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正編 第1章 追放、そして隣国へ
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しおりを挟む皮肉なことに姉アメリアとラルドの穏やかな食事会と、妹レティアと王太子の悪魔の食事会はほぼ同刻に終わった。
アメリアの方はというと……ランチ終了後は、港付近の旅行者向けショップで旅の準備だ。港で一番大きな旅行ショップは、一般的な旅行グッズに加えて、冒険者向けの武器や防具も揃っているのが特徴である。
神殿の巫女という戦闘タイプとは縁遠い職種のアメリアだが、今後はギルド加入に向けて、護身用の装備くらいは必要となるだろう。
「旅の道中、何が起こるか分からないし。懐にショートダガーくらいは、忍ばせておいた方がいいのかしら?」
「ええ、それから魔法用の杖も一応装備しておくと、威嚇になりますよ」
アメリアが手にした花模様の飾りがついたシルバーのショートダガーは、力の弱い女性向けの護身武器だ。また、ラルドが選んでくれた魔法用の杖は、ライトグリーンのペリドットが印象的な平均的武器である。
二人で何気ない会話をしながら、アメリアは不思議な安心感を覚えていた。容姿端麗で物腰も柔らかく理想的な男性のラルドとは、今日から親しくしているはずだ。けれど、アメリアはずっとずっと前から、ラルドとこうして寄り添っているような気がしていた。
「今まで神殿の中でお祈りをしていただけの私に、冒険者のような旅がこなせるかしら。港から隣国までは船旅で安全だけど、ギルドに所属したら小旅行を繰り返して、クエストを行うのよね」
「旅が必要となる職業に就くかは、まだ分かりませんが……アメリアさんの適職が何であるかは、ギルドの適性試験で判明します。もし戦闘に不安があるのであれば、ギルド所属時にパートナーとして申請しましょう。そうすれば、戦闘時は僕がサポートしてあげられますし、アメリアさんに悪い虫がつくのを避けられますし」
「えっ……私なんかとパートナーになって下さるんですか?」
まさかのパートナー提案に驚くアメリアだがこの場合、仕事上のパートナーというだけで、恋人というわけではない。だが、暗黙の了解的に男女二人組の冒険者が自然と恋人になる確率は高く、アメリアは恥ずかしくて思わず顔を赤らめてしまう。
気持ちを紛らわすために、アクセサリー装備コーナーに目を向けると銀で作られた美しい細工の髪飾り。
(綺麗な髪飾り……他の子は、パートナーと一緒に旅をしたりクエストをして、そしてこんな綺麗なアクセサリーで着飾って。それが普通なのね。それに比べて、今までの私は……)
「アメリアさんは自分で思っているよりもずっと、素敵な女性ですよ。出来ることならこのまま僕が貴女を……なんて、時期尚早かな。さっ装備品は、こんな感じで良さそうですね。会計してきます」
さり気なく装備品の会計まで負担してくれたラルドに感謝しつつ、アメリアの中でラルドの立ち位置が親切な人から、異性になり初めているのを実感していた。
(何故かしら、ラルドさんのこと……子供の頃から長く一緒にいるような気持ちになるわ。彼が優しすぎるから、勘違いしちゃっているのかも。気をつけないと)
* * *
カモメの声が辺りを飛び交う港は、アメリアが追放されることなんかお構いなしなくらい平和だ。王妃候補とはいえ、家同士の繋がりを保つための形だけの婚約者で、実質は異母妹のレティアと王太子は結婚すると思っている人が殆どだった。
まだアメリアが婚約破棄されたことを全ての人々は知らないのだろうが、いずれお告げ会での婚約者変更の発表が口コミで広まるはず。もしくは、夕方頃には新聞で発表するかも知れない。
ショッピングや観光で楽しそうな人々は、人生を謳歌している様子でアメリアが追放された後もその暮らしは続くであろうことが推測された。
「そうだ、アメリアさん。パートナーになった印に、この銀の髪飾りを受け取ってくれませんか?」
「えっ……この髪飾り、私がさっきショップで眺めていた。けど、いいの? 特に魔法がかかっているわけでもなく、守備力が高いわけでもなく」
「いいんですよ、貴女の魅力を高めてくれる。貴女が気に入り喜んでくれる。それが一番……アメリアさんは【女の子】なんですから」
ラルドの手がアメリアの髪に触れて、銀色の細工が纏われた。アメリアの震える心のように、汐風に髪が靡いて髪が揺れる。
「あ、ありがとう……女の子なんて、もう成人年齢なのに恥ずかしいけど。嬉しい……」
「アメリアさんは見た目こそ美人な大人の女性ですが、中身はまだまだ可愛い女の子ですよ。ふふっどうですアメリアさん、おすすめの絶景スポットがあるんで、最後の記念に寄っていきます?」
「絶景スポット? この国を発つ前に、素敵な景色を胸に刻むのも良いわよね。是非、案内してくださいな」
「では……お手をどうぞ」
再びラルドがアメリアの手を引いてエスコートをしてくれる。金髪碧眼の美青年であるラルドは、本来の王太子よりもよっぽど王子様らしい風貌。
(私には絶対にそんな日は訪れると思わなかったけれど。この胸が締めつけられるような、そして思わず頬が、心までが赤く染まるよう想いは……。これが、恋なの?)
アメリアは初めて恋心の芽生えを自覚するのであった。
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