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墓参りは懺悔の時
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陽が傾きかけた頃畑で昼に摘み取った仏花を桶に入れて用意した。線香と蝋燭をウメ板垣が持ち幸太郎は楽しそうに提灯を振り回している。
「幸太郎様、そんなに振り回したら壊れますよ」
「あ……すまぬ」
「貸してくださいませ。蝋燭を中に入れましょうね」
ウメは折りたたみ中に蝋燭を入れた。
「火はつけないのか?」
「まだ明るいですよ。ふふっ」
「そうか……帰りに使うのか」
「そうですよ。振り回したりすると火をつけたら燃えちゃいますからね」
「分かった」
昨年も連れては行っはずだが覚えておらぬようだな。まあ仕方ないな。
「板垣、支度は出来たか?」
「はい。出来ました」
「では参るぞ」
山の向こうの空が夕日で赤くなっている。明日もいい天気だな。
屋敷を出て不動尊の脇から山道を上がる。
「父上……ハァハァ早いです……」
「おおすまぬ。手を出しなさい」
「はい……ハァハァ」
幸太郎の手を引きさっきよりゆっくり山道を登って行った。陽が完全に落ちて下の不動尊の松明が明るく見える以外暗闇になった。
「幸太郎様提灯を」
「はい」
蝋燭に火を入れて貰ったのがよほど嬉しいのか一人で歩くと登ったがもうすぐそこだ。登りきると小さな家一軒分くらいの平地になっており、いくつかの墓が並んでいる。
この村が出来て亡くなったものはまだ少ない。父の頃から数えても三十年は経っていないし人が増えたのも最近のことだ。年寄りが極楽に行くのもこれからだ。
ここに眠るのは父の頃に付いてきた家臣の子が数名と流行病や事故で亡くなったものが数名だ。
「幸三郎様!」
「おお吉次郎其方も……」
「はい。娘が居りますから……年に何度も来れませんから盆ぐらいは。はは」
「ほんに済まなかった。私がもっと……」
アワアワして吉次郎は、
「滅相もない!これも天命ですよ。医者が間に合わないのは仕方ない事です。下の村から急いでも半時は掛かります。瀕死で半時は……お釈迦様のそばで幸せにしてると信じてますよ」
「そうか……私も子が出来て其方の気持ちは痛いほどだ」
ふふっと微笑み、
「幸三郎様のそのお気持ちが嬉しゅうごさいます。では……」
「ああ。また下でな」
吉次郎の娘は熱が何日も続きこれは不味いと医者を手配しようと慌ててた所で痙攣してそのまま。風邪だろうと寝かせていたらだ。私が知った頃には何日も経ってて医者を呼んだが間に合わなんだ。
七つにもなってなかった。仕方がないとは言え……あの頃城下でも流行病でかなりの町人が亡くなったと聞いた。この村では亡くなったのは吉次郎の娘のみで他も罹ったが治ったのだ。最初に罹ったから対処が遅れた。今でも後悔の念が無くならない。
「父上?」
「おお。我が家の墓はまだない。ここにある墓は全てこの村の為に尽くした。端からお参りしなさい」
「はい!」
ウメが幸之助を抱いていて咲と板垣が幸太郎と蝋燭や花を備えて線香を付けた。五基ある墓を順番に南無阿弥陀仏と手を合わせて移動して行く。私も皆が終わった所から参って行った。一つひとつ私の力不足を詫び極楽でお釈迦様の弟子となり精進してくれと。
宗派はこの村を作る時に宗派替えをしている。百姓には百姓に合った宗派にと。もう私は武士ではないし落ち武者の子でもない。ただの百姓なのだから……
「兄上!先に来てましたか!」
「弦之助遅かったな」
「あはは。下で佐治と話していたら遅くなりました」
「時殿は?」
「下に居ります。脚を怪我しまして無理しなくて良いと私と盛山のみです」
「そうか。大事にはなっていないのか?」
「あはは。少し痛む程度ですよ。ですが夜道の暗がりはまた傷を増やしてもとの判断です」
「ならば良いが……」
蝋燭の明かりに照らされて歩きやすいのか幸太郎が走ってこちらに向かって来た。
「危ないから走るな!提灯が燃えるぞ?」
「ヤダ!」
いきなり立ち止まり提灯を確認して、
「ウメ……ここ焦げた……」
「あ~あ、走るからですよ?」
「母上……ごめんなさい焦げた」
「もうこの子は……」
なんとも微笑ましいが暗がりは危ない。ゆっくり歩いて私の前まで皆が来た。膝を付き、
「幸太郎。出る前にウメが話したのを忘れたか?」
「ごめんなさい……夜出掛けるのが楽しかったのです」
「ふむ……帰りは下りだ。ゆっくり足元を照らして下るんだぞ?」
「はい!」
良しと頭を撫でて、
「弦之助先に降りる!」
「はい。後ほど!」
幸太郎は先頭をゆっくり楽しそうに下って行った。行きの半分ちょっとくらいで不動尊の脇に出た。本堂の前の広場には盆踊りの支度も整い太鼓や笛の音が鳴り響いていた。
「幸三郎様こちらへ」
佐治が本堂に来いと呼びに来た。
「皆は楽しんでいてくれ」
「こちらです」
本堂の中には神主が居り待っていた。
「済まぬな待たせた」
「名主様。ではこれから祈祷を始めます」
本堂の神主の後ろ辺りに座った所で祈祷が始まった。
「幸太郎様、そんなに振り回したら壊れますよ」
「あ……すまぬ」
「貸してくださいませ。蝋燭を中に入れましょうね」
ウメは折りたたみ中に蝋燭を入れた。
「火はつけないのか?」
「まだ明るいですよ。ふふっ」
「そうか……帰りに使うのか」
「そうですよ。振り回したりすると火をつけたら燃えちゃいますからね」
「分かった」
昨年も連れては行っはずだが覚えておらぬようだな。まあ仕方ないな。
「板垣、支度は出来たか?」
「はい。出来ました」
「では参るぞ」
山の向こうの空が夕日で赤くなっている。明日もいい天気だな。
屋敷を出て不動尊の脇から山道を上がる。
「父上……ハァハァ早いです……」
「おおすまぬ。手を出しなさい」
「はい……ハァハァ」
幸太郎の手を引きさっきよりゆっくり山道を登って行った。陽が完全に落ちて下の不動尊の松明が明るく見える以外暗闇になった。
「幸太郎様提灯を」
「はい」
蝋燭に火を入れて貰ったのがよほど嬉しいのか一人で歩くと登ったがもうすぐそこだ。登りきると小さな家一軒分くらいの平地になっており、いくつかの墓が並んでいる。
この村が出来て亡くなったものはまだ少ない。父の頃から数えても三十年は経っていないし人が増えたのも最近のことだ。年寄りが極楽に行くのもこれからだ。
ここに眠るのは父の頃に付いてきた家臣の子が数名と流行病や事故で亡くなったものが数名だ。
「幸三郎様!」
「おお吉次郎其方も……」
「はい。娘が居りますから……年に何度も来れませんから盆ぐらいは。はは」
「ほんに済まなかった。私がもっと……」
アワアワして吉次郎は、
「滅相もない!これも天命ですよ。医者が間に合わないのは仕方ない事です。下の村から急いでも半時は掛かります。瀕死で半時は……お釈迦様のそばで幸せにしてると信じてますよ」
「そうか……私も子が出来て其方の気持ちは痛いほどだ」
ふふっと微笑み、
「幸三郎様のそのお気持ちが嬉しゅうごさいます。では……」
「ああ。また下でな」
吉次郎の娘は熱が何日も続きこれは不味いと医者を手配しようと慌ててた所で痙攣してそのまま。風邪だろうと寝かせていたらだ。私が知った頃には何日も経ってて医者を呼んだが間に合わなんだ。
七つにもなってなかった。仕方がないとは言え……あの頃城下でも流行病でかなりの町人が亡くなったと聞いた。この村では亡くなったのは吉次郎の娘のみで他も罹ったが治ったのだ。最初に罹ったから対処が遅れた。今でも後悔の念が無くならない。
「父上?」
「おお。我が家の墓はまだない。ここにある墓は全てこの村の為に尽くした。端からお参りしなさい」
「はい!」
ウメが幸之助を抱いていて咲と板垣が幸太郎と蝋燭や花を備えて線香を付けた。五基ある墓を順番に南無阿弥陀仏と手を合わせて移動して行く。私も皆が終わった所から参って行った。一つひとつ私の力不足を詫び極楽でお釈迦様の弟子となり精進してくれと。
宗派はこの村を作る時に宗派替えをしている。百姓には百姓に合った宗派にと。もう私は武士ではないし落ち武者の子でもない。ただの百姓なのだから……
「兄上!先に来てましたか!」
「弦之助遅かったな」
「あはは。下で佐治と話していたら遅くなりました」
「時殿は?」
「下に居ります。脚を怪我しまして無理しなくて良いと私と盛山のみです」
「そうか。大事にはなっていないのか?」
「あはは。少し痛む程度ですよ。ですが夜道の暗がりはまた傷を増やしてもとの判断です」
「ならば良いが……」
蝋燭の明かりに照らされて歩きやすいのか幸太郎が走ってこちらに向かって来た。
「危ないから走るな!提灯が燃えるぞ?」
「ヤダ!」
いきなり立ち止まり提灯を確認して、
「ウメ……ここ焦げた……」
「あ~あ、走るからですよ?」
「母上……ごめんなさい焦げた」
「もうこの子は……」
なんとも微笑ましいが暗がりは危ない。ゆっくり歩いて私の前まで皆が来た。膝を付き、
「幸太郎。出る前にウメが話したのを忘れたか?」
「ごめんなさい……夜出掛けるのが楽しかったのです」
「ふむ……帰りは下りだ。ゆっくり足元を照らして下るんだぞ?」
「はい!」
良しと頭を撫でて、
「弦之助先に降りる!」
「はい。後ほど!」
幸太郎は先頭をゆっくり楽しそうに下って行った。行きの半分ちょっとくらいで不動尊の脇に出た。本堂の前の広場には盆踊りの支度も整い太鼓や笛の音が鳴り響いていた。
「幸三郎様こちらへ」
佐治が本堂に来いと呼びに来た。
「皆は楽しんでいてくれ」
「こちらです」
本堂の中には神主が居り待っていた。
「済まぬな待たせた」
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本堂の神主の後ろ辺りに座った所で祈祷が始まった。
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