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帝の代替わり編
31 都の御所 2
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することもなく人も通りかからず。狩衣は着慣れず疲れるし、どこを見ても同じに見えるこの屋敷。部屋に無事戻れるか不安で動けずにいた。
「うーん」
昼寝でもするかと思ったけど、来る時に寝てるから眠気はない。詰んだ。
「この屋敷部分だけなら迷子にならないかな」
そう思い立ち長い廊下を歩いた。客間に当たる部分を抜けると人がたくさん働いていた。掃除してたり何か運んだり。自分ちの使用人と同じような着物と袴のいでたちの人々。忙しそうなのに静かに働いている。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
愛想もいい。この先からは人とよくすれ違う。みんなこんにちはとか、どこの方?とか少し話しかけてくれる。翠の伴侶と分かるとまあまあと話が弾んだりもした。翠が幼い頃、その屋敷にいた人とかもいたんだ。
「翠様はおとなしくてよく泣いてて心配しましたが、いい神様になられました」
「そうなのですか?」
「ええ。兄君様たちのおもちゃになってましてね。警戒心が前面に出ていて可哀想なくらいでした」
「アハハッ」
ある意味ここは翠の実家。昔を知る方は多いらしい。みな「素敵になられた」と嬉しそうに話してくれる。僕は広い屋敷の外周の廊下を歩き、世間話をしながら隣との渡り廊下まで来た。
「楽しかったけど終わり」
内側にも廊下はある。が、客間や宴会とかのお部屋らしく、廊下側からは全部同じに見える襖ばかり。絵の違いなど覚えられない気がして入らなかった。迷子はさすがに恥ずかしい。
「ここは本殿の客間屋敷らしいのは分かったかな」
ここは帝の住む屋敷群。当然だけどこのような屋敷群が隣り合ってたくさんあり、一つの町のようになっている。そうそう、江戸城の回りの武家屋敷みたいなものかな。あんな感じ。高貴な人だけの屋敷町なんだ。少し離れて城下町という都がある作りかな。
「また陽は高い……ユウは日が暮れた頃帰って来るからねって言ってたよね」
部屋の時計を見れば四時前。うーむ。
「ふーん。特徴のない男だな」
「え?」
その声に襖の方を見れば知らない男性。でも翠によく似てて少しチャラい感じ。
「時雨様ですか?」
「うん」
聞いていた通りの方だ。完全な人型で雨月様とよく似ている。翠が少し柔らかい感じなだけかも。
「うん……よく翠が抱いてるのが分かるな」
「へ?」
この言葉に僕は身構えた。そうだよ兄弟だから安心じゃねえんだよ。雨月様にもやられたろうが。僕は座椅子から立ち上がり反対側の壁に背をつけた。
「そんな警戒すんなよ。見に来ただけだから」
「……」
彼はまあいいやと座椅子に楽しそうに座った。ならばと僕はその場で座り頭を下げた。
「翠様に嫁ぎました夏樹と申します。以後お見知りおきを」
「うん。おーい」
すると三毛猫の誰かが失礼しますと入ってきた。手にはお菓子の入れ物とポット。そして置いてあるお茶を手際よく準備する。
「こいつは気にすんな。ルイみたいな者だから」
「はい」
「みたいな者じゃなくてそのまま側近ですよ」
お茶を用意すると彼は三毛猫のナギと名乗った。わんわんと同じポジションで、この近くに屋敷を構え、時雨様は九州の方の村で龍神をしているそうだ。やはり昔からの信仰のあるところだそう。
「翠のところと変わらんかな。兄君は帝のお側にいるから神はしてない」
「そうですか」
雨月様は子供の頃から強い力が発現し、俺たちとは違うと言う。ふーん。
「翠は今頃帝と兄君に帰ってこいって説得されてるよ」
「え?」
「兄君は諦めちゃいないのさ」
「そ、そうですか」
僕はテーブルに視線が落ちた。今の生活を手放したくはない。ここはいいところなんだろう。たまに来るなら楽しいだろうとは思う。わんわんたちも来てくれるから変わらないとは思うけど、やはり違う気がする。あの山の中の何もない郊外。鳥の声と屋敷の人たちだけがいい。そんな思いが胸に迫ってきた。
「お前もここは嫌か?」
「いえ、嫌とかでは……」
思い返せば、車と人々のざわめきは小鳥や風の音に変わった。埃っぽく酸素少なめな空気は、甘く土や植物の香りになった。人に関心のない都会はある意味山の中と同じ。関わる人は少なかったけど便利だった。たぶんここも東京と同じだろう。都会も居心地はそれほど悪くはなかったけど、数年田舎暮らし(以前より優雅に)をしたら都会の喧騒はキツいと感じる。
「黙るということは嫌なんだろ?」
「……はい」
嘘をついても仕方なくてはいと答えた。するとお前ら似てるなあって時雨様は笑う。翠は四季の移ろいを眺め、気の合う使用人とのんびり暮らしたいとあの屋敷に移ったんだ。ここからでも神の職務は全う出来るのにと時雨様。
「あの屋敷は元々父君の別荘だったんだ。母君を取られて辛くて移り住んだ場所でさ」
「はい」
それは聞いている。ここにいたくなくて移住したと。ここと人の世界の移動は鏡さえあればどこでも同じなんだ。鏡さえあれば場所なんて関係ないのは僕も理解している。
「暇だから食っていい?」
「ダメです。時雨様お仕事は?」
「俺は様子見に来ただけで仕事でここに来た訳ではない」
ナギがやめなさいってたしなめる。翠様に嫌われますよって。
「分かってるよ。でもさ、この子かわいくない?」
「かわいいかわいくないは関係ありません。竜は股間に脳みそあるんだから」
「それが竜よ。絶倫は標準装備なんだよ」
「知ってますがね」
二人は言い争い出した。僕は見たことのない最中があっていただいた。美味しい。うち栗まんじゅうが基本だから他のお菓子は嬉しい。同じあんこでもね。わんわんに言えば他も用意してくれるけど、言わないと栗まんじゅうしか出てこない。翠が栗が好きだから。
「最中食べる姿すらかわいい。俺と翠は好みが近いんだよなあ」
「やめなさい!」
兄君はキスしたんだろ?俺もそれくらいならいいだろってナギに訴えている。ダメだろ、何言ってんだよ。あれは怖くて対処できなかったの。事前知識がなくてね。僕は頭の中でいちいち突っ込んでいた。
「いいじゃないか。キスの一つや二つ。減りゃしない」
「減ります」
「減らないだろ夏樹」
「減った気分になります。翠様で間に合っています」
「他も知ると楽しいよ?」
「その楽しみはいりません」
なんでだよって叫ぶ。うるせえよ、でも時雨様はこれだけ騒ぐくせに迫ってはこない。雨月様は言いながら攻めてきたのにね。夜の宴の時の話しでは、時雨様の方が手が早そうな話しっぷりだったのになあ。そんなことを僕は思っていた。
「うーん」
昼寝でもするかと思ったけど、来る時に寝てるから眠気はない。詰んだ。
「この屋敷部分だけなら迷子にならないかな」
そう思い立ち長い廊下を歩いた。客間に当たる部分を抜けると人がたくさん働いていた。掃除してたり何か運んだり。自分ちの使用人と同じような着物と袴のいでたちの人々。忙しそうなのに静かに働いている。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
愛想もいい。この先からは人とよくすれ違う。みんなこんにちはとか、どこの方?とか少し話しかけてくれる。翠の伴侶と分かるとまあまあと話が弾んだりもした。翠が幼い頃、その屋敷にいた人とかもいたんだ。
「翠様はおとなしくてよく泣いてて心配しましたが、いい神様になられました」
「そうなのですか?」
「ええ。兄君様たちのおもちゃになってましてね。警戒心が前面に出ていて可哀想なくらいでした」
「アハハッ」
ある意味ここは翠の実家。昔を知る方は多いらしい。みな「素敵になられた」と嬉しそうに話してくれる。僕は広い屋敷の外周の廊下を歩き、世間話をしながら隣との渡り廊下まで来た。
「楽しかったけど終わり」
内側にも廊下はある。が、客間や宴会とかのお部屋らしく、廊下側からは全部同じに見える襖ばかり。絵の違いなど覚えられない気がして入らなかった。迷子はさすがに恥ずかしい。
「ここは本殿の客間屋敷らしいのは分かったかな」
ここは帝の住む屋敷群。当然だけどこのような屋敷群が隣り合ってたくさんあり、一つの町のようになっている。そうそう、江戸城の回りの武家屋敷みたいなものかな。あんな感じ。高貴な人だけの屋敷町なんだ。少し離れて城下町という都がある作りかな。
「また陽は高い……ユウは日が暮れた頃帰って来るからねって言ってたよね」
部屋の時計を見れば四時前。うーむ。
「ふーん。特徴のない男だな」
「え?」
その声に襖の方を見れば知らない男性。でも翠によく似てて少しチャラい感じ。
「時雨様ですか?」
「うん」
聞いていた通りの方だ。完全な人型で雨月様とよく似ている。翠が少し柔らかい感じなだけかも。
「うん……よく翠が抱いてるのが分かるな」
「へ?」
この言葉に僕は身構えた。そうだよ兄弟だから安心じゃねえんだよ。雨月様にもやられたろうが。僕は座椅子から立ち上がり反対側の壁に背をつけた。
「そんな警戒すんなよ。見に来ただけだから」
「……」
彼はまあいいやと座椅子に楽しそうに座った。ならばと僕はその場で座り頭を下げた。
「翠様に嫁ぎました夏樹と申します。以後お見知りおきを」
「うん。おーい」
すると三毛猫の誰かが失礼しますと入ってきた。手にはお菓子の入れ物とポット。そして置いてあるお茶を手際よく準備する。
「こいつは気にすんな。ルイみたいな者だから」
「はい」
「みたいな者じゃなくてそのまま側近ですよ」
お茶を用意すると彼は三毛猫のナギと名乗った。わんわんと同じポジションで、この近くに屋敷を構え、時雨様は九州の方の村で龍神をしているそうだ。やはり昔からの信仰のあるところだそう。
「翠のところと変わらんかな。兄君は帝のお側にいるから神はしてない」
「そうですか」
雨月様は子供の頃から強い力が発現し、俺たちとは違うと言う。ふーん。
「翠は今頃帝と兄君に帰ってこいって説得されてるよ」
「え?」
「兄君は諦めちゃいないのさ」
「そ、そうですか」
僕はテーブルに視線が落ちた。今の生活を手放したくはない。ここはいいところなんだろう。たまに来るなら楽しいだろうとは思う。わんわんたちも来てくれるから変わらないとは思うけど、やはり違う気がする。あの山の中の何もない郊外。鳥の声と屋敷の人たちだけがいい。そんな思いが胸に迫ってきた。
「お前もここは嫌か?」
「いえ、嫌とかでは……」
思い返せば、車と人々のざわめきは小鳥や風の音に変わった。埃っぽく酸素少なめな空気は、甘く土や植物の香りになった。人に関心のない都会はある意味山の中と同じ。関わる人は少なかったけど便利だった。たぶんここも東京と同じだろう。都会も居心地はそれほど悪くはなかったけど、数年田舎暮らし(以前より優雅に)をしたら都会の喧騒はキツいと感じる。
「黙るということは嫌なんだろ?」
「……はい」
嘘をついても仕方なくてはいと答えた。するとお前ら似てるなあって時雨様は笑う。翠は四季の移ろいを眺め、気の合う使用人とのんびり暮らしたいとあの屋敷に移ったんだ。ここからでも神の職務は全う出来るのにと時雨様。
「あの屋敷は元々父君の別荘だったんだ。母君を取られて辛くて移り住んだ場所でさ」
「はい」
それは聞いている。ここにいたくなくて移住したと。ここと人の世界の移動は鏡さえあればどこでも同じなんだ。鏡さえあれば場所なんて関係ないのは僕も理解している。
「暇だから食っていい?」
「ダメです。時雨様お仕事は?」
「俺は様子見に来ただけで仕事でここに来た訳ではない」
ナギがやめなさいってたしなめる。翠様に嫌われますよって。
「分かってるよ。でもさ、この子かわいくない?」
「かわいいかわいくないは関係ありません。竜は股間に脳みそあるんだから」
「それが竜よ。絶倫は標準装備なんだよ」
「知ってますがね」
二人は言い争い出した。僕は見たことのない最中があっていただいた。美味しい。うち栗まんじゅうが基本だから他のお菓子は嬉しい。同じあんこでもね。わんわんに言えば他も用意してくれるけど、言わないと栗まんじゅうしか出てこない。翠が栗が好きだから。
「最中食べる姿すらかわいい。俺と翠は好みが近いんだよなあ」
「やめなさい!」
兄君はキスしたんだろ?俺もそれくらいならいいだろってナギに訴えている。ダメだろ、何言ってんだよ。あれは怖くて対処できなかったの。事前知識がなくてね。僕は頭の中でいちいち突っ込んでいた。
「いいじゃないか。キスの一つや二つ。減りゃしない」
「減ります」
「減らないだろ夏樹」
「減った気分になります。翠様で間に合っています」
「他も知ると楽しいよ?」
「その楽しみはいりません」
なんでだよって叫ぶ。うるせえよ、でも時雨様はこれだけ騒ぐくせに迫ってはこない。雨月様は言いながら攻めてきたのにね。夜の宴の時の話しでは、時雨様の方が手が早そうな話しっぷりだったのになあ。そんなことを僕は思っていた。
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