キンモクセイとこけし~みえる在宅医は妖怪と人間を繋ぐ

維社頭 影浪

文字の大きさ
1 / 4

第1話 キンモクセイの香り

しおりを挟む
———ぼぅ。いつ遊んでくれるの?
その声はもう届かない。
———ぼぅ。なんでこっちを見てくれないの?
その姿はもう誰の目にも映らない。
———ぼぅ。今度一緒に遊ぼうっていってくれたじゃん
その手は空をかすめる。
 
 
* * *

 
キンモクセイの香りが鼻をかすめる。
ずいぶん過ごしやすくなった、と静かに遙果《はるか》は秋空を見上げた。
 
「到着です」
「はい、ありがとう」
 
車を降りて大きな黒鞄《くろかばん》をつかみ、目の前の家を見上げた。
 
「へぇ、立派だ」
 
空に映《は》えるキンモクセイと古い日本家屋。
黄色い花は、その小柄さからは予想できないほどの香りを漂《ただよ》わせていた。
玄関の扉は、何度目かのガラガラという趣《おもむき》のある音を響《ひび》かせる。
 
「こんにちはー、診療所ですー」
「はーい」
 
奥からパタパタと元気な足音、出てきたのはここの家主の娘さん。
 
「こんにちは、藤脇先生。こちらです」
「お邪魔《じゃま》します」
 
足下でぎしぎしと床がきしむ。
狭い廊下を進み、奥の一室に通された。
畳の部屋には似合わない、病院と同じベッド。
その上に横たわる老人に、遙は近寄った。
 
「こんにちは、久保さん。訪問診療の藤脇です」
「ああ…先生」
 
閉じられていた瞳が静かに開き、遙果をみる。
 
「寝てたのか」
「起こしてしまってすいません。ご様子をみにきました」
 
久保家には二週間に一回の程度で訪問診療をしている。
藤脇 遙果は在宅医。
通院できない患者を、自宅に訪問して診療するのが主な仕事だ。
手際よく黒鞄から血圧計や体温計を取り出し、簡単な診察をしていく。
 
「最近はどうですか?」
「なにもかわっちゃおらん。毎日がいっしょ」
「一緒ですか。痛いところは?」
「とくにない」
「お食事はどうですか?」
「それが、最近めっぽう減りました」
 
そばで見ていた娘さんが最近の様子を伝えてくれる。
昼間も寝ることが多くなった。
それでも声をかければ起きるし、食事を用意すれば、量は少ないが食べる。
熱は出ていないし、夜もよく寝ている。
血圧や聴診ではとくに異常はない。
 
「そういえば久保さん。玄関先のキンモクセイ、きれいですね」
「……」
「今日立派な花が咲いてましたよ」
「花が、さいたんか」
「ええ」
 
 
遙果がそう伝えると、うつろうつろしていた久保の瞳が見開く。
そして、何かを探すように部屋全体を見渡す。
 
「起こしてくれ!」
「え」
「はやく!」
 
これまでの様子とは違う言葉の強さに、遙果は慌《あわ》ててベッドのリモコンをつかむ。
筋力が落ちた久保は、もう自分の力で起き上がることはできない。
ベッドの周囲に注意しながら、ボタンを押して、上体をおこす。
 
「お父さん、私はここにいるよ」
「ああ…」
 
娘が来てもそれ以外の何かを探している。
この家に住むのは久保一人。
妻はいたが、数年前に病死している。
 
「どこにいるんだ…キンモクセイが、咲いたんだろ?」
 
戸惑《とまど》う娘と遙果をよそに、何かを探している。
視界の端《はし》で、何かが動いたが、何かは、わからない。
遙果は訝《いぶか》しげに眉をひそめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ラン(♂)の父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリー(♀)だった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。 しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は騒然となった。  

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ヤクザのお嬢は25人の婚約者に迫られてるけど若頭が好き!

タタミ
恋愛
関東最大の極道組織・大蛇組組長の一人娘である大蛇姫子は、18歳の誕生日に父から「今年中に必ず結婚しろ」と命じられる。 姫子の抵抗虚しく、次から次へと夫候補の婚約者(仮)が現れては姫子と見合いをしていくことに。 しかし、姫子には子どもの頃からお目付け役として世話をしてくれている組員・望月大和に淡い恋心を抱き続けていて──? 全25人の婚約者から真実の愛を見つけることはできるのか!?今、抗争より熱い戦いの幕が上がる……!!

処理中です...