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祝言と夏の奉納の準備
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咲の床上げも済み落ち着いた頃。
夏の初めに板垣の息子と五助の息子の婚儀が我が家で合同で行われた。この村は私の屋敷で婚儀をするのが慣例になっている。何故なら座敷も広く料理の準備もし易いし皆が集まるのに苦がないからだ。
花嫁の娘たちは夫となる者とは既に仲良くなっている様子だ。どうも男たちが下山してちょこちょこと会っていたらしく幸せそうな顔をして精一杯の晴れ着を纏って二組の新しい夫婦の門出に私は幸せな気分になった。
そして二人は働き者でもあった為婚家の者もそれは大切にしている様子で微笑ましく……お茶を出してくれるウメに、
「ウメ、嫁は虐めてないか?」
「幸三郎様……酷いことを言わないで下さいまし。ウメの全力で可愛かってますよ。嫌ですよう全く」
「ならば良い。ふふっ」
弥助の所に来たおキクは良く働いて二人で田の草取りを微笑ましい雰囲気でやってるのは見かけていた。……子もすぐに出来そうなくらいで見ている方が恥ずかしいくらいであった。
「幸三郎様はお見えか?」
玄関から声が……向かうと村の不動尊の管理をしている佐治が来ていた。
「お忙しい所申し訳ございません。社まで同行をお願い致したく伺いました」
この爺、佐治は父の家臣であったが私たちの為に残ってくれた。父は連れて行こうとしたが佐治が説得して渋々置いて行ってくれたのだ。彼は身の回り以外の困った事や不動尊の事を畑仕事の合間にしてくれている。
「ああ分かった今支度してくる。暫し待て」
ウメに声を掛けてから佐治と社に向かった。
「ありがとう存じます。今年の奉納の夏祭りですが……」
御本尊の不動明王の安置されている本堂の前で紙に書かれた予定を見分した。ここにはきちんとした控室の様な物はなく社と十畳程の本堂のみだ。
父がこの地に来たのもこの石を彫った不動明王が滝壺の脇に安置されていたからだと聞かされている。無人の山奥に不動明王があるのを不思議に思ったらしいが修験者が彫った物だろうと大切に祀ってきた。父の守護も不動明王だ。その為か初期の頃から自分達よりもしっかりとした社を建設し祀っていた。
後に大平の名主に聞いたところ弘法大師が修行に訪れた時の物だと伝えられているとの事。と言うことは父が来るまで本当に峠道だけの無人の山奥だったのだ。
「幸三郎様いかがでしょう?」
「ああ、これで良い。毎年忙しいのにすまぬな」
「何をふふっ。父上様の頃は質素でしたが今は盛大になりましたから大変ではありますが楽しくもあります。私が隠居する頃には息子に引き継ぎますのでご安心を」
佐治はもうすぐ五十になる。戦の多い頃から父に付き従い甲斐からここまで……辛い事も多くあったはずだが文句も言わず今も良い表情で私を見ている。
「まだ早かろう?野良は息子に任せ社の仕事だけにすれば良いのではないか」
「あははっそうでございますね。では、身体が続く限り貴方様家族に仕えましょう……」
「ああ……感謝する」
優しく微笑むこの爺は私たち兄弟の幼き日の世話係でもあり二人目の父の様な存在なのだ。長生きして欲しいと常々思っているのだがな。
「では近くなったら男衆を集めて準備を頼む」
「はい。幸三郎様」
社を後にし一旦屋敷に戻り板垣にはこれから始まる佐治の祭りの手伝いを頼んだ。その後野良着に着替え田の草取りと枝豆の収穫等に向かった。この辺りでは畦に大豆を植えて夏の酒のつまみにしたりする。打ち豆など料理に使用する大豆としての収穫はちゃんとした畑で別けて栽培をしている。
今日も一日が終わり咲と縁側で月を見ながら、
「夜は涼しくて良うございますね」
「ああ。咲は眠れているか?夜泣きは辛くないか?」
「ええ、ヨシが手伝ってくれてますから大丈夫ですよ」
ヨシとはウメの娘で確か十三か?
「そうか。だからあれは昼からしか見かけないのか」
「はい。夜泣きすると外に連れ出してくれてます。今はあちこちから赤子の声がするそうですよ?」
「そうなのか」
玄之助の子の他にも確か数人産まれていた筈だ。どこの家も大変だが、一生続く訳でもないからな。泣く時期は振り返って見れば短いものだ。
「なぁ咲。もう少しでお前とまた寝床を共に出来るのだな」
「そうですねぇ。はしたないのですが私も貴方の側に居たいのですよ」
肩に腕を回し胸に寄せた。
「私もだ。其方に触れられないのは辛い」
「はい……」
虫の声を聞きながら咲の温かさに愛しさが募る。祝言で初めて会った時あまりの好みの娘で嬉しかったのを覚えている。
色が白くキメの細かな肌で所作もこんな山奥育ちなのにきちんと躾けられており美しい娘だった。聞けば母親は町から嫁いで来た商家の娘で義父殿が熱心に口説き落としたのだそうだ。後はその父親にも頭を下げ続け認めて貰ったのだとか。
そんなふうには見えぬがな義父殿は。優しげで飄々とした風貌だがきっと中に熱いものがあるのだろう。夫婦仲はいつ行ってもいいし義母殿には野良仕事はさせず村の旅籠で働いていると聞いている。
「咲……」
「はい貴方?」
見上げる咲に私はそっと唇を重ねた……触れた事で愛しさが込み上げ抱き寄せ強く求めた。毎日やる事も考える事も多いがこうして咲に触れると疲れが癒える気がする。
私の頬に咲の手が触れた。目を開くと唇が離れ色っぽい表情で、
「幸三郎様咲は幸せです。こんなにも大切にされて」
「ああ……そう思ってくれるか咲」
一日のほんの僅かな二人だけの時間。この僅かな時間に幸せを感じなから咲を抱きぼんやり月を眺めた。
夏の初めに板垣の息子と五助の息子の婚儀が我が家で合同で行われた。この村は私の屋敷で婚儀をするのが慣例になっている。何故なら座敷も広く料理の準備もし易いし皆が集まるのに苦がないからだ。
花嫁の娘たちは夫となる者とは既に仲良くなっている様子だ。どうも男たちが下山してちょこちょこと会っていたらしく幸せそうな顔をして精一杯の晴れ着を纏って二組の新しい夫婦の門出に私は幸せな気分になった。
そして二人は働き者でもあった為婚家の者もそれは大切にしている様子で微笑ましく……お茶を出してくれるウメに、
「ウメ、嫁は虐めてないか?」
「幸三郎様……酷いことを言わないで下さいまし。ウメの全力で可愛かってますよ。嫌ですよう全く」
「ならば良い。ふふっ」
弥助の所に来たおキクは良く働いて二人で田の草取りを微笑ましい雰囲気でやってるのは見かけていた。……子もすぐに出来そうなくらいで見ている方が恥ずかしいくらいであった。
「幸三郎様はお見えか?」
玄関から声が……向かうと村の不動尊の管理をしている佐治が来ていた。
「お忙しい所申し訳ございません。社まで同行をお願い致したく伺いました」
この爺、佐治は父の家臣であったが私たちの為に残ってくれた。父は連れて行こうとしたが佐治が説得して渋々置いて行ってくれたのだ。彼は身の回り以外の困った事や不動尊の事を畑仕事の合間にしてくれている。
「ああ分かった今支度してくる。暫し待て」
ウメに声を掛けてから佐治と社に向かった。
「ありがとう存じます。今年の奉納の夏祭りですが……」
御本尊の不動明王の安置されている本堂の前で紙に書かれた予定を見分した。ここにはきちんとした控室の様な物はなく社と十畳程の本堂のみだ。
父がこの地に来たのもこの石を彫った不動明王が滝壺の脇に安置されていたからだと聞かされている。無人の山奥に不動明王があるのを不思議に思ったらしいが修験者が彫った物だろうと大切に祀ってきた。父の守護も不動明王だ。その為か初期の頃から自分達よりもしっかりとした社を建設し祀っていた。
後に大平の名主に聞いたところ弘法大師が修行に訪れた時の物だと伝えられているとの事。と言うことは父が来るまで本当に峠道だけの無人の山奥だったのだ。
「幸三郎様いかがでしょう?」
「ああ、これで良い。毎年忙しいのにすまぬな」
「何をふふっ。父上様の頃は質素でしたが今は盛大になりましたから大変ではありますが楽しくもあります。私が隠居する頃には息子に引き継ぎますのでご安心を」
佐治はもうすぐ五十になる。戦の多い頃から父に付き従い甲斐からここまで……辛い事も多くあったはずだが文句も言わず今も良い表情で私を見ている。
「まだ早かろう?野良は息子に任せ社の仕事だけにすれば良いのではないか」
「あははっそうでございますね。では、身体が続く限り貴方様家族に仕えましょう……」
「ああ……感謝する」
優しく微笑むこの爺は私たち兄弟の幼き日の世話係でもあり二人目の父の様な存在なのだ。長生きして欲しいと常々思っているのだがな。
「では近くなったら男衆を集めて準備を頼む」
「はい。幸三郎様」
社を後にし一旦屋敷に戻り板垣にはこれから始まる佐治の祭りの手伝いを頼んだ。その後野良着に着替え田の草取りと枝豆の収穫等に向かった。この辺りでは畦に大豆を植えて夏の酒のつまみにしたりする。打ち豆など料理に使用する大豆としての収穫はちゃんとした畑で別けて栽培をしている。
今日も一日が終わり咲と縁側で月を見ながら、
「夜は涼しくて良うございますね」
「ああ。咲は眠れているか?夜泣きは辛くないか?」
「ええ、ヨシが手伝ってくれてますから大丈夫ですよ」
ヨシとはウメの娘で確か十三か?
「そうか。だからあれは昼からしか見かけないのか」
「はい。夜泣きすると外に連れ出してくれてます。今はあちこちから赤子の声がするそうですよ?」
「そうなのか」
玄之助の子の他にも確か数人産まれていた筈だ。どこの家も大変だが、一生続く訳でもないからな。泣く時期は振り返って見れば短いものだ。
「なぁ咲。もう少しでお前とまた寝床を共に出来るのだな」
「そうですねぇ。はしたないのですが私も貴方の側に居たいのですよ」
肩に腕を回し胸に寄せた。
「私もだ。其方に触れられないのは辛い」
「はい……」
虫の声を聞きながら咲の温かさに愛しさが募る。祝言で初めて会った時あまりの好みの娘で嬉しかったのを覚えている。
色が白くキメの細かな肌で所作もこんな山奥育ちなのにきちんと躾けられており美しい娘だった。聞けば母親は町から嫁いで来た商家の娘で義父殿が熱心に口説き落としたのだそうだ。後はその父親にも頭を下げ続け認めて貰ったのだとか。
そんなふうには見えぬがな義父殿は。優しげで飄々とした風貌だがきっと中に熱いものがあるのだろう。夫婦仲はいつ行ってもいいし義母殿には野良仕事はさせず村の旅籠で働いていると聞いている。
「咲……」
「はい貴方?」
見上げる咲に私はそっと唇を重ねた……触れた事で愛しさが込み上げ抱き寄せ強く求めた。毎日やる事も考える事も多いがこうして咲に触れると疲れが癒える気がする。
私の頬に咲の手が触れた。目を開くと唇が離れ色っぽい表情で、
「幸三郎様咲は幸せです。こんなにも大切にされて」
「ああ……そう思ってくれるか咲」
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