輩。なんでも、重要な技術を処分していた可能性があるとかで。今後は、焚書扱いされたものであっても、保管していくみたいです」
「へぇ……何かのきっかけが有れば、物事は変わるのね」
フィヨルドの記憶回復は、彼を謀ろうとした元老院側も想定外だったようで。雑誌やテレビで、元老院の責任を追求する特集も組まれた。
最近の新聞の記事内容は、以下の通り。
『ルキアブルグ家のご令嬢、お手柄! 元婚約者の記憶回復の錬金薬の素材を発見』
『フィヨルド王子の進学先は、ミカエル帝国か、それとも祖国に帰るのか?』
『元老院とのサキュバスの癒着問題解決の糸口は? 徹底追及』
ジークが疑問をぶつけていた通り、元老院とサキュバス、そしてフィヨルドの一族の繋がりを追及する声も増えた。サキュバス事件は魔族と元老院の癒着事件として捜査網が敷かれ、被害者のフィヨルドはルキアブルグ邸には戻らず、高校卒業まで病院から通学することになった。
やがて時は過ぎ、ヒルデは中学校をジークとフィヨルドは高校卒業を迎える。
* * *
せっかくフィヨルドの記憶を元通りにしたのに、サキュバス事件のせいで婚約はお流れになってしまいました。けど、結婚予定が無くなってしまったわたくしは、そのまま高等部に進学してプロの錬金魔法使いを目指すことになりましたの。
卒業証書を受け取り、変わってしまった将来設計を寂しく感じます。けれど不思議とこの道筋が、二周目のわたくしの人生として組み込まれていた気がしてなりません。
「ヒルデ、久しぶりだね。キミとジークのおかげですっかり身体はいいよ」
高等部の卒業式も済んだのか、フィヨルドがわたくしにさりげなく声をかけてきました。金髪碧眼の絵に描いたような白皙の王子様ぶりは健在で、彼の麗しさに振り向く女子生徒もチラホラ。
婚約解消してフリーになってからは、特に期待の眼差しでフィヨルドを見つめる女子が、増えた気がします。
(一年前までは結婚するはずだった愛しい人、あの事件さえなければ、わたくしは卒業後フィヨルドに嫁いでいたのに)
辛くて哀しくて涙が溢れそうになるのをグッと堪えながら、作り笑いでフィヨルドと向き合う。
「フィヨルド、お久しぶりですわ。卒業パーティーは、神殿で行われるけれど出られますの?」
「まだ、ダンスが踊れるほどは回復していないし。婚約が解消されたばかりで、オレ達がダンスを踊るのも良くない。これで良かったんだ」
フィヨルドの口から直接、『これで良かった』なんて言われたら、言い返すことも出来ない。わたくしは心の中で、【本当の意味で失恋】してしまいました。
(そうだ、今日限りでフィヨルドから卒業しよう。白馬に乗った王子様は、もうわたくしのものではない。ずっと好きで、ずっとそばにいてくれた優しい王子様……サヨナラ)
フィヨルドの進路設計は、何処かで働きながら大学で勉強するという勤労学生コース。既に、貴族のお屋敷で小間使いとして働くのが、内定しているとの噂があった。
「白皙の王子様が、次に好きになるのは一体どんな女性なのかしら?」
「実は、サキュバス事件の余波で、もう王子じゃないんだよ。王の側室だった母が離縁されてね、元王子の貴族になったんだ。いろいろあったし、しばらく恋はしないよヒルデ。けど例えば、職場で素敵なご令嬢に出会えたら嬉しいな」
「新しい人生を貴族様として……。幸せになってね、フィヨルド」
最後にわたくしとフィヨルドは、友情の証にキュッと握手をしました。恋人では無くなってしまったけど、わたくし達が育んだ思い出は本物だから。
「神殿で行われるダンスは、結局ジークと踊ることになるのかな?」
「ええ、多分そうなりますわ。わたくしもジークのこと、誤解していた部分があったけど。彼は立派な勇者様です」
「敬意を払っている相手とのダンスなんて、素敵じゃないか。けど忘れないで、オレが本気でキミを愛していたことを……。そして、まだキミを忘れられないことを」
この時、作り笑顔で会話を進めているのがわたくしだけでなく、元カレのフィヨルドも同じであることに。鈍いわたくしは、全く気付いていませんでした。
「フィヨルド、わたくしを傷つけないように配慮してくれるのね。ありがとう……さあ、気分を変えてダンスに向けて身体をほぐさないと」
「そうか、ヒルデ。ジークと踊るんだ……ふぅん……。稀代の美青年勇者ジークと……くくくっ」
張り付いた笑顔のフィヨルドが『ジーク』という単語にピクリと耳を動かして、深い闇を孕んだヤンデレの目をしていたことも。世間知らずのわたくしには、まったく見抜けません。
そして、【男性の恋人に対する未練の念は、女性のそれの百倍くらいは根深いもの】だということも。
フィヨルドの就職先が、【他でもないわたくしの住むルキアブルグ邸】だということすら、思いつかないのでした。
気がつくと、卒業ダンスパーティーが行われる予定の神殿上空には、フィヨルドにかけられた雷の呪いの如く、雷鳴が轟き始めていて。
タイムリープの因縁は、そう簡単には解けていなかったのです。
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