聖女と魔女

蘭爾由

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しかし今にも倒れそうな表情で「ひいいいい」と激しく顔を左右に振り乱れているのは長官だけ。


とうとう我慢の限界だとばかりに、ジャックはキャンディの手を握り、

いきなり強く握られてキャンディは「あんっ」(ジャックってほんと強引なんだからっ)、と満更でもない表情で、

「いい加減にしないか!往生際が悪いぞ!」
とガツガツと歩き出したジャックに、

引っぱられるキャンディは「きゃっ」(ついにクライマックスね!)、と嬉しそうにもう片方の手を頬に寄せ、

二人は壇上のソフィアに詰め寄り、その腕を掴んで振り向かせた。


「ソフィっ……あ?」
ジャックの、気色ばんでいた目の色がみるみる動揺し、呆気に口を開けたまま固まった。

「ソフィア様!謝ってください!そんな冷たい目をしたって怖くありません!謝って!」

プラチナブロンドに青い碧眼。碧空へきくうの輝石と呼ばれるソフィーリア・バルドー公爵令嬢の瞳はバルドー公爵家の女系のみに現れる。ベイビーブルー。

時が止まったかのような美しさ、妖艶な青い瞳に宿る、嗜虐にたわむれる嘲笑は一瞬、そこに立つのは紛れもない、貴婦人であった。

比べて、まぬけっつらのジャックと、妄想への期待に膨らんだ鼻息荒く叫ぶキャンディ。

「キャンディ……。」
ジャックはキャンディを黙らせようと手を強く握り引っ張る。
(キャンディキャンディキャンディ、やばいやばいやばい)

しかしキャンディは全く引かない。むしろ男っていざとなると腰が引けて頼りにならない、とばかりにジャックを振り払う勢いでソフィアに詰め寄る。

「大丈夫です、キャンディにはジャックがいてくれるもの、負けません!さあ、謝ってくださいソフィア様!真実の愛に守られたキャンディに謝りなさい!」
(邪魔しないでよ、今いいとこなんだから。ガツンと追い詰めて謝らせなきゃ!今後絶対にキャンディに逆らえないように!選ばれたのはアンタじゃ無いって事を、ハッキリと、思い知らせないと!)

「キャンディ……。」
ジャックはソフィアとキャンディを見比べ、とうとう、キャンディの手を離し、一歩、二歩と、後ずさる。
(ソフィアに感じた違和感は……キャンディ何故君は……)

ジャックはこの時初めて、キャンディに対する不信感から手を離し、幼馴染みでもあるソフィアへの違和感を強く認識した。

二つ国の聖女というだけでなく、アトレスリーズ帝国公爵家令嬢ソフィーリア。

対する、たかが貴族の末席を埋めるだけの男爵家息女キャンディスが、ジャックに初めて見せるヒステリックな表情や態度。

小さな違和感と不信感によって、真実に隠された真実が暴かれ始めた、真実の愛の舞台。

そうしてやっと、ジャックの様子がおかしいと、ジャックの視線がソフィアに釘付けになっていることに気付いたキャンディだが。

え?なに?とソフィアの顔をマジマジと見るがキャンディにはわからない。

目の前で美しい仕草で挨拶をする令嬢を見つめ、棒のように立ちすくむ二人。

「初めましてお目にかかります。二つ国のアトレスリーズ帝国、ジャック・ギデオン第一皇太子殿下。私、ソフィーリア・バルドー公爵令嬢の従姉妹であり、影武者を務めさせていただいております、シャングリラ王家五女、ルフィーリア・カヌカ・フェインにございます。以後お見知り置きくださいませ。」

プラチナブロンドに濃く青い碧眼が、壇上からその一切を見据えると、ざわめいていた囁きがピタリと止んだ。

会場は初めて静寂に包まれた。

「か、げむ、しゃ……。」
「は?え?ソフィア様……じゃないの?え?」
青ざめる頬をぐっと握るジャック。
狼狽えてジャックに走り寄るキャンディス。

「あらあら。まあまあ。どうされたのです?殿下ともあろう方が。」

ハッとするジャックだがもう遅い。「挨拶の仕方をお忘れになられたご様子。」とルフィーリアは始まったばかりの反撃に、くす、と笑む。

「先程から私の後ろでソフィア、ソフィアと、騒がれておられましたのは殿下と……(嘲るような薄い笑みで)、ノラック男爵息女でらしたのね。なるほど。」
ルフィーリアは淑女たらんと両手指を軽く合わせ腹部に添え置き、凛とした気品を背負った肩をわざとガックリと落として見せて、チラリとキャンディスを見た。

(つまらないわ。この子、自分では人を手玉に取れると思い込んでいるようだけれど、頭の回転が早いくせに妄想癖があるから、ゆっくり、丁寧に説明してあげないと現状と妄想の区別が把握出来ない、面倒くさい子なのよね。)
ルフィーリアはニッコリ。
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