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雪解けの春
4.容疑者はレオ?
しおりを挟む「始業式の日、お前はどこに居た?」
「どこって……。そんな事聞いてどうすんだ?」
「いいから答えろ」
『団長』に宛てがわれる執務室で、レオは紅茶の入ったティーカップを揺らした。来客用のソファーに座って、浮かぶ波紋を眺めている。
レオがソファーで寛ぐ一方、フィリップは扉の近くの壁に寄りかかったままだった。
「そんなとこに居なくても逃げないってば」
「そう言ってこの前逃げただろうが。話を逸らすな、質問に答えろ」
「はいはい。街の方だよ」
「……それは、入学式の日から一度も帰らずに、ということか?」
「おっと、知られていたのか」
素知らぬ顔でティーカップに口をつけた。
フィリップの言っている事は正しい。確かにレオは、数日間学院を留守にしていた。
行かなければならない場所、レオの故郷であるマルネの町は、比較的南の方にあるサイベラ学院からは遠く北のほうにある。移動だけで一日を費やさなければならない距離だ。
しかしまあ、その事を誰にも言っていなかったが、レオにとって出掛けていたという事実がバレたところでどうということもない。紅茶の香りを楽しみながら次の言葉を待った。
「だからどこに居たのかをだな」
「学院の近くにある繁華街だって言ってるだろ?そもそも、どうして今年になって急にそんな事気にし始めたんだ。去年は別に何も聞いてこなかったじゃないか」
「まったくお前は……。実はな、始業式の最中に、魔法科生徒の個人情報が盗まれた事が分かったんだ」
「えっ?」
レオが思わず顔を上げると、話は思わぬ方向へと進んでいく。
「教師が講堂に出ていて警備の手薄な時間にな。お前も知っている通り、この学院には各自の生徒手帳に刻まれている刻印がないと入れない。その上、現在生徒手帳の紛失届は出ていないんだ。故に教師陣は、内部犯の可能性で調査を進めている」
「なるほどな。それで、始業式に参加していない奴が疑われているってことか」
「ああ」
「……確かに俺じゃない。けどさ」
「どうした」
「なんでその事を俺に話したんだ?」
「……」
沈黙に包みこまれながら、お互いの目を見つめていた。部屋の外の雑踏も無い。小さなノイズさえも無い。心臓の音まで掻き消されたような世界を、最初に壊したのは眉を寄せたフィリップだった。
「盗まれた資料の中にはお前の情報も含まれていたからな」
「でも、それじゃまだ俺が犯人じゃないって確信がないんじゃないか?」
「はぁー……本気で言ってるのか? お前が、そんな事をする奴ではないと知っているからだろうが」
「え……ぁ、ああ。そっか、うん」
「なに笑ってるんだ」
「ふっ、いや、うん……珍しいと思ってな、フィリップがそんな事言うなんてさ」
「あ゛?」
頬が綻ぶのが抑えられなかった。
それはフィリップから信頼されていた嬉しさ故なのかもしれない。胸の真ん中あたりが、じわりと暖かくなって満たされていく。フィリップとレオの間に築かれた絆みたいなものがくすぐったかった。
されど、それに気が付く度に、どうしようもなく黒く空虚な穴が空いた。
暖かいものがレオの心を掠めながら落ちていく。故に暖かく幸せな事は分かるのだ、分かるのだけど。レオには、フィリップに言えない秘密が多すぎた。
視線を逸らし、目の前のティーカップを手に取る。
「話を戻すぞ。始業式……つまりあの日の十時から十一時まで、お前はどこに居た?」
「学院には居なかったよ」
「それを証明できる人はいるのか?」
「……いないかな」
「街に居たのなら一人ぐらいはいるだろう」
「ごめん、それ嘘だから」
「お前な。それで、本当はどこに居たんだ?」
「それは内緒」
「はぁ!? この時において何を言ってるんだお前は」
「誰にだって、言いたくない事の一つや二つはあるものだろ」
「……身の潔白を証明するよりも大事なことなんだろうな?」
「さあ、どうだろう」
「はぐらかすな」
いつの間にか冷めてしまった紅茶を煽り、ゴクリと飲み干した。レオは何も無いところへ視線をやる。
空気は、張り詰めたものへと変わっていた。フィリップの威圧が横顔へと降りかかるが、レオはどこ吹く風でティーカップをソーサーの上へと置いた。そしてまたいっそうフィリップの視線が厳しくなる。緊迫した部屋の中で、レオはゆっくりと口端を上げた。
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