戦国武将の子 村を作る

琴音

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夏の畑仕事はきつい

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祭りの数日前から太鼓や笛の音が村に響く。
本番に向けた練習の音だ。この音を聞くと子供たちは楽しいのか真似したりして奇声を上げて遊んている。子供の遊ぶ声はなんと心地よいのだろう。夏は春や秋と違い子供たちの野良仕事の出番は少なく親だけで賄えるくらいだからな。

にしても暑いな。ギラギラとしたお天道様に参ってしまい木陰に腰を降ろした。はあ……朝の早い刻限から始めたが暑くなるのが早すぎる。

「板垣無理するな。倒れるぞ?」
「はあ~無理しません。爺が無理してもいい事ありませんから。はは」

手ぬぐいで汗を拭きながら笑うが若くても辛い暑さだ。日照りにでもなるのかと心配したが夕方には盛大に夕立ちも降るし、梅雨の終わりに嵐も来た。今年は秋におかしな事がない限り豊作なはずだ。今の時期にたっぷりと日差しを浴びていれば米はなんとかなる。春先の不安は大分和らいだがそれも今年の事。来年以降の保証にはならない。

「幸三郎様夏祭りのお囃子はいつ聞いてもいいものですなぁ」
「板垣は祭りが好きか」
「はい。子供の頃の楽しかった記憶も蘇りますし気分が上がります」
「そうか。私はここと近隣しか知らぬ。いつか城下の祭りも見てみたいものだ」

板垣は遠い目をして、

「そうですねぇ、人が増えて幸三郎様が自ら田畑の仕事をしなくても良くなれば……ですね。現実的には」

だなと呟き竹筒に入れた生温い水を飲んだ。いつかそのような日が来る事を願い頑張るしかない。豊かな土地にしたいがこの急な斜面だらけのこの山は限界はある。だがその限界いっぱいまで引き上げるのが私の役目だと思う。

「さて。板垣はまだ休んでいろ。もう少しで昼だ。作業は暑くて無理になるからお前は取ったもの運ぶ支度をしてくれ」
「分かりました。よっこいしょっと」

板垣を横目に私は収穫と草取りに精を出した。

「おかえりなさいませ幸三郎様」

裏の勝手口にたらいを用意してウメは待っていた。板垣は収穫した野菜をヨキに渡し軒下の陰に座り込んだ。
渡された濡れた手拭いで身体を拭き足を洗い中に入る。多少涼しい北の座敷に行き横になった。……廊下を軽い足取りで走る音が響いた。

「父上!」
「おお幸太郎良い子にしていたか?」
「はい。母上や幸之助と静かにしてました」
「そうか」

身体を起こそうとした私の上にゴソゴソと乗りベタッとくっつく。

「幸太郎すまぬ。父はまだ暑いのだ」
「いやです。ずっと父上とお話したくて待ってました」

ガシッと両腕でしがみつく。はは……頭を撫でると満面の笑みで喜んでいるのもなんとかわいいのだろう。私によく似て目鼻立ちがたった顔立ちになって来たのもまた愛しく感じる。

「父上お祭りはいつですか?私も行きたいです」
「ああ一緒に行こう。母上や幸之助も」
「んふふっ楽しみですね。夜半に出かけることはないですから」
「そうだなぁ。だが夕方には墓参りが先だぞ?この村を大切にしてくれた先人の為にな」

腹の上で起き上がり、

「分かっております!がんばってくれた人なんでしょう?」
「そうだ。お前が楽しそうに笑い飯が旨いと思うならばその先人のお陰だ」
「はい!枝豆美味しい!!」

あははと大きく笑ってしまった。子供は良い。

「楽しそうですね。貴方」

奥から幸之助を抱いて座敷に入ってきた。

「ああ幸太郎かかわいくてな。幸之助が話すようになるのが楽しみだ」

頭を撫でていると、

「父上私は変なこと言いましたか?」
「いいや」

腹の上から降ろして裾を直し座った。隣には幸之助を抱いている咲が座る。

「日焼けしましたね。真っ黒です」
「仕方なかろう。この日差しだ」

ムスッとした顔をして、

「私は貴方の整ったお顔が好きなのに」
「日焼けしても変わらぬだろう?」

錦絵の様にきれいだったのに……とブツブツ。毎年同じ事を言うが無理であろう?冬には元に戻ると微笑んだ。

「お茶をお持ちしました。相変わらず顔から火が出そうな会話を……この夫婦は本当にもう」

咲はボッと赤くなった。

「ウメ……」
「は~い。暑さが増すなあと思っただけですよ」
「そうか?私も咲を愛しく思ってるぞ?」
「はあ……北の座敷なのに暑苦しいので下がらせて頂きますよ!」

ドスドスと足音を立てながら下がっていった。なんだろうねと二人で見合って吹き出した。

「私は其方を大切に思っているぞ?」
「私もです。んふふっ」

幸太郎も私のあぐらの中に入り、

「私も父上母上大好きです!幸之助も!」
「ああ。私もお前たちが大好きだ」

幸太郎を抱き上げ胡座に座らせると北からの涼しい風に当たりながら幸せな時間を過ごした。夕方の野良仕事までの間長襦袢のみで幸太郎を抱き昼寝。

日が傾き始めた頃畑に行き朝の続きをして田を見回り、たぬきが虫でも探して食べたのであろうか畦から水が漏れているのを何箇所か直した。獣の仕業と分かっているがこの暑さの中毎日になると迷惑千万だ。

日が暮れて視界が悪くなり帰宅して夕げを食し風呂に入り布団に横になった。夏は何をするにも気合を入れねば立ち上がる気力が出ない。子供の頃の無尽蔵に遊べる体力が懐かしい。

「貴方明かりを消しますね」
「ああ……」

行灯にふっと息を吹きかける音がして暗くなる。目が慣れるまで何も見えない。どうしてもと思い幸太郎はウメに預けた。

「咲?」
「はい……」
「ふふ………」

目が慣れて咲がほんのりと見え頬に触れて袂に手を差し入れた。

「あなた…あっ…んっ」

夏の夜は私たちを闇に飲み込み更けて行った。

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