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雪解けの春
3.日常茶飯事
しおりを挟む「まったく、そこでほざいてろ」
その言葉の瞬間、フィリップが少し腰を落としたと思えば、勢いよく飛び上がった。彼の足が少しだけ光り輝いているのが見える。
飛び上がって手を伸ばしてきたフィリップを避けると、すぐ後ろで着地した音がする。バッ!と振り返り、正門の柵を足場に跳ね返ってきたのを桜の木の方へ移動して躱した。
空中戦では圧倒的に魔法使いの方が有利だ。どうにか浮いているレオを引きずり降ろさないと勝てない。それが分かっている筈なのに、この気の抜けたようなジャンプはなんなのだろうと首を捻り、レオは地面を見下ろした。
地面に着地したフィリップが、立ち上がり振り返りながら見上げる。
「なんだ、もう終わりか?」
「あのな、俺はそんなに暇じゃない」
「つまり?」
「今だ!」
すぐ横の桜の木からガサリと音がする。「えっ」と、驚きに目を見開いて振り向くと、既にすぐ側までレオに飛びつこうとしている人影が迫っていた。赤毛のポニーテールを揺らした人影はレオの体を掴み、力強く肩を地面の方へと押す。
魔法とは、高度な技術と才能と、それから何よりも、力のエネルギー源となる魔力を常に要求されるものである。不意を突かれたせいで浮かび上がる為の魔力を途切れさせてしまったレオは、そのまま地面へと落下してしまうのが、この世の法則であった。
「しまっ……!? っ、あ……?」
──ドサッ。
しかし、硬い地面にレオが打ち付けられることはなかった。
レオを空から落とした人影は下に押した反動で再び飛び上がり、体勢を立て直して綺麗に着地する。彼もまた一般人の数倍は身軽なのだろう。
「っと。よくやった、アルベール」
「ごめんなさいごめんなさい!恨むならフィリップ先輩を恨んでくださいねー!」
フィリップに両腕で受け止められ、レオは無意識に瞑っていた目を開けた。揺らめいてぼんやりとした視界が鮮明になると、あの強い瞳に掴まれた事を悟る。観念したレオは、止めていた息を小さく吐き出した。逃げる気は桜風とともに失せてしまったようだ。
「……あーあ、卑怯だなぁ」
「魔法使いとの戦闘において、一対複数は基本中の基本だろうが。気が付かなかったお前の負けだ」
「まあな。ていうか、いつ後輩なんて仕込んだんだよ」
「最初に話しかけた時だ」
「なんだよ、最初からか」
「お前の行動パターンなんて、手に取るように分かる」
「へえ? 成程、フィリップは俺の事本当に好きだもんなぁ」
「はあ!? 何故そうなる、こんなの五年も一緒に居れば嫌でも分かるだけだろう!」
「えっ中等部から五年間も片思い……?」
「だから、だからどうしてそうなるんだっ!?」
「あの~……。先輩達、さすがに移動しません?」
呆れたような声色に二人してハッとする。アルベールと呼ばれた少女のように可愛らしい姿をした男子生徒(制服で男子生徒だと分かった)が遠慮がちに会話を遮った。
人の多い正門で、横抱きされている魔法科の生徒と、横抱きしている騎士科の生徒。言わずもがな注目の的だ。その中心でフィリップは少し気まずそうに目線を逸らし、咳払いをして後輩に向かって言った。
「……悪い、助かった。アルベール」
「いいですって! 今度食堂でお昼奢ってくださいねー、先輩!」
「ああ」
「やったー!」
飛び跳ねて素直に喜ぶ後輩は、レオにとって少しだけ羨ましい存在であった。彼がフィリップに可愛がられているのは一目瞭然だった。
彼等が一言二言交わしているのを聞き流していると、不意にフィリップがレオを抱えたまま歩き出した。驚いて制服の襟を掴む。フィリップの制服の襟には『団長』を示すピンズがついており、レオの手に冷たく触れた。
「えっ、待てよ、このまま行くのか?」
「離したら逃げるだろう」
「いやいや、逃げないってば」
「日頃の行いを省みてから言え。それと……お前には、聞きたいことがあるんだ」
まっすぐ前を見る瞳は、既にレオを見つめていなかった。それでも、もう逃げられないと思ってしまったレオの負けだった。
──フィリップが眩しいのは、見上げているような体勢だからだろうか。それとも……。
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