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正編 第1章 追放、そして隣国へ
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「おや、どうされました? 比較的温暖な冬とはいえ、やはり冷えるのかな」
一瞬だけ、アメリアの背筋が凍りついた。思わず身震いをするアメリアを気遣うラルド。
「いいえ、大丈夫よ。本当に一瞬……震えただけだから」
(大丈夫、大丈夫よね。けどこの尋常じゃない寒気、良からぬことが起きる前触れじゃないといいけど)
すっかり悪魔に魅了されて我を失っている異母妹レティアが、闇の呪術を決行しようとしているとは露知らず。神殿から追放されたアメリアとラルドは、旅立つ準備と腹ごしらえのためにクリスマスマーケットのある港町へと繰り出していた。
昼間の日差しが明るく差し込む賑やかな露店街は、港から海岸沿いまでかなりの距離に渡り続いていた。
チキンやローストビーフ、チョコレートドリンクなどのクリスマス向けのメニューに加え、貿易の街ならではの品揃え。屋台に立ち並ぶ巨大ホタテのバター焼きや小洒落た魚介類の包み焼きピッツァ、大海老がたっぷり乗った麺など。お腹が思わず鳴ってしまいそうなメニューが、ズラリ。
『クリスマスのおやつに持ち歩きやすいクリームたっぷりクレープはどうだい。揚げたてのチキンナゲット、飲食エリアでは贅沢に七面鳥の丸焼きも』
『恋人とのデート記念に、クリスマスプレゼントに貝殻のアクセサリーは如何ですか? 異国から買い付けてきた魔法石のペンダントやナメ革の財布もお得。今なら巾着ポーチのおまけ付きでーす』
『冬の寒さで凍えてないかい? 万能マフラーに耳当ても小洒落たファッションが勢揃いっ』
船を降りてきたばかりの海兵たちが、陸を満喫するために羽を伸ばしている。港や海岸のマーケットは、神殿信仰を売りにしている魔法都市のもう一つの顔である。
「へぇ……予言のお仕事が忙しくなってから、この辺りには殆ど来なくなっていたけど。数年前よりもお店が増えて、随分と賑やかになったのね。仕事についてからというものお休みの日は、朝から晩まで占星術や予言書作りの勉強で、遊びに行くことなんて許されなかったから」
「アメリアさんはレティアさんのサポートをするために、ずっと巫女としての勉強に専念されていたのですね」
「えぇ……サポートというより、引き立て役とか足手纏いと呼ばれていたけど。実際に神殿の神様と交信できるのは、私だけだったし」
ある日を境に……具体的には異母妹レティアが偽の聖女に選ばれてから、アメリアには自由というものがなかった。派手な容姿でパフォーマンス能力に優れた異母妹は、弁舌には優れているものの、聖女に必要な霊感は全く無い。
二人羽織のように、影ながらアメリアが霊能力でレティアを助けなければ、予言の一つだって出すことが出来ないのだ。
だがレティア自身もそれを承知の上でなお、次期王妃になるために邪魔な異母姉アメリアを追放したはず。結局、レティアも王太子も民衆も……真の予言よりも賑やかしのパフォーマンスを求めていて、信仰なんかまるっきり無いのだろう。
何処のお店の料理を食べるか迷っていると、アメリアの存在の気づいた若い娘が、指差ししながら大声で騒ぎ出した。
『ねぇねぇ、あの女の人……もしかしてレティア様の姉、アメリアさんじゃない? 髪型も格好も随分お洒落で、雰囲気違うけど』
『まっさかぁ……アメリアさんはレティア様の影になるために、お洒落なファッションは一切禁じられてるって噂よ。近いうちにレティア様を王妃候補にするために、アメリアさんは追放されるって話だし。あんな可愛らしい格好で、クリスマスの日にのうのうと歩いてるはずないわ』
『だよねー。レティア様って綺麗なんだけど、モラルハラスメントっていうの……聖女の権力で、異母姉に対して厳しすぎるって感じ。っていうか、あの隣の男の人……超イケメン! 羨ましー』
キャハハハハッと、軽い世間話の延長線上だったのか、いつのまにか娘達は何処かへ消えてしまった。自分が世間からどのように思われているか、アメリア自身も薄々感じていたが。
どうやら、虐めに近いモラルハラスメント型の圧迫を受けていることは、有名らしい。不自然なほど地味でいることを強要され、姉妹とは思えないほどの扱いの差を世間にアピールしていたのだから。
先程までの楽しい気持ちがアメリアの中からみるみる沈んでいくと、ラルドがポンッとアメリアの肩を叩いて微笑む。
「モラルハラスメント、か。貴女はもう……異母妹の影で犠牲になる可哀想なお姉さんではありません。せっかく追放されて自由の身となったのですから、今日はパァっと美味しいものでも食べて忘れましょう! 二人で退職とクリスマスのお祝いですっ」
「そうよね、ありがとうラルドさん。せっかく、数年ぶりの港街ですもの。楽しまなきゃ、損だわ!」
「では、海の景色が綺麗なシーサイドレストランにしましょうか? さっ……アメリアさん。エスコートさせて下さい」
さり気なく腕を組むように促されて、アメリアは照れながらそっと自らの腕を絡めた。風がやがて二人が訪問することになるであろう遠い国へと誘い、しょっぱい潮の香りを運んできた。
アメリアの目に涙が自然と溢れてきるような気がしたのは、潮風のせいということにして……。
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