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二章 討伐とその後
9 僕らの慰労と感謝の夕食会
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そろそろ起きましょうと、ティモに起こされると隣にアンジェいた。アンジェだあ!嬉しくて抱きついて彼の頰を撫でた。
「アンジェ起きて。ねえアンジェ」
「ん……あふっ少しは寝られたか?」
「うん」
会議の後この部屋に来て寝てたそうだ。お前も少し休めって許しが出てね。
「お前風呂は?」
「さっき入ったから着替えればいいだけだよ」
「そうか。俺も入って来る。ティモすまんが頼む」
「はい」
立ち上がるアンジェをベッドから見つめた。あ……ん?なんかヤダって気持ち。なんの気持ちだ?いつもローベルトがいない時はティモが世話するのにね。僕はベッドから歩く前にアンジェの手を取って見上げた。
「アンジェ……あの…」
「どうした?」
不思議そうに僕を見下ろすアンジェ。
「あの……城のメイドさんにあなたのお風呂頼めない?ノルンの方で」
え?っと考え込んで、
「……ふむ。ティモ頼んで来てくれないか」
「かしこまりました」
ティモもなにか察したようで、ニコッとして出て行った。この気持ちはなんだろうなあ。イヤって気持ちが強くて上手く説明出来ないんだ。手を取ったままの僕を見つめていたアンジェは、扉が閉まると大笑い。なんだよ!
「今まで何にも言わなかったくせに」
「うんそうなんだけどさ。なんかイヤって思ったの。なんでか分かんないけど」
それはなってベッドに腰を下ろして僕を抱き寄せてブチュウ。
「アンジェ…んっ…」
「それはティモがアンだからだろうな」
「なにそれ?あふん……」
アンジェは僕に優しく舌を絡ませながら、
「お前が成熟した大人になったという証拠だ。ティモを家族のように思っていたから今まで気にもならなかったのが、彼を大人のアンだと認識したんだろう」
んんっ…そうなの?んふ…気持ちいい…抱き合ってネロネロと楽しでいると、ご用意が出来ましたって。
「クルトは本当にかわいいな」
「ムッ!なんかバカにされてる気がする」
違うよとアンジェは僕の頰を撫でる。
「お前が大人のアンになって来てるんだ。クルトに改めて聞くが、子供欲しくはないか?」
「え?……欲しいかも。アンジェに似てるかわいい子が欲しい」
スッと欲しいと思えたんだ。いたらきっと楽しいだろうなあって。
「だろ?今まで俺が欲しいかと聞いても、別にって言ってたろ」
「あっ」
そうだ。今まで聞かれてもアンジェがいればいいやって。なのに今はいれば素敵かなって思う。前の世界では愛してる亮太との子供なんて望めなかったし、僕は産めない。当然諒太も。
「そっか……僕アンジェの子どもに会えるんだね。そっか……」
実感したらすごく嬉しい。男同士では持てないはずの子ども……僕の子どもが……なんて言う奇跡だ。実感したら視界が滲んだ。
「クルト……」
「アンジェ……僕子ども産めるんだね」
当たり前のことをと言うなって顔をしたけど、アッと。
「ああそうだ、お前は産めるんだ。俺たちの子でお前の血を引いた子。望めなかった自分の子が持てるんだよ」
「うん……」
アンジェは察しがよくて僕の欲しい言葉をいつもくれる。ティモは訳わからない会話に小首を傾げてるけど、僕は嬉しかった。
アンジェがメイドさんとお風呂に消えてから、不思議がっていたティモに説明した。
「あー……そういう。こちらでもそういった方はいますね。孤児や養子を貰ったりして普通の夫婦です」
「偏見は?」
「特に。そんなもんだってみんな思ってますね。番にはなれませんが、仲良くしてる夫婦は多いですね」
お菓子とお茶をどうぞと給仕しているティモに、
「なら別れたりは?」
「それは……番に縛られないですから、なくもないです」
そっか。お茶を飲みながら軽く僕の世界の状況を説明した。
「えー……前の世界はなんて不自由な。愛していればそれでいいでしょうに」
「……うん」
ぐうの音も出ない。ジェンダー・フリーの世界だったか。こちらが遅れてることもあったとは、ちょっとこっちの世界を舐めていたね。
そう言えば僕はこの世界の人の暮らしや風習なんか何も知らない。「クルト」は貴族社会しか知らないし、世間のことや他家のこととか、教科書以上の知識が入っていないんだ。興味の範囲が「クルト」は狭かったね。
そうだ!今度アンジェの視察について行こうかな。そうすれば詳しくとは行かずとも、垣間見れるかも知れないもん。
「何の話をしてるんだ?」
お風呂から出て来たアンジェが、真剣そうに話してる僕らに声を掛けた。
「ああ、僕がこの世界ことを知らな過ぎると発覚しただけ」
「ふーん」
ソファに座る僕の隣に座りチュッとしてくれる。僕は育ったけど、アンジェも変わったんだ。初めは会話も少なく、顔を見ることすら少なかった。でも今は人並みよりは少ないかもだけどおしゃべりもするし、こうして愛情表現もしてくれる。大声で笑うようにもなった。
「おふたりは本当にお似合いですね」
嬉しそうにティモは微笑んで僕らを見ている。
「そうか?」
「ええ、馴染んだって言うんですかね。クルト様が大人の雰囲気になられたせいもあると思います」
「だって、アンジェ」
僕が見上げるとアンジェがふふっと微笑む。んふ…鼻血出そう。アンジェのこの微笑みはいつまでも慣れない。僕は照れて顔が赤くなっていく。
「どうした?顔が赤いぞ?」
「アンジェに見惚れて鼻血出そう」
「あははっクルトは!」
なんてかわいいんだ。夫を見て鼻血出るとか言えるお前が愛しいよって。あははと笑う。
「いいじゃん。アンジェのうっすら微笑むの僕大好きなんだもん」
「うん。ありがとう」
額にチュッとしてくれるだけで嬉しい。
「さて、愛し合ってるのはいいのですが、おふたりともお支度を」
「へい」
僕がティモに支度してもらってると、アンジェは自分でサクサク着替えた。
「アンジェ……また自分で」
「面倒臭いんだよ。待ってるのはな」
僕はティモにしてもらえって言って、アンジェは自分の側仕えがいないとこんなになる。仕事では一人で着替えることも多く、慣れたそうだ。
「だけど貴族はダメなんでしょう?」
「うーん……大目に見ろ」
「はい」
着替えてから時間までいちゃついて過ごし、迎えが来たところで会場に移動した。
少し遅めの夕食会は先程の大臣たちが勢揃い。基本アンジェ以外、四十より上そうな見た目のおじ様ばかりだ。アンジェは例外なんだよね。(父上死亡で)
アンジェは並外れた魔力持ちで「黒の賢者」の二つ名を持つ「フリートヘルム領」の公爵。王族の姓が全部クラネルトだから、区別のために先祖の名前が領地の名前になっているんだ。
うちの実家は子爵だけど辺境伯と呼ばれ、爵位は一つ上と同じ権限がある。僕らは「国の双璧」と呼ばれ、攻守セットと考えられているお家同士なんだ。
「揃ったようだな」
宰相のオイゲン・ハグマイヤー様がこの会の説明をして、グラスを上げて乾杯と始まった。僕はアンジェの隣に座っていたけど、これが上座に近くてねえ。公爵だから当たり前なんだけど居心地は悪かった。
「クルト様の活躍は見てみたかったですね」
「あはは…ありがとう存じます」
隣の席の大臣に話しかけられて愛想笑いで過ごしていると、少し離れた席の方が立ち上がり、こちらに近づいて来る。コースフェルト様だ。
「クルト様。私はヘンリック・コースフェルトの父、イグナーツと申します」
アンジェが彼は国土省の大臣だと教えてくれた。僕も爵位は伯爵なのは知っていた。
「私の子を生き返らさせて下さったと……なんとお礼をすればいいのか分かりません」
「いえ……」
あの死体安置所にはバルシュミーデの戦士が多かったんだけど、彼のお子さんも混じっていたそうだ。うちの戦死者は、街道の出口あたりで魔物と応戦していた騎士が多く、最前線はバルシュミーデの戦士が大半だった。火竜の進行方向の被害は甚大でね。
うちの騎士は、バルシュミーデの後方支援で前線にいたんだ。あちらの魔法使いがかなりやられて、防衛が難しくなっていたからね。当然うちの騎士は魔法に長けている者が多く、不慣れだけど一緒に戦っていたんだ。
「ヘンリックが帰って来て聞いたら、一度死んでクルト様が蘇らせてくれたって言うじゃありませんか」
なんて言えばいいのか口がパクパクして言葉が出ない。
「まあ、よかったですよ」
「ああ、アンジェ。お前にも感謝しているんだ」
アンジェが言葉に詰まった僕に助け舟。だってあればユリアン様の思いつきで、僕もあれほど出来るとは思わなくてね。ある意味ユリアン様の功績かもとイグナーツ様に話した。
「いいえ。あなたの力です。白の賢者の力は文献でも知っていましたが、事実だったと思い知らされました」
僕の手を握り、目を赤くしてイグナーツ様は微笑み、ありがとうと僕の手を取り甲にキス。
「お力になれてよかったです」
「クルト様、感謝いたします。えーっと、私の領地は花卉農家、花や植栽の産地になります。欲しいお花はなんでもご用意いたしますよ」
これくらいしか出来ませんが、アンジェが困った時には助けますよって。
「ありがとう存じます」
不躾に失礼したと、イグナーツ様はご自分の席に戻った。
「彼の家はヘンリックしかノルンはいないんだ。そして次期当主なのに、彼は近衛騎士に志願した」
「なんで!」
アンジェは思い出すようにうーんと上を向いて、
「自分は文官には向かないってさ。子供の頃から武芸に秀でていて、彼は騎士になるんだと学園の卒業頃に騒いで親が折れたんだ」
「ほほう」
「そして騎士学校に入学。今がある」
大臣はイグナーツ様の家系のお仕事だから、どうすんのかな?
「たぶん他の子どもが婿を貰って……かな。ヘンリックは跡を継がないって言ってたよ」
「マジか……すごい覚悟で騎士になったんだね」
「ああ、国を愛し、王を敬愛してるヤツだからな」
ん?ヘンリック様と知り合いか?とアンジェに聞くと、
「ああ。学友だ」
「へえ……」
今回は火竜の尻尾に攻撃されて吹っ飛んで……だいぶ高いところから落ちたそう。一緒にいた騎士数名も治療のテントや安置所にいたそうだ。
「お前は今や国の英雄と思われてるよ」
「ゲッ……」
俺もだが奇跡の夫婦とか……言われてるぞって。
「なにそれ?」
「実はな。俺は早くから前線に出ていたんだ」
森の延焼は酷かったが、巣からあんまりバルシュミーデ側に火竜は進んでなかったろ?って。
「うん。わりと近かったね」
「初めの頃は他の魔獣も火竜と共に攻撃してきたんだよ」
「へえ」
それをアンジェが広域魔法で殲滅して、火竜に集中出来るようにしたらしい。僕らの会話が聞こえたらしい周りの大臣たちも、子どもに聞いたのかすごかったと言う。
「たくさんの魔法陣から繰り出す氷の矢、一瞬であたりを焼き尽くす火炎魔法最大のインフェルノ。魔物や魔獣が一瞬で魔石になる様子は、まるで地獄のようだったそうですよ」
「ほえぇ……」
楽しそうに話す大臣たちに渋い顔をしながら、アンジェは地獄とか言い方があるだろって。
「火竜の周りが真っ赤に燃えさかり、騎士は違う恐怖を感じたそうですよ。なら間違っちゃいないでしょう?」
「かもしれんが……うーん」
なんか想像出来た。火竜が燃えてるみたいに……ここに来る直前に観た「大型怪獣映画」のようなかな。うん、アレを間近で見たら怖かろう。
「最大の攻撃、最大の防御。それが夫婦とは、我らはなんとよき時代に生まれたのやらと感動してますよ」
「大げさだ」
大げさなもんか!なにかあったら助けてもらえるって安心感は大きいものだと、みんなうんうんと。
「魔法はなんでも出来る訳じゃない。みなさんも分かってるでしょう?」
周りの大臣はふふんと鼻を鳴らし、そんなことはみな百も承知だと笑う。
「だが、シュタルクはこれで引きはせぬ。またなにか起こす可能性は否定できないんだ」
「それは……まあ」
だからだよ。森ですんでるうちはよいが、シュタルクはいつか我が国、民を襲うかもしれない。少しでも安心材料があれば心穏やかに過ごせるってもんだぞって、保健省大臣のギルベルト様は言う。
「まあ」
「二人にばかり負担を掛ける気はないが、最後の切り札にはなる」
「はあ……」
どうにもならなくなった時に君らは必要になるよって。そんな事態になって欲しくはないけどね。僕が知らないだけで世界は不安定なんだよって、近衛騎士団長のハンネス・ボルネマン様。
「クルト様はまだお若く、アンであらせられる。世情に疎いのは承知ですが……城にお勤めされるのをお考えになりませんか?」
「やめろハンネス。妻を城に上げるつもりはない」
アンジェは嫌そうにハンネス様に目をやる。
「そう?外務省や騎士団の文官とかすれば、今の世情がよく見えると思うがな」
「見えなくていい。俺の妻を何だと思っているんだ」
うん?国の防衛の要かな?と笑う。
「大体あそこにはアンはいないだろ?」
「それは例外でいいだろ?」
「いやだね」
ノルンばかりの部屋に入れたくないし、知らなくていい。万が一の時だけでいいんだと、アンジェはハンネス様を睨む。
「どうしてもって言うならお前の妻も出せよ」
「えっ?イヤだよ。俺のハニーは出さない」
「なら同じだ!」
アンジェの強い視線にハンネス様はうろたえて、
「いやいや、条件が違うだろ?俺のハニーを出しても意味はないし、妻は……その小柄でかわいいが取り柄だけの……その……な」
ハンネス様の様子にあははと、みんな笑い出した。ハンネス様の奥様はミンミーみたいなかわいさのある方で、奥様オブ奥様って感じなんだ。だから仕事が出来るようなタイプではない。お茶会でもあまりしゃべれないような、おしとやかな方だそう。そういや無言でお茶飲んでいるかわいらしい方だったよ。
「戦場に出て火竜を鎮めるお前の妻なら、働けるかって思ったんだよ!」
「それはどうも。出来てもさせぬ」
「お前にゃ聞いていないんだよ。クルト様はどうお考えか?」
え?僕は……と横のアンジェを見ると目が怖かった。しないと言えと目が言ってるね。
「アンゼルム様に一任いたします」
うふふっと微笑んで誤魔化した。
「そうか残念だな。きっとあなたの覚悟や対策の仕方が変わると思ったのですが。まあ、気が変わったら言って下さいませ。俺のところなら俺が守りますから」
「はい。ありがとう存じます」
そんな夕食会が終わり、城の客間にふたりで戻った。けど、あの話の後からアンジェは明らかに機嫌が悪そうでね……あはは……はぁ
「アンジェ起きて。ねえアンジェ」
「ん……あふっ少しは寝られたか?」
「うん」
会議の後この部屋に来て寝てたそうだ。お前も少し休めって許しが出てね。
「お前風呂は?」
「さっき入ったから着替えればいいだけだよ」
「そうか。俺も入って来る。ティモすまんが頼む」
「はい」
立ち上がるアンジェをベッドから見つめた。あ……ん?なんかヤダって気持ち。なんの気持ちだ?いつもローベルトがいない時はティモが世話するのにね。僕はベッドから歩く前にアンジェの手を取って見上げた。
「アンジェ……あの…」
「どうした?」
不思議そうに僕を見下ろすアンジェ。
「あの……城のメイドさんにあなたのお風呂頼めない?ノルンの方で」
え?っと考え込んで、
「……ふむ。ティモ頼んで来てくれないか」
「かしこまりました」
ティモもなにか察したようで、ニコッとして出て行った。この気持ちはなんだろうなあ。イヤって気持ちが強くて上手く説明出来ないんだ。手を取ったままの僕を見つめていたアンジェは、扉が閉まると大笑い。なんだよ!
「今まで何にも言わなかったくせに」
「うんそうなんだけどさ。なんかイヤって思ったの。なんでか分かんないけど」
それはなってベッドに腰を下ろして僕を抱き寄せてブチュウ。
「アンジェ…んっ…」
「それはティモがアンだからだろうな」
「なにそれ?あふん……」
アンジェは僕に優しく舌を絡ませながら、
「お前が成熟した大人になったという証拠だ。ティモを家族のように思っていたから今まで気にもならなかったのが、彼を大人のアンだと認識したんだろう」
んんっ…そうなの?んふ…気持ちいい…抱き合ってネロネロと楽しでいると、ご用意が出来ましたって。
「クルトは本当にかわいいな」
「ムッ!なんかバカにされてる気がする」
違うよとアンジェは僕の頰を撫でる。
「お前が大人のアンになって来てるんだ。クルトに改めて聞くが、子供欲しくはないか?」
「え?……欲しいかも。アンジェに似てるかわいい子が欲しい」
スッと欲しいと思えたんだ。いたらきっと楽しいだろうなあって。
「だろ?今まで俺が欲しいかと聞いても、別にって言ってたろ」
「あっ」
そうだ。今まで聞かれてもアンジェがいればいいやって。なのに今はいれば素敵かなって思う。前の世界では愛してる亮太との子供なんて望めなかったし、僕は産めない。当然諒太も。
「そっか……僕アンジェの子どもに会えるんだね。そっか……」
実感したらすごく嬉しい。男同士では持てないはずの子ども……僕の子どもが……なんて言う奇跡だ。実感したら視界が滲んだ。
「クルト……」
「アンジェ……僕子ども産めるんだね」
当たり前のことをと言うなって顔をしたけど、アッと。
「ああそうだ、お前は産めるんだ。俺たちの子でお前の血を引いた子。望めなかった自分の子が持てるんだよ」
「うん……」
アンジェは察しがよくて僕の欲しい言葉をいつもくれる。ティモは訳わからない会話に小首を傾げてるけど、僕は嬉しかった。
アンジェがメイドさんとお風呂に消えてから、不思議がっていたティモに説明した。
「あー……そういう。こちらでもそういった方はいますね。孤児や養子を貰ったりして普通の夫婦です」
「偏見は?」
「特に。そんなもんだってみんな思ってますね。番にはなれませんが、仲良くしてる夫婦は多いですね」
お菓子とお茶をどうぞと給仕しているティモに、
「なら別れたりは?」
「それは……番に縛られないですから、なくもないです」
そっか。お茶を飲みながら軽く僕の世界の状況を説明した。
「えー……前の世界はなんて不自由な。愛していればそれでいいでしょうに」
「……うん」
ぐうの音も出ない。ジェンダー・フリーの世界だったか。こちらが遅れてることもあったとは、ちょっとこっちの世界を舐めていたね。
そう言えば僕はこの世界の人の暮らしや風習なんか何も知らない。「クルト」は貴族社会しか知らないし、世間のことや他家のこととか、教科書以上の知識が入っていないんだ。興味の範囲が「クルト」は狭かったね。
そうだ!今度アンジェの視察について行こうかな。そうすれば詳しくとは行かずとも、垣間見れるかも知れないもん。
「何の話をしてるんだ?」
お風呂から出て来たアンジェが、真剣そうに話してる僕らに声を掛けた。
「ああ、僕がこの世界ことを知らな過ぎると発覚しただけ」
「ふーん」
ソファに座る僕の隣に座りチュッとしてくれる。僕は育ったけど、アンジェも変わったんだ。初めは会話も少なく、顔を見ることすら少なかった。でも今は人並みよりは少ないかもだけどおしゃべりもするし、こうして愛情表現もしてくれる。大声で笑うようにもなった。
「おふたりは本当にお似合いですね」
嬉しそうにティモは微笑んで僕らを見ている。
「そうか?」
「ええ、馴染んだって言うんですかね。クルト様が大人の雰囲気になられたせいもあると思います」
「だって、アンジェ」
僕が見上げるとアンジェがふふっと微笑む。んふ…鼻血出そう。アンジェのこの微笑みはいつまでも慣れない。僕は照れて顔が赤くなっていく。
「どうした?顔が赤いぞ?」
「アンジェに見惚れて鼻血出そう」
「あははっクルトは!」
なんてかわいいんだ。夫を見て鼻血出るとか言えるお前が愛しいよって。あははと笑う。
「いいじゃん。アンジェのうっすら微笑むの僕大好きなんだもん」
「うん。ありがとう」
額にチュッとしてくれるだけで嬉しい。
「さて、愛し合ってるのはいいのですが、おふたりともお支度を」
「へい」
僕がティモに支度してもらってると、アンジェは自分でサクサク着替えた。
「アンジェ……また自分で」
「面倒臭いんだよ。待ってるのはな」
僕はティモにしてもらえって言って、アンジェは自分の側仕えがいないとこんなになる。仕事では一人で着替えることも多く、慣れたそうだ。
「だけど貴族はダメなんでしょう?」
「うーん……大目に見ろ」
「はい」
着替えてから時間までいちゃついて過ごし、迎えが来たところで会場に移動した。
少し遅めの夕食会は先程の大臣たちが勢揃い。基本アンジェ以外、四十より上そうな見た目のおじ様ばかりだ。アンジェは例外なんだよね。(父上死亡で)
アンジェは並外れた魔力持ちで「黒の賢者」の二つ名を持つ「フリートヘルム領」の公爵。王族の姓が全部クラネルトだから、区別のために先祖の名前が領地の名前になっているんだ。
うちの実家は子爵だけど辺境伯と呼ばれ、爵位は一つ上と同じ権限がある。僕らは「国の双璧」と呼ばれ、攻守セットと考えられているお家同士なんだ。
「揃ったようだな」
宰相のオイゲン・ハグマイヤー様がこの会の説明をして、グラスを上げて乾杯と始まった。僕はアンジェの隣に座っていたけど、これが上座に近くてねえ。公爵だから当たり前なんだけど居心地は悪かった。
「クルト様の活躍は見てみたかったですね」
「あはは…ありがとう存じます」
隣の席の大臣に話しかけられて愛想笑いで過ごしていると、少し離れた席の方が立ち上がり、こちらに近づいて来る。コースフェルト様だ。
「クルト様。私はヘンリック・コースフェルトの父、イグナーツと申します」
アンジェが彼は国土省の大臣だと教えてくれた。僕も爵位は伯爵なのは知っていた。
「私の子を生き返らさせて下さったと……なんとお礼をすればいいのか分かりません」
「いえ……」
あの死体安置所にはバルシュミーデの戦士が多かったんだけど、彼のお子さんも混じっていたそうだ。うちの戦死者は、街道の出口あたりで魔物と応戦していた騎士が多く、最前線はバルシュミーデの戦士が大半だった。火竜の進行方向の被害は甚大でね。
うちの騎士は、バルシュミーデの後方支援で前線にいたんだ。あちらの魔法使いがかなりやられて、防衛が難しくなっていたからね。当然うちの騎士は魔法に長けている者が多く、不慣れだけど一緒に戦っていたんだ。
「ヘンリックが帰って来て聞いたら、一度死んでクルト様が蘇らせてくれたって言うじゃありませんか」
なんて言えばいいのか口がパクパクして言葉が出ない。
「まあ、よかったですよ」
「ああ、アンジェ。お前にも感謝しているんだ」
アンジェが言葉に詰まった僕に助け舟。だってあればユリアン様の思いつきで、僕もあれほど出来るとは思わなくてね。ある意味ユリアン様の功績かもとイグナーツ様に話した。
「いいえ。あなたの力です。白の賢者の力は文献でも知っていましたが、事実だったと思い知らされました」
僕の手を握り、目を赤くしてイグナーツ様は微笑み、ありがとうと僕の手を取り甲にキス。
「お力になれてよかったです」
「クルト様、感謝いたします。えーっと、私の領地は花卉農家、花や植栽の産地になります。欲しいお花はなんでもご用意いたしますよ」
これくらいしか出来ませんが、アンジェが困った時には助けますよって。
「ありがとう存じます」
不躾に失礼したと、イグナーツ様はご自分の席に戻った。
「彼の家はヘンリックしかノルンはいないんだ。そして次期当主なのに、彼は近衛騎士に志願した」
「なんで!」
アンジェは思い出すようにうーんと上を向いて、
「自分は文官には向かないってさ。子供の頃から武芸に秀でていて、彼は騎士になるんだと学園の卒業頃に騒いで親が折れたんだ」
「ほほう」
「そして騎士学校に入学。今がある」
大臣はイグナーツ様の家系のお仕事だから、どうすんのかな?
「たぶん他の子どもが婿を貰って……かな。ヘンリックは跡を継がないって言ってたよ」
「マジか……すごい覚悟で騎士になったんだね」
「ああ、国を愛し、王を敬愛してるヤツだからな」
ん?ヘンリック様と知り合いか?とアンジェに聞くと、
「ああ。学友だ」
「へえ……」
今回は火竜の尻尾に攻撃されて吹っ飛んで……だいぶ高いところから落ちたそう。一緒にいた騎士数名も治療のテントや安置所にいたそうだ。
「お前は今や国の英雄と思われてるよ」
「ゲッ……」
俺もだが奇跡の夫婦とか……言われてるぞって。
「なにそれ?」
「実はな。俺は早くから前線に出ていたんだ」
森の延焼は酷かったが、巣からあんまりバルシュミーデ側に火竜は進んでなかったろ?って。
「うん。わりと近かったね」
「初めの頃は他の魔獣も火竜と共に攻撃してきたんだよ」
「へえ」
それをアンジェが広域魔法で殲滅して、火竜に集中出来るようにしたらしい。僕らの会話が聞こえたらしい周りの大臣たちも、子どもに聞いたのかすごかったと言う。
「たくさんの魔法陣から繰り出す氷の矢、一瞬であたりを焼き尽くす火炎魔法最大のインフェルノ。魔物や魔獣が一瞬で魔石になる様子は、まるで地獄のようだったそうですよ」
「ほえぇ……」
楽しそうに話す大臣たちに渋い顔をしながら、アンジェは地獄とか言い方があるだろって。
「火竜の周りが真っ赤に燃えさかり、騎士は違う恐怖を感じたそうですよ。なら間違っちゃいないでしょう?」
「かもしれんが……うーん」
なんか想像出来た。火竜が燃えてるみたいに……ここに来る直前に観た「大型怪獣映画」のようなかな。うん、アレを間近で見たら怖かろう。
「最大の攻撃、最大の防御。それが夫婦とは、我らはなんとよき時代に生まれたのやらと感動してますよ」
「大げさだ」
大げさなもんか!なにかあったら助けてもらえるって安心感は大きいものだと、みんなうんうんと。
「魔法はなんでも出来る訳じゃない。みなさんも分かってるでしょう?」
周りの大臣はふふんと鼻を鳴らし、そんなことはみな百も承知だと笑う。
「だが、シュタルクはこれで引きはせぬ。またなにか起こす可能性は否定できないんだ」
「それは……まあ」
だからだよ。森ですんでるうちはよいが、シュタルクはいつか我が国、民を襲うかもしれない。少しでも安心材料があれば心穏やかに過ごせるってもんだぞって、保健省大臣のギルベルト様は言う。
「まあ」
「二人にばかり負担を掛ける気はないが、最後の切り札にはなる」
「はあ……」
どうにもならなくなった時に君らは必要になるよって。そんな事態になって欲しくはないけどね。僕が知らないだけで世界は不安定なんだよって、近衛騎士団長のハンネス・ボルネマン様。
「クルト様はまだお若く、アンであらせられる。世情に疎いのは承知ですが……城にお勤めされるのをお考えになりませんか?」
「やめろハンネス。妻を城に上げるつもりはない」
アンジェは嫌そうにハンネス様に目をやる。
「そう?外務省や騎士団の文官とかすれば、今の世情がよく見えると思うがな」
「見えなくていい。俺の妻を何だと思っているんだ」
うん?国の防衛の要かな?と笑う。
「大体あそこにはアンはいないだろ?」
「それは例外でいいだろ?」
「いやだね」
ノルンばかりの部屋に入れたくないし、知らなくていい。万が一の時だけでいいんだと、アンジェはハンネス様を睨む。
「どうしてもって言うならお前の妻も出せよ」
「えっ?イヤだよ。俺のハニーは出さない」
「なら同じだ!」
アンジェの強い視線にハンネス様はうろたえて、
「いやいや、条件が違うだろ?俺のハニーを出しても意味はないし、妻は……その小柄でかわいいが取り柄だけの……その……な」
ハンネス様の様子にあははと、みんな笑い出した。ハンネス様の奥様はミンミーみたいなかわいさのある方で、奥様オブ奥様って感じなんだ。だから仕事が出来るようなタイプではない。お茶会でもあまりしゃべれないような、おしとやかな方だそう。そういや無言でお茶飲んでいるかわいらしい方だったよ。
「戦場に出て火竜を鎮めるお前の妻なら、働けるかって思ったんだよ!」
「それはどうも。出来てもさせぬ」
「お前にゃ聞いていないんだよ。クルト様はどうお考えか?」
え?僕は……と横のアンジェを見ると目が怖かった。しないと言えと目が言ってるね。
「アンゼルム様に一任いたします」
うふふっと微笑んで誤魔化した。
「そうか残念だな。きっとあなたの覚悟や対策の仕方が変わると思ったのですが。まあ、気が変わったら言って下さいませ。俺のところなら俺が守りますから」
「はい。ありがとう存じます」
そんな夕食会が終わり、城の客間にふたりで戻った。けど、あの話の後からアンジェは明らかに機嫌が悪そうでね……あはは……はぁ
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