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獅子の頬
しおりを挟む翌朝、といっても三時間も眠れていないのだけど。奴代ちゃんが私達の寝室を出て自分の部屋に戻ってからが大変だったのだ。その……鏡子さんの欲情がなかなか収まらなくて。
情事の後の気だるい微睡みの中、皆より少し早く起きてキッチンに立ち湯気を立てる。どうであれ、皆で出掛けるなんて久々の事だしここは腕の奮い所だ。
やがて日射しがキラキラと高さを増す頃、窓の下からエンジン音が響く。鏡子さんの朱い車は既に温まっているようだ。間に合い出来たばかりの料理をバスケットに詰めて階段をかけ降りた。
「ったく、何だってそんなに時間かかってるんだぁ優ぅ」
「いろいろがんばったんですよぉ~ホラホラッ」
助手席に乗り込み膝上に置いたバスケットを自慢気に開くと、ステアリングを指先で弾いていた鏡子さんが、それを覗き込み眉をぴくりと上げる。
「おにぎりとお弁当ぉおぉ」
「はいっ」
パシッと頭を叩いた鏡子さんは『お前は抱くとすぐ乙女になるなっ』と呆れたように微笑む。いやいや、そうかもしれないけど何も皆の居る前で言わなくてもっ。その言葉は一気に照れを促し、皆に顔を見られないよう俯いた……熱さで分かる、私は今随分と頬を朱くしているのだろう。
後部座席に奴代ちゃんと川崎を乗せ、鏡子さんは北に車を走らせる。十二月の慌ただしい街並みのせいか、助手席からの景色に少しだけ鼓動が落ち着かない。いや、この車がスポーツ仕様でくつろぎながらドライブというのに向いていないからか。
二時間程車を走らせ大きな門構えの前で鏡子さんは車を止めた。家屋なのだろうがそこは庭に茂る木々で母屋の影が見えないほどだ。
呼び鈴を押し鏡子さんがお久しぶりですと名前を言うと、その大きな門が返答もないまま自動で開く。問答も無しに来訪を許されるという事は、間違いなく鏡子さんの知り合いの家なのだろうけど、いやしかしこれ絶っ対怖い人の家だょお~鏡子さぁん 。
着物姿の女性に案内され応接間らしき部屋へ通される。御寛ぎ下さいと言われてもそこにあるのはあからさまに値が張りそうな家具ばかりだ。躊躇を余所目に、鏡子さんは自宅のソファーのようにドカッと腰を落とすと直ぐ様大きく背を伸ばした。気遣いも気後れも無くどうやらすっかり寛いでいるようだ……相変わらずだなぁ、この人はまったくっ。
しかし想像を超える部屋の豪華さというか、何とも言えない威圧感だ。それは腰を落とす事を随分と戸惑わせた。ソファーには左から鏡子さん、私、川崎。テーブルを挟んで対となっているソファーの端に奴代ちゃんが座る。鏡子さんの待ち人が来るまでの間、呑気に高級そうな家具達を眺めて紛らわせていた……そう、 “ 何か普通ではない事 ” が始まる気配から意識を逸らしていたのだ。
部屋の重厚な扉が開き、着物を着た老人が私達が待つ部屋にその姿を見せる。この人が鏡子さんの待ち人なのだろう。年齢の割には背筋がピンと張り、何か武将のような雰囲気を纏う感じの人だ。老人は無言で奴代ちゃんの隣に腰を下ろし眼を閉じたまま鏡子さんの話しを聞いている。
鏡子さんが、奴代ちゃんが今は自分の養女として共に穏やかに暮らしている事を告げると、老人は組んでいた腕を下ろし深々と頭を下げた。随分の時間、下げた頭を上げようとしない老人に、奴代ちゃんはそっと手を伸ばし老人の膝に手を置いた、それは至極優しい顔を覗かせながら。
「御爺様。話は鏡子さんから伺ってます。今私はお会い出来た事に喜んでいます。私は幸せに暮らしてます。鏡子さん、優君の家族として……だから顔をもっと見せてください」
「ワシが至らなかった。いや、今ですら表立ってそなたを迎えられずにおる。本当にすまなかった。奴代」
老人がゆっくりと頭を上げ、奴代ちゃんに向けたその顔は、深く刻まれたシワに幾多もの涙がつたっていた。奴代ちゃんも老人の膝に添えた手を震わせながら頬を濡らしている。
それはあの時以来初めて見た奴代ちゃんの涙だ……想像が及ばないほどの過去があるのだろう。それがどんな事だったのか私にはわからないけど、奴代ちゃんをこんなにも悲しませる事だったのは事実だ。なにか訳もなくそれに怒りのような感情を覚えた。
「鏡子殿、貴女は思うより強いお方だったのですな。万謝と共に心服いたすぞ」
涙の機会を作ったのは鏡子さんなのだろう、それはきっとすごく大変な事だったのだと思う。大切な人、だけどいつも計り知れない鏡子さんの才分を見せつけられる度に少し寂しい気持ちになる、いつまでも手の届かない遠い存在のようで。
老人は鏡子さんの才分に随分と感服したのだろう。至極優しく微笑みを浮かべると、まるで何かを悟ったように「ところで自分で役にたてる事柄なのか」と唐突に鏡子さんを見据え言葉を投げた。
鏡子さんはその問いにゆっくりと頷き、昨夜の事を話し始める。数回に渡りカオダボ教を強調しながら話しを進める鏡子さんの表情には真剣さと同時に、どこか老人に対する “ 信頼 ” のようなものが漂っていた。
鏡子さんの話しによると、この老人に川崎の保護を頼むつもりのようだ。どうやら情報が少なすぎる今の情況では身軽でいたいという事らしい。あっさりと老人は鏡子さんの頼みを快諾したが、なにか随分と鏡子さんの身を案じているようだ。それはまるで親子のようにさえも思える程だ。
帰り際、鏡子さんの耳打ちに瞼を閉じ、深く頷く老人。そして「武運を祈る」と見送られた私達は、川崎をそこに預け大きな門を後にした。
鏡子さんの車に乗り込み、私達は来た道を引き返す。しかしその途中で鏡子さんが突然国道から逸れる山道にハンドルを切った。当然のように舗装もされていない雑路は、どうやら鏡子さんの車には不向きなようで、突き上げる衝撃にお尻を手で隠しながら、道を間違えたのかと鏡子さんの横顔を助手席から覗き込んだ。
なんだかやけにニヤニヤしながらハンドルを握っている鏡子さん。こ、この笑顔は絶っ対悪ノリの時のヤツだあぁっ、
案の定、おそるおそるどこへ向かうのかと聞いた鏡子さんの答えは「ドライブついでに肝試しをしよう」だった。頃合いに日が暮れかけた山道は樹木の影を伸ばし、漆黒へと侵食し始めている。それは今にも “ マガイモノ ” が登場しそうな雰囲気だ。
いやいやいやいや、肝試しとか本当に勘弁してほしいです鏡子さんっ、身体を後ろに捻らせて「奴よちゃ……」と援軍を投げかけたけど、どうやら頼みの綱はお弁当をたいらげた後、占有した後部座席で爆睡してしまったようだ……まぁ、マズイと残されるより余程嬉しいけど、今は助けて欲しかったぞっ、奴代ちゃんっ。
暮れかかり始めた山中を、車はさらに深く深い漆黒の中に入っていった。
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