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帝の代替わり編
38 無断外出になった?
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僕は考えが纏まらないまま街道に出た。そして最後の曲がり角を越えると、かなりマズい状況が目に入った。
「夏樹さまあーっどこですかーッ」
数人が外門の周りで叫んでいた。僕はサッと木の陰に隠れた。マオは僕が外に出たのを気がついてなかったらしい。……出にくい。が、このままとはいかないよね。そう思いながら木に隠れてたけど、僕は歩き出した。
「あ!いた!翠様いましたーッ」
坂の途中にいたであろう翠は、どうやったのかは知らないけど一瞬で目の前に来た。風のように移動したのに僕は驚いてしまったけど、
「ごめんなさい。マオが内門近くで寝てたから、気がついてるかと思って声かけませんでした」
「どれだけ心配したと思っているんだ!」
「すみません……」
見上げる翠の瞳は怒りから安堵に変わるのが見て取れた。サッと僕の腕を掴み抱き寄せ愛しそうに、大事そうに抱いてくれる。
「狼の遠吠えが聞こえてきて生きた心地がしなかった」
「ごめんなさい」
翠たちは必死に探してくれてたんだろう。体が少し汗ばんでるのが分かった。
「何をしに出かけたんだ?まだ考え事か?」
「うん。堂々巡りで何も思いつかなかったけど」
優しく僕の頭を何度も撫でてくれる。よかったとその手から感じるような撫で方だった。
「そうか。だがこんなことをするならば、その考えていることを話してもらわないと困る。またされたら俺の心が心配で死ぬ」
「はい……」
えっと……言いにくい。翠が何かしろって言ったわけじゃない。自分から何かしたくて考えあぐねてただけたから。そんで迷惑かけた。
「夏樹様よかったあ」
わんわんとマオが息を切らして到着。マオは俺に声がけしてくれよと眉を下げる。出かける時は護衛に連れて行けとあれほど言ったのにとマオに叱られた。ごめんなさい。
「寝てても気がついてるかと」
僕が小さな声で翠の胸から答えるとマオは、目が吊り上がり眉間に深いシワが二本。
「本気で寝てる時もあんの!」
「それはそれで問題だマオ!仕事だろ!」
「わ、わんわん。今そこじゃないだろぉ」
情けない声を出したマオにわんわんはお前は護衛なんだ。本気で寝るな!と怒鳴った。不審者がいたらどうするんだとさらに追い打ち。マオもそれは悪かったと頭を掻いて苦笑い。
「陽気がいいから眠くてさ。発情期の疲れかな?アハハ……」
「仕事中はきばれ!ボケッ」
「はーい」
それはともかく日が暮れる。屋敷に帰りますよとわんわん。僕らは二人が先導する後ろをついて行く。わんわんは、探していたみんなに見つかったから戻れと指示している。翠は抱くのをやめたけど手はしっかり繋いでくれていた。温かな手だった。
「ごめんなさい」
「それはもういい。何度も謝る必要はない」
「はい」
でも翠の握る手は力が強くなる。見上げる横顔はいつもと同じだけど、怒ってるようにも不安なそうにも見えた。
「ここは普通に猛獣がいる。普通の熊も狼も野犬もいる。一人で出かけるのだけは止めてくれ」
「はい」
坂を登りきる頃には先ほど登ってた目の前の山が目に飛び込んてくる。屋敷は後ろからの西の夕日に真っ赤に染まっていた。その奥は紺色が広がってコントラストがとても美しかった。わんわんたちが先に屋敷に入るのが見えた時、僕は立ち止まった。
「どうした?」
「うん……」
イオの作るご飯の匂いがする。ステーキかな。牛の脂の美味しそうな香りがゆっくりと濃くなる。僕は翠の手を引き、庭のベンチに座らせて僕も隣に座る。
「あのね。僕はここに来てみんなに大切にされるだけで何もしてないんだ」
「あ?だから?」
下を向いたまま僕は滝で考えてたことを話した。そしたら、お前が俺を好きになるような力など使ってはいない。好かれるよう努力はしてたらしい。それにお前が応えただけだと言ってくれた。
「そんな惚れ薬みたいな力を使った愛になんの価値があるんだよ。俺はお前が嫁に来るまで自分磨き……というか、夜の手管は特に特訓……というか」
「フフッうん」
「それに、今の見た目がお前に一番アピールできる容姿と確信してたから、美しくあろうとはしていた。竜の男は三十前後で見た目が止まるんだよ。女は夏樹ぐらいだな」
「そっか」
翠は自分をこのまま愛してもらおうと思っていたそうだ。変な力など使わないよと僕の頭をワシャワシャとする。
「なんの話だよそれ」
僕は手を揉み少し黙った。都から帰って随分考え込んだけど答えは出なかった。それが答えなんだろう。ならばと僕は下を向いたままたったけど、
「僕はあなたの役に立ってますか?あなたのために何かできることはありませんか?」
「は?」
素っ頓狂な声をあげる翠。思いも寄らない話だったんだろうか。
「えっと、役に立つとか何の話だ?俺はお前が傍にいるだけで嬉しいけど。えっとなに?」
想像してた答えだ。戸惑っているのが声で分かる。僕が何に悩んでるのか分からないようだった。
「夫婦ということは、僕が役に立てるのは子供を産むことだけかな」
「まあそれもあるけど、いなきゃいないでもいいと俺は思ってるよ。役に立つって子を産むことを言ってるのか?」
僕は首を横に振った。それも大切な妻のお仕事だろう。翠の立場を考えれば産むのは当然だ。そうじゃないんだ、それ以外にできることはないかと模索していた。
いつも傍にいるだけで特に何もしていない。翠に愛でられているだけ。僕もそれは嬉しいし幸せだ。でもね、もらうだけなのがどうにも居心地が悪いと気がついたんだ。僕が何かすることで翠に喜んでもらおうと……いえ、迷惑かけたけど。こんなことをポツポツと話した。そしたら頭の上から盛大なため息。
「そんなのは求めていない。夏樹が笑って楽しそうにしているのがいいんだ。それを見てるだけで俺は幸せなんだよ」
僕は顔を上げしっかりと彼を見つめた。不思議そうに僕を見つめる翠。内門の提灯の明かりで顔に強い陰影。整った顔はどんな場面でも美しい。僕には切ないくらいに美しく見えた。僕の心を鷲掴みにしてるんだよ翠は。
「僕は都で守られていたんだ。翠は好奇の目から僕を守っていたでしょう?地味な子だとか、もっと辛辣な言葉もあったんだ。でも翠はこっちに来なさいと方向を変えたりしてくれてた、それに僕が気が付かないと思った?」
「いや……それは俺のせいもあるし」
以前の僕はこんなに受け身じゃなかった。自己主張もしてたし、ムカつけば口論もしていた。幼い頃なら取っ組み合いすらあった。なのにここに来てからケンカどころか口論すら皆無だし、いつも笑っていた。初めの頃に町に置いていかれた以外はいつも楽しかった。僕が楽しめるように翠もみんなも気を使ってくれていたはずなんだ。気を使われる「ポイント」がお客なんだよ。僕はそう訴えた。
「翠、僕はこれからもずっとお客様なのかな?ねえ」
「そっか、お前はそういう捉え方を……」
なにか思いついた顔をした。そしてフワッと柔らかい笑みを浮かべた。僕はすでに涙目になっていた。胸の内の弱さや情けなさを人に、それも愛している人に伝えるのは心苦しくて。瞬きをするとスーッとこぼれ落ちた。
「なあ夏樹、お前は誰の妻?」
翠は泣くなよと頬を手を当て親指で涙を拭ってくれる。いつもの「かわいいなあ夏樹」って顔をしている。
「翠の妻です。そのはずですが?」
「だよな。俺がこの世界で竜の身内と知ってるな?」
「もちろん」
何言ってんの?神様の妻にと迎えられたから僕はここにいる。それが?と聞けば顔が近づき唇を塞がれた。んん?
「な、なに?」
「おまえはなにか勘違いしているぞ」
「あ、やっ……ダメ」
気持ちいい……翠のキス好きなんだ。普段はエッチしなくてもこうしてよくキスしてくれるんだ。どこでもあいさつ代わりのように。
ん…やめて頭がぼんやりするから。頭を抱えられてるけど胸を両手で押した。でも気持ちよくて力が入らない。キスに気持ちがいっちゃう……頭がふわふわと蕩けてしまうんだ。やめてと情けない声しか出ない。
「俺はいわゆる庶民じゃない」
「知って…る……やめて」
「やめない。お前分かってないんだよ」
分かってないから変なこと考えるんだと、しっかり抱かれ貪るように激しくなる。僕はハァハァと息が上がり、自分から抱きついて身を委ねる頃唇が離れた。僕は離れても余韻でもたれかったていた。
「バカだなあ夏樹は」
「なにが?どこが?」
見上げる翠は頬を染め愛しそうに僕を見つめる。少し登った月に金色の瞳は透き通った光を宿していた。
「あんまり好きな言葉じゃないがな。貴族の妻は働かないし、夫から何でも与えられそれに文句を言いながらふんぞり返る。それがこの世界の貴族の妻だ」
「え?そうなの?」
「麗様がまさにそうだったろ」
確かに。帝から何もかも用意してもらっても間が悪いとか、用意が遅いとか言ってたなそう言えば。「おしゃべりは少ないし、愛の言葉もちょっとしかない。なら物くらい迅速にするべきよ!」って力説してたっけ。
「お前も身分は麗様より下だが同じようなものなんだ。わがまま言って俺を困らせるくらいが丁度いいんだよ。夏樹は素直すぎて逆に俺が不安だったんだ」
「え……」
翠は困ったやつだとまた僕を抱いた。俺に何かしてやりたくて悩んでただなんて、アハハッと大声で笑った。くすぐったいくらい幸せだよって。
「大好きだ夏樹。本当に大好き」
「僕も」
ウンウンと翠は僕の背中をポンポンと叩いて頭に頬を擦り寄せる。なんていい妻なんだろう。背中がゾワゾワするよと大きな白い尻尾をユラユラと振る。
この尻尾、僕が珠を貰ってから五本になってるんだ。それはとても力が増したことを意味する。竜に限らず神の獣は「番の珠を相手に渡すと力が増す」らしい。仕組みは不明だけど、こちらの世界の人は受け入れている。こちらの人同士でも同じで不思議現象だ。でも普段は邪魔だといつもは一本だけにしている。
せっかくだからと、増えたばかりの頃は出しっぱなしにしてたんだけどね。車体感覚というかそれの違いで物によくぶつけてさ。慣れる前に隠したんだ。わんわんたちに迷惑だし、自分が落ちたものを拾うのも面倒くさかったらしい。なんて僕は思い出していた。優しく目尻を下げる翠は、
「もっとわがまま言ってくれよ。一人でどこかに出かけるのだけはダメだけど、それ以外は何でも叶えてやるから」
「いらないんだ。翠がいてくれれば」
「欲しいものは?」
「物欲はないかな。揃ってるしね」
「ならエッチは?」
「それ翠が好きなだけでしょ。僕も嫌いじゃないけどさ」
抱き合って耳元で囁き合う。月明かりの中、お互い大好きってバカみたいに何度も言い合ってね。さっきまでの不安は消え胸は暖かい。
「ご飯ですよーッ」
玄関の奥からわんわんが呼んでいる。愛し合うのは飯の後にしてくれ。イオが困るからと玄関先で仁王立ちしていた。
「行くか」
「うん」
僕らはすぐに屋敷に入ったけど「話なら部屋ですればいいのにもう!」とわんわんはプリプリしている。
「キッチンから玄関までは遠いのですから、主なら使用人に気を使いなさいませ」
「悪かったよ」
わんわんの説教が始まったけど、僕らは笑いながらキッチンに向かった。
「夏樹さまあーっどこですかーッ」
数人が外門の周りで叫んでいた。僕はサッと木の陰に隠れた。マオは僕が外に出たのを気がついてなかったらしい。……出にくい。が、このままとはいかないよね。そう思いながら木に隠れてたけど、僕は歩き出した。
「あ!いた!翠様いましたーッ」
坂の途中にいたであろう翠は、どうやったのかは知らないけど一瞬で目の前に来た。風のように移動したのに僕は驚いてしまったけど、
「ごめんなさい。マオが内門近くで寝てたから、気がついてるかと思って声かけませんでした」
「どれだけ心配したと思っているんだ!」
「すみません……」
見上げる翠の瞳は怒りから安堵に変わるのが見て取れた。サッと僕の腕を掴み抱き寄せ愛しそうに、大事そうに抱いてくれる。
「狼の遠吠えが聞こえてきて生きた心地がしなかった」
「ごめんなさい」
翠たちは必死に探してくれてたんだろう。体が少し汗ばんでるのが分かった。
「何をしに出かけたんだ?まだ考え事か?」
「うん。堂々巡りで何も思いつかなかったけど」
優しく僕の頭を何度も撫でてくれる。よかったとその手から感じるような撫で方だった。
「そうか。だがこんなことをするならば、その考えていることを話してもらわないと困る。またされたら俺の心が心配で死ぬ」
「はい……」
えっと……言いにくい。翠が何かしろって言ったわけじゃない。自分から何かしたくて考えあぐねてただけたから。そんで迷惑かけた。
「夏樹様よかったあ」
わんわんとマオが息を切らして到着。マオは俺に声がけしてくれよと眉を下げる。出かける時は護衛に連れて行けとあれほど言ったのにとマオに叱られた。ごめんなさい。
「寝てても気がついてるかと」
僕が小さな声で翠の胸から答えるとマオは、目が吊り上がり眉間に深いシワが二本。
「本気で寝てる時もあんの!」
「それはそれで問題だマオ!仕事だろ!」
「わ、わんわん。今そこじゃないだろぉ」
情けない声を出したマオにわんわんはお前は護衛なんだ。本気で寝るな!と怒鳴った。不審者がいたらどうするんだとさらに追い打ち。マオもそれは悪かったと頭を掻いて苦笑い。
「陽気がいいから眠くてさ。発情期の疲れかな?アハハ……」
「仕事中はきばれ!ボケッ」
「はーい」
それはともかく日が暮れる。屋敷に帰りますよとわんわん。僕らは二人が先導する後ろをついて行く。わんわんは、探していたみんなに見つかったから戻れと指示している。翠は抱くのをやめたけど手はしっかり繋いでくれていた。温かな手だった。
「ごめんなさい」
「それはもういい。何度も謝る必要はない」
「はい」
でも翠の握る手は力が強くなる。見上げる横顔はいつもと同じだけど、怒ってるようにも不安なそうにも見えた。
「ここは普通に猛獣がいる。普通の熊も狼も野犬もいる。一人で出かけるのだけは止めてくれ」
「はい」
坂を登りきる頃には先ほど登ってた目の前の山が目に飛び込んてくる。屋敷は後ろからの西の夕日に真っ赤に染まっていた。その奥は紺色が広がってコントラストがとても美しかった。わんわんたちが先に屋敷に入るのが見えた時、僕は立ち止まった。
「どうした?」
「うん……」
イオの作るご飯の匂いがする。ステーキかな。牛の脂の美味しそうな香りがゆっくりと濃くなる。僕は翠の手を引き、庭のベンチに座らせて僕も隣に座る。
「あのね。僕はここに来てみんなに大切にされるだけで何もしてないんだ」
「あ?だから?」
下を向いたまま僕は滝で考えてたことを話した。そしたら、お前が俺を好きになるような力など使ってはいない。好かれるよう努力はしてたらしい。それにお前が応えただけだと言ってくれた。
「そんな惚れ薬みたいな力を使った愛になんの価値があるんだよ。俺はお前が嫁に来るまで自分磨き……というか、夜の手管は特に特訓……というか」
「フフッうん」
「それに、今の見た目がお前に一番アピールできる容姿と確信してたから、美しくあろうとはしていた。竜の男は三十前後で見た目が止まるんだよ。女は夏樹ぐらいだな」
「そっか」
翠は自分をこのまま愛してもらおうと思っていたそうだ。変な力など使わないよと僕の頭をワシャワシャとする。
「なんの話だよそれ」
僕は手を揉み少し黙った。都から帰って随分考え込んだけど答えは出なかった。それが答えなんだろう。ならばと僕は下を向いたままたったけど、
「僕はあなたの役に立ってますか?あなたのために何かできることはありませんか?」
「は?」
素っ頓狂な声をあげる翠。思いも寄らない話だったんだろうか。
「えっと、役に立つとか何の話だ?俺はお前が傍にいるだけで嬉しいけど。えっとなに?」
想像してた答えだ。戸惑っているのが声で分かる。僕が何に悩んでるのか分からないようだった。
「夫婦ということは、僕が役に立てるのは子供を産むことだけかな」
「まあそれもあるけど、いなきゃいないでもいいと俺は思ってるよ。役に立つって子を産むことを言ってるのか?」
僕は首を横に振った。それも大切な妻のお仕事だろう。翠の立場を考えれば産むのは当然だ。そうじゃないんだ、それ以外にできることはないかと模索していた。
いつも傍にいるだけで特に何もしていない。翠に愛でられているだけ。僕もそれは嬉しいし幸せだ。でもね、もらうだけなのがどうにも居心地が悪いと気がついたんだ。僕が何かすることで翠に喜んでもらおうと……いえ、迷惑かけたけど。こんなことをポツポツと話した。そしたら頭の上から盛大なため息。
「そんなのは求めていない。夏樹が笑って楽しそうにしているのがいいんだ。それを見てるだけで俺は幸せなんだよ」
僕は顔を上げしっかりと彼を見つめた。不思議そうに僕を見つめる翠。内門の提灯の明かりで顔に強い陰影。整った顔はどんな場面でも美しい。僕には切ないくらいに美しく見えた。僕の心を鷲掴みにしてるんだよ翠は。
「僕は都で守られていたんだ。翠は好奇の目から僕を守っていたでしょう?地味な子だとか、もっと辛辣な言葉もあったんだ。でも翠はこっちに来なさいと方向を変えたりしてくれてた、それに僕が気が付かないと思った?」
「いや……それは俺のせいもあるし」
以前の僕はこんなに受け身じゃなかった。自己主張もしてたし、ムカつけば口論もしていた。幼い頃なら取っ組み合いすらあった。なのにここに来てからケンカどころか口論すら皆無だし、いつも笑っていた。初めの頃に町に置いていかれた以外はいつも楽しかった。僕が楽しめるように翠もみんなも気を使ってくれていたはずなんだ。気を使われる「ポイント」がお客なんだよ。僕はそう訴えた。
「翠、僕はこれからもずっとお客様なのかな?ねえ」
「そっか、お前はそういう捉え方を……」
なにか思いついた顔をした。そしてフワッと柔らかい笑みを浮かべた。僕はすでに涙目になっていた。胸の内の弱さや情けなさを人に、それも愛している人に伝えるのは心苦しくて。瞬きをするとスーッとこぼれ落ちた。
「なあ夏樹、お前は誰の妻?」
翠は泣くなよと頬を手を当て親指で涙を拭ってくれる。いつもの「かわいいなあ夏樹」って顔をしている。
「翠の妻です。そのはずですが?」
「だよな。俺がこの世界で竜の身内と知ってるな?」
「もちろん」
何言ってんの?神様の妻にと迎えられたから僕はここにいる。それが?と聞けば顔が近づき唇を塞がれた。んん?
「な、なに?」
「おまえはなにか勘違いしているぞ」
「あ、やっ……ダメ」
気持ちいい……翠のキス好きなんだ。普段はエッチしなくてもこうしてよくキスしてくれるんだ。どこでもあいさつ代わりのように。
ん…やめて頭がぼんやりするから。頭を抱えられてるけど胸を両手で押した。でも気持ちよくて力が入らない。キスに気持ちがいっちゃう……頭がふわふわと蕩けてしまうんだ。やめてと情けない声しか出ない。
「俺はいわゆる庶民じゃない」
「知って…る……やめて」
「やめない。お前分かってないんだよ」
分かってないから変なこと考えるんだと、しっかり抱かれ貪るように激しくなる。僕はハァハァと息が上がり、自分から抱きついて身を委ねる頃唇が離れた。僕は離れても余韻でもたれかったていた。
「バカだなあ夏樹は」
「なにが?どこが?」
見上げる翠は頬を染め愛しそうに僕を見つめる。少し登った月に金色の瞳は透き通った光を宿していた。
「あんまり好きな言葉じゃないがな。貴族の妻は働かないし、夫から何でも与えられそれに文句を言いながらふんぞり返る。それがこの世界の貴族の妻だ」
「え?そうなの?」
「麗様がまさにそうだったろ」
確かに。帝から何もかも用意してもらっても間が悪いとか、用意が遅いとか言ってたなそう言えば。「おしゃべりは少ないし、愛の言葉もちょっとしかない。なら物くらい迅速にするべきよ!」って力説してたっけ。
「お前も身分は麗様より下だが同じようなものなんだ。わがまま言って俺を困らせるくらいが丁度いいんだよ。夏樹は素直すぎて逆に俺が不安だったんだ」
「え……」
翠は困ったやつだとまた僕を抱いた。俺に何かしてやりたくて悩んでただなんて、アハハッと大声で笑った。くすぐったいくらい幸せだよって。
「大好きだ夏樹。本当に大好き」
「僕も」
ウンウンと翠は僕の背中をポンポンと叩いて頭に頬を擦り寄せる。なんていい妻なんだろう。背中がゾワゾワするよと大きな白い尻尾をユラユラと振る。
この尻尾、僕が珠を貰ってから五本になってるんだ。それはとても力が増したことを意味する。竜に限らず神の獣は「番の珠を相手に渡すと力が増す」らしい。仕組みは不明だけど、こちらの世界の人は受け入れている。こちらの人同士でも同じで不思議現象だ。でも普段は邪魔だといつもは一本だけにしている。
せっかくだからと、増えたばかりの頃は出しっぱなしにしてたんだけどね。車体感覚というかそれの違いで物によくぶつけてさ。慣れる前に隠したんだ。わんわんたちに迷惑だし、自分が落ちたものを拾うのも面倒くさかったらしい。なんて僕は思い出していた。優しく目尻を下げる翠は、
「もっとわがまま言ってくれよ。一人でどこかに出かけるのだけはダメだけど、それ以外は何でも叶えてやるから」
「いらないんだ。翠がいてくれれば」
「欲しいものは?」
「物欲はないかな。揃ってるしね」
「ならエッチは?」
「それ翠が好きなだけでしょ。僕も嫌いじゃないけどさ」
抱き合って耳元で囁き合う。月明かりの中、お互い大好きってバカみたいに何度も言い合ってね。さっきまでの不安は消え胸は暖かい。
「ご飯ですよーッ」
玄関の奥からわんわんが呼んでいる。愛し合うのは飯の後にしてくれ。イオが困るからと玄関先で仁王立ちしていた。
「行くか」
「うん」
僕らはすぐに屋敷に入ったけど「話なら部屋ですればいいのにもう!」とわんわんはプリプリしている。
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